エピローグ 無礼講
「……そろそろ陽が沈んでも暑くなってきたな」
城壁に程近いパーティ会場の三階バルコニーにて、圭介は夜の街並みを見下ろしていた。
前方に広がるそれらは東京の夜景とあまり変わらないように見えるが、後方に聳える城壁から先はモンスターが蔓延る危険地帯である。
この奇妙なバランスにそろそろ楽しさすら見出しつつあるのだから順応というものは馬鹿にできない。
「オラそこの陰キャこの貝柱マジでうめぇぞテメェ食え! どんどん食え!」
「すいませーん、この焼き飯とグリルチキンもう二皿おかわりくださーい!」
「あんたらそろそろ自重しなさいよ! 私の方が恥ずかしくなってくるわ!」
背後では防衛戦を無事乗り越えた事による祝勝会が開かれている。
騎士団も冒険者も分け隔てなく参加する立食パーティ形式。
身内に大食い魔王とマナー違反大王を抱えるせいか、積極的に参加するのは気が引けたがフィオナの
「あの量は流石のユーさんでも食べ切れないでしょうし、せっかく生き残れたのですから今夜は無礼講ということで」
という言葉に圭介とミアが圧し負けた結果、二人ともフリーダムに振る舞っていた。
今回の戦いにおける最大の功労者だからか特に誰も彼女らを咎めない。
多分命のやり取りが常習化している世界では多数の生命を救った者こそが正義なのだろう、と圭介が一人納得していると誰かの足音が近づいてくる。
「お疲れですか、ケースケさん」
何だかんだで最も戦いに貢献していたフィオナであった。
「やあ、どうも。騎士団とか冒険者の皆さんに挨拶回りしなくてもいいんですか? あとセシリアさんの姿が見えませんけど」
「もう全員にお声かけはしましたし、セシリアはエリカさんに……」
背後で「貴様ぁぁぁぁッ!!」という怒号が轟いた。
「あいつの言ってた陰キャってセシリアさんかよ!? 仮にも騎士団学校に通ってるのに大丈夫かあの馬鹿!?」
騎士団に入団する前に騎士団での伝説を作り上げるその姿勢だけは天晴れであった。
「それでケースケさん。今回の多大なるご活躍を受けて、私から皆さんにそれぞれご要望通りの追加報酬をご用意する形とさせていただくことになったのですが、何かありますか?」
「えっ」
その提案は唐突だった。
何らかの追加報酬が出るとは事前に聞いていた通りだったのだが、まさか要望を訊かれるとは思ってもいなかった圭介は咄嗟に返す言葉を持たない。
「因みにエリカさんはパーティ全員が寛ぐのに充分な広さの土地、ミアさんはその土地に設置するホームとなり得るプレハブ小屋、ユーさんはそのプレハブ小屋の中で最低限生活できるだけの設備をそれぞれご希望でしたね」
「変なトコで凄い連携見せるな……」
思えば彼女達にはパーティとしてのホームがなかった。そこにフィオナが今のような話を持ちかけたのであれば、確かにその団結力も理解は出来る。
同時に圭介もホーム関連で何かしなければという焦燥に駆られた。
「…………しゃちほこ」
「はい?」
「何でもないですすみませんホント」
どこで間違ったのかもわからずとりあえず謝罪した。
「あー、ちょっと思いつかないんで三人に追加で何かしてあげて下さい。僕、こっちの世界にいつまでもいるつもりはないのであまり形に残るもの渡されても困りますし」
戦いの疲れと悪印象をまとめて引きずった結果、一国の王女に向けての発言としては随分な言葉遣いとなった。しかしフィオナは気分を害した風でもなく優しく微笑むばかりである。
「そうですか。では、そのようにしましょう」
「ありがとうございます」
「それとこちらを。追加報酬とはまた別の扱いと思ってお受け取り下さい。元の世界に戻るまで、是非ご活用頂きたいのです」
言いながら彼女が圭介に差し出したのは、大判の書籍よろしく幅広く薄い紙の箱。
これは、と質問するより先に説明される。
「魔動兵器とは異なり、局所的な規模で限定的な効果のみを発揮する魔道具と呼ばれる物品です。武装型グリモアーツのように様々な魔術の行使は出来ませんので使う場面は限定されますが、私から貴方への感謝の印と思って頂ければ」
「え、いいんですかそんな便利そうなもの」
「もちろん。説明書も付属していますので、ご帰宅したら確認してみて下さい」
「うわー、ありがとうございます。何だろ台所用品とかかな、あるいは洗濯関係だったりして」
元々は学校帰りだった事もあり、圭介はその箱を通学用鞄にしまい込んだ。そんな圭介の挙動を見守ってから、フィオナが改まって話をまとめる。
「本日は何かと危険に巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。同時にアガルタ王国の防衛に多大なる貢献をしていただいたこと、深く感謝しています」
「いえ、僕だって報酬受け取ってますし」
「ですので」
「……あ」
流石の圭介も発言してから気付いた。
今の発言は、「報酬次第で仕事を受けます」という意味に捉えられても仕方がないのだと。
「また次回、何かあれば宜しくお願いしますね」
「やっぱな! そう来ると思ったわやっぱな!」
しばらくこの怖くもあり誠実でもある王女との付き合いは続くのだろう。
早く帰りたい、と久し振りに感じる圭介だった。
* * * * * *
「あれでよかったの?」
ぷりぷりと怒って立ち去る圭介を見送ったフィオナの真横に、姿を消して事の経緯を見守っていたコリンが現れて声をかけた。
「もちろん最低限嫌われ過ぎないように接しているわ。彼の中で私の評価は元々高くもないでしょうし、下手に見直す機会を設けるより上下させて均衡を保つ方が接していて負担にもならないでしょう」
「そっちじゃないの。いや、そっちもあるけど」
コリンの表情は呆れと静かな苛立ちを同時に含んでいる。それはフィオナが犯したある一つの不誠実に対するものだ。
「魔道具、だなんて嘘を吐いてどういうつもりなの。あれは念動力使いが持てば使い方次第でケンドリック砲だって裸足で逃げ出す立派な魔動兵器なの」
圭介が受け取った薄っぺらい箱の中身を、彼女達は知っていた。
確かに形状は単純な造形、齎される効果も一見して日常ですら使い道に困るような一品だろう。先ほど圭介に説明した『使う場面は限定される』という言葉も普段の生活においては嘘ではない。
しかし、その効果を戦略的に見ればどうなるか。
「魔動兵器の開発が進んでいる技術大国アガルタだからこそまだ対応はできるけど、もし彼がアレを他国に持ち運んで、あまつさえ使い道を見つけ出したりしたら」
「コリン。聞きなさい」
静かな声にコリンの言葉が途絶える。
「貴女も見たでしょう。彼がケンドリック砲に魔力を充填した時の様子を」
「……見てたの。術式と機構を曖昧にしか理解してないとわからないような部分だったけど、詳しい人が見れば異常だと気付くの」
それは圭介が“インディゴトゥレイト”の内部にケンドリック砲を食い込ませてから、次の魔力弾を装填しようとした時のこと。
彼は胴体内部に沈み込んだ砲台に外側から魔力を送った。
「構造上あり得ないの。あの術式に魔力を送るのなら、手なり足なり体を密着させる必要があるはずなの」
「でも彼の魔力は問題なくケンドリック砲に注ぎ込まれた。つまり彼は直接的に関与すべき術式にも間接的なアクションを取れるということ」
手すりに体を寄りかからせて夜景を背にするフィオナの顔は珍しく、本当に珍しく怯えているように見えた。
「それにあのテロリストの言い分の裏を取る為に調べた結果、彼の【解放】に伴う大気中のマナ分散現象も確かに発生していた」
言ってしまえばそれこそコリンが何気なく口にした、圭介の魔力総量が少ない事への解答。
魔力を力場に変換した瞬間に周囲のマナが彼から遠ざかり、魔力に変換し難い状況を作り出していたのだ。
そしてその結果が、一つの結論に至る。
「彼の念動力は、ただ『物体を動かす』だけじゃない。その対象にはマナも魔力も含まれる。それがどれほど凄まじい事か」
魔術を行使する上でマナも魔力も燃料であって部品ではない。
それを踏まえて考えると、圭介の魔術の在り方は明らかに常人の規格を逸脱している。
「マナも魔力も思いのままなら彼に魔力切れは発生しないし、無尽蔵の魔力さえあればどんな質量でも形状でも操れない物が存在しなくなる。言わばこの世の全てを操れる素養の持ち主――神の如き大魔術師なのよ」
その言い分は過大評価ではない。彼女が知る限り、マナと魔力を制御下に置く念動力魔術など存在しないはずなのだから。
フィオナとて圭介と直接出会う前に念動力魔術に関する勉強はしてきた。
嘗て“大陸洗浄”においてその力で猛威を振るった客人の情報もかき集めたし、かなりシビアなスケジュール管理を要したが他国の念動力魔術の使い手と接触して話を聞くこともあった。
そうして事前に固めた全ての対策が東郷圭介には通用しないと知った時、彼女の心をどれほどの絶望と恐怖が襲ったか。
「はっきり言うわ。私、彼が怖くて仕方がない」
あの藍色の巨人を沈めてからずっと、彼女はそんな精神状態で圭介と関わって来たのだ。
時には不快感を覚えさせ、時には報酬を与えて。
次に会う可能性すら示唆しながら。
「じゃあ、尚更わからないの。どうしてそんな相手に、あの魔動兵器を……」
「最大の救いは彼が自分の危険性を自覚していないことよ」
現在の圭介は自身の異常性を自覚しておらず、また根本的に実力不足なせいもあって世界全体を脅威に晒してはいない。それこそ今なら“緊急対応”で轢殺する事も容易だろう。
だがフィオナの狙いは殺害ではない。圭介に早い段階で自重を教えることである。
「あの魔動兵器は使い道によっては大変な威力を発揮するわ。けれど今の彼に与えれば、それは逆に彼の力の抑制に繋がる」
「……なるほど、なの」
その兵器の概要を知っているコリンが、今の話を受けて納得する。
「確かにアレならケースケ君の魔術をある程度抑えられそうなの。危険な賭けと言えなくもないけど……」
「彼を放置する方がよっぽど危険よ」
「違いないの」
ある程度吐き出して落ち着いたのか、両者共に感情を鎮めるタイミングを得た。
もう圭介も会場に溶け込んで他の面子と雑談の一つもしているだろう、と中に戻ると、
「やっぱ男は肉食わなきゃなあ、えぇおい肉好きだろオメェそうだろそうだよなぁおいケースケェェェ!!」
「もが、もごごもぐ、ぶむっ!? ちょ、無理だって! 僕結構さっき食べばぼば!」
「全く情けない、初めて見た時から思っていたのだが貴様は線が細すぎる! エリカの言う通りもっと食わんか!」
「むごっ、何だコレどうしてあの流れで仲良くなってんだこの二人りょぼばぶっ!?」
酔っぱらったらしきセシリアに羽交い絞めにされ、暴走し始めたエリカに肉を食わされ続ける圭介の姿があった。
「……うん、放置すると危険なの」
「やめて。違うの、そういう意味じゃなかったの」
今度こそ呆れ果てた表情のコリンが呟き、フィオナは両手で顔を覆って隠しながら羞恥に耐える。
言った本人は忘れていたようだが、今夜は無礼講なのだ。
怖がるべき相手など、この場にはいなかった。




