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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第三章 遠方訪問~ルンディア特異湖沼~編

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プロローグ 闇を往く者

 月光は雲海に阻まれ暗夜、時は二本揃った針が天へと伸びる頃合い。

 遠い街灯の光だけが道の先から僅かな明かりを届けるここは、ハイドラ王国に存在する衛星都市エルヴィラの路地裏。


 無機質なコンクリートの隘路を一人の客人が脇目も振らずに駆け抜ける。


「ハァッ、ハッ……ぜぇ、ひぃ」


 年齢は二十代前半程で、掘りの深い顔が特徴的な男性。

 骸骨やチェーンなどの過激な装飾と着用している衣服の柄から、彼の趣味嗜好や大体の性格、傾向が見る者には伝わるだろう。


 そんな彼の表情には一切の余裕がない。

 疲労で紅潮した顔には大量の汗がまとわりつき、眉間は理不尽への怒りと恐怖に歪んでいる。


「な、んだよあれぇ……」


 何よりも彼の切羽詰まった状況をわかりやすく示しているのは、綺麗に切断された左手首だ。


 それだけでも充分に重傷なのだが、極度の緊張状態が影響して心拍数が上がっている。

 加えてドタドタと落ち着きなく走ることで体全体がひどく揺れ、出血量は更に増す一方である。

 このままでは失血死の危険性も充分に考えられるし、病院とは逆側に向かっている以上彼に助かる道はない。


 しかし背後には失血死などという、比較的恵まれている最期以上の絶望が迫っていた。


「俺、が……何を、したって、言うんだよォ!」


 本当に何もしなかったのかというと、それも違う。

 大したことをしていないという認識は彼個人の主観に依存する見識である。


 端的に言えば彼は婦女暴行と詐欺の常習犯だった。


 客人としての魔力と適性のあった催眠術式によって、リストアップした中から選んだ女性と強制的に肉体関係を結ぶ。

 更に相手の体を支配下に置いたまま、借用書にサインさせて自身の借金を肩代わりさせる。


 以上が彼の常套手段だ。彼に望まぬ子を宿され借金地獄に陥った女性は数知れない。


 表向きは当人も了承の上で契約している関係で行政も手を出しづらい。

 また金貸しに悪質な金融機関を選出しているため、彼自身の行為を企業側から咎められる心配もいらなかった。


 彼にとってこうした犯罪行為は日常だ。魔術こそ用いないものの、近いことは元の世界でも繰り返してきたし、今とてそれら全てに対し微塵も反省していない。

 法的に禁じられている催眠術式の行使や女性を食い物にすることへの抵抗は存在しなかった。


「だ、誰か助けっ……」


 そして悪辣さを自覚しないまでも心のどこかで誰かから恨まれると知っていたからこそ、騙した女性の記憶操作や書類上の改竄は怠らなかった。

 自分に恨みを持つ誰かに殺されかけるという発想が欠落していた。


 だが信じ難いことに彼は今、間違いなく殺意を持った相手に追跡されている。

 覚悟を決めずに生きてきたという怠惰な前提が、胸に去来する恐怖と体感時間をより強く粘ついたものへと変えていく。


「逃がさねえよ」

「ッ!?」


 声に反応して思わず振り返ってしまう。それがあだとなり、飛来した投石が左肩にぶつかった。

 わざと尖った部分を先端にして投げられたものか、石は地面に落ちず肉に深々と刺さったままだ。


 異物が肌を食い破る感覚に耐えかねて悲鳴が上がる。


「ひぎゃああぁぁぁぁあああ!!」

「っせぇな、黙ってろや」


 叫ぶ彼の喉元に、続けて繰り出されるのは刃による刺突。

 突き刺してからくるりと回転させる事で喉にぱっくりと穴が開き、気管に空気が入る事で慟哭は強制的に中断された。


「おらもう死んでいいぞ」


 それでもまだ残存する意識と痛覚に悶えのたうつ体を鬱陶しいとばかりに追手の足が蹴り飛ばす。

 詐欺師の肉体は信じられないくらいに軽々と大きな通りの中心にまで吹き飛ばされ、蹴られた方角にあった空中移動用の標識に衝突して停止した。


 刃物を捻じ込まれた首、蹴られて捻じれた背骨、出血量。

 どれもそれ一つで致死に届く大怪我である。


 男の断定的な死を見た追手が暗い路地裏から姿を現した。


 パーカーのフードを目深に被ったその相貌は窺い知れないが、体つきと僅かに見える口元が少年と青年の中間にある年頃であることを告げる。

 右手に握る物干し竿よろしく長い武器は、先端に下手な百科事典よりも厚く広い巨大な刃を携えた大矛。


 相応に重さも伴うであろうそれを、彼は軽々と片手で持って肩に引っかけながら歩く。


 フードの男は地面に転がる肉塊を見て一つ嘆息すると、通信機を用いて何処かに連絡し始めた。


「……あー、もしもし。とりあえず対象は沈黙、念のため首だけ刎ねて戻るわ。おう、そういうことで」


 会話の内容から察するに仲間への連絡か。その割に声に含まれる感情は無機質の一言に尽きた。


「は? おいマジかよ反対方向じゃねぇか。メティスってーとアレだな、ヴィンスのジジイをやりやがった奴がいる所か」


 会話を継続しながら横たわる詐欺師に近づき、その首元に矛の先端を押し付ける。


「けっ、しょうもねぇ。結局雇われの殺し屋風情じゃできることにゃ限りがあるってか。俺なら来た当日にぶっ殺してたぜ」


 その瞬間、夜空を覆う雲海の切れ間が僅かに月光を齎す。

 照らされた彼の口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。


「まぁ構わねえがな。とりあえず殺しちまえばいいんだろ?」


 徐々に露わになる月は地上の惨状を睥睨しながら尚美しい。


 男の持つ矛が屍と化した詐欺師の肉と骨を裂いて鮮血の弧を描き、完全に姿を現した満月を背に一本の真っ直ぐな影を突き立てた。

 転がる首を常人離れした脚力で踏み砕き、踏み躙る。


「いつものこった。……いつもの、お楽しみさ」


 いかなる偶然か、はたまた喜劇の演出か。


 背後の中空に浮かぶ帯状の広告には、『大陸中に蔓延する客人を狙った連続殺人事件の恐怖』なるニュースが流れていた。

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