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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第四章 遠方訪問~移動城塞都市ダアト~編

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第五話 段々と厳しく

――遠方訪問四日目。


 午前五時現在、ダアト内にある公園にて圭介が【解放】済みの“アクチュアリティトレイター”を両手に持って素振りをしていた。

 動作は上段唐竹割り。速さに定評のあるこの動きは剣の素振りをする際にも基本の型として取り入れられる事が多い。


 無論、剣の扱いを教える事前準備としてユーから提示された特訓の一環であった。


 毎日朝と夕方にグリモアーツを用いての素振りを二〇〇回に、メインストリート三周ほどのランニング。

 学校での授業以外に運動する習慣を持っていなかった圭介でも一定の余裕を持って継続可能な範囲の運動量であった。恐らくは念動力の修行も並行していることを考慮したものと思われる。


 これでユーが求める剣術の指南に適した肉体が獲得できるかと問われれば違うのだろう。


 彼女がこのルーチンワークを通して真に求めているのは継続力だ。

 軽くはないが重くもない運動を三日間続けられれば、どの程度で根を上げるかは大体わかるというのがパートリッジ流監督理論である。


(……やってみると二〇〇回ってそんなでもないな)


 そして継続力という点において、圭介は凄まじい適性を有していたと言えよう。


 苦痛に鈍感な体の持ち主である彼は、しんどさこそ感じてはいたものの弱音を吐くほど追いつめられることはなかった。

 どちらかというと明確に成功する未来を思い描けない念動力の修行こそ鬼門であるとさえ思っている程である。


(なーんでかなあ。いや【サイコキネシス】を習得する為の修行なのかもしれないけど、正直取っ掛かりすらない手探り状態だからあんまりできる気がしない)


 素振りを終えて流れる汗をタオルで拭きつつ、昨日カレンに見せてもらった水の動きを頭の中で再現する。

 摘まみ上げるようにコップから抜き取られる水は綺麗に球状へとまとまり、下から漏れる事も表面から流れ出すこともなかった。


 考えてみれば難しいのは当然だ。水が球を象って空中に静止するなどという現象は自然界において発生しない。

 であれば人の手によって引き起こされるのが必然ではあるが、気温や重力といった要素がどうしても邪魔になってしまう。


 あれを実現するためには、基礎となる魔力操作の技術が必要となるだろう。


(ちょっと、クロネッカーで試してみるか)


 公園の蛇口を捻って出た水をクロネッカーに受け止めさせ、流れる水道水を刃の上で滞留させる。

 こちらも不思議な事に球状にまとまるので参考にはなるかもしれない。


「……これ傍から見たら不審者じゃね? 朝っぱらから公園でデカい金属板振り回した挙句、蛇口で刃物洗ってる人に見えない?」


 客観的に見るとあんまりにもあんまりな自分の姿に思わず自問自答してしまった。


 深く考える間にも水は剣先に集積し続け、バスケットボール程の大きさにまで膨れ上がる。

 ひとまずそこまでで打ち止めとし、刃に突き刺された西瓜のようなそれをじっくりと眺めてみた。


(多分これを念動力で再現するのなら真下から真上に向けて働く力と、万遍なく包み込む力を同時に生じさせる必要がある。それこそ溶けたガラスで覆い尽くして密閉するように)


 まとまった水に意識を向けて表層を包む力を自分の魔力で上書きするイメージを思い描く。

 ただ物を動かすだけの【テレキネシス】ではなく、運動エネルギーを生じさせて自在に操る【サイコキネシス】を発動させなければならない。


 そしてまたいつになるかわからないダグラスとの再戦が待ち受けている圭介としては、早く習得しておきたいところであった。


 後々書店で購入した魔術関連の事典によると【サイコキネシス】はダグラスとの二度目の戦いでブレンドンが使用していた【ラヴァウォール】同様、詠唱を要さない第四魔術位階に属する魔術である。


 ただし発動が容易というわけではなく、常時力の動きを意識しなければすぐに術式ごと拡散してしまう扱いづらい部類の魔術であることも判明した。

 同時にカレンの人間離れした魔力操作技術が際立ち、同じ系統の魔術を使う圭介としては頭が上がらない。


 この簡単な修行にしてもそうだ。僅かにでも集中が緩んでしまえば、水の玉は容易に破れて地面に落ちてしまう。


「……おっ、おっ上手くいってんじゃないのコレ、おっ!」


 幾度となく練習した成果か。


 水は一滴も滴らずにクロネッカーから独立して浮かび上がり、圭介の目の前で静止した。

 だが、まだ不安定。表層は揺らぎに揺らぎ、真下から持ち上げる力は強すぎるのか下部を押し上げて若干内側に食い込んですらいる。


「ほぉん……ッ!」


 声を出しても精度が上がるわけでもなく、歪な形状でも液体を持ち上げ続けるだけで精一杯だ。これでは結局【テレキネシス】で形を整えていた頃と何ら変わらない。


 やがて集中にも限界が訪れる。

 ポタリと一滴落ちてからは早いもので、すぐにざぶりと地面に落ちて水たまりになってしまった。


「あーあー……でもちょっとは進歩したかな」


 僅かながらも手応えを感じた圭介は、朝食を済ませるために一度自室へと戻ることにした。



   *     *     *     *     *     *  



「どう? そろそろ仕事にも慣れたかしら」

「あ、師匠」

「その呼び方やめろっつってんでしょ」


 走るダアトの上部装甲板を圭介が【テレキネシス】でデッキブラシを動かし掃除していると、ふわりと背後にカレンが飛んできた。


“アクチュアリティトレイター”で移動する圭介と比較して軽やかな印象を受ける飛行である。しかし彼女の実力から察するにやろうと思えばダグラスの空中跳躍よりも早く移動できるのだろう。

 悔しいがやはりここは実力差が如実に出てしまう。


「徐行状態だからか不思議とそこまで大変って感じじゃないですね。思ってたより掃除しやすくて助かってます」

「そ、よかったわ。時間は一回につきどれくらいかかる?」

「あー、時計見ながらやってないので大体になりますけど。全部通しでやって三時間くらいじゃないでしょうか」

「ふーん。そんなこと言いつつ昨日は七時間ぶっ通しで作業してたみたいだけどね」

「そんなにやってました!? いや、結構自分じゃ気付かないものだな」


 体感時間の短さに思わず大声を出してしまう。季節の関係で日中の時間が長いのも関係しているのだろうが、それにしたって間抜けな話だ。


「水分摂取はちゃんとしてる? 前にも言ったけどダアトだって治外法権ってわけじゃないんだからね、安全第一で仕事してもらわなきゃ困るわよ」

「へい、了解です師匠」

「何で呼ぶなっつってんのに師匠呼び続けるのよ……もう面倒になってきたしいいけどさ」


 声に諦観を滲ませるカレンは、圭介が磨いた装甲板の様子を見ながら溜息を吐いた。


「そうだ、あんた宿題ちゃんとやってるんでしょうね」

「宿題? あ、コップの水を持ち上げるやつですか? ちょっとだけ進歩しましたけど」

「……まだ完全にできないのはどうしてだかわかってるの?」

「やっぱり【解放】しないと念動力の練りが甘いというか……重力に勝てないのがネックですわ」


 とはいえ、圭介が有する魔術の質が上がっているのも確かだった。


 毎日蒸気機関の煙を受ける装甲板は何度掃除しても翌日にはまた汚れている。

 加えて弓なりの傾斜となっているこの場所は、少しでも注意力が途絶えると雑巾で拭き取るべき汚水が眼下の街に落ちてしまうのだ。


 長時間の精密な作業を求められるこの清掃活動を通して、彼の【テレキネシス】は本人の自覚を伴わないまま以前より精度を高めていた。


「じゃあ、今日仕事終わったらちょっと付き合ってあげるから私の見てる前でやってみなさいよ」

「ヴェッ? あ、いやあそれは嬉しいんですけど」


 気まずげに言いよどむ圭介にカレンが若干苛立った様子を見せる。


「は? 何、今更尻込みしてんの?」

「いえそうじゃなくて。今日は仕事終わったらユーに剣術の指南してもらう予定で……」

「……へえ?」


 勤務時間が短い代わりに毎日継続する必要のある圭介の清掃活動と異なり、緑化計画の護衛任務はカレンのスケジュールに合わせて動くからか完全なシフト制である。今日はユーの非番の日であった。

 仕事の過酷さは違えど日々クエストに追われる中で、修行を受けるのも面倒を見るのも大変な努力を要する。その向上心はカレンも感心したようだった。


 当然念動力の修行がおざなりになる可能性に対する懸念も同時に生じるわけだが。


「じゃあその様子も見ていくから」

「えっ、でも」

「こちとらあんたの進捗を確認する時間を必死に確保してんのよ。それを無碍にするようなら今すぐその辺の砂場に頭突っ込ませるからね」

「了解しました」


 気付けば圭介は無意識に敬礼していた。



   *     *     *     *     *     *  



 圭介がユーから剣術の指南をしてもらうのは、実のところ今日が初めてである。


 体作りと言っても覚悟を問うだけの然程過酷とは言えない特訓メニューであったが、彼女曰く「それが出来たなら辛くは感じない修行になる」との話だった。


「カレンさんもいらしたんですか。お忙しい中、付き合わせるような形となってしまい申し訳ありません」


 どこか懐かしい彼女の敬語にカレンは軽く手を振って「気にしないで」と返す。


 ひとまず圭介の念動力の修行については剣術の指南が終わってから改めて見るという事で話がまとまった。

 同年代の女子と外見だけは遥かに年下の女性に同時に世話されるという状況は、思春期の少年にとって何やらむず痒い。


「じゃあ木刀二本用意したから、これで練習してみよっか」


 言ってユーが渡してきたのは木製の剣。木刀、と翻訳されたが両刃の西洋剣を模したものである。

 それでは早速、と圭介が構えた途端に注意が飛ばされた。


「ケースケ君、その構え方じゃ駄目だよ。両手の手首が離れ過ぎてるから、雑巾絞るように引き締めて」

「あ、じゃあこれで良い?」


 指摘に合わせて上下の手首を重ねるように構え直す。その挙動を確かめたユーは軽く頷いて、少し気まずそうに頬を掻いた。


「手首同士が密着するとそれだけ刀身で受ける衝撃を両腕全体に分散させる事が出来るからね。あと攻撃する時に剣に乗せられる力も増すよ。……最初に教えておくべきだったなあ」

「いや、こっちこそ無知で申し訳ないよ。にしても構え一つにもちゃんと理屈が通ってるんだね」

「それはそうだよ。戦いに使う技術なら頭も体も両方使わなきゃ。じゃあ、今度は戦う前の段階の勉強からやろうか。今日はそこまで本格的な斬り合いはやらないからね」


 今日は、ということは今後の流れ次第ではユーと斬り合う機会もあるのだろう。今日のような長い時間を確保できる日ばかりではないので、基礎的な部分は確かに今の内に押さえておきたい。


「まず軽く素振りしてみようか。持ち方はそのままで、後はいつも通りにね」

「わかった」


 言われた通りに木刀を上段から振り下ろす。


 瞬間、構え一つでどれだけの違いが生じるのかを実感させられた。


「うお、軽さも速度も全然違う」

「さっきも言ったけど両手が近づいた事で力が一ヵ所に集中したからだよ。……うん、それにちゃんと毎日素振りしてきたんだね」

「わ、わかるんだ」


 サボらなくて良かった、と内心で胸を撫で下ろす。


「次は足捌きと重心移動の練習しよっか。これは慣れてない人ほど重要な部分だよ。戦う場所は常に足場が平らとは限らないし、体重が両足に均等に行き渡ってるなんて事は戦いの中じゃあり得ないから」

「押忍!」

「その次は得意技の模索だね。筋肉の量と速筋・遅筋の配分によって結構適性は変わるよ。同時に苦手な技もあると思うけど、こっちは克服までは目指さなくていいから最低限使える程度にはしておくように」

「押忍!」

「それから関節の駆動についても勉強しなきゃだね。全身のあちこちに歯車ギアを組み込むイメージを固める必要があるから、次回参考資料を持ってきてあげるよ。相当頭使うから覚悟を決めておいてね」

「お、押忍!」

「あとケースケ君自覚ないみたいだから言うけど、普段から呼吸がちょっと荒いかな。普通に暮らす分にはそれでもいいんだけど、これからは不意打ちにも対処できるように鍛えるからそこも直していこっか」

「押忍……」

「特に実戦に向けて特訓するなら相手が格上の場合も想定しなきゃいけないからそこの意識もだね。これから毎日、翌日の仕事に響かない程度に怪我させるから帰りに薬局で傷薬とか絆創膏をまとめて買っておいてね」

「……」

「ねえ、遂に無言になっちゃったけど大丈夫なのソイツ」

「明日以降この時間帯はこの状態が普通になると思うので大丈夫ですよ」

「だ、大丈夫……? 大丈夫って何だっけ……?」


 本当に厳しい修行の日々は、これからである。

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