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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第三章 遠方訪問~ルンディア特異湖沼~編

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第四話 甘き日常の終わり

「くはァーッ、ようやっと終わったなあオイ!」


 最後のテストを終えたばかりの教室にて、机に突っ伏す圭介の頭をエリカがばしばしと叩く。


「痛い……もうやめて……」

「どうしちまったんだよまるで休みん日の伯母ちゃんみてぇだなあエェ!? ほれ、今日は皆でどっか行くって決めてただろ急げオラッオラッ」


 疲労困憊の状態で小柄なエリカから軽めの暴力を受ける中、圭介は日曜日の朝から子供に起きるようせっつかれる父親の気分を理解した。


 彼がテスト終了後に他のパーティメンバーと出かける約束をしたのは確かである。


 ミアの趣味である映画鑑賞に全員で付き合う運びとなり、四人で映画館へと向かうのが今日の午後のスケジュールだ。

 ただ不安なのはミアの「見えてる地雷を踏んで一時間以上の時間を虚無に放り投げる」という映画鑑賞におけるスタンスで、観る前の段階から既に心を削られる覚悟を要した。


 もう少しまともな性格だと思っていたミアに対する信頼が、圭介の胸中で若干揺らぐ。


「わーかったって。行くよ行きますよ」

「最初っからそうしとけや。んじゃ行こうぜ、おうコラミアちゃん言いだしっぺが何へばってんだ立て」

「うぐぅ……言いだしっぺって、私が観に行くって話したらあんたが」

「ほれ起きたんならとっとと準備すんだよ。ユーちゃんに至っては何してんの? 机食っても不味いぜ多分」

「ぐぇあ……ああうん、ごめんね。結構な時間正気を失ってたよ」


 エリカの視線の先には朦朧とした意識の中で机に齧りつくユーの姿があった。


 彼女に対する印象も最初と比べてかなり変わったなあ、と圭介は虚ろな視線をその情けない姿に送った。

 とはいえ見損なったのかというとそうでもない。寧ろ絶世の美少女というある種近づき難い存在に親近感を抱けるようになったのは彼にとって収穫であった。

 元の世界に帰ってしまえば二度と会えない相手ではあるが、今この場所にいる間は彼女との関係を維持したいと思える。


「ったくしゃあねえなあ。ここは景気づけにキビヤックでも一発キメとくかぁ?」

「はいユーちゃん立って。ケースケ君も、準備出来次第教室を出よう」

「そうだね。じゃあ誰がエリカを見張るかだけ先に決めようぜ」

「おいおいそれじゃまるであたしが危険な珍獣か何かみてぇじゃねえかよ」

「正しくそのものだと思うよ私は」


 比べてエリカの印象は大して変わらない。安定しているとさえ言える。


 元々女を捨てているかのような態度を一貫させている彼女は一時期圭介と気まずい関係になったりもしたものの、今ではそれを一切感じさせない。圭介にとっては日本でも見かけることのない類の女子だった。


 下手に気を遣わない分いいか、と思うと同時に彼女の将来が不安にもなる。果たして将来結婚する相手が見つかるのだろうか。そもそも結婚願望もなさそうだが。


 ともあれ出かけるとなれば他のメンバーも乗り気らしい。何やかやと言いつつテスト勉強のストレスは誤魔化せていなかったのだ。


「ほんじゃ行きましょうかね。まずは何か食べよっか」

「ありがとうミアちゃん。正直限界が近かったんだ」

「ラーメン屋行こうぜラーメン屋。あたしだってそこそこ腹減ってんだ」

「ラーメンこないだ食ったじゃん。それよかこないだオープンした串揚げ専門店行こうよ」

「んだそのおっさんくせぇチョイスは」

「串揚げ舐めんな! 紅ショウガとか新たな扉開くぞこれマジな話!」


 圭介とエリカが言い争う間にも、ミアとユーの中で昼食はパスタに固まりつつあるのであった。



   *     *     *     *     *     *



 結果的に彼らはマゲラン通りのオムレツ専門店(各々の折衷案)で昼食を済ませると、ミアの誘いに導かれる形で今度は映画館へと向かった。


 彼女曰く、家計の関係で寮での生活が始まるまで映画館での鑑賞というものの経験がなかったのだと言う。

 そういえば彼女の実家は大家族だったっけな、と圭介は過去の発言を記憶から掘り起こした。


「実家で暮らしてた頃は映画なんて大体テレビ番組やレンタルで済ませてたんだよねー。ただもうテストは終わったしこないだの城壁防衛戦で懐はあったかいし、せっかくなら劇場まで観に行こうと思ったんだ」

「ふーん。それで何観るかは決めてるの?」

「いやあ……変なのばっか観てるせいか流行りの映画って詳しくなくてさ。ケースケ君と一緒に二人にオススメ教えてもらおうと思ったんだけど」


 たはは、と弱々しい笑みを浮かべるミアの視線の先では、エリカとユーが口論していた。まるで先ほどの圭介とエリカの言い争いを焼き直したかのようでもある。


「だっからわかんねえ女だなぁ! どう考えてもここは“劇場版企業謝罪戦士ゲザリオン~ドタキャン派遣社員の鎮魂歌レクイエム~”一択だろうが!」

「そんな子供向けのアニメ映画より、こっちの“怪奇現象ファイル『戦慄! 人食い更衣室』”のがエンタメ性高いよ!」

「いやそれ何だかクソ映画の臭いすんだよ! あんのはエンタメ性じゃなくて虚無を超越した絶無だよ絶対! 仮にあたしの案を却下されたとしても観たかねぇよそんなもん!」

「そんなこと言うならゲザリオンだって最近おかしな方向に爆走してるじゃん! 子供向けアニメなのに脱法ドラッグに手を出して戻れなくなった団地妻とか出さないでよお茶の間凍るよ!」

「もう二人とも面倒臭いから別々に観てくりゃいいじゃん! 私とケースケ君はこっちで『桃色スカベンジャーズ』観るから!」

「それ全年齢向け!? ねぇそれって全年齢向けだよね!? 僕女子とエロ映画観て気まずくなんの嫌なんだけど!」


 どうにも異世界の映画はキワモノが多く見受けられるようだった。



   *     *     *     *     *     *



 映画館内に入れば入ったで、今度は別の話題に移る。女子特有の感覚なのか、三人の移り変わる盛り上がりに圭介は若干の置いてけぼり感を覚えていた。


「何でポップコーン売ってないの? こっちの世界にもポップコーンあるよね、スーパーで見かけた事あるし」

「あー、それね……ケースケ君ってこっちのニュースあんま見ない?」

「う、うん」


 どうにも情報に疎い部分、もしくは異世界の時流への興味関心の薄さが露見したようでやや気まずい。


「大陸中の施設にポップコーンを提供してた大手企業がトウモロコシの産地偽装で炎上しちゃって、今どこの映画館にもポップコーン置いてないんだよね。多分しばらくは販売所も閉鎖しっぱなしなんじゃないかな」

「だからこの異世界そういうとこ生々しいんだよ! 映画館来て言うことでもねーけども!」

「因みに社長は一家揃って失踪、その後芋づる式に余罪もちらほら出て来てね」

「闇まで見せてくんのやめろや!」

「すみませーん、ホットドッグ七個下さい」

「あいよ、二十一シリカね」


 ユーの種族がエルフであると認識しているからか、店員はさほど驚く事もせずホットドッグを手渡していた。

 ついでに値段を聞いた圭介は心の中で「ぼったくりじゃねえか」と一人ごちた。



   *     *     *     *     *     *  



「じゃあ私達はこっちだから。ケースケ君、また明日ね」

「うん、また明日。明後日は休みだし、遠方訪問に向けてきっちり休まないとね」

「だねー」


 映画を観終えた後、喫茶店で適当に時間を潰した四人はその後たばこやに立ち寄ってパトリシアに土産物の焼き菓子セットを渡した。

 それから夕飯をご馳走になりながら各々の近況報告も交えて、別れ際の挨拶もそこそこに解散となる。


 寮で同じ部屋に住む彼女らと異なる帰路に着いた圭介は言い知れぬ充足感に満たされていた。


(そういやテスト終わったその日の内に友達と出かけるって、久し振りか)


 彼がビーレフェルトに転移するより以前、最期に受けた学校のテストは中学三年生の三学期。

 日本と異世界の大陸とで時間的なズレも生じたが、単純に冬から夏場という間隔の広さも相まって前回のテスト期間がずいぶん遠く感じられた。


 加えて中学三年生として友人と出かけるのは主に受験シーズンが終わった辺りだったと圭介は記憶している。

 三年生は下の二学年よりやや早めにテスト期間が終了したのでピリついた雰囲気が拭い切れておらず、誰かと遊びに出かけるというわけにもいかなかった。


(何か、異世界なのに元の世界での昔を思い出しちゃったよ)


 所詮は十代にとっての過去。昔、という言葉を用いるには少し短い時間なのかもしれない。

 しかしそんなものは大人の視点から見た話に過ぎず、まだ高校一年生の圭介にとってその郷愁は充分に胸を締め付ける。


 しんみりとし始めた感情を正常に整えようと別のことを考えると、学生用鞄に目がいった。


(そうだ。今なら時間に余裕あるし皆の視線もないし、これ(・・)の扱いも勉強しとかないと)


 扱う物が物のため、一旦適当な路地裏に場所を移す。

 そうして周囲の視線を避けるようにして鞄から取り出したのは水道水が入った五〇〇ミリのペットボトル。


 続けて、鞘から解き放たれた短剣。


 それは両手では握り込めない程度の短い柄と二等辺三角形の両刃をぎらつかせる、正真正銘の武器である。


 圭介が個人的に調達した物品ではない。城壁防衛戦を乗り越えた彼に、ゆくゆくはこの国を治めるであろう第一王女から賜ったものだ。


(説明書は一通り読んだけど……実用性あんのかな、このナイフ)


 一応はそのナイフに込められた術式、及び役割は理解している。


 グリモアーツではないが故に複雑な魔術の行使は不可能。とはいえ圭介はその程度の瑣末事、重々承知している。魔道具、及び魔動兵器に共通する利点を既にフィオナから聞いているのだから。


 これらのアイテム最大のメリットは、魔力を消費せずに効果を発揮できる事だ。


 使う側が魔力を込めて再利用までの間隔を縮めることもできる。

 放置しても大気中の魔気を吸収して再び効果を発揮できる。


 魔術を使えない転移したばかりの客人でも使えるというのが何よりも大きい。


(便利は便利、なんだけどなぁ)


 そんな至便な魔道具を手に、圭介の表情はいまいち晴れない。答えはその短剣が持つ性能にあった。


 考える間にも圭介は早速試してみた。

 まず、ペットボトルのキャップを外す。次いで短剣を下、ペットボトルを上の位置関係に持っていき、ゆっくりと水を垂らすように零す。


 当然そのままでは水は短剣を伝い、重力に従って地面へと落ちるだろう。


「【滞留せよ】」


 圭介の短い言葉が、そんな自然の摂理を崩す。


 水は刀身の上に載ると下には流れず留まり続け、徐々に剣の平らな部分で透明なボールを形成する。

 形成された水の塊はペットボトルの中身が空になっても球状を維持し続けていた。


 その短剣の正式名称を、クロネッカーという。


 刀身に何かしらの物体が触れた際に【滞留せよ】と短く命じる事でベクトルを循環させ、無理矢理に安定した状態を維持させる。

 液体だけではなく固体や気体、プラズマも一応は対象となるが詠唱のタイミングが合わなければ使い手が大怪我を負うというわかりやすい弱点もあった。


 そして圭介にとって使える場面が思いつかない、謎多き魔道具でもある。


 この魔道具の取扱説明書をパーティメンバーに見せた際、エリカなどは「緊急時のトイレに使えそうだな」と汚い発想に花を咲かせていた。

 思えば確かにそのくらいしか実用性が思い浮かばないが、それ以降人前での使用を躊躇うようになってしまっている。


(いやマジでこれトイレじゃなければ何に使えんの? 仮に川の流れ止めるとかするにしても流れ全体に影響できるか疑問だし)


 そもそもの話として川の流れを止める必要があるという状況がなかなか思いつかない。

 もしかして廃棄物でも押し付けられたんじゃ、と水のボールを地面にぶちまけながら考えていると。




「よっ、大将。元気でやってっか?」




 やけに気安く話しかける声が、路地裏の入り口から聞こえた。


「……んぇ?」


 マゲラン通り側から圭介がいる路地裏に踏み込んできたのは、パーカーに付属しているフードで頭を覆い隠した男。


 年齢は圭介よりやや上か。顔の上半分が隠れてしまっていて目元を見ての判断は難しいが、声は完全に声変りを終えている。高すぎず低すぎず、豊かに広がる声色だ。


 そんな事を考える余裕は、目前に迫る空き缶によって吹き飛んだ。


「なっ!?」


 咄嗟に【テレキネシス】で缶を減速させてから思わず振るったクロネッカーで叩き落す。

 その動作が、男の急な接近を許した。


「どうしたんだよぉ刃物なんて危ないモン持ってさぁ」

「ごぶッ……」


 唐突な攻撃に警戒心を最大まで引き上げるも、下腹部への蹴りに対する反応が遅れた。

 その事実を認識すると共に、圭介の中に痛み以上の衝撃が走る。


(な、んだこの威力……)


 馬鹿なことをする都度母親から加えられるあらゆる殴打に慣れている圭介だからこそ、その攻撃の異常性に気付けた。


 一見してただ蹴っただけに見える攻撃だが、体勢や足の速度から計算されるものより遥かに高い威力を発揮している。

 筋力の多い少ないとは全く別の問題として、本来であれば威力など期待できそうもない攻撃。


 そんな無作法な攻撃が、現実には通常のキック以上に強い衝撃を実現している。


 打たれ強い彼でさえ目を瞠るその攻撃は、普通に考えれば殺すつもりで放たれたと見て間違いない。


(単純な、身体強化じゃ、ない!)


 急ぎ後方へ下がり相手の動きを注視すると、フードパーカーの男は意外そうに口笛などを吹いていた。


「へえ、耐えるか。こりゃ楽しめそうな玩具だなぁ!」


 唐突に攻撃してきたその男は、圭介の動揺など素知らぬ風で何が面白いのかケタケタと笑っている。


「何なんだよ、お前……!」


 彼からしてみれば当然の発言である。見ず知らずの相手に突然缶を投げつけられたかと思えば、追撃に重い蹴りを腹部へと叩き込まれたのだから。


「言う気にならねえ、テキトーに考えてろ」


 案の定相手は応じなかったが、圭介も真っ当な応答を求めての質問ではない。

 問いながら同時進行で【テレキネシス】を発動、ズボンのポケットから一円玉を抜き取り相手の口に放る瞬間を待つ。


「アレか、僕の熱烈な隠れファンか何かか。悪いけど僕ノーマルだから男の人に迫られても困るんだよね」

「へっ、余裕あんじゃん。でも挑発には乗らねえよ? 大方俺の口ん中に小物ぶっこむタイミング計ってんだろぉけどさあ」


 手を見抜かれた事実に圭介が動揺する暇もなく、


「ッラァ!」

「づぁあああ!?」


 足にも腰にも一切の力みを発生させないまま、男は再び懐へと高速で飛び込んだ。


 今度は鳩尾に叩き込まれる肘打ち。流石の圭介とて人体の中でも硬い部位を急所に突き込まれてはたまらない。

 上半身中に走る電撃のような痛みに悶えながらひたすら路地裏の奥へと逃げる。


 二度目の攻撃を受けて確信も得た。

 あの男には、一円玉による詠唱妨害は通用しない。


 動きに隙がなさ過ぎるのだ。多弁な割に口の動きは最低限、体幹もゆらゆらと動く割に圭介からの攻撃をある程度想定した動きを見せる。


「ぐっ、く……」

「オイオイお前すげえな! まだ立ってんのかそりゃあ上等だ!」


 驚いた様子で男が懐から黄土色のカードを取り出す。


 刻まれているのは毒針を振りかざすサソリのシンボル。


――グリモアーツだ。


「久々に“戦い”になるかもしんねえな!? やっべぇお前最高だわ、そうだよそうともそうじゃなきゃあなあ!?」


 急いでいくつもの硬貨を【テレキネシス】で投げつけながら自身もグリモアーツを取り出すが、降り注ぐ一円玉や五円玉は男に触れる度に勢いを減衰させて足元に落ちてしまう。

 しかも落下した硬貨は地面で跳ねる事もなく、吸いつくかのように静止する始末である。


 その未知なる現象に戸惑ってしまったのが仇となり、【解放】の宣言も相手の方が早かった。


「【解放“エクスキューショナー”】!」

「【解放“アクチュアリティトレイター”】!」


 突き出される大矛が分厚い金属板ごと圭介を路地裏の奥に叩き飛ばす。


 かくして夕映えの街中から外れた闇の中で、圭介にとってヴィンス以来となる対人戦が余りにも唐突に始まった。

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