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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第三章 遠方訪問~ルンディア特異湖沼~編

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第十七話 束の間の休養

 客人を狙った連続通り魔事件の容疑者とされているダグラス・ホーキーが、被害に遭いながらも生存した唯一の例外である東郷圭介を殺すためにアスプルンドまで来ている。


 この事実は圭介から連絡を受けたルンディア地質調査隊、アスプルンド騎士団、メティス騎士団、アーヴィング国立騎士団学校に属する面々に大きな衝撃を与えた。


 本来ならばメティスの城壁を通す事などあってはならない現状において通過を許してしまったテディ率いる城壁常駐騎士団は当然ながら処罰を受けたが、それは根本的解決とならない。

 通過した手口の特定及び今後の対応こそが肝要であり、その為に今現在もメティスとアスプルンドとの間で騎士団同士のやりとりが頻繁に行われている。


 レイチェルはというと都知事であるマシューにこの件を報告し、何らかの対応策を練ってから再度連絡すると言ってそのままだ。


 無難な落としどころとして想定されるのは二つ。

 メティス城壁常駐騎士団からアスプルンドへの人事異動による警戒網の強化と、周辺住民への警戒勧告といった方針で落ち着くだろう。


 では、遠方訪問クエストを依頼した立場の地質調査隊はどのような判断を下したか。


「……暇だな」


 結論だけ言えば、圭介に一時的な自宅待機を言い渡していた。


 命を狙われている以上は仕方ないと心情的な面では割り切れたが、「また明日」とエリカに言ってしまった手前どうにも気まずい。しかも娯楽品の類を持参していないせいでやることもない。

 せっかくなら、とこれまでに異世界で起きたあれこれを小説のネタ帳にまとめる作業も三十分足らずで大体完了してしまった。


 今は襲われた腹いせにダグラスが触手に絡まれてあらゆる体液を垂れ流しつつ痙攣しているイラストを量産しているところである。


(こういうのを敢えて持ち歩くことで緊急時に相手の気を逸らすくらいはできるかな……)


 それもメモ帳のページ九〇枚分ほど描き続けた辺りで虚しくなってやめた。

 世にもおぞましいラストを迎えたような気がしたが、それら名状しがたい物語も今はくしゃくしゃに丸められてゴミ箱の中だ。


 いよいよ退屈も極まって惰性で空腹を満たすためのカップ焼きそばを作り始めた辺りで、部屋のインターフォンが鳴り響く。


 それに対して圭介がまずとった行動は部屋の中央に陣取ること。


 厳密には窓と玄関の中間地点。そこでグリモアーツとクロネッカーを両手に持った状態で待機し、しばらく声も出さずに居留守を使う。


 この動きは騎士団からの指導によって待機中は徹底するように言われ、調査隊にも情報が共有されている来客時の応対である。

 外部と繋がる場所からの襲撃に十全に対処できるよう考案されたそれを知らないとなれば、関係者以外の来訪と見なしてそのままやり過ごすことになっている。


(もしこれで本当にあの通り魔野郎だったらヤバいなあ。何だかんだ言いつつ結局再戦して勝てる自信がないのは変わんないし)


 そんな風に可能な限り警戒したとして、扉をバラバラに切り刻んで中に侵入されようものなら今度こそ圭介の敗色は濃厚となる。

 ウォルトのようにただ自暴自棄になっただけの不良学生と異なり、相手は本物の殺人鬼だ。素人の圭介は戦闘に入る事自体を避けねばならない。


(…………二分経過。よし、なるべく無音で近づいて、覗き穴から外の様子を見る、だったな)


 マニュアル通りの動きでゆっくりと玄関の扉に近づき、外を見てみる。


「もう頃合いですかね? とっとと出てくれりゃあいいのにめんどくせぇなこういうの」

「そう言わないであげて、彼もこの短期間で色々とあって疲れてるだろうから」


 いたのは今現場で休憩中であろうはずのエリカと、メティス城壁常駐騎士団団長のテディ・カーライルの二人であった。

 予想を大きく外すと同時に信頼出来る二人組がいることを内心喜びつつ、圭介が扉を開ける。


「どうもー。っかしいな、片方は今仕事中でもう片方はメティスにいるはずだったと思うんですけど」

「ブレンドンさんが今日は早めに上がってオメーの様子見てこいって言ってたから帰ってきた」

「私は一時的な異動のようなものかな。君達の遠方訪問よりやや長い目で見る必要がありそうだけどね」


 要するにそれって島流しではなかろうか、と城壁常駐騎士団の不遇さを知る圭介は心配にも思ったが何より安堵が勝利する。

 扉を開けたまま体を後退させて中に入るよう二人に促す。


「とりあえず中にどうぞー。あ、エリカそれ何持ってきてんの」

西瓜すいか。そこの八百屋で安かったからさァ、冷蔵庫で一度冷やしてから皆で食おうぜ。いっちゃん早く食えた奴が勝ちな」

「わ、私達三人で丸々一個食べるっていうのはちょっと……。というかそのルールだと年寄りの私が不利じゃないか! ハンデ欲しいハンデ、一分先に食べ始めてもいいとかちょうだい」

「それ以前になんでちょっと乗り気なんすかテディさん」


 まさか城壁常駐騎士団のほぼ全員が彼のような集まりなのだろうか、と先ほどとは趣の異なる心配も生まれてしまった。

 騎士団の性格が代表者によって決定するのだと仮定すると、王城組と呼ばれる王城勤務の騎士達はセシリアのような生真面目な騎士揃いなのだろう。そう思えばなるほど確かにテディとの相性は悪そうだ。


「しかし君も災難だねぇ。急に女子更衣室に転移したと思ったら学校の先生に殺されかけて、フィオナ様に目をつけられて機械仕掛けのピエロ蟹に襲われてほぼ休む暇もなく城壁防衛戦という国の威信を懸けた戦場に駆り出された挙句、今度は本来なら王都から出られない状況にいるはずの通り魔殺人の犯人にこんな離れた所までストーカーされているんだろう?」

「改めて並べられるとエグいな僕の近況」


 これまでそれなりにサブカルチャーに触れてきた圭介だったが、改めて自分の状況を客観視するとその奇抜な運命に思わずげんなりとしてしまった。


「でも悪いことばっかじゃねえだろ。ほれ、王女様からその携帯用トイレももらえたし」

「クロネッカーはトイレじゃねえっつってんだろ! せめてそれを騎士団所属の人の前で言うのやめろや、こっちが気まずくなるわ!」

「ケースケ君、姫様からトイレもらったのかい……?」

「ほら本気にし始めちゃったじゃねーかよ! 違いますって、どこの世界に防衛戦参加の恩賞として携帯用トイレ手渡す王女がいるってんですかしかも同年代の異性相手に」


 言いつつ出しっぱなしにしていた短剣を鞘に納め、人数分の紙コップにペットボトルの紅茶を注いでテーブルに置く。

 相当喉が渇いていたのか、二人ともすぐにぐびぐびと飲み干してしまった。


「あーそうだケースケ、アルマさんから昨日の金色の奴について報告あるぞ」

「別に興味ないけど」

「あれ、タニシの仲間だってさ」

「だから興味ないっつっぇっぇええ!? タニシぃ!? どこが貝殻でどっちが前で後ろだよ!? しかもどうして飛び散った肉片が接着剤みたくなるんだよ!? え気持ち悪っ、なんだか鳥肌立ってきた」


 あのうぞうぞと大量に群がりながら蠢く様を思い出して急に生理的嫌悪感が沸き上がってきてしまい、気温に反して体感温度がやや下がった。


 それからは今日の現場で起こった出来事やアスプルンドの騎士団とテディ達メティスの騎士団による交流会(まあまあ盛り上がったらしい)について話を聞いたり、魔術や魔力を用いない護身術を簡単にだが教わったりしつつ夕方を迎えた。

 異動してきたばかりのテディ達も明日から本格的に仕事が始まるらしく、ゆっくりできるのは今日が最後とのことである。


「王都よりは涼しいかな、なんて思ってたけど普通に暑いよねこっちも。しかもちょっと大きな通りから離れるとカエルとか虫とかうじゃうじゃいてねえ」

「そういやあたしらが来た時も鳥が食ってたなカエル」

「私は生まれがそもそも田舎なもんだから平気だが、若い騎士の中には嫌がる子もいるみたいだよ」


 言ってしまえばこの土地に寄越された時点で半ば左遷のようなものなので、人によってはアスプルンドそのものに対する嫌悪感もあるだろう。

 その点でいけばテディは何も気にしていないようだが。


「でも慣れればいい場所ですよ。エリカも最初来た時には焼き魚みたいな絶望的な顔してましたけど、最近では古本屋に行ってお宝写真集をまさぐる日々を過ごしてます」

「昨日は“スプーン一杯分のエロス”って小説買ったけど官能小説じゃなくて推理小説だった。しかも犯人の名前の所にマーカーか何かで赤い線引いてあった」

「中古の推理小説あるあるだなあ」


 それじゃ、とテディが立ち上がったかと思うと不意に圭介の方に振り向いた。


「ああケースケ君。君は若いしエリカ君は美少女だが、決して過ちは犯さないようにね」

「何言ってんですか? とうとう耄碌もうろく始まりましたか? 駄目ですよちゃんと細かい作業して脳味噌動かす習慣つけないと」

「あたしとテディさんの二人同時に攻撃しやがってこの野郎……」

「ははは、それじゃあまた。西瓜、美味しかったよ」


 今度こそテディが出ていくと、エリカも帰る準備とばかりに自分の手荷物を片付け始めた。帰ると言っても隣室だが。


「とりあえずケースケが現場復帰するの下手したら最終日になるかもしんねえってさ。ブレンドンさんも頭抱えてたぜ、王都の警戒網潜り抜けるとは思ってなかったんだと」

「マジで申し訳ないなあ。悪いの僕じゃないんだけどさ」

「この場合通り魔とメティスの騎士団に責任があるわな。んで、テディさん見る限りだとあっちはもうケジメつけてきてるわけだから、後はあのクソ野郎に落とし前つけさせるだけだ。一応マジで持ってきたからな便所掃除に使った歯ブラシ」

「いいよ見せなくて、ってかんなもん持ってくんな汚いから」

「ククク、これを野郎の口とか鼻とか耳とかにぶっこんだるぜ」


 他人が嫌がることを率先してやる彼女のど畜生精神に、平和な日本出身の一般的な高校生としては舌を巻くばかりだ。

 いかに圭介とて流石に汚物を使った嫌がらせは試そうとも思わない。そのへんに生えてるキノコを食わせようとするくらいである。


「んじゃそろそろあたしも隣りの部屋戻るわ。また何かあったら呼べよ」

「ありがとね。ああそうだ、帰る直前に時間取らせて悪いんだけどさ」


 どした、と訝しげな表情を浮かべるエリカに対して圭介は平坦な声で言った。


「少し魔術について教えて欲しいことがあるんだ。一人で勉強してみようとも思ったけど、ここはエリカに知恵を貸して欲しくてね」

「貸してもらう以上はいずれ返せよ」

「三日間昼飯のガーリックライス奢ってあげよう」

「よぉし話を聞こうじゃないか」


 ニヤケ面でスカートを着用しているにも拘らず胡坐あぐらをかく彼女の姿は、どことなく頼もしく見えた。


「その前に座り方変えろバカ」


 人一倍強い貞操観念の持ち主にはただだらしなく見えるだけだったが。

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