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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第三章 遠方訪問~ルンディア特異湖沼~編

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第十話 都知事オススメの隠れ家的お店

 都知事の外見があまりにも目立ち過ぎるという理由により、一同はマシューの秘書が運転する車両に乗り込んでいた。

 目指すはマシューが最近見つけたという隠れ家的飲食店だそうだ。


(こんなごつい見た目してるおっさんの口から隠れ家的お店なんて言葉が出て来るとは思わなかった)


 圭介の感想はともかく人の往来が多い場所での会食は避けた方が無難なのだろう。

 都知事が乗っていると悟られないようにという配慮なのか、乗り込んだ車も高級車ではあるものの、見る者が見なければわからない類の車種だ。


「そういやさ、伯母ちゃんとおっちゃんって知り合いだったんだな。知らなかったわ」


 車の中で物怖じとは無縁なエリカが、全員が気にしていたことを問うた。


「少し前にあんたに話した“小学生時代にいじめられてた癖に大成したガリ勉”ってのがコイツよ。あの頃は私よりちっこかったのに生意気にデカくなっちゃって」

「いやあ、あの頃からレイチェルちゃんにはよく助けられてて……」

「ちゃん付けやめろっつの」


 隣り合う大人二人は片や仏頂面、片や弱々しい笑みを浮かべているが漂わせる雰囲気は和やかである。古くからの知己というのはそれだけ深い繋がりなのだろう。

 付き合ったり結婚したりしないのだろうか、などと下世話な考えを過ぎらせてしまう程度には圭介にも余裕が出来つつあった。


「ケースケ君。お話だけど、食事の後にしよう。食べながらするような話でもないからね」

「不安を煽るような言い方してんじゃないわよ」


 微笑みながらマシューが口にした言葉で少し厳しい現実に引き戻される。


 今どのような雰囲気であれ、都知事という立場にいる相手が直接話しに来るような事態があったのだ。相応の覚悟は必要となるだろう。


「あ、マシュー都知事私からも質問が」

「ふむ、何だい?」

「そのお店って腹ぺこエルフとマナー知らずなちびっ子が一緒に入店しても大丈夫なお店なんでしょうか」

「種族的配慮はしっかりしてるし、個室を使わせてもらう予定だから大概大丈夫だと思うけど……」


 一方、ミアは目の前の脅威に目を光らせていた。



   *     *     *     *     *     *  



 一同がマシューに連れられて来たのは落ち着いた雰囲気のレストランだった。


 大衆食堂のような騒がしさはなく、また富裕層の需要に応じたような堅苦しさもない。

 目立ちにくい立地の関係で利用客が限られているのか、中に見受けられる人影はまばらである。


「相変わらずいい店見つけるわね、あんたも」

「いやあそれほどでも。あ、先に言っておくけどここの会計は僕に任せてね。都民に代金を支払わせたなんてなったら都知事失格だからね」


 照れ臭そうに額の角を撫でながら、マシューは店員に「六名、場所は奥の個室で」と短く告げる。

 それに対して店員が短く返答して軽く会釈した。来た顔ぶれに対して一切の反応を示さず接客に徹するのは、店側の教育の賜物だろう。


「それではこちらへどうぞ」


 慇懃な物腰の店員に案内された先は、個室としてはやや広い空間だった。


 大理石の床に置かれている橙色の円卓と椅子は六人全員が囲んでもまだ二人分程度の余白が残される。

 壁には魚の水墨画が額縁に入れられた状態で飾られている。何故かここだけ寿司屋か居酒屋のセンスだった。


「広いですねえ。普段からよく来られるので?」

「流石に頻繁には来ないかな。基本的にはこうして会食の際に広めの個室に通してもらうようにしているよ」


 つまり一人で食べる際には別の場所を選ぶということになるだろう。レイチェルの「相変わらず」という発言も加味して考えると、王都中の名店を網羅している可能性が高い。


 結構グルメなのかな、と思いつつ促されるままに席につく。


「……おぉ、見慣れない文字列でいっぱいだ」


 メニューを開いたものの何を頼むべきなのか皆目見当がつかない。じっくりと読み込むことで辛うじて「内陸部のアガルタにある店にしては魚介類を多く扱っている」程度の情報だけ理解できた。

 これは圭介の語学力による問題ではないのだと、疑問符を浮かべながら同じように首を傾げるパーティメンバーの姿が物語る。


 そもそも飲食店でアルバイトをしている圭介は簡単な料理の名前や調理過程についてなら大体理解できるところまで言葉を覚えている。

 それでも「揚げ」「包み焼き」「魚」という単語を飛び飛びに理解するのがやっとの状況であった。


「めんどくせ、伯母ちゃんのと同じでいいや」

「あっずりぃ」

「私は……何ですかね、このドイラって」

「ドイラはビアロープという海蛇の一種を干物にしたものだね。西端の国々に伝わる伝統料理と聞くけれど、クセがなくて美味しいよ」

「じゃあそれで」

「私もそれにしよう」


 他のメンバーは順調に自分が注文すべき料理を見繕っている。

 聞き慣れない固有名詞は大陸特有の言葉なのだろう。少なくとも地球ではあまり聞かない。


 圭介もとりあえずまずは決めようと文字と画像の集合に向き合うが、その中で奇妙な名称の料理を見つけた。


「あ……? 何この“バターバクダンとタマエビの香草焼き”って。バターの爆弾でも作ってんの?」

「え? バクダンってケースケ君のいたとこでは爆弾って意味なの?」


 圭介は一瞬自分がユーに何を言われているのか理解できなかったが、ビーレフェルトの言語での『バクダン』と自動的に日本語から翻訳された『爆弾』とで認識に齟齬が生じたのだとどうにか理解した。


 異世界でも言葉が通じるというのは便利なように思えてこういった妙な部分で不便が生じる。


「バクダン、かあ。僕も毎度この店に来る度気にはなってたんだよね。どんな料理なんだろ」


 などと呑気に言うのはマシューである。

 どうやらある程度この店に通い慣れているはずの彼ですら、バクダンなる代物の詳細を知らないようだった。


「まあ、僕の国の言葉が使われてるのは気になるし。これにしようかな」


 純粋な興味もあったが、何よりもたばこや以来の郷愁を覚えたというのが大きい。


 恐らくこのバクダンなる食物は日本料理なのだろう。

 それが異世界のレストランでどのようにアレンジされているのか、日本人として興味も湧く。


(かやくご飯とか下らないダジャレかまされたらどうしよう)


 ここは異世界である。

 日本語のダジャレに共感してくれる相手は今の面子にはいない。

 その事実を少し寂しく思った。


 しばらくして運ばれてきた皿に載せられているのはテニスボールほどはあろうかという狐色の球体と、二つに分割された海老の肉。

 球体からはバターの芳醇な匂いが、海老からは食欲をそそる爽やかな香草の香りがそれぞれ漂う。


「ケースケ君、なんか凄いの頼んじゃったね……」


 パーティメンバーは謎の球体を見て瞠目し、レイチェルも興味深げにちらちらと視線を向けている。


「それがバクダンかい? どんな味なのか想像もつかないな」


 マシューのフランクな反応も、「やっちまったな」という心の声が顔面中に表れている圭介の耳には届かない。


(やっべえ。こんなんが来るとは予想してなかった)


 正体不明の球体は我が物顔で皿の上に鎮座しており、自身を海老と同格の存在であると主張しているかのようである。


 ともかくまずは口に運ばなければ始まらない。他のメンバーは各々既に食べ始めている。


 少なくともプロが調理しているのだから不味いということはないだろう。味を確かめれば案外気に入るやも、とナイフとフォークで球体を切り分けてみた。


(どうすんだ見たこともないぞ何が日本食だ……ん?)


 切ったその断面を見てみると、見事な真白が見える。

 中身は白飯だった。


「おにぎり……?」


 同時に飯を包む層の断面もまた真白。

 その様子を見た圭介が、飯を包む物体の正体を掴んだ。


(これって練り物か。わけわかんねえ物体かと思って冷や冷やした)


 圭介は知らないが、練り物で握り飯を包み込んだバクダンなる日本料理は実在する。


 その存在は沖縄県糸満市にてよく見受けられる。魚のすり身で炊き込みご飯などを包み込み油で揚げるシンプルな調理過程が特徴である。

 主に漁師が揺れの激しい船上で飯粒を散らさずに手早く平らげられるよう考案されたもので、携帯が容易であり高温の環境下でも保存が利く上に栄養価も高いことから漁師のみならず職人にも好まれやすい。


 圭介が頼んだバクダンの中身はあくまでも白飯のみ。バターも飯ではなく練り物に混ぜ込んであるらしく、切り分けた一部分をフォークで顔に近づけても鼻に大した刺激はなかった。


(まあ、食べてみよう)


 正体さえわかってしまえば怖いこともない。パクリと口に含んでみると、飯と練り物の甘味がバターの風味を纏って舌と鼻腔を走った。


 どうやら白飯の方は塩だけで味付けされているようだ。美味いは美味いが、言ってしまえばシンプルに過ぎる。


 となれば気になるのは海老の味である。


(飯とおかずって感じの和食じみた組み合わせだな。それをナイフとフォークで食べるっていうのも変な感じだけど)


 思いつつ今度は海老の肉を頬張る。こちらは見た目と香りから外れはないと確信していたので怖くもない。


(おぉ、思った通り味が濃い)


 海老特有の臭いが香草によって完全に封じ込められている。

 更に火を通しているはずなのに肉が持つ水分は損なわれておらず、さながら葡萄ぶどうにも似た食感がバクダンで若干乾いた口腔内を癒してくれた。


「美味いですよバクダン。あとこっちの海老も」


 バクダンの詳細を気にしていたであろう他のメンバーにも味を伝えつつ、気付けば圭介は夢中になって料理を口に運んでいた。



   *     *     *     *     *     *  



「で、おっちゃん結局ケースケになんか用でもあったん? っづぁ!?」

「あんたは都知事相手に敬語も使えないのか」

「伯母ちゃんだってタメ口じゃねーかよぉ!」

「まあまあまあまあ、僕は構わないから」


 全員が食事を終えて人心地ついたところで、エリカが相変わらず身分を考慮しない発言を飛ばす。

 相手が幼馴染とはいえそれとこれとは別なのかレイチェルが彼女の頭をばちこんと叩いたが、それを無礼を働かれたマシューが諌めるというのは奇妙な光景だった。


「それなんだけどね。この話はレイチェル……さんとも話し合ったことで、ケースケ君のパーティメンバーでもある君達三人にも関係してくる内容になるから。是非とも聞いて欲しいんだ」


 仕事のスイッチでも入れたのだろうか。

 マシューの纏う空気はどこか頼りないところを一瞬で掻き消し、集会で壇上に上がった際のものと同じ佇まいへ変化した。


「先日、ケースケ君は連続客人通り魔殺人の犯人と思しき不審人物、ダグラス・ホーキーに襲われた。これは間違いないね?」

「はい。とはいえフードを被っていたので、獣人かどうかもまだ確実には……」

「いいや、間違いなく彼はダグラス本人だ。彼と共犯関係にあると見られる人物を尋問して裏を取ったからね」


 その言葉を聞いてユーが首を傾げる。


「その、一つ疑問が。どうやって共犯関係にあると判断したのでしょうか?」

「ダグラスと全く同じ服装で都内各所の監視カメラにわざと姿を晒していたとある少年を確保したのさ」

「んだそりゃ。そんな物好きな奴がいたんかよ」


 都知事相手ながらも尊大な態度を崩さず、エリカが疑問を挟んだ。


「身寄りのない未成年者を囮にして捜査を撹乱し、騎士団が身元の特定にまごついている内に逃走するというのは以前から見受けられた手口だったけど」


 そう言いながらマシューの目は圭介に向けられていた。


「どうやらダグラスに狙われて生還した客人はケースケ君が初だったようだ。君が生きていると少年に伝えたらこの世の終わりみたいな表情になって色々と吐き出してくれた。……そこまでは、よかったんだけどね」

「何か問題があったと」

「ダグラスを盲信していたその少年は今朝、自殺したよ」


 言われて、その場にいる全員が沈黙する。

 驚愕、不快、不安。言葉が途切れたその場を途切れさせた者の声が繋ぐ。


「おまけにダグラスの消息も途中で急に途絶えてしまい、今では少なくともメティスから出ていないということしか判明していない」

「じゃあ、その少年って完全にアリバイのためだけにそこにいた人員ってことになります、よね……」

「それもきちんと訓練を受けている、ね」


 ユーの冷静な言葉に対し、マシューが答えながら肩をすくめた。


「狡猾にも街中のカメラの位置を把握しているらしく、おまけに索敵用の術式にも何らかの対策をしているのか尻尾も掴めない状態さ」


 物騒な話題はなるほど確かに食事中にすべきものではない。


 共犯の存在はセシリアの話を受けた圭介も考えてはいた。

 が、圭介一人を取り逃したことで自殺までしてしまうというのは異常だ。

 いかに裏の社会とはいえそのような心酔を見せるとなるとカルト集団めいてくる。


「一度狙われたケースケ君がまた襲われないという保障はない。そこでだ」


 圭介に向けられていた視線が、今度はエリカ達三人に向けられる。


「今回の遠方訪問、ケースケ君が行く三ヵ所の訪問先にはそれぞれ君達の中の誰かと一緒になるようにスケジュールを調整してもらった。いかに強力な魔術を扱えるとはいえ彼は戦い慣れていないからね」


 つまり本来であれば一人で向かうべき遠方訪問だが、通り魔殺人再来の危険性と圭介本人の実戦経験不足を受けて特別にパーティメンバーと共に行動するという話にまとまったらしい。


 これは仲間に護衛役を担ってもらうという意味も含む。守られる当人は微妙な面持ちとなった。


 圭介としては随分と甘やかされているように感じたのだが、考えてみれば彼は希少価値の高い念動力魔術を使える客人なのだ。

 既に王族のフィオナがその力に目を付け始めている以上、特別扱いは当人の意思を問わず発生して然るべきだった。


「わかりました。確かに犯人がまだ捕まっていないのであれば、そういう配置も必要でしょうしね」

「私は攻撃一辺倒なところがあるので、どこまでやれるか不安ですが……可能な限り頑張ります」

「とりあえずあれっしょ? あの通り魔見つけたらあたしらと現場の人達で取り囲んでリンチすりゃいいんでしょ? 任せてくれよ生き物を可哀想な目に遭わせるのは得意分野だ」

「それ特異分野だろ」


 最初に同行する相方がエリカという点に一抹の不安も覚えるが、一人でいるより心強い。


 胸に去来する多少の安堵を得て、圭介は自分が安心しているという状況が久し振りであることに気付いた。

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