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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第三章 遠方訪問~ルンディア特異湖沼~編

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第十六話 周囲警戒を怠らず、常識に懐疑的であれ

 歓迎会の翌日、圭介とエリカは再び朝礼を終えて地質調査に赴いていた。


 今日はブレンドンではなくアルマとの共同作業、地層の変動観測及びそこから推測可能なオカルト現象の特定となる。

 初日のマナタイト捜索とは異なり移動回数が増えると事前に説明されたが、やるのは変わらず作業員の護衛だ。


「地層が変動するってのもおかしな話だよねぇ。まあオカルトの宝庫みたいなもんだからここじゃそれも普通のことなんだろうけどさ」

「モグラ殺しまくった次の日に地層が動くなんて話聞かされても反応に困りますけどね」


 異常事態も色々あるな、と圭介が溜息交じりに応じるとアルマが笑い始めた。


「ホネクイモグラの群れに襲われたって聞いたけど、そんなもんじゃ異常事態だなんて言えないよ。少なくともウチなら岩塩でできた城の一つでも見つからないとあくびが出るね」

「基準がわかりませんけどまあそれも異常事態っちゃ異常事態か」

「今回はモグラに絡まれないようにしてぇなあ」


 三人が歩行用の土手をしばらく進むと、遠目にもわかる程の奇妙が視界に入った。


「何ですか、あれ」


 子犬程度の大きさはあろう金色に輝く筒状の塊が、ぶるりぶるりと蠢きながら群れを成していた。


 以前住んでいた世界でもサブカルチャーに触れる中で様々な異形の存在を見てきた圭介だったが、流石に該当するモンスターの名前が思いつかない。正直に言うと気持ち悪すぎて知ろうとも思えない。


「あれはー……何だろうね」

「何なんですかね、マジで」

「異世界人もわからねーんなら僕は余計にわからんわい」


 言いつつ近寄ってみると、どうにもアルマが地層調査用のシーカーを設置する場所に群れているように見える。

 無言でアルマがしゃがみこみその何かに指先だけで触れると、


「むにむにしてて冷たい……生き物じゃないのかな」


 と、案外冷静に告げてきた。未知のオカルトだったのか、まずは調査を優先したようである。


「害は無さそうだけどこのままじゃ作業できないね。どかそっか」

「ああ、そういうことでしたら僕がやりますよ」


 ひとまず【テレキネシス】で脇に寄せようとしてみる。が、暴れ回るせいで動きの抑制程度が関の山だ。


「くそっ、どかそうにもこんだけ動き回られると辛いなあ」

「んじゃもうぶっ飛ばすしかねぇな」

「えっ? 判断早くない?」

「おっ、エリカちゃんやる気かぁー? いいぞ許す、やったれやったれ!」

「やったるやったる!【解放“レッドラム&ブルービアード”】!」


 エリカが【解放】すると同時に魔術円を展開し、群がる金色を一掃すべく魔力弾を射出した。


 一瞬にして二十六連発の炸裂を受けた何かの群れは四散し、液状になって弾け飛ぶ。どろりとした質感が視覚から触覚へと嫌悪感を伴う共感覚を伝えてきた。


「おーエリカちゃんたらドっ派手ぇ! でもすげぇネチョネチョしてんね正直気持ち悪い」

「ですね。あたしが散らかしといて言うのもどうかと思いますけどめちゃくそ気持ち悪い」

「こいつら……」


 いくら生命体ではない可能性が高いとはいえ、謎の金色達からしてみればこれほど理不尽な仕打ちもあるまい。


 ともあれ場所は空いた。未だよじれるように動く塊の残滓は意識的に無視し、地層調査用シーカーを設置して周囲を警戒する。


 作業の手順自体は極めて単純であるからか手早く済んだ。


「昨日はホネクイモグラが大量発生しましたけど、この辺はどうなんでしょうね」

「一概に何が出る、って確定はできないけど前出たのはワームかな。ただ特異湖沼地帯の影響を受けたせいか知らないけど結構友好的な個体でね。去年死んじゃったけど皆で可愛がったなあ……」


 遠い目をして微笑むアルマは優しげな声色で当時を懐かしむ。

 圭介はまだそのワームなるモンスターを見たことがない。しかし恐らく通常なら敵対的な存在であり、可愛がられるような存在ではないのだろう。


 そんな存在が飼い慣らされていたのなら、案外このオカルトに侵蝕された土地も悪くはないのかもしれない。


「んじゃ、二十分ほど頼むよ。何が出てくるかわからないのはいつものことだけど、君達はより一層警戒心を強めておきな。ルンディアは非常識が常識だからね」


 言ってアルマがシーカーの操作に入る。

 こうなれば後は彼女を護るだけである。圭介とエリカは適度に距離を開いた状態でアルマとシーカーを挟むように位置取りをした。


 昨日と同じかそれ以上にしんどいのだろうか、と圭介が溜息を吐いていると遠くから何かの音が聴こえた。


「……? エリカ、何か聴こえない?」

「あ? 別になんも……何だ、どういう音した」


 耳を澄ませるとより具体的な音を耳が拾う。


「あーっと、こりゃ何かが割れる音だな」

「何かが割れる音ォ? マジで? それヤバくね?」


 何故かギャルっぽい口調になったアルマが作業を中断して三脚を折り畳む。


「ちょ、アルマさんどしたんすか」

「いーからいーから、二人ともこっち来な」


 彼女は三脚を設置した痕跡を乱暴に靴で消しながら、二人を土手から外れた場所にある横穴へと誘導した。

 この横穴が緊急時用の避難所であると圭介達が知るのは少し後の話である。


 広い出入り口に三人とも入り切ったのを確認すると焦げ茶色の垂れ幕を下げて外部から見つかりづらくする。同時に第六魔術位階によるものと思しき光の玉を出して光源とした。


 昨日からついさっきまで続けて見せてきた姿からは想像もできない程の迅速な対応に圭介が舌を巻いていると、布の間隙かんげきから外の様子を見ていたアルマが「こっち来て見てみな」と促した。


「なんなんすか、よっぽどヤバい奴がいるんすか」

「まぁね。奴っていうか物だけど。顔を外に出さないようにそこから見てみなよ」


 既にエリカは警戒心よりも好奇心が勝ったのか、言われるまでもなく外の様子を見ている。追従する形で圭介も外を見てみた。


「ヴェッ」


 変な声が出てしまったのも致し方あるまい。


 彼の眼に映ったのは空から降り注ぐ紫色の欠片の雨。

 見た限りでは陶器か何かの破片に見えるがその正体を知るには外に出なければならず、外に出てしまえば全身に紫色の報復が突き刺さるであろうこと請け合いだ。


「何ですか、これは」

石層雲せきそううんっていうやたら速く動く雲があって、そこから紫色の石が降り注ぐんだよ。ルンディアで稀にある異常気象だね。別にこの作業服とヘルメットなら当たっても死にはしないだろうけど怪我はするよ」


 異常気象という一言で片づけられる規模なのか、経験がない非日常を前にエリカ共々硬直する。


「……これ、他の作業員の人達は大丈夫なんですか?」

「言ったじゃん、作業服とヘルメットがあれば怪我で済むって。このぐらいなら慌てはするけど別に何てことないよ。もう今頃みんなウチらみたいに横穴に潜ってるって」


 それでも作業は一時中断せざるを得ないだろう。

 地質調査隊の予定表など圭介は見た事もないが、大幅に作業スケジュールが遅延するのではないかと懸念してしまう。


「これだと調査進まなくないですか? 大丈夫なんですかね」

「それなら心配いらないよ。起きる現象の何もかもがあまりにもわけわかんなさ過ぎて、国も調査の期限を定めてないからね」

「それはそれでどうなんでしょう!?」


 調査隊にとってそもそもの目当てがマナタイトという有益な鉱物資源なら一定の期限は設けて然るべきだと思うのだが、そんな常識すらこの土地では通用しないらしい。

 あらゆる常識を疑わなければならない状況に圭介が頭痛を覚え始めた辺りで、外から聞こえる物騒な雨音が止んだ。


「お、もう出て大丈夫みたいだぞ」


 言いつつエリカが外に出る。続けて垂れ幕をめくって横穴から体を出すと、一面紫色の石に覆われた地面が広がっていた。


 既に破片の雨は降っていない。紫石層雲は速いと聞いたが、もう既に通り過ぎた可能性が高い。

 あるいは消失してしまったかのどちらかだが、今の圭介にとってはどちらでもよかった。


「やぁケースケ君やるじゃん! 普段はバチバチ当たって皆痛い思いするんだけどね、今回は普通に無傷で済んだわ!」

「お、ど、どうも」


 背中をバンバンと叩かれつつ【テレキネシス】で地面に降り注いだ破片をどかす。

 アルマ曰く「水生植物の肥料にもなるから横の沼に投げ込んでしまって構わない」とのことだったので遠慮なくなだれ込ませた。


 が、一部地面に貼り付いて剥がれないものがあった。


「あれ? ん? え?」

「どしたんケースケ」

「いや何か……取れないのがあるんだよ。地面にくっついたままのやつ」


 全くの不動を貫くその破片にエリカが近づいてみると、何かに気付いた様子で首を横に振った。


「ケースケ、こりゃダメだ。さっきの金色のやつが接着剤みてぇになって破片と地面をくっつけてる」

「うあーめんどくっさ」


 改めて周囲を見れば付近の岩壁にも紫色の破片が貼り付いているのが見えた。先ほどエリカがまとめて吹き飛ばしたものの一部に降り注いだ欠片が偶然当たってくっついたものと思われる。


 予想外の面倒事に学生二人は嫌そうな顔になるが、アルマは真面目そうな顔でメモ帳に何かを書き込んでいた。


「さて、じゃあこの情報を新しいオカルトとして登録しとかなきゃ」

「え、前例無かったんすか」

「一応ウチら正規の調査隊員はルンディアで起きるオカルトを全部把握してるからね。少なくともウチはこんなの知らない」


 だったら気軽に吹っ飛ばすなよ、と思わなくもなかったが元より手を抜ける場面では可能な限り手を抜く性格なのかもしれない。

 少なくとも感触を確認するなどの最低限の義務は果たしているようだったので、圭介としてもこれ以上言うことはなかった。


 そしてほんのしばらく周囲警戒を続けると予想より早くアルマがシーカーを片付け始める。

 移動の激しさは事前に聞かされていたものの、それでも彼女との共同作業は想定していた以上に激しい動きを求められた。


 まだ今日という一日は始まったばかりである。



   *     *     *     *     *     *  



「じゃ、時間も時間だし今日はここいらで終わろうか。随分と歩き回らせちゃってごめんね」


 夕方になって空が橙色を含み始めると、一旦作業を中断したアルマが腕時計で現在時刻を確認して本日の業務終了を告げた。


「いや全然。ぶっちゃけ地質調査って退屈な仕事ばっかやらされるイメージあったんすけど知らないもん山ほど見られて楽しかったっす!」

「僕はとにかくくたびれたよ……歩くことより次に何が起きるか予測できなくてずっと気が張り詰めてた」


 目をキラキラと輝かせながら大声で喋るエリカと、ぐったりとした圭介という対照的な二人は各々の更衣室にて作業服から私服へと着替え、同時に帰路に着く。


 並んで歩く中でもエリカは随分と楽しそうにルンディアでの仕事について語っていた。

 アスプルンドに来たばかりの頃とは異なり、その表情は明るい。


(まあこの笑顔を見られりゃ上等か)


 勝手に落ち込んでいたのが勝手に元気になるだけでも見ていて救われるようだった。飼い犬を可愛がる愛犬家の気分を知った瞬間かもしれない。


「んじゃ、また明日もよろしく」

「おう。明後日は休みだけどどうする? どっか行く?」

「いや寝る。絶対に寝て過ごす」

「ギャハハハ、二回言う程かよ」


 下品且つ豪快に笑いながらエリカは自室に戻った。それを何となく見送ってから圭介も部屋に戻る。




――瞬間、奇妙な暑さと共に嫌な違和感が襲い掛かった。




(は? 何だこれ、冷房消してきたにしても室内でこんなに暑いって事は……)


 暫し意識を背けるも、現実に見えるそれ(・・)が消えてなくなるわけでもない。

 圭介の脳細胞は唐突なまでにベンジャミン・デナムから聞かされたヴィンスの最期に関する情報を引き出していた。




『ダグラス・ホーキーの侵入経路についてだけど、現状窓ガラスに何らかの手段で真円の穴を開けて開錠してから室内に入った可能性が最も高いとして捜査を進めている』




『魔術か魔道具か知らないが、見事に切り抜かれたガラスを見た限りでは一切の躊躇が見受けられないと騎士団の人間からも恐れられていたよ。全く、執念とは恐ろしい』




『でも君が今住んでいる部屋の窓ガラスには特殊な防護フィルターを貼っておいたから安心してくれて構わない。大丈夫、君の部屋に奴が侵入する事はあり得ないよ』




「…………あれ、遠方訪問先の宿泊施設にまで来られたら無意味だったんだなぁ」


 圭介の部屋の窓にあるのは、真円に切り抜かれた穴。大きさは腕一本が入る程度。

 鍵は当然開錠されていて、侵入したという事実を隠すつもりもないのか僅かな隙間を残して開いたままになっている。

 部屋のあちらこちらが土で汚れており、ベッドの下やクローゼットの中まで探った痕跡までもが見受けられた。




 つい先ほどまで、あの殺人鬼がこの部屋にいたのだ。




「あー、気分悪いわ」


 自分でも不気味に思える程にクリアな思考で、今自分に何ができるかを考えた末に。

 とりあえずまずはアスプルンドの騎士団とブレンドン、次いでメティスの騎士団とレイチェルにこの件を報告することにした。


 コール音と穴を通して室内を満たす蝉の鳴き声が聴こえるはずなのに、やけに静かな夕暮れ時のことである。

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