幕間 理想の為にも
何処か判然としない暗闇の伽藍に、沼の底にも似た冷たくへばりつく空気が充満している。数々の鉄骨や金属板が散乱するこの空間は言わば役目を終えた機械の墓場。
晒す亡骸をそのまま墓標とする彼らの中に一つだけ、内側から光を放つ異端があった。いかなる用途を持っているのか、大の男が三人は並べられるであろう幅を持った円柱状のカプセルである。
「っはぁー、負けた負けた!」
そのカプセルの扉をパカリと開けて白衣を纏う痩躯が現れる。肩を落としてわかりやすく残念がっているマティアス・カルリエである。
彼が遠隔操作していたグリモアーツ“インディゴトゥレイト”は結果としてドリルとパイルバンカーの合わせ技という彼にしてみれば最高の攻撃手段を前に敗れた。
個人の趣味に応じるかの如く重ねられたロマン溢れる二連撃は受けたことが誇らしいくらいだったが、自慢の発明品が敗北したという事実は彼からしてみれば変わらず重い。
「こりゃあ改良の余地はまだまだありそうですねぇ! とりあえずもう資料室に用はないのでそこを削りますかぁ!」
『まずはキメポーズのエフェクトと休憩室の自動販売機を削るべきだと愚考するがね』
彼以外に人影を持たない広大な部屋の中を彼以外の声が駆け抜ける。複数名が同時に発言しているかのように重複するよう編集されているそれを発しているのは積み上げられたブラウン管テレビジョンの内一つ。
灰色に発光する画面に嗤うピエロの顔が浮かんでいた。
「キメポーズはいるでしょ!? 最悪自動販売機は別に外したって構いませんけどォ、せっかく二足歩行なんですからそれっぽさは大事ですよ!」
前兆を見せずに話しかけてきたそれに対してマティアスは一切臆せず返答する。
その声はどこか親しげで、敬愛すら孕んでいた。
『まあ君ならそう言うだろうけどね。あの無駄な設備の数々を見るとどうにも性分なのかな、口出しせずにはいられなかった』
「あまりあの子を悪く言わないで下さい! 上手くやれなかったけど根は良い子なんです!」
『あぁ、わかっているともさ。けれど君の今回最大の目的はアドラステア山で“オーサカ・クラブ”が既に達していたじゃないか。ボクからしてみればそれだけでも充分な収穫だよ』
本気で言っているのかふざけているのか判断しづらい興奮具合で藍色の巨人を庇うマティアスだったが、画面の中の道化師はそこに触れずに話題を変えた。
話題の矛先にいる一人の少年を思い出して彼も一旦落ち着く。
「あーハイハイ、確かに! しかしあのトーゴー・ケースケとやらいう我らが同胞、すんごいですよねェ!」
『すんごいよねぇ。ボクもあの最後の追い討ちには久し振りに驚かされたよ』
「ほぉ!? 我らが道化が、ですか! それはそれは!」
それがどれほど珍しい現象かを弁えているからこそ、マティアスの思考が一瞬その一点に集中した。その反応を受けて道化師が咳払いする。
『何であれご苦労様。お蔭で得るべき情報も得られたし、アガルタ王国第一王女の勇姿も見られた。あの姫君なら輝かしい未来を描けるね』
「えぇ、本当に! 野心家でありながらその方針は純粋であり、多数の為に小数を躊躇いなく斬り捨てる胆力とそこに痛みを覚える優しさも併せ持つ実に清廉で高潔なる人物でした!」
二人の称賛は皮肉を含んだものでは決してない。フィオナ・リリィ・マクシミリアン・アガルタという一個人を本当に高く評価している。
それだけにどこか不自然でもあった。
少なくともフィオナは彼らとそこまで深く対話していないのだから。
「誇り高く決して奢らず、民草の為に血を捧げる稚き姫君はいずれ必ずや報われるでしょう! 繁栄し発展し人々の営みに悠久の乂安が訪れる! 嗚呼、何と素晴らしきことか!」
マティアスの高笑いが闇の中に響く。狂気じみたその様は、酒に酔ったかのようにも見えた。
「彼女のような人材が国を治めるのであれば! 理想社会は現実と成りましょう!」
『ああ、その通りさマティアス。だからこそこの世の全ての罪業は雪がれなければならない。そうだろう?』
「然り!」
目を剥いて口角から泡を飛ばす痩身長躯と、古びた機械の箱に閉じ込められた道化が同時に笑う。
「我がグリモアーツが一角“インディゴトゥレイト”の量産態勢も既に整えてあります! 残り六種類の内四つは試験運用も終了、二つに至ってはもういつでも実戦投入が可能となり十体ずつ作ってしまいましたよ!」
『重畳だ。だが君にはしばらく休んでもらうことになるかな。何事にもタイミングというものがある』
「はっはっは、有難きお言葉です」
遠回しに「少し休め」と諌められ、一旦はマティアスも冷静になる。
『何事も緩急はしっかりとしないとね。ボク達の理想の為にも』
「心得ております我らが道化! ワタクシ達の理想の為にも!」
城壁を護り抜いたと安堵の歓声に包まれる戦場から遠く離れた闇の中で。
世界を丸ごと変革しようとする者達が、静かに蠢いていた。




