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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第四章 遠方訪問~移動城塞都市ダアト~編

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第四話 水の玉、重なる皿

「起きた? じゃ、修行始めるわよ。ってももう時間も時間だしすぐ終わるやつだけどね」


 起き抜けに投げつけられるセリフがそれかい、と圭介は心中で毒づく。

 目を覚ましてまず視界に入ったのは圭介の顔を覗き込むカレンと、蛍光灯ではなく埋め込み式のランプを有する暖色の天井だった。


 リノリウムの床に白いカーテン。ベッドに薬品棚まであるならこの場所が医務室のような役割を持つ部屋なのだろうと見当はついた。

 箱型に密集した金属製の魚達や頭蓋骨の代わりに装飾過多な十二面体のランプを添えられた骨格標本については、きっと自身の趣味から外れたインテリアの類だろうと受け流す。


 この程度の混沌ならルンディアで体験済みだ。金色に輝く筒のような形をしたタニシの仲間ほどではない。


「それで今度はどこに行くんですか? 走り込みですか滝行ですか」

「この部屋でできるわよ。ほら、これ見て」


 カレンが圭介の目の前に突き出したのは水が入ったガラスのコップ。

 念動力で押さえているのか中身はこぼれるどころか揺れもしない。


「……え、これを飲めと?」

「馬鹿じゃないの? 今から私がやることをあんたもやんのよ」


 その言葉に続いて、コップの中から水がぷかりと浮かび上がる。

 水中の泡のように漂うそれはすぐに美しい球体へと形を整え、その場に留まった。


 その球体をしばらく二人で無言のまま眺める。


「……それだけ、ですか」

「基礎も基礎だけどね。今あんたに求めてんのはこれだけよ」


 てっきり先ほどカレンが使っていた【サイコキネシス】の習得を強いられるものと思っていたが、そうではないらしい。


 髭の生えた竜でも作れと言われるのか、と警戒した圭介は幾分か警戒を解く。少し溜息も漏れたかもしれない。

 しかしその反応はカレンの叱咤を呼んだ。


「あのね、言っとくけど基礎ってのは簡単って意味じゃないのよ。これができなきゃ先には進めないっつってんの。大陸にいる他の念動力魔術使い何十人かにやらせてみたこともあったけど、できたのはその中の一つまみだったんだからね」

「一握りですらないんですか」


 見た限りでは難しそうには見えない。

 以前の城壁防衛戦では粉塵爆発を起こすために粉末の動きを(悪戦苦闘の末に)制御した圭介である。液体の操作くらいなら多少は、という気持ちはあった。


 だがここまで釘を刺されるならば相応に難しいのだろう。


「まあまずはやってみなさい」


 手渡されたコップに水のボールがぽこんと戻される。

 これで水に込められていたカレンの魔力は完全に消えた。


「それじゃあ、やってみます。……ふぬぅっ!」


【テレキネシス】でコップの中に魔力を送る。


 圭介の力を受けた水は意思に従ってコップから持ち上げられた。


(よし!……よし?)


 何が“よし”か、と言わんばかりにその形状は球体から程遠い。


 大量の汗をかくが如く表層はだらだらとしたたり落ち、底部もまるで破れた袋のように内包している水をコップへと返している。

 質量の減少に伴って歪な球は真下から飛び込んでくる気泡と共に瞬く間に縮んでいった。


 そうして気付いた頃には、圭介の意識を集中させたコップの上の空間には一滴たりとも残っていない。床に何割かこぼれ落ちて小さな水たまりになっているだけである。


「ま、最初はこんなもんでしょうね。寧ろ一度でも持ち上げられただけ上々ってとこかしら」

「あっれぇ……もうちょっとできるもんだとばかり……」


 それなりの自信を持って挑んだだけに落胆の度合いは増す。カレンはこうなると見越していたようで、特に残念そうな素振りも見せず鼻息をフンと鳴らした。


「あんた、今【テレキネシス】で動かそうとしたでしょ」

「え、あ、はい」

「それじゃダメよ。もう察してるんでしょ?【サイコキネシス】を使いなさい【サイコキネシス】を」


 随分と簡単に言ってくれるものである。


「いや、どうやって使うのかすらわかってないんですけど……」

「あんたさっき私の【サイコキネシス】に触ったでしょうが。あの感触を思い出してどうにかなさい」

「えぇ……」


 不服というよりも呆然としてしまい、その程度の反応しか示せない。


「とりあえず後は自主練を毎日しっかりすること。それとこれ、明日以降の停車時間と発進時間のスケジュールね。発進時間の五分前にはいつでも掃除を始められるように準備しとくように」

「今更ですけど停車中に掃除するんじゃ駄目なんですか」

「掃除に使った水が下に落ちるでしょうが。運行中なら向かい風ですぐに乾くわよ」

「でもまたすぐ汚れるんじゃ……」

「それこそ停車中にやろうが運行中にやろうが大差ないっつの。砂漠の風って凶悪なんだから。とにかくほら、内容確認なさいな」


 手渡されたのは一枚のメモ用紙。カレン本人が相当博識なのか、細かな文章は全て日本語で書かれていた。文法にも誤りは見受けられない。


「え、カレンさんって日本語わかるんですか」

「大体の国の言語はわかるわよ。見た目より年寄りだからね」

「……返しに困る発言控えてもらえません? にしてもすげぇなあ」


 業務内容の記載に留まらず宿泊先の部屋までの道筋、空中から攻撃してくる可能性のあるモンスターの情報まで書かれている。

 また、末尾には私生活を送る上で至便な店舗の案内も書き足したように存在していた。


「うわ、僕の部屋随分と高い所にあるんですね。これって結構身分高い人の居住区域なんじゃ……」

「いやそこただの清掃職員用の宿直室だけど」

「くっそ! でも高い場所で寝泊まりできるのちょっと嬉しい!」

「とりあえずもう動けるならそこに記載された場所に荷物持って行きなさい、ホラ早く」


 ふんぞり返る彼女は一切の動作を見せないまま念動力で圭介のこめかみに彼の荷物をぶつけた。


「つぁごっ」


 痛みこそ慣れているものの、衝撃で変な声の一つも出るというものだ。

 怪我人に対する仕打ちじゃないなとは怖くて言えないが。


「ああ、あとこの街にケータイの基地局とか無いから。通信には部屋に備え付けてある電話機を使いなさい」

「変なところアナログだなこの街! 不便すぎるだろ何ぼなんでも!」


 ついでに現代っ子に対する仕打ちでもなかった。



   *     *     *     *     *     *  



 案内に従って今後の自室となる部屋に向かう前に、早めの夕食を済ませるべく圭介はメモに書かれていた定食屋に向かっていた。


「地図見る限りじゃ……ああ、あそこか」


 視線の先にそれらしき横長の店を見つけた。


 塗装されていないコンクリートの直方体。配管と鉄筋を剥き出しにした店構えは周辺の雰囲気との調和もあってか、一周して洒脱に見える。

 鎖を噛み千切ろうとする犬の意匠が掘られた看板が掲げられているその店の名は[ペリペティア]。ギリシャ語で“冒険”を意味する言葉だ。


 メモ書きの内容を参照するに、地中海に伝わる料理をビーレフェルトの食材で再現して提供する店らしい。日本ではそういった飲食店に縁のなかった圭介としては気になるところだった。


(まずは食べてみて、それから通うかどうか決めるか。オススメの店は他にもあるみたいだし)


 イタリアンはまだしも日本食(和食とは異なるらしい)の食堂まで用意されているとは思わなかったが、娯楽品も嗜好品もこちらの世界では二の次と切り捨ててきた圭介である。楽しみと呼べるのは小説のネタ探しと食事くらいになってしまっていた。


 早速アルファベットで『OPEN』と書かれたドアを開けて中に入る。この文字列すら懐かしいと微笑みながら、






「またあの娘スーヴラキ頼んだぞ!? もう肉以前に串が残ってねぇんだよ!」

「畜生、食べ盛りのエルフってこんなに食うのか!? おいドルマのストック大丈夫だろうな!?」

「すみませんとうとうキャベツ残り一玉になりました!」

「早いわ! もうサラダすら作れねえじゃねえか買ってこい買ってこい!」

「忘れてた! ここが異世界だって忘れてた! エルフがこんなに食べるなんて思ってなかった!」






 一旦外に出てドアを閉めた。


「ああ……そうだよなあ。エリカ程じゃないにしても、ユーも大概おかしいんだったな……」


 一瞬でも見えたあの見目麗しい美貌と暴飲暴食の不釣り合いな様は間違いない。

 つい先ほどまで一緒にいたユーである。


 疲労と怪我で忘れていたが、客人の街にある客人が経営する店となればエルフ対策が不充分である可能性は大いにあったのだ。

 同じ学校から遠方訪問に来ていると知られれば圭介も今後この店に入りにくくなるだろう。

 彼女と飲食店で鉢合わせる可能性の高さを考えると外食は控えた方がいいのかもしれない。


「……まあ、恥ずかしがるのも今更だし一緒に食べるか」


 とはいえせっかく別々になってしまった仲間の元気な姿を見ることが出来たのだ。

 今後の生活をより過ごしやすくする為に部屋の番号を交換しておけば、有事の際にも連絡を取りやすかろう。


 もう一度ドアを開けて中に入る。


「いらっしゃいませぇーっ! お一人様でしょうか?」

「あ、あのバカ食いしてるエルフの知り合いなんで一緒のテーブルでお願いします」


 バカ食いしてる、の辺りで向こうも圭介に気付いたらしい。口元をナプキンで拭きつつ上品に手を振ってくる。

 テーブルの上に幾重にも重ねられた皿がなければ絵になったのだろうが、生憎とその皿はこれからも数を増やすのだと普段から彼女と接している圭介は知っていた。


 表情を引きつらせながら「頼むからアレをどうにかしてくれ」と視線で伝えてくる店員の前を横切り、彼女と同じテーブルに座る。


「お疲れ様。ユーもこの店に来たんだね」

「ケースケ君もお疲れ様。宿泊施設と近い位置にあるから便利だよ。料理も美味しいし、多分今後も通っちゃうかも!」

「やめたれ」


 厨房から何かが落ちる音が重複して聴こえた。次いで泣き声も僅かに漏れ始める始末である。


「何だか騒がしいね?」

「そだね。……えーとメニューこれか。こっちはアガルタ文字なのね。あ、店員さん僕グレープジュースとこのムサカ? ってやつお願いします」

「はーい! ほら店長立って、まともなオーダー来ましたよ」

「うっうっ」


 中年男性の割と本気の嗚咽を聞き流し、改めてユーと向き直る。


「そうだ、ケースケ君あの後どうだった? どんな修行したのか興味あるんだけど」

「実力試しって名目で戦わされた上にぶん殴られた」

「あー、ケースケ君だもんね」

「あとコップの中の水を持ち上げるっていう地味に難しい課題も出された。待とう、遅れて気付いたけど僕が何かやらかしたの前提で話を進めるのやめよう」

「でもケースケ君だし……」

「そりゃ確かに僕は僕だけども……」


 雑談に花を咲かせていると、圭介の前にも料理が運ばれてくる。一見してケーキのようにも見えるそれは、しかして断面に肉と野菜の姿を覗かせていた。


 彼が注文したムサカなる料理は、耐熱性のガラスやプラスチック容器にじゃが芋を始めとした各種野菜と挽肉を地層の如く重ねて詰め込みオーブンで火を通す事で作られるギリシャ料理の代表格だ。

 ホワイトソースを用いる事も多いが圭介が頼んだものはパン粉とチーズで代用しているようである。


 共に運ばれてきたグレープジュースは想像していたものと違っていた。細やかな果実の皮らしき繊維質が薄紫色の液体に混ざっている。

 ただ葡萄ぶどうだけを純粋にシェイクのみで作ったのだとすると、このジュースを作った職人の腕前は見事と言えよう。


「んじゃユーの前評判を信頼して。いただきます」


 まずはムサカをフォークで軽く一口分切り分ける。


 上部のチーズとパン粉の層はざくりというパイにも似た感触があるものの、カリフラワーと思しきムースやマッシュポテトなどの柔らかな部分が多いためかスムーズに手を動かせた。


 口に運ぶと香辛料でもふりかけていたのか、舌ではなく鼻腔に味を訴えかけるような強い香りが脳を刺激する。次いでその強烈な味を緩和させる役割を野菜の自然な甘みが担った。


 この濃密な風味と薄くはあっても主張を忘れない甘味が咀嚼と共に深まっていく感覚は以前の合同クエストで食したベンガラライスに近い。


 数口食べてから喉を潤そうとグレープジュースに口をつける。


 カロリーの高そうなムサカに反してこちらはあっさりとしたものだ。

 多少浮かぶ葡萄の皮は気にするほど残されておらず、何となればスムージーより飲みやすい。葡萄特有の豊かな甘みとほのかな酸味は食欲の助けとなる。


 夢中になっている内に、気付けば皿は空になっていた。


「ふう。文句なしに美味かったなぁ。でもユー、今後は三分の一くらいまで食べたら他の店もはしごするんだよ。お店の人が困るからね」

「ん、そうだね。それと食費が嵩むから今後は自炊もしていかなきゃ」

「いい心がけだなあ。でもその判断をもう少し早くするべきだったんじゃないかな」


 彼らの席から少し離れた位置では、ユーの手が止まってしばらくしても注文が来ない事から嵐が去ったのだと知った店長らしき人物が喜びの涙を流していた。

 流石に気まずげにユーも笑う。


「えっへっへへへ……そうだ、エリカちゃんから聞いたよケースケ君。前の現場でまたあの通り魔に襲われたって」

「やっぱ女子のネットワークって情報回るの早いね。一応今も襲われたの気にしてるんだけど」

「デリケートだなあ。でも勝ったんでしょ? あんなに強そうな相手だったのに」


 その言葉に圭介は微細ながらも違和感を覚える。

 彼女も含めた圭介のパーティメンバーがダグラスの姿を見ていた時間は、総合してもほぼ一分もなかったはずだ。


「え、強そうとかわかるの?」

「だってケースケ君を叩き落とした時の一撃に迷いがなかったじゃない。それって人を殺し慣れてるってことでしょ? それに後から聞いた話では普通の攻撃は効かないし、集団戦にも対応してるみたいだし」

「エリカの奴、そんなことまで言ってたのか。別に黙ってなきゃいけないってもんでもないけど」

「ふふふ。……うん、でも。羨ましいなあ」


 ポツリと零されたその言葉は、寂しげな笑顔から吐き出された。


「羨ましい? 何が?」

「不謹慎かもしれないけどさ。私は強くなるのが楽しくて剣術に手を出したから。……そういう、殺されそうになったり結果的に殺しそうになったりっていう、緊張感のある戦いが、羨ましい」


 瞬間、圭介はユーフェミア・パートリッジという一人の少女への認識を急いで改めた。


 思えば彼女の過去の言動は、その端々に戦いに赴くことへの覚悟やその結果生じる諸々への非情なまでの許容を垣間見せていた。

 単純に剣を嗜むが故の価値観だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。


「私がここに来る前に行った現場は小中学生くらいの子達が通ってる剣術道場だったんだけどね。確かに稽古をつけてあげたらお弟子さん達皆が強くなってくれて嬉しかったけど、想像してたよりも大人しい子達しかいなくて手応えがなかったんだ。私はただ、強い人と知り合えればそれで良かったんだけどねえ」


 世間話の流れで生じるごく一般的な女子高生の残念そうな顔には、常人では悟れない憎悪にも似た羨望が満ちている。

 そして当の本人は、それをほんのちょっとした雑談程度にしか捉えていない。


「元々そういう理由で剣術を始めたせいもあって、前いた道場からは追い出されちゃったんだけどさ。逆に我流でアレンジ技とかも作れたし収穫はあったよ。それにヴィンス先生との戦いだって真正面から斬り合えて満足はした。でもね」


 恐らく無意識なのだろう。右手の指先が、グリモアーツを入れている胸ポケットに添えられる。


「今のケースケ君みたいに、全力で立ち向かえる敵がいつも絶えない状況は、とても羨ましいよ」


 そう言うとかぶりを振って添えた手を下ろした。一度相手に聞かせた自分の発言を撤回できないことへの羞恥でもあるのだろうか、「変な話しちゃったね」と苦笑いまでしている。


 考えようによっては、彼女は狂っているのだ。


 ひたすら強さに貪欲な少女。殺し殺され、命の駆け引きを求め続ける戦いへの渇望は平和な国で生まれ育った圭介には理解しようもない。


 その在り方はビーレフェルトにおいて珍しくもないのだろう。

 モンスターの脅威に魔術を介する複雑な犯罪、更にはオカルトなどという超常現象がまかり通る世界だ。第一に敵を倒す事へ意識を集中させるのも、生存する上で重要な要素なのかもしれない。


 圭介だって普段であればその価値観に不安を覚えて、友人なりに忠告の一つでもしていた。


 しかし、とにかく強くなろうとする彼女の姿勢は今の彼にとって一つの魅力として映る。


「あのさ、ユー」

「どうしたの?」


 圭介の深刻そうな表情を見て、彼女は首を傾げた。少し目を細めている様子から、どうやら説教の一つでも飛んでくるのではと警戒しているようである。


「僕も強くなりたい。今後いつでも他の人を頼れるとは限らないんだし、やっぱり一人ででも最低限戦えるだけの力が欲しい」

「それはまあ、その為に今回の現場で修行することになったんだとは思うけど」

「それだけじゃ駄目なんだ。魔術も使いこなせるようになりたい。でも、体もきちんと鍛えたい。その為に君の力も借りたいんだ」


 少女の眉根がぴんと吊り上がる。


「それは、私にケースケ君の体を鍛えて欲しいって意味なのかな。ニュアンス的に剣術も教えた方がいい感じだよね?」

「うん。僕のグリモアーツならユーの戦い方を参考にできると思ったんだ。もちろん駄目なら諦めるけど」

「……本気で言ってるの? 言っておくけど、私が真っ当に鍛えようと思ったらまず体作りから始めないといけないよ? それにケースケ君が求めてるような、すぐに強くなれるような訓練方法かもわからない。私はただ、ずっと剣を振り続けてきただけだからね」

「本気だよ。体作りが必要なら極力早めにやってみせる。いくら何でもここ最近の僕は、こっちの世界の人達に借りを作り過ぎてる」


 ダアトでの仕事を用意してくれたレイチェル。

 わざわざ自分の為にここまで付き合ってくれたユー。

 依頼とはいえ見ず知らずの他人に修行をつけてくれるカレン。


 ここに来る前にしてもそうだ。


 ダグラスとの戦いを手伝ってくれたルンディア地質調査隊に騎士団の面々、そしてエリカ。


 多くの人に支えられて、今ここにいるのである。


「元の世界に帰りたいって気持ちはメチャクチャ強いよ。でも、その方法を見つける前にまずは恩返ししたい。……って言いながら結局はまた頼っちゃいそうで悪いんだけど、それでも僕は強くなりたいんだ。頼む、剣の稽古でも走り込みでもできそうなことから何でも言ってくれ」


 この通り、と両手を合わせる。異世界人に通用する動作かはわかりかねたが、土下座が通じるならあるいはと望みを託す。


 一方、ユーの方はというと溜息一つ。


「多分だけど、キツいよ? カレンさんの修行だってあるんでしょ?」

「ゲボ吐いてでも間に合わすから大丈夫だよ」

「それは一般的に大丈夫じゃない! いいよやるよ、手伝うから無理はしないで!」

「やったぜ!」


 半ば脅迫も交えたような気がするが、どうにか約束は取り付けた。

 過酷極まる修練の日々の幕開けである。

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