第十五話 歓迎会
「んで結局、今日一日で合計何匹倒した?」
「二十匹から先は数えてないよ……多分今後の人生でこんなにモグラ殺す日は二度と来ないよ僕」
夕方十七時を回った辺りでブレンドンの進言により二人はアスプルンドへと向かっていた。
元来十七時が定時であると同時に安全な作業を見込める時間の限界であるらしく、その時間を超過しての作業は禁止されているとの事である。
仕事と言えばサービス残業のイメージがあった圭介としては、有難くも拍子抜けだった。
とはいえ、動物を殺すという作業には辟易してしまっているのも事実。
相手してみてわかったがなるほど確かにホネクイモグラ程度のモンスターなら【解放】すら必要だったか怪しい。
グリモアーツの不調を抱えたまま遠方訪問に赴いた圭介に適した難易度と言えなくもないし、これから先ゴブリンなどの人型モンスターと戦う前に心の準備もできた。
では明日からも続けようという気持ちになるかと問われれば、圭介は否と答えるだろう。
尤もそんな感情的な理由で仕事を断るわけにもいかないので、彼は明日以降もモグラやら何やらを殺さなければならないのである。
「今日は君達二人の歓迎会も控えているからね。ゲストに怪我を負わせちゃあいけない」
「そんな気を遣わんでも。僕ら十日くらいしかいないのに……」
「逆を言えば最低でも十日間は仲間として扱うということだよ。俺達は甘えられるのは好きじゃないけど頼られるのは好きだから、わからないことや知りたいことがあればこの機会に聞きたいだけ聞けばいい」
嬉しい話ではあるものの、いざ何を聞こうかと考えてもパッとは思いつかない。
仕事の説明は明日以降にされるだろうし、仕事相手のプライベートを訊くにもそこまで興味がない。
特になければ「特にありません」と言えばいいのがアガルタ王国の風土である。
とはいえそれはそれで気遣いを無碍にしてしまうようで圭介としては気が引けた。
気が引けるだけで言いたいことを言って終わるだろうが、そこは気持ちだ。
「飲み会するのってもしかして[安らぎの止まり木亭]っすか?」
「ここいらで飲み会できる場所なんてそこくらいだからなぁ。代わりに王都では滅多にお目にかかれない、新鮮な魚を食べられるよ。近くに沼があるから結構釣れるんだこれが」
水の動きが内陸部で完結している場所に生息する淡水魚は寄生虫の危険性がなく、たたきやカルパッチョ等の生食を前提とした調理も可能である。
このルンディアという沼地は海に繋がっていない関係から、獲れた魚を新鮮な内に生で食すのがアスプルンドでの常識となっていた。
「そりゃあ楽しみですね。釣って一日経ってない魚なんて向こうの世界でも食べたことありませんよ、出不精なもんで」
「お前、休みの日はクエストでもない限りずっと部屋にこもってるもんな。何してんの? やっぱナニしてんの?」
「うっさいな基本いつも調べ物してるか疲れて寝てんだよ。そらナニもすることはあるけどさあ」
「君ら高校生の男女だよね? え、結構アレな話してるけど付き合ってるの?」
「「なわきゃないでしょやめてもらえませんかそういうの」」
「えぇ……納得いかんわぁ……」
不可解なものを見る目を二人に向けるブレンドンと[安らぎの止まり木亭]に入ると、既に複数名の先客が店内奥の席に集まっていた。
「おぉいブレンドンさん! それに学生さん二人も、こっちおいで!」
まだ酒も飲んでいないというのに上機嫌なその女性は、アルマ・キプリングと名乗った。
一見して幼い少女に見える彼女はクラインという種族である。
敏捷性と小さな体躯が特徴的な種族で、その身体的特徴から他の種族と比較して膂力と魔力の総量は少ない。
しかしルンディア特異湖沼地帯で求められる人材はジェネラリストではなくスペシャリストだ。
彼女は圭介達が護衛を果たしたブレンドンとは別に、地層の変動を観測して時間の経過と共に特異湖沼地帯圏内で生じる地形・生態系の変化を記録しレポートにまとめる業務に携わっている。
明日何が出てくるかわからない中でも圭介達がホネクイモグラしか出現しない比較的安全な場所での作業に没頭できたのは、五里霧中の最中において一定の確率を割り出せる彼女のおかげとも言えた。
「ほれ座んなって、今日の主役二人は真ん中だ真ん中」
「うぃーっす。ケースケ早く来いよ、隣り座れ」
「あいよ。……ていうか、明日も仕事なのに飲み会するんですね」
「引きずるような飲み方する奴いないし大丈夫大丈夫! でも主役っつっても学生さんいるんだし今日はいつもより早めに終わるだろうけどさ」
ちらり、とアルマがブレンドンに視線を送ると、彼も小さく笑って応じた。
「時間の短さについては勘弁してよ。数年前にアルマさんが朝まで飲みに付き合わせた新人に泣きつかれたこともあったんだからね俺」
「立派なパワハラじゃねえか!」
仮に日本に戻れたとしてもその恐怖がついて回るからか、酒の席を用いた狼藉を見過ごせず圭介が顔面蒼白になりながらツッコむ。
はっきり言ってしまえば彼も飲み会などに積極的に参加したがる性格ではないのだ。
「あれはウチも若かった頃だししゃあないしゃあない。今回は早めに終わらすから」
「頼みますよ、もう。二人も他のメンバーもうすぐ来るから先に荷物とか端に寄せておくといいよ」
「うーい」
ハラスメントの恐怖を垣間見せつつ、飲み会開始の時刻が迫っていた。
* * * * * *
「それでは皆さん、乾杯っ!」
『乾ぱーいっ!』
酒宴の口切りは世界の違いを問わないらしい。
極々ありふれた乾杯の音頭と共に、圭介達二人の歓迎会が始まった。
「ほらこれヤバくないすか!? あっちの古本屋に普通に置いてあったんすけど王都の書店に置いたら間違いなく通報されて回収されますぜ!」
「ひゃははははンだよこれレッドキャップに欲情する奴とかいんのかよキモくね!?」
隣りではギリギリ違法ロリと合法ロリが美少女の姿をしたモンスターの写真集で盛り上がっていた。
げんなりとしつつ自分がアルマに絡まれない状況に感謝し、適度に料理を口に運ぶ。
魚以外の料理も並んでいるが、やはり好物でもある生魚の味は日本人である圭介にとってある種の懐かしさを呼び起こす。
久しく食べていなかった刺身の冷たさが、嘗ての日常を口の中で再現しているように思えた。
特段泣くようなことでもないので、無表情のまま暫し咀嚼に没頭する。
「黒髪の客人は生魚を好んで食べるって聞いたけど、どうかな。口に合ったかい?」
無言で刺身を味わっていると、ブレンドンが親しげに話しかけてきた。
どうやらコリンと同じ理由で肉しか食わないらしく、シンプルに塩だけで味付けされた豚肉の切れ端を食べているようだ。
「はい。あっちでもそんなに食べてたわけじゃないんですけど、こっち来てから初めての刺身だったのでちょっと故郷を思い出しましたよ」
「それは何よりだ。そうだ、君さえよければその故郷の話を聞かせてくれないか」
「いいですよ。えっと、国民のほとんどが大学で勉強せずに遊び呆けたり会社の仕事を自宅にまで持ち帰って追い込まれたりしつつ、色んな宗教をごちゃまぜにした年間行事に勤しんでて、誰も彼もが何かしら特殊な性癖を抱えてましたね」
「ヤバくない? ねぇ失礼だけどその故郷ヤバくない?」
圭介がビーレフェルトに転移してからおよそ二ヶ月。“故郷”という言葉が自然と出てしまう程度の年月が既に経過していた。
加えてウォルト・ジェレマイア率いる[羅針盤の集い]とヴィンス・アスクウィスの襲撃に合同クエストでのトラブル、第一王女の指揮下にて城壁防衛戦を潜り抜け今では一度手痛く敗北した相手に未だ命を狙われている。
多感な十代の少年が精神的に疲弊するには充分過ぎる生活を余儀なくされていたのだと、改めて実感した。
「何ですかね、こういう賑やかさは正直苦手だったはずなんですけど。今はひたすら有難いですよ」
「……そっか。それはよかった」
安堵の滲む言葉にブレンドンも微笑んで返す。
特に圭介にそのような話は伝わっていないが、もしかするとレイチェルから通り魔事件の件について説明を受けていたのかもしれない。
いずれにせよこの飲み会に圭介が参加したのは結果的に見て正解だった。
「おいケースケ、お前何か一発芸しろよ」
「いいねえ! 何かある? ねぇ何かある!?」
だったのだが、小学生にしか見えない女達の無茶振りで色々と台無しである。
特に片方は既に酒が入っているせいか呂律まで怪しい。
「ちょっとアルマさん、エリカさんも。ケースケ君にあまり無茶言っちゃあ……」
「いいですよ、ブレンさん」
ゆっくりと圭介が立ち上がる。優しげな笑みを携えながら。
「え、大丈夫なの?」
「一応僕にも鉄板ネタがあるのでそれで勝負します。ダメならダメで次の人が誤魔化しますよ、こういうのは先にやっちゃった方が楽です」
「おっとここでトーゴー・ケースケ選手、一発芸を披露してくれるようです! 皆さん盛大な拍手を!」
アルマの大声とその内容に場にいるほぼ全員が沸き立つ。
それを眺めながら圭介は全員に見える位置にまで移動した。
「それでは一発芸を始めます」
「やんややんや」
「いよっ、待ってました!」
「滑るなよーケースケぇー!」
エリカも調子に乗って騒ぎ出す。
その様子に若干イラッとしながらも、努めて冷静に圭介は言葉を紡いだ。
「『孫の誕生日に間違って頼まれたのと違うゲームを買っちゃって孫からしこたま怒られた挙句にもうお爺ちゃんのとこ来ないって宣言されて心の底から申し訳なさそうに謝り倒すお爺さん』のモノマネやりまーす」
「おいやべぇぞどういうチョイスしてんだ」
「誰か今すぐアイツを止めてくれ! お爺ちゃんネタは俺泣くと思うから!」
「やっべケースケってば地味に怒ってるぞ」
飲み会そのものが苦手な圭介にとって、一発芸の強要は犯罪と呼んでも差し支えない暴挙なのであった。
「因みにその次は『子供がこっそり買い物カゴにお菓子入れた結果レジで計算と金額が合わなくなって惨めさに耐え切れず公衆の面前で泣き叫びながら我が子に当たり散らすお母さん』のモノマネするからな。覚悟しろお前ら」
数秒後にはアルマとエリカが並んで土下座してきた。
* * * * * *
飲み会も終わり、何人か人のよさそうな作業員と連絡先を交換して解散した圭介は部屋の中でスマートフォンを充電しながら土産用に買った写真撮影用の本を読んでいた。
(写真家って逐一こんな細かい計算だの専門的な用語だの使って写真撮ってんのか。そりゃ素人に真似するなんて無理だわなあ)
そうは言っても所詮アナログ時代の書籍である。今のビーレフェルトに広まっている技術力を用いればもっと簡単に編集できるのだろう。
(異世界でも時間は進むし、時代は変わる、か……)
そんな意識が、彼の心中に一つの懸念を生む。
転移してからの二ヶ月を元の世界に戻ってから取り戻そうとしても物理的に不可能なのだ。
恐らく今は行方不明者として扱われる関係で、親が学校に休学届を提出してくれているだろう。
それでも進学不可能な状態のまま年度の変わり目を迎えれば、いくら同情の余地があったとしても退学は免れまい。
そして仮に戻れたとして、その後の生活はどうするのか。
まさか「異世界にいた」などと馬鹿正直に話したとしても信じてくれるお人好しはいないだろう。となると何らかの言い訳を今の段階で考えておく必要がある。
(「記憶が曖昧で」……これが一番無難だと思う。ただ、もう二ヶ月経ってるけど大丈夫か? 時間かければかける程苦しい言い訳になるな)
それだけではない。
もし高校を退学せざるを得ない場合、二ヶ月以上の行方不明期間を経た元高校生の就職先なるものがどの程度の内容になるのか想像もできない。
果たして雇ってくれる場所があるのか、あったとして大丈夫な企業なのか。
元の世界に戻ってもいいのか。
(……やめよう。風呂入って寝よう)
ただでさえダグラスの脅威に関するストレスを緩和したばかりなのに、今度は将来への不安などという余計な荷物を背負いこもうとする自分の精神性に腹が立つ。
気軽且つ穏便に生きていられればそれ以上は望むまい、と圭介は胸に誓った。




