第二十三話 勝利の鏃
『おや第一王女様また貴女ですか! どうせ無駄に終わるかと思いますが試しにもう一度体当たりでもしてみますかぁ? あ、くれぐれもエチケット袋の予備はお忘れなきよう!』
空中に浮かぶ“ノヴァスローネ”が“インディゴトゥレイト”のほぼ正面にて静止する。
フィオナの憤激を知らないマティアスが気安く煽るが、言われた側は一切応じない。ただ膝の上に座らせているエリカを抱き締める腕に力を込めるだけである。
「ねぇ姫様、ちょっと苦しいんですけど姫様。意外と力強いンすね姫様。つうか締まってるんですけど姫様。一旦落ち着こう姫様! このままじゃ殺人罪だ姫様! いい加減にしろいてぇんだよ離しやがれ姫様ァ!!」
「エリカァー!」
「姫様! エリカちゃんが締まってます、締めエリカちゃんになります!」
事の展開によっては商品化に繋がりそうなユーの発言を受けてフィオナが正気に戻る。
「ああすみませんエリカさん。ついいつもの癖が」
「いつもそんな馬鹿力で何を抱き締めてんですかおっかねぇお人だなあんもう!」
相変わらず無遠慮な発言だがフィオナはしゅんとするのみだった。
理由は不明だがどうにもエリカに強く出られないらしい。
「で、結局こっからどうすんすか。また“緊急対応”してぶっ吐くのだけは勘弁して下さいよ、あたしの後ろ頭が酸っぱくなっちまう」
エリカの懸念はフィオナの嘔吐事情に止まるものではない。
いかにマティアス・カルリエというテロリストがふざけた態度を一貫していようと、彼のグリモアーツ“インディゴトゥレイト”が恐ろしく頑丈である事に違いはないのだ。
ここまでの戦いで通用したのはエリカの魔術円重複によって強化された魔力弾と、圭介の奇策によって実現された粉塵爆発の二つのみ。
後者に至っては状況が実現を許しただけに過ぎず、もう一度再現しようとしても不可能だろう。
「考えはあります。この四人でなければ為し得ない、唯一の打開策」
言ってフィオナは新しく結界を展開する。その形は球状の護りに徹したものではなく、鏃にも似た円錐状。大きさも“インディゴトゥレイト”を貫くに充分な乗用車ほどの体積を持つ。
第五魔術位階に相当するその結界は、本来であれば放射性の魔術を引き裂くように分割して受け流す為の形状だった。
「今からミアさんには【パーマネントペタル】を、ユーさんには【鉄纏】をこの円錐状結界に使用してもらいます。エリカさんには結界の内側で螺旋を描くように魔術円を展開してもらいます」
「はあ。それで何を企んでいるんです?」
「この円錐状結界をドリルのように回転させてあの巨人を穿つのです」
事もなげに発した一言の荒唐無稽さに、ミアが吹き出して詠唱の中断を余儀なくされた。
「……マジすか?」
「先ほどコリン……さんの【パレットウォッシュ】で動力室の大まかな位置は把握しています。胸部中心から僅かにずれた位置、丁度人間で例えるなら心臓のある箇所です。そこを突きます」
言ってフィオナが“インディゴトゥレイト”の胸を指差す。確かにその先にあるのは圭介とコリンが触れるのを躊躇った動力室に相違ない。
「ケンドリック砲も完全にあの巨体を貫くには至らないでしょうし、僅かばかりの損傷はまたすぐに修復されてしまうでしょう。一撃によって与えられる死が必要です」
「とうとう殺意を隠さなくなりましたね……」
「元より王国に手を出そうとする輩を生かして帰すつもりは毛頭ありません」
げんなりとした表情のユーが結界に手を添えて【鉄纏】を発動する。
薄い水色の細やかな網目が円錐に纏われて、煌々とした輝きを放ち始めた。
『わはははは! 何をしようと言うのでしょうかねこの人達は!』
機械仕掛けの藍色ロボット、“インディゴトゥレイト”が両手の指を交叉させるように組んで振り上げる。
ダブルスレッジハンマーと呼ばれるその攻撃力の高い技は、煽りながらも彼女らを相応の脅威と認めての事か。
結果として足元への警戒が疎かになった。
「「【レイヴンエッジ】!」」
『あひゃあ!?』
その晒された両脇に、魔力で編み込まれた巨大な鴉がかまいたちを伴って衝突する。
地上にいるセシリアが統率する騎士団による【レイヴンエッジ】の挟撃である。既に第二陣の詠唱も終えており、次の攻撃が始まろうとしていた。
戦場においては無類の連携を可能とする武装型グリモアーツの強みが活かされたのだ。
『あだっ、あだだだだあだだ! ちょ、流石にそれはちょっと……』
充分な硬さを持つ“インディゴトゥレイト”と言えども、第四魔術位階の攻撃用魔術を連続してぶつけられては敵わない。
たまらず後退しようとしても既に騎士団によって囲まれており、膝裏と顎という比較的装甲が薄い箇所を狙って魔術が叩き込まれる。
流石に破壊される事を恐れ守りに入ると、輝く鏃を自身に向けた“ノヴァスローネ”が正面に回り込む。
気付けば彼は追われる側になっていて、退路を失っていた。
『うぎぎぎ、流石に詠唱可能と気付かれましたか! ですがよくここまで騙せたと自分を褒めてあげたい気分ですよ! だってホラ、ワタクシって嘘をつけない性格ですからね!』
しかし前向きな性格のテロリストである。
すぐさまメンタルを持ち直して手元のキーボードと思しき金属板に指を走らせ、ッターン、と力強く最後のキーを叩く。
同時に藍色の巨人が足をだばだばと無作為に動き回らせ始めた。
「何じゃあ!?」
「おわっ、危ない!」
『ワッハッハ、そんじゃねっ♪』
騎士団や冒険者達が怯む隙に地面を蹴って大きく後退しようとする。逃がすか、とフィオナが“ノヴァスローネ”を前に進めようとすると、
「「「「【レイヴンエッジ】!」」」」
『あああーっ!!』
下がろうとした“インディゴトゥレイト”の背中に四重の【レイヴンエッジ】が叩き込まれ、逆に押し出された。
『酷い! せっかく背中直したばっかなのにすぐ攻撃するとかズルですよズル! また壊れたらどうするんですか貴方達に弁償出来るんですか!?』
武装型グリモアーツ“シルバーソード”によって発揮される第四魔術位階の同時多段攻撃。それは騎士団が敵の挙動に惑わされずに統率力を維持しつつ攻勢に出たという事実に繋がる。
誰の指示によるものか、的確な対応能力を手放しに褒めてやりたいと思うも束の間。
「右翼、退け! 左翼はその位置でいい、今一度第四魔術位階の詠唱を開始しろ! 我らの立つ場所には今、護るべき国と守らなければならないお人が同時に存在しているのだ!」
その人の名前を第一王女は知っている。
いつも行動を共にする、頼れる配下の女性騎士。
下から聞こえる凛々しい声に励まされるように、フィオナの口が笑みを結んだ。
「……今更抵抗しようと無駄です。誰を敵に回したと思っているのか」
マティアスの意識が再び目前の鏃に向いた頃には、青い燐光のみならず山吹色の花弁が集合していた。
それが防御に徹しているのであれば充分過ぎるほどの硬さを持っているのだろう。だが彼女らの目的はその鋭い棘による攻撃である。
円錐状の鏃から今度は赤銅色の飛沫が迸る。エリカの魔術円から魔力が零れ出したのだ。
「アガルタ王国に手出しする輩は誰であろうと容赦しません。これで終わりです」
「だとさ。っつーわけでさいならロボットおじさん!」
エリカが“レッドラム&ブルービアード”の引き金を引くと二十六の魔術円が螺旋を描いて魔力弾を破裂させ続け、四人分の魔力を集合させた矢はキュルキュルという回転の音を伴いながら撃ち出された。
『うわキツ!! 微妙に防ぎ切るの大変なやつだ!』
即座に敵の胸元へと着弾したその鏃は硬質な衝突音を撒き散らしつつも、そこは体積と材質の強みかまだ貫くには至らない。
しかし“インディゴトゥレイト”側も高速回転に弾かれてしまうせいで手掴みで軌道をずらす、ということができずにいた。
『フゥーン! フゥーン! フゥーン!』
最早気持ちの問題になったのか。マティアスが奇声を上げて無意味に力む中、撃ち出した側にも瞬間的な結果が出ないことに対する焦燥感が滲み出る。
「大丈夫かなぁ」
「あたしら四人の力を信じるんだユーちゃん。その結果裏切られたら今晩の飯を奢ったって構わない」
「え、どうしよう困る。これで私達が負けても困るし、いやでも今月の食費は結構節約したし稼ぎも良かったし……そうなると勝った方が良さそうな……」
「多分この状況で負けたら死ぬからどっちみちエリカに奢る気は一切ないと思うよ」
「騙したね……?」
三人のある意味で状況を解さないやり取りとは別に、フィオナとマティアスがある違和感に気付く。
「……? 回転速度が上がっている?」
『どういう事です? 計算ではもうそろそろ減速し始める頃かと思われるのですが……』
エンジンとして機能しているエリカが魔力を放出し続けている以上、魔力切れを要因として速度が逓減するならまだ道理に合っている。
それなのに目の前で回る鏃はその勢いを増していく一方なのだ。
少女達にとっては有難いその不思議がどうして生じているのか、答えは背後からやって来た。
「たぁすけに来たぞおおおぉぉぉぉ!」
気合充分な様子の東郷圭介である。
「うわ何だケースケか」
「『うわ』たぁ何だい『うわ』たぁ!」
「びっくらこいたんだよ。どしたん、ケンちゃんなんか連れてきて」
エリカの言う通り、圭介は“アクチュアリティトレイター”と共にケンドリック砲を浮かせて彼女達のいる場所まで運んで来たのだ。大砲が空を飛ぶという絵面はどこか間の抜けた印象を抱かせる。
「エリカの魔力弾だけじゃ威力が足りないでしょ! 今んところいい感じに食い込んでるんだし、コイツでトドメ刺したろうと思ってね!」
「えっと、砲台を城壁から引っこ抜いてきたの? よくテディさんが許したねそんなこと」
「別に許されなくても引っこ抜くだけなら引っこ抜けるわい!」
「まさかあの円錐状結界の回転って……」
「僕の【テレキネシス】だよ! すげぇ速くなっただろでもめっちゃ疲れるんだぜコレ!」
「あっはははははは!!」
突如大笑したフィオナに、四人がびくりと反応する。しかし彼女はその反応に一切の興味を示さず、圭介に向けて微笑みかけた。
【コンセントレイト】の効果が切れてしまったせいで奇妙なテンションになりつつある圭介だったが、判断はよかったのだろう。
彼女が浮かべる微笑みには交渉や駆け引きが一切介在しておらず、ただ勝利への確信だけが満ちている。
「ケースケさん、お願いします」
瞳には爛々と光る闘気の炎を。
声には煌々と輝く勝利の風を。
それぞれ宿した言葉が、大砲を連れた少年に沁み込んだ。
「我らが王国を救う為にも、あの者に裁きの鉄槌を」
その笑顔を受けて。
圭介の心にはいつの日か夢見た『一国の姫君に頼られる英雄』という絵が宿っていた。
異世界に転移した少年が冒険の最中で出会う、冒険譚の一節。幼い頃に憧れたシチュエーション。状況が冷静な判断を許さなかったというのもあるが、彼女に対する苦手意識もどこへやら。
それはもう、飛び上がるくらいに嬉しかった。
「任せときんしゃい!」
返事は何故か田舎の祖母の口癖を模倣したものになってしまったが。
圭介が右手をかざすと同時、螺旋状に展開された魔術円の荒ぶる結界内部にケンドリック砲の砲口が突き立てられる。
荒れ狂う魔力の奔流に軸がぶれそうになるも、どうにか中心で砲身の位置を安定させた。
「行くぜぇ!」
『うわうわうわ来ないでェ!』
マティアスの狼狽を無視してケンドリック砲のトリガーがカチリと入れられる。
直後に轟音が鳴り響き、回転速度を上げていた結界が一気に“インディゴトゥレイト”の胸に沈んだ。
『わああああ! あっぶね! あっぶね!』
だが動力室にはまだ届かない。精々圭介とコリンが先ほど邪魔していた資料室を荒らす程度に収まってしまった。
継続して回転させている事により少しずつ食い込んではいるものの、決定打には遠い。
「っづぁー、惜しい」
『こっんにゃろ怒ったぞう! 大体何ですかこっちがせっかく巨大ロボを出してキメポーズまで披露したというのに称賛の一つもないとは! せめてそっちも負けないくらい強そうな巨大ロボットで対抗するのが筋ってなもんでしょうに!』
「けど、まだだ!」
『そもそも二足歩行とか、ほ!? あれ、え!?』
圭介の声に呼応するように一度は結界から離れたケンドリック砲が、真っ直ぐに藍色の胸元に空いた穴へと吸い込まれていく。
機体内部で再度結界と砲身が連結した瞬間、生じた変化にマティアスが瞠目した。
砲台を城壁に固定していた金具。厳密にはそこに刻まれた術式が強く発光し始める。
周囲のマナを自動的に吸収し終えるか、または魔力を込める事で次の砲撃の準備に入る装填術式である。
『いやいやいやいやおかしいおかしい!! どこから魔力を調達してるんですかその大砲!?』
「何もおかしくねーわい! 僕が直接魔力注ぎ込んでんだから!」
『うわチャージ早い! 早すぎてキモい!』
マティアスが言う通りに、次の砲弾が装填され終わったのだろう。
砲身の先端にまで圭介の魔力で満たされたケンドリック砲は、引き戻されたトリガーを再び回されるのを待っていた。
「もっぱつ喰らえぇい!」
叫び、握るような形に指を曲げた右掌をトリガーの動きに連動させるように回す。
そうして放たれた第二射が四人の少女の力を束ねた鏃を押し込んで――
『あ』
とうとう動力室にある物全てを粉微塵にしながら、“インディゴトゥレイト”の背中の向こうへと通り抜けた。
『あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ』
空中に映る画面の画質が急激に荒れ始め、マティアスの悲愴感溢れる表情が段々と砂嵐に阻まれ見えなくなっていく。藍色の巨体も完全に動きを止め、穴を開けられた胸から肩、腹部、そして四肢と頭部にかけて小規模な連鎖爆発を始める。
『あーあ』
何もかも諦めたような声を最後に。
城壁防衛戦における最大の敵は、全身から藍色の火花と煙を吹き出して倒れた。




