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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第四章 遠方訪問~移動城塞都市ダアト~編

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第十三話 漆黒の絶望

「何だかここを通るのも久し振りな気がするよ」


 無数の歯車が駆動する空間にある一本道で、圭介はほんの十日前の記憶を古い記憶のように振り返っていた。


 ダアトの都市部と受付用スペースの中間にある通路は現在多くのクエスト参加者達が自警団によって整列された状態で前へと進んでいる。

 事前に一時退去の手続きを予約しておいたので受付で人の動きが滞ることもない。


「そうだねえ。あの時はまさか私がケースケ君に剣の指南をするなんて思ってもみなかったな」

「僕もあんなにボコボコにされるとは思ってなかったな……」


 傷はもう残っていないが記憶は幻の痛みを呼び起こす。

 圭介が何となく体のあちらこちらをさすっていると、背後のセシリアがくつくつと笑い出した。


「随分としごかれたようだが、その痛みに見合った経験は得られただろうよ。歩き方や気の配り方を見るに、少なくとも今のお前は初めて私と出会った時よりも強くなっている」

「それならいいんですけどね……ていうかやっぱわかるもんですか」

「効率的な体の動かし方を学ぶと必然普段の挙動も変わるからな。身に覚えがある立場としては尚更わかりやすい」


 よく圭介が漫画などで見かけた、達人同士が剣を交えるまでもなく相手の実力を推し量る場面の裏側を垣間見たような気分だった。


 二人と話しながらダアトの外側、レナーテ砂漠に出る。


 装甲板の掃除をしている間はずっと眺めていた砂漠は、実際に踏みしめてみると公園の砂場などとは足から伝わる感触が異なっていた。


 まず圭介がイメージしていたようなざりざりという荒さがない。砂が細やかだからか、まるで敷き詰められた粉の上にいるような感覚を得た。


 更に日が昇ってまだ間もないからか大気の熱を吸収し切れておらず、靴底から伝わる冷たさにも驚かされる。

 逆に日中は直射日光に晒されて焼けるような熱さを伴うのだろうと考えるとげんなりしてしまった。


「二人とも、もう外に出たのだから【解放】しておくといい。いつでもあのモンスターに対処できるようにな」

「はい」

「わかりました」


 短く応答して圭介とユーが各々グリモアーツを【解放】して構える。


 そうしてみて、改めて圭介は自身が持つ最大の武器である“アクチュアリティトレイター”の武器としての凶悪さを再確認した。

 少し持ち上げた状態から地面に振り下ろすと柔らかな土なら容易に陥没する程の重量を持ち、【テレキネシス】で動きを制御することで軽々と振り回せる。白兵戦においては間違いなく死人を出しかねない鈍器に峰打ちも手加減もあったものではない。


 しかし、今回は超大型モンスター討伐。逆に殺すつもりで振るう必要があった。


(クロネッカーは今日は使わないかな……)


 反して使わなさそうな武器もある。


 ユーとセシリアの剣使い二人組に「手入れを怠るな」と口を酸っぱくして言われ続け、簡単な刀剣の管理ツールを借りて磨き上げた短剣だがゴグマゴーグ相手となると威力もリーチも心許ない。

 一応腰に下げてはいるものの圭介は戦いに集中するためにその存在を一旦忘れることにした。


 と、近づく音と視界の果てに僅か見える砂埃の嵐が砂漠に集合した全員に戦いの予兆を告げる。

 敵はもうすぐそこまで来ているのだ。


『ゴグマゴーグ接敵まで五秒前!』


 多くの者が戦闘の準備を済ませた辺りで背後からカレンの声が聴こえた。適度な緊張感を伴うそれに、グリモアーツを握る手が熱を持つ。


『四!』


 右隣ではユーが“レギンレイヴ”を両手で持ち、正中線に沿うように構えている。

 彼女曰くモンスター相手に正式な構えをする必要性はないらしいが、恐らくは癖になっているのだろう。


『三!』


 左隣ではセシリアも“シルバーソード”を手に待機していた。

 こちらは構えという構えは特にしていない。遠距離攻撃を持つが故か、はたまた巨大なモンスター相手に構える必要はないと断じたのか。


『二!』


 カウントが進むごとに圭介の中で恐怖が膨れ上がる。


 初めての巨大モンスターとの戦闘、討伐戦となれば殺すか殺されるか以外に結末はない。

 ヴィンスやダグラスとの戦いでは感じずにいられた“自分以外の命を奪う”という選択肢が徐々にその輪郭を明確なものとしていく。


『一! 突撃ィィィィ――――!!』


 覚悟を決めるまでもなく、戦いは始まった。


『ウオォォォ!!』


 鬨の声を上げ突撃する軍勢に続いて走る。


 数は力、と誰かが言った。

 戦場においてそれが全てと断じることはできないが、重要な要素である事実は否めまい。

 並んで疾走するユーにセシリア、その他大勢の戦闘員達が漂わせる頼もしさは不慣れな超大型モンスターとの戦闘において強い支えとなった。


「う、おおぉぉおおお!!」


 圭介も急ぎ“アクチュアリティトレイター”を構え、覚えたての【サイコキネシス】を推進力に変えて直進する。




 そしてその先には漆黒の絶望が待ち受けていた。




「……ッ!」


 圭介でなくとも想定より近くまで来てしまっている脅威に一瞬怯む。

 移動するだけで攻撃が成立するという理不尽。率先して仕掛けようとした彼らはしかし、その実先手を取られていたのだ。


 砂埃を巻き上げて接近するのは下手な建築物など初雪よろしく蹂躙する巨大なサンドワームの変異種、ゴグマゴーグ。それは芋虫にも見えるムカデの仲間だとカレンは言っていた。


 だが今目の前に存在するソレは、目こそ退化しているのか見当たらないもののわにに類似した鋭い歯と広く開かれた口を有している。

 既に走り寄る者達を食い殺すことに意識を向けているのではないかという恐怖がその場にいる全員に芽生えつつあった。


 遠近感が狂ってしまいまるで夏雲奇峰もかくやという大きさに錯覚するも、それが極めて近い位置まで猛進してきているとわかると冷静さが体を動かす。

 圭介は念動力で体をスライドさせ、ユーとセシリアは最初からある程度余裕を持って回避行動に移っていたため進路上から素早く逃れられた。


 が、一人逃げ遅れが生じてしまっている。

 見れば自警団の集まりの中にいた、まだ年若い青年であった。


「あっ」と圭介が思わず声を出した時には既に走っても逃げ切れない位置にまでゴグマゴーグが接近していた。


 あまりにも規格外なそれは少なくとも地球上に存在しない。

 だからか地球での固定観念が抜け切っていない客人ほど反応が遅れてしまうのも、一つの必然ではあるのだろう。


 そして相手は情けどころか理性すら存在するのか怪しいモンスターだ。

 進路上に何人かの人影が慌てて逃げ出そうとしても構わず進み、踏み躙らんと迫る。


 あわや砂漠に赤い花が咲くかと思われたその瞬間、


「危ない!」


 瞬時に伸びてきた無数の半透明な帯がゴグマゴーグの上顎と下顎に巻きついて、急激に減速させた。


「んぇっ!?」


 圭介が驚いて帯の出所を見やると、そこには奇妙な物体が浮かんでいた。


 パッと輪郭だけ見ればずんぐりむっくりとした本体と皮膜と骨格によって構成される双翼から太った蝙蝠の類に見えたかもしれないが、色合いは不自然なまでの光沢を放つメタリックレッド。羽ばたきもせず浮揚するそれは蒸気機関車を想起させる造形の機体であり、先端からはゴグマゴーグの拘束に用いている帯を垂らしていた。

 そして機体の真ん中にある操縦席らしき窪みからはレオが顔を覗かせ、砂漠にへたり込む青年に声をかける。


「やー、危ないトコだったっす! 大丈夫っすか、まだ戦えそうっすか!?」

「は、はい! すぐどきます!」


 青年が戸惑いながらも返答して立ち上がりゴグマゴーグの進路上から急ぎ逃れると、にこりと笑って静かに黒き巨体へと視線を戻す。


「ゴガアアアアアァァァァ!!」


 ここに至って初めて妨げとなるものを認識したのか、ゴグマゴーグが咆哮する。外見に似つかわしい、いかにも怪獣然とした鳴き声はまだ戦い慣れていない圭介を委縮させた。


 そんな一瞬生じた意識の空白に焦りながらゴグマゴーグ全体へと意識を移すと、同じ機体が他にも複数空中を飛び回っているのがわかる。

 また、レオと同様に半透明の帯を無数に伸ばして今度は這いずり回る巨躯を縛り付け、信じ難いことに多少の抵抗を受けてはいるもののまだ減速を続けていた。その光景はこのまま続ければ止められるのではないかとさえ思わせる。


 地上で驚愕する彼らは知る由もないが、これぞダアトが誇る空挺型魔動兵器“アルベーン”である。


 元々この魔動兵器は兵器ですらなく、ダアトが走行不能に陥った際に城塞都市内部での分割された運搬を目的として作られた言わば緊急時の移動手段に過ぎなかった。

 しかし、まず前提として存在する運搬用のベルトが既に規格外であることは誰にでもわかる事実でもある。


 材料に用いられているのは伸縮性と耐久性に富んだカレン考案の合成樹脂、ヒュパティア。


 これを帯状に加工して射出し魔力を流し込むと、接続部分にカレンが組み込んだ念動力術式が反応を起こして対象に巻きつく動きを実現するのだ。

 この特性を活かせば大型モンスターの拘束に留まらず、鞭のようにしならせて叩くことでの物理攻撃も可能となる。今回は使いそうにないが。


 ともあれ動きをある程度抑え込んだ今が好機と見たベテランらしき自警団員や年配の冒険者らが自転車程の速度にまでなったゴグマゴーグに群がり、各々手にしたグリモアーツや魔道具らしき武器で攻撃を仕掛ける。

 少し離れた位置にいるのは詠唱を要する魔術を行使している者達で、直接攻撃を受けていない箇所に第四魔術位階を叩き込んでいた。


 気付けばユーが分厚く頑丈な皮膚を“レギンレイヴ”で斬りつけ、その後方でセシリアが【レイヴンエッジ】の詠唱を始めている。

 遅れを恥じつつ圭介もその手に握った“アクチュアリティトレイター”を壁と見紛うばかりの黒い肉に振り下ろす。


 ここでユーに教わった体術が活きる。


 全身の関節を歯車ギアの集合と仮想し漫然とではなく機械的な必然として動くよう体勢を整えることで、無駄な体力の消費を抑えると共に力を分散させず一点に威力を集中させた攻撃が可能となるのだ。


 また人体なるものは呼吸法による身体制御によってタイミングさえ合わせれば、爆発的な膂力を得られるように出来ている。


 教わるまでは意識してこなかった部分だが呼吸は吸うなら空気が入る余地を、吐くなら空気を出す余地を肺に残すことで臓器の膨張を最低限にし、スムーズに肉体を稼働させられる。

 そこに加えて攻勢に出る瞬間だけ鋭く短い息を吐くと今度は急に収縮する臓器に筋肉が付き合うようにして、神経から伝達される信号だけでは為し得ない速度を引っ張り出せるのだ。


 細かな要素でも効果は絶大、やってやれるならするに越したことはない。

 これらは素振りの反復練習による挙動の最適化とジョギングによる肺活量の強化で、より完成に近い仕上がりとなっていた。


「ハァッ!」


 おまけに圭介には念動力という強い味方もいる。


 まだ覚えたてでカレンのように十全に使いこなせてはいないが、【サイコキネシス】を体や武器に纏わせれば運動量を増加させ速度も向上させる事が出来るとユーとの模擬戦闘を通して知った。

 身軽な彼女にはふわりと躱されてしまったそれも、動きを制限されているモンスター相手ならば容易に叩きつけられる。


「っぃぃいいぃっ……」


 結果、びくともしないどころか手に伝わる反動の痛みで自分の動きを止める結果となった。


 当然と言えば当然である。大きさと重量が段違いなのだ。

“アクチュアリティトレイター”も武器としてはかなりの重さを持つものの、それはあくまでも白兵用武装として許される限界を少し超える程度のものに過ぎない。それではビルすら雑草の如く蹴散らすゴグマゴーグには遠く及ばない。


 見ればユーも極力垣間見える皮膚の節目を狙って斬り込んではいるものの、手応えがないのか表情には焦燥を滲ませている。

 セシリアや他の後衛が第四魔術位階をぶつけてもいるのだが当の怪物はけろりとしたものだ。


 こんな有り様で本当に自分達は戦力になれるのかと不安に思いつつ事しばし。


『主砲砲撃準備完了! あんたら一旦どきなさい、撃つから!』


 カレンの声が戦場を走った。

 事前に受けた説明を思い出した戦闘員達は背後の脅威と目前の恐怖に挟まれないよう散開する。


 圭介も巻き込まれまいと相当余裕を持って離脱し、同時に見た。


 ダアトから溢れんばかりに零れ出す乳白色の光の集積。


 それが膨大な魔力を凝集した魔力弾であると理解した瞬間、砂漠に城壁防衛戦ですら耳にしなかった轟音が響き渡った。

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