第一話 堆き街
バスを降りて新幹線(見た途端に思わず「あるんだ」と口にしてしまった)に乗り、凡そ二時間ほどで着くコンス駅から徒歩十分。
そこに指定された待ち合わせ場所である特殊駅舎、第七ダアト停止場は存在していた。
アスファルトで固められた停止場には何らかの術式を示唆する白線が引かれ、圭介が立っている乗客用スペースには見受けられない何らかの粉が万遍なく敷かれている。
駅特有の大きな広告板には古ぼけた煙草の宣伝が貼り付けられているが、所々破れていて最早銘柄も不明瞭だ。
そんな典型的に寂れた駅舎が緑の山々に囲まれている風景はアスプルンドさえ恋しくなるような田舎である。
(本当にここで合ってるんだろうな……)
駅名は間違いなく一致しているものの、こうも明確に人が少ない場所に一人で来てしまうと不安で押し潰されそうになる。
気分を紛らわそうと売店で何か小腹を満たせるものでも買おうか、と目線を動かした時。
「あっ」
「へっ」
圭介と同じく、学校から送られてきたプリントを片手にベンチに座っているユーと目が合った。
「わっケースケ君だ! よかったあ、本当にここで合ってるか不安だったんだ」
「僕もだよ! いやあよかった、結構ドキドキするもんだね!」
明るく手を振る彼女は半袖のブラウスにデニムパンツという、普段の性格から思い描くイメージと異なるスポーティな出で立ちで遠方訪問に来ていた。
そして何故か二つあるキャリーバッグ。片方は黄色で、もう片方は灰色という色合いに何となく察するものがある。
「どうしてそんなに荷物多いの? ひょっとしてそっちの荷物は全部食糧?」
「違うよ!? 失礼なんだから、もう」
言って彼女は灰色のバッグを引き寄せ、持ち上げた右膝の上に横たえたかと思うとパカリと蓋を開けて中身を見せる。
器用な開け方を、と圭介が感心しながら中身を見てみると、そこには黒いアーミージャケットと丸く透明な石を嵌め込んだブローチが入っていた。
「これは?」
「戦闘用の防御術式が組み込まれてるジャケットと、速度はイマイチだけど自動治癒の術式を付与されたアクセサリーだよ。私の適性を考えると当てられるのって平和なクエストばかりじゃないから」
「あー……」
考えてみれば彼女は刀剣を振るう真っ向からの戦闘要員である。寧ろ物騒なクエストを宛がわれることの方が圧倒的に多いのは目に見えていた。
同時に今回の遠方訪問クエストがどういった傾向のものであるかを想像して、圭介も覚悟を決める。
「にしても今回凄い所に訪問することになっちゃったね。ダアトだよダアト!?」
「ごめん、僕そのダアトがどんなに凄い所なのか知らないんだけど有名なの?」
「そりゃあね。魔術なしに蒸気機関だけで動く移動都市要塞なんて他に無いし。大陸的に有名だよ」
蒸気機関だけで城塞都市が移動し続けるという事自体恐ろしく非現実的に思える一方で、魔術を現実として受け止めている事実に気付いて圭介はかぶりを振った。
ここ最近鈍感になりつつあるが、あまり順応し過ぎるのはよくない。
「大体アガルタ国内の決められた順路を一年かけて移動するんだけど、今回はコンス駅近くの停止場なんだね。マニアじゃないから知らなかったよ」
「移動城塞都市のマニアとかいんのか……」
鉄道マニアのようなものだろうかと想像するが、現物を見ないと何とも言えない。
「にしてもダアトかあ……。また強めのモンスター討伐かと思ってたけど、今回は校長先生がケースケ君に合わせて現場を決めてくれたみたいだね」
「へ、何で?」
「だってダアトって言ったら、客人が作り上げたってことで有名なんだから。“大陸洗浄”停戦協定で国から客人側に出された条件の一つに『移動城塞都市ダアトの年間移動ルートの設定』っていうのがあるくらい」
「客人が……移動城塞都市を、作った……?」
つまり、自分のように異世界転移を果たして一からダアトを作ったということになる。そこにどれほどの苦労があったのか、まるで理解の外にある話だった。
「ケースケ君もプリント見たと思うけど、今回の遠方訪問クエストの依頼主がその中でも最高権力者って言われてる人なんだよ」
「それは、名前は見たけども。まさかそんなに有名な人だとは……」
言って圭介は再びプリントに書かれている今回の概要を確認する。
依頼主の名はカレン・アヴァロン。
ビーレフェルトに住まう多くの人々と同じく、英国の人名であることから相手が客人である可能性を失念していた。
依頼内容はざっくりと『雑務の手伝い』としか記載されておらず、微妙に不安が残る。
「しかも凄いんだよ、何とケースケ君と同じ念動力魔術を使う上にものすっごく強いんだって! きっと色々教えてもらうようにっていう校長先生の計らいだねえ」
「ふふふ、そうだといいけどね……こういうのって大概性格きっつい人だったりするから、どうかな……」
「…………あぁ。女軍人みたいな……」
そもそもの前提が“大陸洗浄”の生き残り、それもリーダー格に属する人間である。生半可な覚悟で向き合える相手ではないと圭介の直感が叫んでいた。
ルンディア特異湖沼地帯の異常が平常として処理される日々の中で培われたこの感覚は、下手な前評判よりも信頼できるのだ。
「ていうか本当に場所が合ってるならそんな移動城塞なんていう大きなもの、もう見え始めていい頃合いじゃないの」
「多分そろそろあっち側から見えてくると……あ、音はもう聴こえてるね」
言われて耳を澄ませると確かに僅かだが遠来の如く離れた場所から轟く機械音が聴こえてくる。
その割に影も形も見えないな、と圭介がキョロキョロと視線を動かしているととある異常が目の前に生じ始めた。
「…………」
偶さか視線を向けた先にある山の後方から、別の山が現れた。
一見してただただ黒く高く聳えるそれはブナかオークを植えられた泰山に見えるが、よく見ると構成しているのは無数の砲台や鉄筋、あるいは煙突だ。
無骨なそれらは蒸気機関を含む関係で黒い煙を噴いている。
それでいて大まかな輪郭が繭のように見えるのは、上下から挟み込む、あるいは包み込むように設けられた金属装甲によるものだろう。
覆い被さるような上部のそれには縦に裂けるようにして煙を逃がす隙間が三本ほど用意されており、巨人の指にも見えなくはない。
大きさを薄ぼんやりと想像はしていたが、実際に目の当たりにすると強い衝撃を受けてしまう。
「ハイファンタジーかと思ったら現代異能、それに慣れ始めた辺りで巨大ロボット出されてお次はスチームパンクかぁ……どういう世界観なんだホントに」
「何言ってるの?」
ユーに怪訝な表情を向けられながら小説家志望としての視点でうわ言を吐く圭介も、その壮観な光景を前にしては心を揺り動かされてしまう。
城塞都市と呼ばれるからには内部には生活環境が整えられているに違いあるまい。多くの人々が集まり、生活を営んでいる。
異世界に来てから初めて圭介は「冒険している」という実感を得た。
* * * * * *
「はい、どうぞ。失くしたら早めに連絡お願いね」
「どうもー」
受付を担当するにこやかな初老の女性に相槌を打って先に進む。
圭介達の目の前で停止したダアトは、乗客用スペースに向けてずるりと昇降用階段を伸ばしてくれた。
それを渡ると今度は出入り口の受付が設けられていて、ガラス玉を数珠なりに繋げた簡素なデザインのブレスレットが配られる。
これは内部での戸籍を持たない外部からの来客に向けて用意される入場証明として扱われ、滞在時間を記録して都市管理局に情報を送信するのだという。
本来なら相応の金額を支払わなければならないところを、今回に限り依頼主の権限で無償化してくれるという話だった。
では最初からつける意味などないのでは、とはならない。
遠方訪問の期間が始まる前の段階で排斥派に命を狙われている以上、圭介がここに来ていると知られることは彼自身への危険に繋がる。
故に表向きだけでも他の来客同様の扱いをしなければならないのだ。
「色々な人に迷惑かけてるようで申し訳ない気分だよ、僕は」
「まあまあ、そこは仕事で返せばいいと思うな。でも私もどんな仕事するのかいまいちわかってないから、不安なのは一緒だよ」
「ホント腹減ってないとミアと並んでまともだね君」
「ケースケ君は失礼だ!」
受付用のスペースは二人の会話を思いの外響かせる。
やけに広いのはより多くの人間が乗り降りする駅にも対処できるように考えられてのものらしい。先ほどの受付の女性曰く、一番忙しい時期には三〇〇人が出て行き四八〇人が入ってきたそうだ。
「そういやダアトって普通の車みたいに車輪で動いてるんだね。かなりでかいのを使ってるみたいだけど、メンテナンスとかどうしてんのかな」
「あ、それはあの停止場がそのまま車輪の修復をしてくれるんだってさ。白線で術式が書かれてたでしょ? あれと振り撒かれた鉄粉で車輪から不純物を取り除きつつ欠けた箇所を修復して……っていう風に自動的に整備するんだってさ」
「へぇ。考えられてるなあ」
雑談を交わしながら受付用スペースを出てまず視界に飛び込んできたのは石畳と煉瓦で構成された街並み……を、小さく四角く切り取ったかのようにも見える遠い市街地の出入り口。
その手前には真っ直ぐ前へと伸びる、橋にも似た金属板の足場と手すり。
横には『進入禁止』と書かれた立て看板があり、看板一枚先にはなるほど無数の歯車がひしめき合い現在進行形で稼働している。
複雑に絡み合うそれらがどのように各々の役割を担っているのか圭介には想像もつかない。ただ、『巻き込まれれば死ぬ』程度の認識は一目で得た。
過去に馬鹿な誰かが進入したのだろうかと考えると鳥肌が立ってしまう。
「行こ、ケースケ君」
対して肝の据わったユーが一歩先を歩き始め、遅れて圭介もついていく。
足場の先へと進んで安定した地面に足をつける頃には街並みを見回す余裕も生まれた。
「……おぉ、思った以上に変わってるなあ」
最初に見えるのはマゲラン通りもかくやという人通りの多さを誇るメインストリート。
圭介達が出てきた出入り口から見ると丁度「く」の字の曲がり角が真正面にあり、左右に道が分かれているようだった。
圭介が「変わってる」と形容したのは街を構成する建築物や設備に見られる様々な外見的特徴だ。
今はまだ点灯していない街灯一つ見ても光を発する石を用いた魔道具ではなく、わざわざ電球を剥き出しにした茶碗型の照明を同じく剥き出しの配線によって接続している。
これだけだと文明的にメティスより劣っているかのように見えるが、そうではない。
路地の端では細かな歯車や針金で構成されているテントウムシの形をした通信機らしき物体が、空中に浮かびながらベンチに座る少年と雑談していた。
会話の内容から病気の友人の見舞いに行こうと他の友人に呼びかけているようである。
小さな公園と思しき場所ではペストマスクを被った男が小さな子供に転がってきたボールを投げ渡してから、首を傾げてボールを投げた右腕を外して再度首を傾げていた。
どうやら義手だったらしいが、見ていてギョッとする光景だ。
そんな景色に唖然としていたユーの髪に一羽の蝶が止まった。……が、よく見るとこれも細かな部品で緻密に作られた機械仕掛けだ。
器用に気付かれないまま髪の毛を一本採取して持っていこうとしたので、圭介は袖口に仕込んでおいた折り畳み傘の骨を【テレキネシス】で射出してその蝶を無言のまま射抜いた。
「すっごいねー……!」
「あ、うん。……見て回りたいけど時間も微妙だし、もう約束の場所に行っちゃおうか」
「そうだね。確か[ベヒモス・ビル]の六階だっけ」
言いつつ二人して地図を出そうとしていると、何かが近づいてきた。
『こんにちは。東郷圭介様とユーフェミア・パートリッジ様でお間違えないでしょうか』
枯れた青年の声で話しかけてきたのは、ここまでに見てきた中でも群を抜いて精巧に作られた機械仕掛けの隼。
ローラーでも付いているのか滑らかな動きを見せる円柱状の土台に乗っているのは、人間側と会話しやすい高さで会話できるように工夫を凝らしたからか。
こうした案内役のロボットというものを創作の世界でしか知らない圭介に、一抹の少年的興奮が舞い降りた。
「えっ、あっはい。東郷圭介です」
戸惑いながら応じた圭介に続けて「そうですが」と他人行儀に接するユー。まだ彼女が圭介に敬語を使わなくなってから二ヶ月半程しか経っていないというのに、随分と久し振りに彼女の敬語を聞いた気がした。
『私はカレン・アヴァロン様よりお二人を[ベヒモス・ビル]までご案内するよう命じられたものです。個体ナンバー〇〇九八〇号、ネーミング未登録ですので呼び方はお好きにどうぞ』
「よ、よろしく。うわーデザインかっけぇ……」
『賞賛を受けたものと認識します。では、こちらへ』
円柱の回転に合わせてそこに乗る隼も向きを変え、するすると通路の先を行く。周囲の誰もがその様子に反応しないことから、それがこの街では日常の一部として組み込まれているのだと思い知った。
「……面白そうな現場に来たもんだね、僕ら」
「うん。メティスではまずお目にかかれないね」
苦笑して二人は名無しの隼を追う。
その先に待つ者がどんな人物なのかも知らずに。




