幕間 やはり彼らは闇を往く
それは圭介達の目の前からダグラスとララが姿を消して一時間後。
「ここからは徒歩での移動となりますので、一度降下します」
「あいよ……」
暫し空中を並んで移動していたダグラスとララはとある平原上空で移動を一旦中断し、ララは風圧、ダグラスは空気抵抗によってゆっくりと地面に降り始める。
周囲に目撃者はいない。そもそも、目撃者が現れるような場所でそのような挙動を見せる程彼女は愚かではない。
「……よう、あの客人と一緒にいたちんちくりんはテメェの知り合いかよ?」
ほぼ直立に近い体勢のダグラスが、ただぼんやりと近づく地面を見続けるララに水を向ける。
それに対して返される声はやはり無機質なものだ。
「グラティアに移動する際にバスで少し。無難なやり取りに終始しましたが」
「ケッ、それだけかよ。脳天に風穴こさえるくらいやってみたらどうだ」
「仕事以外での殺傷は余計なトラブルの遠因となります。それは私に求められている役割ではありません」
「相変わらず色気のねぇ女だ」
舌打ちする青年に向けて、今度はララの方から話を振った。
「貴方の方こそらしくもありませんでしたね。あの人数を相手にしていたとはいえ転移から三ヶ月も経過していない客人に傷を負わされただけに留まらず、まさか名前まで記憶しているとは意外でしたよ」
「アイツぁ今までの雑魚共と違うからいいんだよ。こちとら魔術を実質初見で見抜かれたのは大陸人相手ですら無かったぞ」
「見抜かれる前に殺すからでしょう」
「……あぁ、だから見抜かれたことなかったんだな」
それもそうか、とダグラス側は得心したようである。
やがて二人揃って地上に辿り着くと、背中の“ブラスフェミー”を解除するララを何気なく眺めながらダグラスがふと気付いたように言う。
「おう鶏ガラ、いつも持ってるデケェ鞄はどうした? アレが無けりゃテメェなんざ一山いくらの凡人だろうが」
「あの人が手筈を整えてグラティアから次の集合場所へ送って下さるとの話でした。本格的な活動はまだ先となりますので、今は不要であると判断しての措置でしょう」
「……へぇ。じゃあ今から俺が襲おうとしても、テメェは満足に抵抗できねえってことになるよなあ?」
ニヤリ、とダグラスが笑う。彼はまだ“エクスキューショナー”の【解放】を解除していない。
放たれる害意に晒されながら、それでもララは表情筋を動かさなかった。
「そうなりますね」
「『そうなりますね』って、それだけかよ……マジでお前ってさぁ」
反応の薄さに興を削がれたのだろう。落胆するように肩を落としたダグラスが、今度こそグリモアーツの【解放】を解除して懐にしまう。
訪れた静寂を破るように二人のスマートフォンが同時に震えて、メールの着信を告げる。
内容を確認したところ、案の定内容は集合場所の指定を含む業務連絡だった。
「うげ、反対方向に来ちまったのか。こっちまで飛んできたの無駄じゃねえかよ……どうせならメティス方面に行っときゃよかったぜ」
「それはあくまで結果論に過ぎません。あの場から撤退する為には最適な逃走経路を選んだと自負しています」
「ふーんそっかどうでもいいわ」
性格的にどうしても噛み合わない二人の排斥派が肩を並べて夜道を歩く。その中で交わされる会話はどこか空虚だった。
「これから忙しくなっちまうなあ。野郎と決着つけるのはまだまだ先かぁ」
「それまでに他の排斥派によって殺害される可能性を考慮しないのですか?」
「ったりめぇだろ俺が殺し損ねたんだぞ。他の奴が殺せるわけねえっつーの」
ただ、空虚ながらも声は絶えない。
その声に反応して夜間も活動する獰猛なモンスターが現れても単独で対処できるという自負を前提としながら、護ろうともしていない相手に会話を求めている節が彼らにはあった。
「それだけの自信があるのならば、これからを考慮して動いて下さい。今回トーゴー・ケースケを期間内に殺害できなかったことは貴方の評価の下落に繋がります」
「知らねえよ評価なんざ。ヴィンスのジジイの時みてぇに殺しに来るってか? テメェらが? 冗談だろ」
「私が冗談を言うとでも?」
「自分でそれ言っちまうのが駄目なところだな」
二人の声は段々と夜の向こう側へと消えていく。時折、彼らの会話を聞きつけた哀れな猛獣の断末魔を響かせながら。
数時間後に朝を迎えたその空間には、無人の平原が広がるばかりだった。




