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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第四章 遠方訪問~移動城塞都市ダアト~編

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第六話 それは動画サイトにおける一過性の流行に似ていて

 ユーに姿勢から呼吸から何から何まで指摘を受け、へとへとになった圭介が辿り着いた宿泊用の部屋でも苦難は続いた。


「んじゃ、見てあげるからとっととコップに水入れて持ってきなさい」

「へい」


 格下としての振る舞いも慣れたものである。

 言われるがままにガラスのコップに水を注いで運び、何か言われる前に「じゃあいきまーす」と宣言して水を持ち上げ始めた。


 一応はクロネッカーを用いずに水を持ち上げられるようにはなった。

 しかし球体と呼ぶには不安定に過ぎるし、圭介自身も自分で操りながらその形状すら二分も維持できないと悟っていた。


「ふぬぎぎぎッ」

「……もういいわよ」


 カレンの声が静かな部屋に響く。同時にばしゃりと水の塊がコップに戻された。雑に戻したからかテーブルの上に多少零れている。


「前提として万遍なく力を加えるってことができてないわねー。想定内ではあるけれどここは裏切られたかったわ」

「ゼェ、ゼェ……ま、まあ疲れもありますから、うん」


 やや大仰に落胆を示す声色に圭介も少し苛立つ。それを読み取ってか否か、カレンもその発言に反応は示さず話を続けた。


「安心なさい。そんなあんたの為に今日はいいもの持ってきてあげたから」

「はあ、いいものとは」


 言う間に部屋の扉ががちゃりと開き、外から大きめの手提げ袋に入れられた筒状の何かが数本部屋に入ってきた。

 カレンの【テレキネシス】によるものだろう。相も変わらず化け物じみた遠隔操作である。


「これよ。見てみなさい」


 圭介が実際に袋の中身を確かめてみると、それらは筒の形にまとめられた大量のアルミホイルであることがわかった。

 更に外側からは見えなかったが、ハンマーと紙やすりに古新聞まで一緒に入れられている。


 それらが何を意味するのか、何となく察しつつも圭介は「まさか」と理解を拒絶していた。


「こ、これで何をばせえっちゅうんですか……」

「なんで急に喋り方変わってんのよ。見てわからない? アルミホイルで玉作れっつってんの」

「動画サイトでよく見た奴じゃないっすか!」

「ハン、こっちじゃ私が先駆者よ」


 誇る点がいまいちわからなかったが、彼女が言っている事は理解できた。


 まずアルミホイルをくしゃくしゃに丸めてからハンマーで全体を叩いていく。

 これを繰り返して形状が球体になったら今度は紙やすりで表面を磨いて艶を持たせる。

 工程として必要となるのはこれだけだ。


「因みに私が作るとこうなるわ」


 言うが早いか古新聞一枚と筒の一本が鞄から浮かび上がり、床に新聞が敷かれるのと同時進行で適当な幅にアルミホイルが破かれた。その後即座に圧縮されて大雑把な銀色の球体となる。


 この時点で充分に見えたが更にハンマーも浮かび上がって目にも止まらぬ速さで表面を万遍なく叩き、ある程度叩くと引っ込められて今度は紙やすりが飛び出した。

 ザリザリと表面を削り、これまた目で追うのが困難な速度で玄妙に表層の皺を削り切ったその様は見事としか言いようがない。


 結果的に出来上がったのはテニスボール程の大きさを有する銀色の球体だった。


「お、おぉ……」

「言っとくけどあんたは念動力じゃなくて、自分の手でこういう形にすんのよ。元々念動力でできる段階じゃないと思ってるけどまずは手の感触で学びなさい」

「了解っす」


 いきなり完成形を見せつけられて戸惑いながらも、圭介も同じようにアルミホイルを適当に切り取って丸めた。両掌でぎゅっと圧縮してからハンマーで叩いていく。


 が、どうにも歪んでしまう。


「あれえ? もうハンマーでどうにかできる範疇超えてる……」

「あんたぶきっちょねえ」


 一部が平たくなっていたり妙なところで出っ張っていたりと、その形状はお世辞にも球体と呼べる代物ではない。単純に手とハンマーを用いて圧縮するだけで完成するわけでもなさそうだった。


「私が作ったやつはヒントとして置いてくから、後は自分で考えなさい。それとアルミ玉十個作るごとに水の玉作りも一回試してみるのよ。結構違うはずだから。じゃあ、また明日ね」

「うっす、お疲れ様っす」


 軽く手を振りつつ立ち去るカレンを見送ってから、改めて彼女のアルミ玉と向き合ってみる。


 何度見ても見事な球体である。表面につなぎ目は見えず、外観だけなら綺麗な鉄球と言われても疑う余地はない。

 紙やすりで磨く前の段階から完成度の高さは見えていたが、果たして圭介が磨いたところでここまでの艶めきを再現できるかどうか。


(まあ、まずはやってみてだな)


 失敗作は紙やすりの練習用として端に置いておき、次のアルミ玉制作に取り掛かる。


 今度は手で握り潰す段階から全体のバランスを意識して少しずつ圧縮し、ハンマーも潰し過ぎない程度の威力に抑えてみた。

 しかし手で握る段階で力の調節に失敗してしまったのか、予想以上に形が整わない。


 こちらも紙やすりの練習用と諦めたが、最初に歪めてしまった部分以外は形状がそれなり美しく整っていたことからハンマーの威力を弱めるのは悪くないと判断した。


(ネックは最初の部分だなあ。ここの調整を上手いことしないと全体のバランスに関わる)


 しかし最も重要な手でアルミホイルを圧縮する部分、この基礎的な作業がノーヒントなのもあってまずは全ての手順に慣れを要した。

 こういう時に基地局が無いせいでスマートフォンが使えないのが歯痒くてしょうがない。あれば詳細な作り方を検索することもできたろうに。


(あと八個作ったら水玉作りか。実際どこまで効果があるのかね)


 半信半疑ながらも三つ目のアルミ玉制作。駄目で元々、と自暴自棄にならないように集中力と共にモチベーションも維持する必要があった。

 今度は二つ目の時以上に力を込めず、キャベツよろしく内部に隙間を残して空気を含んだ状態で丸くまとめてからハンマーで優しく叩く。


 これが予想以上に効果的だった。


 多少空気を含んででも最初の段階で球を意識した形にすると、叩く段階での修正が極めて容易となるのだ。

 とはいえこのままだと未だ残っている継ぎ目から空気が抜けて、研磨する段階で全体のバランスが崩れてしまう。少しだけハンマーの威力を強めて叩き始める。


「あっ」


 しかしそれは罅割れに繋がった。


 ぱっくりと開いたそこからは確かに当初の目論見通り、内部の空気が抜けているのだろう。だが、その開いた口を閉じるためにハンマーを用いれば今度は一部分が平らになった歪な玉となってしまう。


 三度連続での失敗であった。


「くぉぉぉ~っ。腹ッ立つぅ~」


 いよいよ精神的な余裕を失いつつあるのか、圭介は顔を両手で覆いながら足と頭を床につけてブリッジした。



   *     *     *     *     *     *  



 カレンは圭介にアルミ玉制作を言いつけてから自身の部屋、[ベヒモス・ビル]の六階へと戻っていた。


 彼女が一歩進む度に二歩先に散らばっている不要な書類やら飲み物の空き瓶やら意味不明な造形のオブジェやらが念動力によってどかされていく。

 都市の支配者らしいと言えばらしい傲岸不遜な彼女の歩みには、しかし支配者らしからぬ疲れが滲み出ていた。


「ヴァー、つっかれたぁ……」


 ダアト全域を支配する彼女の権力は間違いなく絶大なものであったが、同時に背負う責任は重く大きい。


 今も彼女の机には、とある犯罪者を収容する手順の一環としてサインしなければならない書類が待っている。

 書類の概要を充分に理解していれば名前を書いては判を捺すだけという単純な作業の連続だったが、それが今は眠気を誘う。


 今回の下手人は遠方訪問に来た二人に危害を加えようとした一人の男。


 圭介とユーが遠方訪問に来た当日、精密機械を遠隔操作してユーの毛髪を採取しようとした客人の男が圭介に機械を破壊されるという事態が人知れず生じていた。どういった嗜好かは別として、男の行いは立派な犯罪である。


 この結果を受けて男は圭介に報復しようと攻撃用の魔道具を懐に忍ばせ、彼の姿を追い続けていた。

 しかしそこを薄く広げた【サイコキネシス】の索敵網で全て俯瞰していたカレンが部下に取り押さえさせ、あえなく御用と相成ったのだ。


「ったく、とんでもないことしてくれたわねあの変態も」


 この事件は事によってはダアトに住まう客人達とアガルタ王国国民の間に溝を作りかねない、極めて悪質な問題であるとカレン含めた城塞都市運営委員会上層部の全員が結論付けた。


 結果として男は「体がやっと収まる程度の箱に閉じ込め、限られた量の味も何もないチューブ食のみが刺激として存在する娯楽も運動もない生活を一年間強いる」というダアト特有の刑罰、通称“箱詰刑”に処すこととなった。


 この罰を受けて無事でいられた犯罪者はいない。皆、肉体か精神あるいは両方を壊した状態で釈放される。


 その後の生活は支障だらけだろうが、倫理委員会の目もあるが故に最低限のリハビリとカウンセリングを受けさせる必要もあった。その為に必要な手続きの書類もカレンの仕事の範疇となる。


 とにかくそれだけ彼ら遠方訪問に来た学生の扱いはデリケートなものなのだが、同時に甘やかすつもりもカレンにはない。


(わざとアルミ玉の訓練方法教えないまま一日放置してみたけど、案外いいトコまで進んでたわねあのガキ)


 まるで落胆するかのような反応を見せていた彼女の態度は、あくまでも圭介に実力不足という認識を維持させるための方便に過ぎなかった。

 寧ろビーレフェルトに転移してから三ヶ月程であれだけ念動力を使いこなせるのであれば、元々の適性の高さも影響しているのだろう。


 彼なら、もしかすると。


「……とは言っても本来なら私がやんなきゃいけないことなんだけどねえ。体は若いのに歳のせいかしら、気が弱くなってるみたい」


 自分で自分の弱さを嘲っていると、備え付けの電話機から着信音が響いた。


 何事か、と手は書類整理を継続したままに念動力で受話器を引き寄せ話し始める。


「はい、こちらカレン・アヴァロン」

『お疲れ様です。こちら個体ナンバー〇〇九八〇号、ただいま郵便局より一通のお手紙をお預かりしましたので、お受け取り下さい』

「そ、わかったわ」


 視界には存在しなくとも、あの従順な隼はこの部屋にカレンがいる限り常に【サイコキネシス】の索敵範囲内だ。

 彼を載せた円柱を【テレキネシス】で部屋まで引き寄せ、開けた扉から室内に招く。


『こちらがそのお手紙です。ご確認ください』

「ありがと。そういや買い替えてからまだ名前つけてなかったわね。遠方訪問関係でバタバタしてて忘れてたけれど」

『お仕事が落ち着いてからで結構ですよ』

「別に時間のかかるものでもなし、今日中に決めるわよ。それで手紙の内容はっと」


 まず手紙の送り主の名前を確認する。


 途端、カレンが硬直した。


「…………………………………………」

『それでは元の配置に戻らせて頂いてもよろしいでしょうか』

「ごめん、もうちょっと一緒にいて」


 隼の声を受けて正気を取り戻したのか、無表情から苦虫を噛み潰したような渋面に切り替わる。

 同時に頭を抱え込んで溜息も吐いた。


「あー、拾い物だと思ってたけど。厄介なのに睨まれてんのねえアイツも」


 とはいえ薄々こうなる可能性を予期していなかったわけではない。

 あの日、【サイコキネシス】の防壁を剥ぎ取られそうになった時点で察することはできた。


 東郷圭介という少年は普通の客人ではないのだから。


「……これもあのクソピエロの仕業かしら」


 嫌な予感を抱きつつも、カレンにできることは限られている。

 目下すべきは二人の学生の世話を見ながら通常業務もこなすくらいだ。


「とりあえず来客を迎え入れる準備しなきゃいけないわね。っだーもーかったるいわあ」

『一時的な休養を推奨します』


 今この場においては、無機質な声だけが彼女に優しくしてくれた。

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