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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第四章 遠方訪問~移動城塞都市ダアト~編

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第十二話 彼らの備え、彼女らの備え

 圭介とユーが前衛部隊の集合場所でもある中央広場に到着した時、既に何人もの客人や流れの冒険者が集合していた。レオの属する自警団などは各々気ままに雑談を交わしつつも一ヵ所に集合している。


 広場、という割に狭苦しさを感じるのは人の密度だけが原因ではない。


 ダアトは都市の前方部分に砲門や煙突が剥き出しの状態で設置されてはいるが、後方や上部のように装甲板の恩恵を受けられない。つまり雨風や砂漠の砂埃を完全には遮断できないのだ。


 それを補うかの如く広場は風を受け流せるようにと菱形に設置された石造りの防壁で囲まれており、可能な限り外部からのありとあらゆる侵入を防いでいた。

 通行用の出入り口から外に出れば、圭介とユーが初めてダアトに来た時に使用したゲートへと続く扉もある。


 しかしこれは内側にいる者からしてみれば閉塞感を覚える作りでもあった。砂漠に降り注ぐ日光を遮ってくれる有難さもこれから外に出る面々には一時しのぎでしかない。


「もう結構来てるんだなあ。僕らだって早めに出たのに」

「それはそうだよ。報酬は弾むって話だし、お姫様とカレンさんがいるんだから安全性も高めだし」


 今回のゴグマゴーグ討伐及びダアト防衛戦は、圭介達が受けている遠方訪問とはまた別口の仕事となる。


 これほどまでの大規模クエストともなれば当然動員数も増えるし、何よりダアトの支配者たるカレンとアガルタ王国第一王女のフィオナが依頼主なのだから報酬の支払いも相当期待できた。


「まだしばらく時間あるし、飲み物もらってくるよ。何飲む?」


 灼熱の砂漠での戦いとなる。先に水分補給はしておくべきとカレン辺りが気を利かせてくれたのか、今回のクエスト参加者への支援として大きめの水槽が設置されていた。

 水槽の中には氷水と共に清涼飲料水のペットボトルが無数に入れられており、クエスト参加者一人につき一本だけ無料で飲めると隣りに設置されている看板に書いてある。本格的に汗をかく前とはいえ、水分を確保できるのは有難い。


「ありがとう。ケースケ君と同じのでいいよ」

「了解」


 とりあえず圭介はミネラルウォーターのペットボトルを二本、売店に設置された大型の水槽から取り出した。中を満たす氷水がカラカラと音を鳴らす。


 自分もペットボトルが当たり前のように存在する事について何も思わなくなったものだと苦笑しながらユーのいるベンチに戻ると、


「だからどうか連絡先だけでも」

「すみません、そういうのはちょっと」

「いや絶対ご迷惑はかけませんので!」

「その、現在進行形で迷惑です……」


 レオがわざわざ自警団の集まりから外れてまでユーを口説こうとしている現場に出くわした。

 連絡先を聞いたところでダアトには携帯電話の基地局が無かったはずだが、彼はそんな情報を聞き出してどうするつもりなのだろうか。


「何してんの君ら」

「おおどーも、昨日振りっす!」

「いや白々しいわ。僕がユーから離れるの待ってたでしょ絶対」

「ケースケ君の知り合いなの? 友達は選んだ方が……」

「友達? と、友達……? え、いやどうだったっけ……? 違うような気もする」

「おーっと予想はしてたけどその反応は思ってたよりダメージあるぞぉ。いいじゃないすかナンパくらいさせてくれたって、こんな美少女のお知り合いを独り占めとかよくないと思うっす!」

「美少女の知り合いなら君だって師匠がいるでしょうが」

「バッおめ、カレンさんが近くにいるかもしんねーのに迂闊に美少女とか言うなよぉ! 年下に年下扱いされるとあの人めっちゃ怒るんだぞ!?」


 思わず三下めいた口調が消えるくらいには恐ろしいらしい。

 取り乱し方がエロ本蒐集の濡れ衣を着せられた時の兄と似ていたことから、その態度だけは冗談ではないと圭介は判断した。


 因みに兄の部屋の机にエロ本を設置したのは言うまでもなく圭介である。


「それで自警団の人達は一ヵ所に集まってるみたいだけど、君はこっちに来てて大丈夫なの? 仲間外れにされてたりしない? コレあげようか?」


 差し出したのは圭介がアルミ玉制作の初期に作った、叩き過ぎて歪んだ形状のままガチガチに固まってしまったアルミホイルの塊である。じゃが芋に見えなくもない。


「別に動き回っちゃいけないってわけじゃないしいじめられてもないっす! あと何すかその銀色の物体!? 扱いに困るんで結構っす!」


 在庫処分には失敗した。


 そんな和気藹々と言えるか言えないか微妙な雰囲気で雑談する三人に、また新しい人影が近づく。


「おはよう、ケースケにユーフェミアに……新しい友人か? よろしく頼む」


 鎧を着込んだセシリアであった。初対面のレオがいるからか、表情がやや固めの無表情になっている。


「おぉ、キレーな騎士のお姉様! 俺はダアト自警団所属のレオ・ボガートっす! よろしくお願いします!」

「ああ、自警団の。こちらこそよろしく頼む。王国から来たアガルタの騎士が姫様のお供である私一人というのは申し訳なさもあるが、死力を尽くすとこの件に誓おう」


 美女の登場に興奮する様子を「元気よく発声する若者」と捉えたのか、セシリア側のレオに対する印象も悪くはないようだった。

 無表情はそのままでも誠意と礼儀を重んじた返しに、思わずレオも佇まいを整えてから改めて応対する。


「こ、こちらこそ王城勤務の騎士の方と同じ戦場に立てるのは光栄っす! お互い頑張りましょう!」

「うむ。なかなか覇気のある奴だ。ケースケも同じ客人としてよき友人を得たな」

「友達かどうかは今考えてるところですけどね」

「友達になりましょうよぉ! 今友達じゃないならもうそれは受け入れますからぁ! 未来の話してぇ!」

「うるせえなあもう。じゃあ連絡先交換しようよ」

「あざっす!!」


 エリカと同等のやかましさにいよいよ圭介も折れた。

 一応ネットワーク接続を要さないアプリケーションなどは使えるようだったので、レオがどこで使うかはともかくアドレスと番号だけ伝えてメモ帳に控えさせておく。


 その様子を眺めていたセシリアも、ふと気づいたようにスマートフォンを取り出した。


「そういえば私もお前達の連絡先は知らないままだったな。いい機会だしケースケにユーフェミア、それと良ければレオも教えてくれないか?」

「えっ、マジすか!?」

「それはもう喜んで!」


 圭介とのやり取り以上にレオの目が輝く。王城勤務の騎士ということで憧れもあるのか、単純に相手が美女だからか。両方の可能性が最も高い。


 ユーもこのような形で王城組の騎士団とのプライベートな繋がりを得られるとは想定していなかったらしく、前のめりに自身の携帯電話を取り出す。この辺りの強かさはアガルタの国民性も絡むのだろう。


 一方で圭介は彼女の背後にフィオナの影が見え隠れしたような気がして不穏な気持ちにさせられたが、それを言い始めるとレオの背後にもカレンがいるという事に気付いて黙り込んだ。


「……どぞ、セシリアさん」

「うむ、それじゃ……どうしたケースケ、店の中で母親と間違えて違う女性に声をかけた直後の子供のような顔になっているが」

「いや別に何でもないですよ」


 奇抜な例えを真顔で用いられて若干吹き出しそうになるのをどうにか堪える。


「じゃ、俺はそろそろ奥の方に行かなきゃなんで失礼しまーす」

「ん? 戦闘前の姫様とカレン殿の開戦の合図までそれほど時間も残されてないが……何か用事でもあるのか?」

「へへへ、ちょっと俺は特別なチームに属してましてね」


 レオはニヤニヤと笑いながらサムズアップした。きらめく白い歯が無駄に爽やかである。


「まあ戦いが始まった直後くらいにはわかるっす!」


 駆けていく姿は、どこか頼もしげであった。



   *     *     *     *     *     * 



「そろそろですね」

「はい。急なお話にここまで迅速に対応して下さったこと、アガルタの王族として感謝申し上げますわ」

「構いませんよ。何にせよオアシスに被害が出ている以上は私にも関わる案件でしたし」


 カレンとフィオナが立っている場所は、ダアト全体と前方に広がる砂漠を一望できる位置にある小さな公園ほどの開けた空間だった。司令塔として指揮を執る立場上、これより適した条件は他にない。


 フィオナは既に【解放】済みの“ノヴァスローネ”に座り、カレンは金属製の円柱に腰掛けている。

 組んだ足のつま先に機械仕掛けの隼、以前圭介達を案内したナンバー〇〇九八〇を止まらせていた。


「それと姫様には申し訳ないのですが、私は諸事情ありましてグリモアーツを【解放】できません」

「ええ、伺っております。“大陸洗浄”当時から貴女は一度たりともご自身のグリモアーツを他人の目に触れさせていませんでしたね」

「その通り。……しかしそれも些細なこと」


 カレンが右腕を上に掲げる。

 すると同時に、城塞都市中に耳が外れそうになる程の轟音が鳴り響いた。


「…………!?」

「貴女も魔動兵器の知識に通ずるのであればご存じでしょう。グリモアーツの有無は戦局を左右しない」


 カレンの念動力によって形を変えるダアトは、その両側面から巨大な四連装砲、カレン達が立つ高台の背後から更に太く長い砲身を持った大砲を内部から出現させる。


「そして私なら、ダアトに搭載されている全ての砲を念動力で操れる」


 日頃と同じように無表情のまま、あくびを噛み殺す仕草すら垣間見せながら当然の如く言ってくれた。


 さしものフィオナもこれにはたじろぐ。

 彼女も念動力魔術について多少の知識は得ていたが、今目の前で行われている所業がどれほどの離れ業なのかは薄々感じ取っていた。


――魔力操作の技巧が既に人間の枠組みを超えている。


 常識の範疇から逸脱した存在が国内にいるという脅威への畏怖を笑顔で隠し、建前だけでも対等に接することにした。王族の矜持があってこそ為せる業である。


「聞いてはいましたが、実際に目の当たりにすると圧巻の一言に尽きます。よもやここまでの音と迫力を伴うなんて。しかしよくこれだけの体積を収納できましたね」

「主要パーツごとに分割すれば割と隙間は確保できますよ。元がバラバラになっている分、耐久力に不安はありますがそこは毎月の点検の際にかけている強化術式で補っています」


 言ってカレンはまず、四連装砲を指差した。


「両側部に取り付けられた連装砲と我々の背後にある大口径は、それぞれ魔力弾を撃ち出すための術式が彫り込まれています。貴国でも採用しているケンドリック砲と原理は同じです」


 とはいえ比較するのもおこがましい程に大きさが違う。

 これだけの武装が城壁にもあったなら、“インディゴトゥレイト”との戦いは死者を出さず早い段階で決着をつけられただろう。


「前方にある砲は通常弾ラウンドショット、見えづらいですがその下には使うかもわからない対人用の缶詰め弾(ケースショット)、それらを挟むように配置された左右三門合計六門の砲は貫通力を期待しての棒状弾(バーショット)。いずれも質量兵器ですので弾には限りがありますが、生身である巨大生命体に対しては効果覿面でしょう」

「…………素晴らしい」


 フィオナの称賛はただ武装の質や量が優れているという話に留まらない。


 ここまで紹介されたいずれの兵器も、カレン本人の力で操られながら人員投入で同じ働きを期待できる。即ち「ダアトの防衛力はカレン・アヴァロンという個人に依存していない」と証明する為に彼女はこれら兵器を操作しているのだ。

 確実に非難されない形に、しかし自分の戦力を十全に防衛に回すその選択はフィオナに提示される最適解でもあった。


「これならダアトの防衛機能を証明するには充分な判断材料となります。後はゴグマゴーグを倒せばカレンさん個人に依存しているという疑念も晴れましょう」

「……やはり、あの下らない言いがかりは上流階級に蔓延る排斥派の言い分でしたか」


 溜息交じりの声にフィオナが薄く笑う。


「お見通し、なんですね。貴女には隠し事もできません」

「いえ、最初は非常事態に便乗してまで何をいきなりとも思いましたよ。ですが貴女は無駄なことはしない」


 カレン本人はその突出した戦闘力から、排斥派による直接的な被害を受けたことはない。

 それでも根も葉もない悪評の流布、市街地付近で停止しているダアトへの悪質な嫌がらせといった形で関わることは幾度かあった(それも主犯格を吊し上げて鎮静化させたが)。


 今回の件については厄介な事にそこそこ上の立場――恐らくは貴族に類する排斥派が以前からダアトにケチをつけていたのだろうとカレンは予想していた。


「ダアトの都市防衛機能に欠陥があるのではないかという根拠の薄い懸念、及び“だから我々が手を加えなければ”という我欲の隠し蓑に過ぎない不必要な義務感。情けない話ですが、そういった独善的な観点から皆さんの活動にあの手この手で干渉しようと試みる輩は“大陸洗浄”が終結してから増加傾向にあります」


 そしてその予想は的中していたのだから笑えない。


 フィオナの話を聞く分だとどうにもダアトに人員を送り込んで内部からの攻撃を目論んでいるようだが、恐らくはカレンの魔術がどれほどの汎用性を有しているのかもまともに調べていないのだろう。

 都市全域に索敵網が敷かれている現状を知っていれば中に潜り込むことを諦めるところから始めなければならない。


 そんなカレンからしてみれば取るに足らない相手でもフィオナにとっては護らねばならない国民の一部だ。

 ダアト相手に大事にはしたくないという私情もあれば、腐っても国を支える貴族に血を見せまいとする人情もあったに違いあるまい。


「……………………」


 何にせよ、大人の都合で年端もいかない少女が大人であることを強いられる現状はカレンに渋面を浮かべさせる理由として充分だったようである。


 それをフィオナが察するより早く、彼女のつま先に鎮座していた隼が声を上げた。


『…………十時の方角、三〇キロメートル先の地点にて個体名ゴグマゴーグが接近中。予測されていた速度を上回っています』

「来たわね」


 ふい、とカレンが足を振り上げて隼を放る。空中でひっくり返ったまま念動力によって落下を免れ浮遊するそれを置いてけぼりに立ち上がると、懐から小型マイクを取り出した。


『総員に告ぐ!』


 拡声器の役割を担うそれは彼女の勇ましい声を城塞都市全域に届かせる。

 これからの戦いを左右する指揮官に当たる人物の声だからか、それまで雑談を繰り広げていた者達も鳴りを潜めた。


『現在三〇キロ……あーっと六〇ルング先にゴグマゴーグの姿あり! 前衛部隊は地上に出て、空挺部隊は各々配置についた状態で待機! 合図するまで下手に近づかず手も出すな!』


 名を上げようと躍り出る者を諌める意味も込めて指示を出す。

 馬鹿げた話だがこういった場面で先走った挙句死んでしまう事例はビーレフェルトに多く見られるのである。それを早い段階で抑制するのも指揮官としての義務であった。


 因みにルングはケセルと同じくビーレフェルトにて長さや距離の単位として用いられる言葉であり、一ルングにつき二キロメートルを指す。


『あんたら揃いも揃ってアクが強い連中ばっかだからはっきり言って連携とか作戦とかそういうのは一切期待してないわ! だからこの移動城塞都市ダアトを統治する者として、あんたらに与える命令は二つだけに絞っといたから感謝なさい!』


 怒鳴るように言ってから、まずは人差し指だけを立てた状態で左手を前に出す。

 下から見えるとは限らないが棒立ちも不自然と判断しての事だ。


『まず一つ目、私がどけっつったら砲撃の合図だからゴグマゴーグから離れる! もし私に撃たれて全身穴だらけになって死んでも札束積んで遺族黙らせるからそのつもりで気張りなさい!』

「滅茶苦茶な!?」


 流石にフィオナが叫んだが無視して二本目の指、中指を立てる。


『二つ目、無理と判断したら逃げる! 逃げてもいい、じゃなくて逃げなさい! ちょっと休んで回復できる内はまだ戦力の内よ、こっちの陣に逃げて来たらまた使える状態に戻して叩きだすから無駄死にだけは避けるように!』


 発言の内容だけ切り取ってみると味方に逃げ場を塞がれたも同然なのだが、同時に安全の確保も十全に為されているという有難い話でもあった。


 今回のクエスト、参加者の中には単純にカレンとフィオナの実力を当てにし過ぎて侮ってしまっている者も何人かいる。


 はっきり言って彼女ら二人の力は都市内部に避難誘導された非戦闘員の庇護にリソースの大半を割いており、砲撃による後方支援は多少生まれた余裕から生じたものでしかない。

 故に「それがあれば大丈夫」という認識を抱かせてしまわぬように、こうして軽く突き放す言動が必要だった。


『それじゃあとっとと外出る奴は出なさい! さっきも言ったけど刻一刻と敵はこっちに向かっているんだからね! あんま長々とそこの広場をうろついてると落下傘なしのスカイダイビングさせるわよ!』


 厳しいと表現するには厳し過ぎる言葉を皮切りに、広場に集合していた者達がぞろぞろと出入り口に向かって移動し始める。

 その様子を眺めながら再びカレンが円柱に腰を下ろし、逆さまの状態で浮いていた隼はくるりと一回転してまたカレンのつま先にゆっくりと置かれた。


「ふぅ」

「随分とシンプルに合図と命令だけ言い渡されましたが……カレンさんは、激励の意図も込めた演説等はなさらないんですか?」


 声を張ってくたびれた様子のカレンにフィオナが声をかける。嫌味ではなく素直に疑問を抱いたようだった。


「私には向いてないんですよそういうの。そもそもあの場所にいる連中、冒険者も含めて知ってる奴ばかりでしたので変に気取るだけエネルギーの無駄遣いですって」

「ほう。冒険者にまでお知り合いが?」

「ま、それこそ“大陸洗浄”より前からの交流です。ちょくちょく仕事を手伝いに来るんですよ、食い扶持欲しさに」


 尚の事もう少し優しく接してあげてもよさそうなものだとフィオナは思ったが、コミュニケーション関係に深入りするのも野暮な話と割り切ることにした。

 他人の口から深い付き合いを詮索する無作法に、この老獪な人物が如何様なる報復をしてくるものかと恐れた部分もある。


「ところでカレンさん、ケースケさんの修行についてですが仕上がりはいかがですか? 何でも【サイコキネシス】を習得させることに重きを置いたと聞きますが」

「はっきりと申し上げてまだ不完全です。そもそも一朝一夕で身に着くものでもありませんので」


 即答であった。


 フィオナはその返事に少し落胆するも思考を切り替える。

 前提として念動力を扱う者自体が多くはないのだから、一時的にでも指導者の下で訓練を受けられたのなら上々だ。あとは圭介本人の向上心に依存する部分であり、他人が介入するところではない。


「では身に着けるまでまだまだかかりそうですか。やはり希少性の高い魔術ともなれば奥が深いのですね」

「いえ、確約はしかねますが恐らく今日中に完成しますよ」

「……?」


 思わず呆けた表情を向けてしまったその先で、カレンが普段と同じく退屈そうな顔で砂漠を眺めていた。


「最終日には私が手ずから追い込んで間に合わせる予定だったのですが、今回のクエストに彼を巻き込めたのはある意味で非常に運がよかった。やはり実戦に投入できる次元に至らせるには生命の危機を味わわせなければなりませんからね」

「生命の危機? 実戦に、投入……? 貴女、何を」

「排斥派による暗殺。テロリストの襲撃。そして、今回の突如現れたサンドワームの変異種」


 物騒な言葉に怪訝さが滲んだ声を凛とした声が遮る。王族の言葉に自分の言葉を被せる無礼も、今のフィオナにはどうでもいい話だった。


「この短い期間で彼の周囲にこれだけの脅威が撒き散らされている。本当に偶然だとお思いですか? 私は作為的な何かを感じて仕方ありませんが」


 この場合、カレンの意見は正論である。


 これまで転移してきた客人の中でも、東郷圭介という客人は特殊な位置づけに存在していた。まるで呪われているかのように彼の命を脅かす存在が短期間の内に幾度も出現している。


 それらハプニングの連続を作為的なものと捉えれば、なるほど確かに彼自身に戦闘能力が必要となるのも頷けた。


「実戦の中でこそ掴み取れるものがあると信じて今日まで面倒を見ました。何故か戦う経験は少ないはずなのに攻撃を受けることへの抵抗が見受けられなかったので、あとは攻撃する回数と避ける回数を増やすだけです。あのエルフの少女に剣術の指南を受けるところまでは予想していませんでしたがね」

「そうだとしても、せめて今回のお話を持ち出した時点で私にも知らせて下されば全面的に支援いたしましたのに。何もそんな、命を危険に晒してまで……」


 嘘は言っていない。

 ただし彼女が支援するのはカレンではなく圭介の方だ。


 高度な魔術を扱う客人は数いれど、念動力を使う客人というのは現在までにカレンと圭介の二人しか大陸で確認されていない。

 前者は戦争で無双の働きを見せた古強者である。そんな存在に手が届くやもしれない一人の少年が手元にいるという強みを持っていたフィオナにとって、彼がその古強者に師事するというのは面白くなかった。


「そのお申し出は当方と致しましても大変嬉しいのですが、何分これもアーヴィング国立騎士団学校校長のレイチェル・オルグレン殿直々に依頼されたものですので。依頼遂行の為ならばこちらの判断で彼がリスクを負うこともあるでしょう。とはいえそこまで仰られるとは思っておらず、私の配慮が不足していたようで誠に申し訳ありません」


 堅苦しい言葉を選びながらも、声色と顔つきで本気ではないとわかる謝罪である。


 カレンはカレンで東郷圭介という一人の客人がどれほど貴重な才能を有しているのか理解していた。

 その上で彼女は彼女なりの手段を用いて圭介を手元に置こうとしている。


 大規模な戦闘が近づいているタイミングで同年代の男子であるレオに声をかけさせたのも、結局は共感を抱かせて引き込む機会を増やすために他ならない。

 嬉しい誤算として、単純に東郷圭介という人物を気に入ったらしいレオが連絡先を交換しているという事実も彼女が持つアドバンテージに繋がっていた。


 カレンの地位も名誉も王族であるフィオナには及ばない。

 しかしそれは逆を言うなら、フィオナよりもプライベートで接触しやすい位置にいるということをも意味するのだ。


「……わかりました。しかし彼の身に降りかかる不幸の数々、その内の一つである城壁防衛戦は参加させた私にも責任があります。今後貴女の行動が彼の為になるならば、私としましても率先して協力させていただきたい」

「ありがとうございます。畏れ多くも第一王女様からそのようなお言葉を賜り恐悦至極の限りです」


 カレンの発言はその内容と不遜な顔つきが不一致を起こしていたが、それにフィオナも表面的なアルカイックスマイルで返す。

 当の本人が知らない場所で、圭介にとって何も嬉しくない彼の奪い合いが水面下に行われていた。

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