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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第四章 遠方訪問~移動城塞都市ダアト~編

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第十話 引っぱりだこ

 遠方訪問九日目。


 フィオナとセシリアはあれから特に連絡を寄越さず、カレンも「前線に出るだけなら攻撃以外にやることないし当日勝手に前に出なさい」と指示とも言えないような指示を飛ばして以来沈黙している。

 そしてそんな中でも圭介の仕事はいつも通りにあり、ユーの容赦ない鍛錬も休まることを知らなかった。


「おーいてぇ、まだいったいわあ……明日は化け物退治だってのに骨に罅入れるとかホント容赦なくなってきたな。魔術で治ったけど」


 装甲板の清掃と後片付けを終えた圭介が口座に振り込まれていた金額に満足しながら立ち寄ったのは、ダアトにある大きめの書店であった。


 洒落た店構えの出入り口から中へ入ると、アスプルンドの古書店と異なり豊富な品揃えの本棚が目に入る。

 専門書やコミックスはもちろん、レジ付近にはカレンダーや封筒などと共に筆記用具の類も置かれていた。


 圭介が今回買おうとしているのは、第六魔術位階の魔術に関する書籍である。


 魔術位階こそ最下位だが、適性に関係なく反復練習次第で誰でも習得できるそれらの中には当然日常生活において有用なものも多い。


 少しエリカから話を聞いたりもしたが、その数は今も尚好事家や研究者らの手によって増え続けていてとても数え切れたものではないとのことだった。

 手間暇はかかれど第五魔術位階以降のそれと異なり、術式レベルでなら素人でも作り上げられるそうだ(もちろん前提として相応の知識と試行錯誤と資金を要するが)。


 動物の鳴き声から感情を読み取り暗号化する魔術【アニマルコード】や、エリカが悪用していた料理の風味を再現する【アペタイト】などは普段魔術にそこまで興味を持たない者でも習得している程である。


 しかし圭介が求めているのはそういった遊びの範疇にある魔術ではない。


 ダグラスに狙われている上に明日には十キロメートルを超える長大なサンドワームとの戦闘も待っている。

 今回はダアトが有する強力な砲門の数々と多くの客人達がいる関係で城壁防衛戦の時ほど苦戦はしないだろう。相手が客人ではなくモンスターであるという場合もある。


 ただ、大規模な戦闘において死者が発生しないなどということはまずない。


 件の城壁防衛戦は世間では『被害を最小限に食い止めた』と報道されているようだが、冒険者が二人に王城組の騎士が一人死んでいる。


 藍色船舶から投擲された鉄球で頭部を破壊された者。

“インディゴトゥレイト”に踏み潰された者。

 最悪なのはマティアスが“オーサカ・クラブ”を使って行った“インディゴトゥレイト”のパーツ修繕に巻き込まれ機械部品に圧殺された者。


 三番目は被害者が犯罪歴もあり天涯孤独の冒険者だったことも関係して遺族からの抗議などはなかったが、あの藍色の巨人が最終的に爆発した影響もあって死体の回収すらままならなかったと聞く。


 そのすぐ後になって市街地で殺されかけた経験から圭介は学んでいた。

 自分が被害者にならない保障などない。


(その為にも身を護るのに使えそうな魔術はどんどん吸い込まないとな……)


 何なら二冊買って片方はエリカへの土産にしよう、と専門書の本棚を見ていく。


 そんな折、



「あのー、東郷圭介さんっすか?」



 急に声をかけられた圭介はまず最初に声の主との間に距離を作った。


 自分でも無意識に計算していたのか、障害物や歩行者の間隙を縫って一度のステップで取れる限り最大限の間隔を開ける。


「わっ、そんな警戒しなくても……まあ無理もないのか」

「? 君は……」


 足を動かすと同時に視線も向けていた圭介は、相手の姿を補足こそしていたものの概要を理解するのには時間を要した。


 立っているのは特段語るべき特徴もない少年。仮に客人だとするなら金髪ではあるもののアジア系に見える。もしくは顔立ちからヨーロッパ系とのハーフという線も考えられた。

 優しげな顔ではあるが笑顔にどこか軽薄さが垣間見える。


「ヤハハ! どーも初めまして。俺の名前はレオ・ボガート、カレンさんの部下っす。同い年なんでタメ口でいっすよ」

「師匠の……?」

「師匠? えっと、とりあえずそうっすよー。ダアト自警団の下っ端として都市の平和を護ってまーす!」


 元気の良い事で何よりである。おかげで無駄に注目を浴びてしまっていた。


 しかし一瞬収束した視線はすぐに霧散する。

 それによって、どうやら彼の言っていることは事実であると判断した圭介は警戒を緩めた。


 ダアトは広いようでいて狭く、見慣れない人物が目立った行動を取れば目立つが都市に馴染んだ人物が騒ぐ分にはその限りではない。

 周囲の反応を見るに、どうにも元々騒がしい人物として認知されているようである。


「……それで、その自警団の下っ端さんが何のご用で?」

「ああ、簡単な話っすよ。貴方を勧誘しに来ました」

「は?」


 簡単、と言う割にすぐには飲み込みにくい話が飛び出す。


「まず遠方訪問の目的が国内各所にコネクションを作ることってのはご存知っすよね?」


 それはまだメティスにいた頃、ホームでコリンから聞いた話だ。


 騎士団学校の卒業生が全員もれなく騎士団に入れるわけではない。

 試験に落ちた場合、また次回の入団試験に向けて努力するのは個人の自由だがそれらの合否を問わず単位を満たした者は卒業を余儀なくされる。


 そうなった時に完全な無職とならないようにセーフティネットを設けるという意味合いでも、騎士団学校の学生には早い段階で多方面に顔を売る必要があった。


「で、カレンさんは仮に圭介さんが騎士団に入団するつもりがなければ、ダアトに来てもらおうと考えてるそうっす」

「マジか」


 そして遠方訪問を持ちかける側も強かだ。


 将来有望な学生と見ればスカウトの準備に入り、入団試験に不合格だった場合の就職先に躍り出る。

 この年間行事で学生一人が回れるのは三ヵ所だけとなれば競争率も知れたものだ。


 次の試験に合格するまで、と就職した学生もほだされれば余程本気で騎士を目指していない限り定着してくれる。

 そうして得た人材は起用する側から見れば簡単な面接を通しての情報しか入らない新卒の学生よりも信頼性が高いのである。


「っても僕の場合は元の世界に帰る事が第一だから、あんまりそういう話されても……」

「まあまあ、ネガティブな話になって悪いけど卒業までに帰れるかどうかなんてわからないんだし。それにいざ帰る手段見つけたとして、こっちにもそれを知りたい客人は一定数いると思うっすよ? え、まさか手段が見つかり次第自分一人だけ帰ろうとかしてないっすよね?」

「あんた性格悪いな! 正直考えないようにしてたわそこらへん!」

「あと、手がかり探すのなら周りに客人がいる環境の方が今より便利だと思いません?」


 その言葉が圭介の心を優しく突いた。


「ダアトはアガルタ王国中を動き回ってるから色んな場所を行き来できますし、長期休暇を取って外国に行くにしてもカレンさんの後ろ盾があれば何かと便利っすよー。主に治安の悪い国に行った時とか、あの人の名前出せば大概の悪党は黙るんで」

「うぐ……確かに魅力的な提案ではあるけどもさあ……」


 何だかんだと弱い部分を突かれてしまったが、だからと言って「じゃあ卒業したらよろしく」とはならない。

 現代日本に生きていた圭介は高校生という立場ながらもインターネットなどの情報媒体を通して、企業がどのように若者を捕まえようとしているのかをある程度弁えていた。飴と鞭の使い分けも学生の身分ながら漠然と理解もしていた。


 今、目の前には飴が置かれている。


「……ほ、保留で」


 悩んだ末にようやく出た言葉がこの優柔不断な応答だった。

 そんな圭介の答えにも、レオはガッツポーズで大喜びする。


「うっしやったあ!」

「いや保留っつってんだろ」

「断られるかもと不安だったんすよ~。今すぐ答えなんか出ませんし保留でも大丈夫ですってぇ。こっちからしたら断わられるのが一番怖いんすから~」

「そういうもんかなあ……」


 圭介としては首を捻る結果となったが、レオの方は納得を得たらしい。


 そんじゃ、と軽く手を振りながら彼は書店から出て行った。



   *     *     *     *     *     *  



「また会ったな、ケースケ」

「ん、セシリアさん?」


 目当てとしていた第六魔術位階関連の書籍を自分用と土産用に二冊購入した圭介は、その後立ち寄ったイタリアンレストランで店内に入ってきたセシリアと出会った。

 とはいえ圭介は既に食事を終えており、これから店を出ようかというタイミングだったためにやや尻の座りが悪い。


「すまんな。隣り、失礼する」

「え、はい。どぞ」


 とりあえず隣りの席に座るとセシリアはメニューを見て黙り込む。

 決めあぐねているのかと思い声をかけようとした圭介は、彼女が非常にくたびれた表情を浮かべている事に気付いた。


「どうしたんですか、随分と疲れているようですけど」

「ああ、いや……何でもないさ」

「何でもあるでしょ。ていうかぶっちゃけ姫様と師匠の二人が揃う空間に毎日いるのが辛いんでしょ」

「言うな。言ってくれるな、私もわかってはいるんだ。わかっていても、どうしようもないんだ……」


 圭介としても察してはいたが、案の定と言うにはあまりに哀れである。


「あのお二人も今回が初めての顔合わせというわけではないのだがな。どうにもこう、姫様の相手の腹を探ろうとされる癖とカレン殿の攻められれば捻じ伏せるというスタイルが合わないようで」

「何で偉い人ってあんなマウント取ったり取られたりに必死なんでしょうね。面倒じゃないのかな」

「自分より上の位置にいる相手は必然的に自分より下にいる者達にも影響を及ぼすからだろう」


 返ってきたのは簡単な答え合わせ。


「姫様だって不穏な発言をすることはあれど根はお優しい方だし、カレン殿も厳しい言葉を投げかけつつ部下からの信頼は厚いと有名だ。それだけに護らねばならない相手も多い」


 なるほど、と頷ける程度には説得力のある話だった。

 比較にならない程小さな話となるが、圭介の脳裏に某国民的漫画作品に登場する友達思いなガキ大将(劇場版)の姿が過ぎる。


 統治するということがどれだけ大変か、一般人の圭介には想像もできない。

 しかし綺麗なだけでは務まらないのと同じように、汚いだけの人間も務まらないのが統率者なるものの在るべき姿なのだろう。


「だからこそお二人には手を取り合って欲しいところなのだが、まあ、なんだ。姫様はまだお若くてな」

「煽り耐性が低いと」

「言うな……言わないでくれ……」


 歯に衣着せぬ物言いに、苦労人の苦労人具合が増した。


「はぁ……時にケースケ、前々から気にはなっていたのだが」

「何でしょう?」

「お前、確か元の世界に帰還する方法を探していると言っていたな。もしもその方法が見つからないままアーヴィング国立騎士団学校を卒業した場合、行くアテはあるのか?」


 問いかけの内容にどきりとした。つい先ほど、それについてダアト自警団の一員と話し合ったばかりである。


「あーそのぉー。まあ、一応声をかけてくれた人はいますね、ハイ」

「む、そうか……ああすまない、注文をしたいのだが」


 小さく応じたセシリアが若干意外そうな顔になると同時に、店員を呼び止めて適当な小料理とコーヒーを注文した。

 応じた店員が去っていくのを見届けて、彼女の話は予想外の方向に向かう。


「ケースケ。お前さえ良ければ姫様直属の親衛隊に迎え入れようと思っているのだが」

「えっ」

「学校卒業後には王城騎士としての待遇を約束すると言っている」


 言われた側の圭介としては寝耳に水どころの騒ぎではない。


 ダアトの自警団に所属しているレオからの誘いは、一応理解の範疇にあった。

 同じ客人としての同情、帰還方法の模索という目的の共有、常に移動するという身軽さ。

 様々な要因があるからこそ、ダアトからの勧誘に対して圭介は終始冷静さを保てていたと思う。


 だが、それが元より異世界に住まう人々によって構成されている騎士団となれば話は変わる。

 勧誘そのものはあるかもしれないと思っていたが、まさか王城騎士から直接王城へのお誘いが来るとまでは考えていなかった。


「い、いきなりどうしたんですかセシリアさん」

「いきなりではない。少なくとも姫様は客人であり念動力魔術の使い手でもあるお前を出会う前から手元に置きたがっておられた」


 この際軽く物扱いされていることは気にならない。


「あの、それってまずいんじゃないですか。アレですよね、騎士って要するに国家公務員ですよね。んで王城に勤めてる騎士団って試験合格した騎士の中でも選りすぐりのエリートが揃っているんですよね。え、試験とかどうするんですか」

「王族の権限でパスしたものとするそうだ」

「怖いぃ……怖いよあの人ぉ……」


 一応は公共の場所で堂々と不正宣言をかますセシリアも恐ろしかったが、あの薄ら笑いを浮かべる美少女が想定以上に自分に執着しているという事実が圭介にはたまらなく不気味だった。

 思わず自分が座っている椅子の背もたれに頬ずりしながらすがりつく。怖い。ひたすら怖い。


「既に他所から声がかかっているという話だが、多分カレン殿だろう? 大方元の世界に帰還する方法を模索する上で、アガルタ国内を移動し続けるダアトならば有利だの何だのと吹き込まれたんじゃないのか?」

「まるで見てきたみたいに言うなあ」

「見なくとも大人なら大人のやり方がわかるものだ」


 考えてみれば彼女もまた優秀な騎士の一人なのだと圭介が認識した時には手遅れだ。

 既に彼は第一王女と客人の長という二つの高く頑強な壁に挟まれているのだから、逃げ道など存在しない。


「まあどちらを選ぼうと他に行こうと構わんがな。ただ理解はして欲しい。手がかりを探すのであれば、王族の力に近い場所にいた方が何かと有利だということを」


 店員によって運ばれてきたコーヒーと小料理がセシリアの前に置かれるのを合図としたかのように、圭介ががっくりと肩を落とす。


 智に働けば角が立つ。

 情に掉させば流される。

 意地を通せば窮屈だ。

 とかくに人の世は住みにくい。


 彼の脳内に僅か輪郭を残していたガキ大将が、夏目漱石の草枕を朗読しているような気がした。

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