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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第四章 遠方訪問~移動城塞都市ダアト~編

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第十五話 憩い

 空挺部隊がカレンの手によって地上に下ろされてからどれほどの時間が経過したものか。


 地上部隊は未だ果ての見えない戦いの中、ぬめりを伴う液体を払ってはひたすら硬い肉に殴りつけ続けていた。

 全身をゴグマゴーグの分泌液と砂漠の風に運ばれた砂で汚しながら、渇きと暑さに晒される。そんな過酷な環境で長時間動き回ったせいか、圭介達の体力はいよいよ限界を迎えつつあった。


「ギギギャギャアアアァァァァ!!」

「ぐへぇっ」


 カレンが操作するアルベーンによって拘束されているとはいえ、身を捩る程度の動きは頻繁にする。

 耳障りな咆哮と同時に突如動き出した肉壁によって、反応が遅れた圭介の体は見事に吹き飛ばされた。


「ケースケ君!」

「おい、大丈夫か?」

「いやまあ吹っ飛んだ割にダメージはないんですけど……これ怪我より先に疲れで倒れる人いるんじゃないの」


 圭介の懸念はともかく、攻撃は絶えず続けられている。


 分泌液が排出される腺の箇所を見抜いて、炎の槍で抉る者がいた。

 小さな傷に魔力のフックを取り付けて引っぱり、広げる者がいた。

 あの分厚く硬い皮膚を、チェーンソーで容易に切り裂く者がいた。


 客人が多いのもあるが、何より全体的に戦い慣れているというのが大きい。カレンの援護と適度な休憩を挟んで行われる人員のローテーションが更なる強みとなって、この戦況を有利なものとしていた。


「疲れている自覚があるなら一旦戻って休憩するぞ。人員にも余裕はあるんだ、何も急ぐ必要はない」


 セシリアの言葉通り、長く続く予兆こそあれ負ける要素は見当たらない。何となれば最初にゴグマゴーグと対面した時がこの戦いにおける緊張感のピークだったとすら言えよう。


 ある種の脱力感さえ覚え始めた圭介は逆にその緊張感の低下に漠然とした不安を抱く。

 理性ではそれが杞憂であることを願いながら、彼の経験則が油断を許さない。


「……そう、ですね。一度戻って、水分補給しましょう」

「うん、それが良いよ。あとお腹空いちゃったから食事もね」


 予想していた通りの発言をするユーに苦笑しつつ、近くにいるベテランの冒険者らしき男性に一声かけてからダアトに戻る。


 地上との連絡用階段を登って受付用スペースを素通りし、歯車に囲まれた通路を通って市街地へと出る。

 その後、右に曲がってすぐの空き地に設置されているのが休憩用のスペースであった。


 一軒家程度の体積を誇る木組みの白い直方体にはチョコレートにも見える扉が備え付けられており、そこから中に入ると先ほどまでアルベーンに乗っていた空挺部隊の面々が寛いでいた。


「お、来たっすね。じゃあそろそろ俺らの出番ってとこかなぁ」


 笑顔のレオが圭介達に軽く手を振る。


 広い空間に設置された大きなテーブルの上にはユーの存在を考慮してか、想像以上に膨大な量の料理が所狭しと並べられていた。

 過酷な環境でも味を損なわないよう何らかの術式が施してあるらしく、一見して暑さで味を損ないかねないようなものも含めて室内の端から端まで隙間なく置かれている様は圧巻の一言に尽きる。


 そんな中、呑気にペットボトル飲料を一気飲みして立ち上がる彼らには、砂漠で見せていた極度の疲労感が見受けられない。


「休憩時間長くない? 僕のアルバイト先でもここまで休ませてもらえないよ」


 圭介の発言は嫌味からなるものではなく、純粋な疑問である。

 彼らがダアトに戻ってから経過した時間が、圭介のアルバイト先である[ハチドリの宝物]で設けてもらっている休憩時間よりも遥かに長いのは確かだ。


 つい先ほどまで戦いに集中していた圭介達はあまり時間というものを意識していなかったものの、それでも時計を見れば二時間は経過していた。


 そんな圭介の疑問に、レオではなくセシリアが答える。


「状況にもよるが、基本的に超大型モンスターとの戦闘は体力の消耗が激しい上に長丁場になる。その関係で休息の時間も長く確保しなければ、全体の士気に関わるのだ。記録上最短の戦いでも接敵から討伐までに三日は要したと聞くからな」

「三日!? その間ずっと戦いっぱなしですか!?」

「最短で、な。通常では一週間かかる事などザラにある」

「いやいやいや! それ問題あるでしょ!? 僕とユーは今日で遠方訪問終わるんですよ!?」

「あ、多分その分だけ今回の討伐クエストの報酬が減額されるだけで損はしないと思うっす。カレンさんもそこまで責任負わせるつもりはなかったっぽいんで」


 現場の自警団にそう言われては圭介の立場から言うべきことも特にないが、胸焼けにも似た感覚は拭えない。率先してこの戦いに参加したいわけではなく、尻の座りが悪いのだ。

 他にも圭介の場合、まだ充分に会得したとは言えない【サイコキネシス】の出来をカレンに見てもらいたいという事情もあったものの、今や大規模な戦闘に入ってしまってそんな暇もない。


 それを知ってか知らずか、レオは大してその話題に頓着する様子を見せずこれまで通りの軽薄そうな笑みを浮かべる。


「まあ、そういうわけで。無理はしなくても夕方になるより先に遠方訪問は終わるはずっす。それまでできる範囲の仕事をやってもらえれば、それだけで俺らとしちゃ有難いっすよ。あそうだ、それと隣りの家の家主さんがシャワーの使用を許可してくれたらしいんで、お三方にも使ってもらって大丈夫っす。そんじゃ」


 サムズアップしつつ去っていく彼のあっさりとした物言いにげんなりしつつ、圭介が料理にありつこうと振り返ったその刹那。


「ケースケ君、先に食べてていいよ」

「どうしたユー!? 空腹状態の君が食べ物を前にしてそんなこと言うなんて!?」


 異常事態が生じた。


「いや、ユーフェミアの言い分も察するところがある。恐らく同じ目的だろうから私も同行したい」

「セシリアさんもでしたか……やっぱり辛いですよね」


 そのやり取りから、圭介も流石に思い至った。


 灼熱の砂漠であれだけ動き回ったのなら、汗をかいていないはずもない。


 特にユーは日光を吸収しやすい黒のアーミージャケット、セシリアは重い金属の鎧を装備しているのだから衣服の内側での発汗量も相当なものだろう。

 おまけにゴグマゴーグの分泌液と巻き上がる砂埃で全身がひどく汚れてしまっている。


 気付いた途端に圭介まで風呂に入りたくなってきてしまった。


「ああでも着替えとかどうしよう……荷物置き場まで取りに戻らなきゃ。せっかく冷房の効いた部屋に来たのにまた外出るの嫌だなあ」

「面倒とはいえ仕方あるまい。ケースケ、そういうわけだから先に食べていて構わんぞ」

「いや、僕も一旦そっちについて行きますよ。自覚した瞬間一気に気持ち悪くなっちゃって」

「わかるわかる。子供の頃の泥遊びだってここまで汚れなかったよ」


 そんな風に三人で雑談を交わしながら、最初に集合した広場まで極力日陰に入るように意識しつつ移動した。


 荷物置き場となっている囲いの中には見張りと思われる女性が一人パイプ椅子に座っており、身分証明となるもの(待機形態のグリモアーツ含む)と共にプレートのナンバーを提示することで自分の荷物を返却してもらえる。


 相変わらず機械作りの街並みに反して奇妙なところにアナログな手法が採用されていた。


「えぇと、東郷圭介さん。ユーフェミア・パートリッジさん。セシリア・ローゼンベルガーさんでお間違いありませんね?」

「はい、大丈夫です」

「ではこちらがお三方のお荷物ですので、ご確認ください」

「ありがとうございます」

「うむ、確かに」


 鞄を受け取り女性に礼を言うと、ユーとセシリアの二人は会釈もそこそこにそそくさと先に移動してしまった。

 圭介の前で着替えを取り出すのを嫌ったのだろう。圭介としても異世界転移直後のような気まずい思いは二度としたくなかったので、少し寂寥感を覚えながらもそこまで不満は抱かない。


「女性の入浴時間は長いって相場は決まってるし、先にご飯食べてようかな」


 そんな事を口にしながら、ふと気になって高台に目をやる。


 カレンとフィオナの二人が自分の方をちらほらと見ながら何か話しているようだった。


(……え、何ちょっと怖いんだけど。目ぇ合わせたら気まずいからもうとっとと戻ろ)


 立場上どうしても勝てない二人組である。

 可能な限り気を引くまいとこそこそ移動し、圭介は元の休憩用スペースへと戻っていった。



   *     *     *     *     *     *  



「……流石に、甘やかし過ぎましたか」


 圭介が去った広場を眺めながら、高台でカレンが自嘲するように鼻息をふんすと吐いた。

 そんな彼女の幼げな挙動を見てフィオナがクスリと笑う。


「あの局面では空挺部隊の働きに地上部隊が依存していましたから、カレンさんの判断が間違っていたとは思いませんが」

「そんなことではありませんよ。圭介をもう少し追い詰める方法があったのではないかと考えていたのです」

「ああ、その件でしたか。言われてみれば確かに」


 アルベーンによるゴグマゴーグの拘束が功を奏し過ぎた結果、戦局は悪くない方向に転がっている。

 そしてその一方で、圭介に生命の危機を感じさせるというカレンの手荒な教育は未だ実行できずにいた。


 フィオナとしては他者の主導によって一応の自国民でもある圭介が生命の危機に立たされる状況などあまり好ましいものでもなかったが、既にカレンと圭介との間に師弟関係が築き上げられてしまっているのであれば下手に手出しはできないというのも一つの本音である。


 それと同時に、この戦いを通して圭介が自衛の手段を手に入れられるのならば、それはそれでとも思っていた。


 排斥派が世間の上下表裏を問わず存在している限り、どこからどういった攻撃が彼に向けられるかわかったものではない。

 今回の大規模戦闘も、上流階級にいる頑迷な老人の余計な押し付けさえなければフィオナが出る幕でもないままに、カレン一人が前線に出て一瞬で片付いた問題なのだ。


 この流れを放置しては彼女自身の王族としての活動にまで支障をきたす。

 圭介個人が有する脅威はコントロールも不可能ではないが、老獪な排斥派の貴族を相手にするとなると対処するのも容易ではない。言ってしまえば億劫ですらある。


 そういう観点から見て、カレンの提案はフィオナにとって悪いものではなかった。


「アルベーンを引っ込めれば地上部隊に生じる被害は甚大なものとなるでしょうから、私はこの手を緩めるわけにいかないのが歯痒いところですね。加えてゴグマゴーグは朝から水分を摂取しておらず、彼らが砂漠に戻る頃にはすっかり衰弱してしまっている可能性も高い。試練と呼ぶには簡単過ぎたかもしれません」

「となるとどうしましょうか。既に時刻は午前十時半、今日中に彼らの遠方訪問が終わる事も考えると到底間に合わないように思われますが」

「どうしても間に合わなければそれもやむなしと諦めます。変異種と言えども縛り上げれば所詮は巨大なだけのサンドワーム、脅威と見なすに値しないそれにけしかけるだけの価値があると誤った判断をしてしまったのは私です」


 要するに命の危機を迎えさえしてしまえばそれがトリガーとなる、とカレンは主張する。


 長期間の鍛錬でどうにか安全に習得できればそうしたいというのが、彼を国民として受け入れているフィオナの言い分ではあった。

 しかし今、圭介を狙っている敵は彼女の想定以上に強大な存在だ。


 既に死んでいる凶悪な犯罪者のグリモアーツを使う、謎の勢力。


 そんな相手がいるのだとすれば、東郷圭介という一個人の事情を抜きにして考えても彼女は死力を尽くさなければならない。


「……ちょっと!」


 ほんの一瞬だけ揺蕩っていたフィオナの意識が、カレンの声によって現状に集中する。


 叱責のように聞こえたその声は、彼女に向けられたものではなかった。びくりと体を震わせながら見つめた先にあるカレンの横顔は、砂漠の方へと向けられている。

 何事かとフィオナもそちらに視線を移して、唖然とした。


 腕。


 脚。


 頭。


 自警団や冒険者の肉片が、砂漠の上に撒き散らされる。


 そしてその惨劇を引き起こしているのはゴグマゴーグの体から突如として現れた、無数の黒い触手であった。

 自身を縛り上げるヒュパティア帯の隙間を縫うようにして外部へと伸びるそれにより、人間の体が容易に分断されていたのだ。

 刃のような鋭さは無い。力任せの一撃で、吹き飛ばし引き千切るばかりである。


「馬鹿な、どうして今になって……【鎧も盾も失って尚 屈せず倒れず立つ者へ】!」

「っ、自警団! 応答しなさい!」


 たまらず遠距離に向けて防御力上昇の術式を詠唱し始めるフィオナと、その様子を見てまず自警団に連絡を取ろうとするカレン。

 彼女らの対応は迅速ではあったが、そこに至るまでが長過ぎた。 


 超大型モンスター、それも変異種と呼ばれるその存在を、彼女らは見くびってしまっていたのである。

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