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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第二章 変態飛行の藍色船舶編

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第二十二話 攻勢

――時はエリカが“インディゴトゥレイト”の眉間に向けて強力な一撃を撃ち放った辺りまで遡る。


「よくあんな作戦思いつくよね馬鹿の癖に」

「エリカちゃんは普通の人よりよっぽど頭の回転が早いの馬鹿だけど」


 一応の功労者をこき下ろしながらも彼ら二人は作業を続けていた。


 アーノルド材で繋がっている淵を全てなぞる必要はない。

 正方形の一辺だけに充分な切れ込みを入れて、更にその辺と垂直に接している残り二辺にも小さく傷をつけるだけでいい。

 後は圭介の【テレキネシス】で強引に持ち上げれば二枚貝が殻を開くように鉄格子を外すことができるのだ。


 そして作業は順調に進んでいる。


「うし、じゃあやるよ」

「任せたの」


 圭介が切れ込みの入った部分に魔力を注ぐ。

 裂け目が少しずつ広がって、やがてブチリと音を立てて完全に離脱した。残る二辺も前もってつけておいた傷をきっかけに面白いように千切れていく。


「おぉ、凄いじゃん。これで出られるね」

「へへへへへ。でも今度は歩いて移動するわけにもいかないの。床を揺らさないように浮いて行くの」

「了解」


 上へ移動すると、最初に訪れた時よりも散らかっている資料室に出た。

 よく観察すると棚にあるファイルや紙束が一部引き抜かれた痕跡が不自然な隙間として残されている。


「重要な書類は全部持ってかれたか……」

「とりあえず写真は撮っておくの」


 コリンの“カレイドウォッチャー”が何度かシャッター音を鳴らして、二人はこの空間への用事を完全に済ませ部屋を出た。


「で、次は奥のドア二つか」

「もしあの二部屋が操縦室と動力室ならどっちに行っても重要度は変わらないだろうし、フィーリングで選ぶの」


 彼女の言い分は尤もである。どちらを選んでもいいのなら、と圭介は利き腕である右手側のドアを開いた。


 中は目当てにしていた通りの動力室らしき空間だったが、ここで一つの問題が浮上する。


「どれが何なのかわけわっかんね」

「同じくなの……しかもこういうのって下手に触ると私らが爆発して死にかねないの」

「少なくとも自爆機能は確実に搭載してるようなロボットだもんね」


 回り続ける大型のファン、複雑に絡み合う金属配管、圧力計に排気ダクトに床に寝そべる四尺脚立にその他諸々。

 脚立は別として、素人が下手に触って無事で済むとは思えない機械類が所狭しと並んでいた。


「うーん、どうしたもんか」

「一応小型魔力爆弾はいくつか持ってきてあるから、何か機械を壊すなら最悪それで爆発自体は起こせるけど……」

「え、何でそんな物騒なもん持ってんの」

「自衛のための準備なの。腕を変形させて殴るか引っ掻くかしか攻撃手段がないから、こういう罠にも中距離攻撃にも使える武器が必要になってくるの」


 言われて今更に意識する。この異世界は学生であっても戦闘を前提としたクエストを受けることもある以上、死と隣り合わせなのだと。

 改めて日本の治安のよさを思い知らされ、ビーレフェルトで過ごす今後への不安が募りややナイーブな気分に陥る。


「……にしたって今はまだやめとこうよ」

「そうするの。できることも限られてるし、今は残りの一部屋を見てみるの」


 幸いにもコリンはその様子に気付いていないようだった。そのままの流れで二人はたった今通り抜けた場所に向き直り、向かい側にあるドアへと進む。


 操縦席があるものと期待していたその部屋には、壁一面を占拠する巨大なモニターと何らかの設計図らしき紙が広げられたテーブルしかない。

 怪訝そうに圭介がその設計図を覗き込むと、その図面に既視感を覚えた。


「ありゃ、これ“インディゴトゥレイト”の図面じゃないかい」

「おやまあ」

「しかも船の設計図とロボットの設計図がご丁寧に重ねて置いてあるよ。不用心だなあ」


【テレキネシス】で二枚の設計図を引き寄せ、中身を確かめる。


 図面を見る限り、船首がロボットとしての形態における頭頂部に当たるらしいことがわかった。

 圭介達が侵入した船橋楼は変形した際に折り畳むようにして胴体部分に収納されるも、通路と部屋の位置取りは変わっていない。


「これがあれば姫様達も“インディゴトゥレイト”を攻略できるかもしれないの! とりあえず写メ撮って送るの」

「いやこっから脱出して直接渡せばいいじゃん。ってか姫様のアドレス知ってんの? エリカと仲良いならそっち送った方がよくない?」

「……今のはなかったことにして欲しいの」

「アッハイ」


 コリンの失態はともかくとして、現状持ち帰るならこれ以上の情報はない。二枚の紙を小さく折り畳んで懐に入れた。


「……さあ、ここからどう脱出するかだね」

「この図面を見る限り、ロボット形態の時に外に出られる場所は空調のダクトくらいなの。でも経路が複雑な上に下手したら外からの攻撃に巻き込まれる可能性も高いの」

「うーわ冷静になると危機的状況じゃん今の僕ら。こんなのどうやって外に……ん?」


 図面を眺めていた圭介の中で、ある案が持ち上がった。

 今いる場所は文字通り敵の腹の中。その案を実行する事に抵抗は感じない。


「コリン。さっき言ってた爆弾ってその、火が出て周りが燃えたりとかするタイプ?」

「んと、火が出るタイプならあるの。後は圧縮された空気を破裂させるタイプと金属片を撒き散らすタイプもあるの」

「そっか。…………うん、決めた」


 迷いを断ち切った圭介の指は、図面上に示されているロボットの背中を指し示した。


「ここを爆発させて外に出よう」

「は?」


 想定外の提案だったのか、素っ頓狂な声が上がった。だが圭介も考えなしに発言したわけではない。


 ビーレフェルトでの日常を過ごし、魔術に触れ続ける中で『グリモアーツは破壊する事が出来るのか否か』という疑問をいつしか圭介は抱いていた。

 その問いに対する返答となったのが合同クエストでの対“オーサカ・クラブ”戦における、“ア・バオ・ア・クゥ”の破壊であった。


 外力による負荷でグリモアーツは破壊することが可能であるという結論は、この閉鎖的な状況を打破する為に信じ得る希望となったのだ。


「ほらここ見て。このロボットの背中には配管も少ないし自爆装置もない。装甲板も薄い箇所だから、爆発させれば穴ぐらい空くでしょ。それに背中なら城壁側を巻き込む心配もいらないし」


 しかも肝心の場所と言うのが船橋楼の入り口から反対側。意図せず彼らはそこに近い位置にいるのだ。

 間違いなく爆発による脱出を試みるならここ以上の条件はない。しかし、コリンの表情は暗かった。


「理屈はわかるけど不可能なの」

「どして?」

「これはあくまでも対人ないし対モンスターを想定しての戦闘用爆弾なの。やるにしても中型モンスター、それも精々外皮が分厚い相手に通用するかしないかくらいの火力しか見込めないの。金属で出来たロボットなんて、とてもじゃないけど……」

「その威力を上げる方法ならあるよ」


 断言する圭介の言葉に、再度コリンが硬直する。

 彼女に何か言い返されるより先に、圭介が“アクチュアリティトレイター”をスライドさせて資料室まで戻る。


「ちょ、ケースケ君? もう目ぼしい資料もないのにこんなとこ来たって……」

「違うよ。目当ては資料じゃなくて、こっち」


 そう言って手を落とし穴に向ける。

 一拍遅れて、穴から白い影が立ち上がる。その正体は圭介のみならず、コリンも弁えていた。


「……粉?」

「そう、粉」

「どうして粉なんて……ってケースケ君まさか」

「うん。コリンの爆弾とこの粉を使ってさ」


 狙いに気付いて引きつる少女に反し、今日一日を通して一番の笑顔で圭介は言う。


「粉塵爆発、起こそうぜ!」



   *     *     *     *     *     *  



「というわけで、アイツの背中ぶっ飛ばして脱出しました」

「ケースケ君ってやる時は本当に無茶苦茶やるよね」


 呆れた様子のユーに言われるも圭介としては苦肉の策だった。

 加えて実際にやってみるとなかなかうまくもいかないものだ。


「つったって大変だったよ。爆弾の火力からどのくらいの量の粉でどれだけの威力が出るかとかの調節もそうだけど、そもそも【テレキネシス】で粉を操るのがこれまでやってきたどの操作よりも難しかったし空気中の粉塵と酸素のバランスも計算しなきゃだったしもう二度とやらねえ」

「何にせよ、お二人ともありがとうございました」


 それでもここまでの戦いではエリカ以上の大ダメージを相手に与えたのだから、間違いなく功績である。追い詰められてきた側のフィオナも笑顔で圭介を労わった。


「このお返しは近日中に、必ず」

「あ、僕は結構ですんでコリンに何かしてやって下さい」

「おまっ、何言い出すのちょっと気まずいからやめるのそういうの!」


 距離感が如実に出て切ないばかりである。


「……オホンッ。しかし詠唱を封じられている以上、決定打に欠けます。まだあの藍色の機体も完全には沈黙していない様子ですしこのままでは……」

「「えっ」」

「……えっ」


 フィオナの発言に、怪訝そうな表情の圭介とコリンが反応した。


「いやもう詠唱使えますよね? あれでしょ、あの青いボール。さっきエリカがぶち抜いてくれてたじゃないですか、何言って……」

「何ですって?」

「ひょーっ!」


 不用心に発言した圭介が凄まじい剣幕で殺気立つフィオナに気圧されて怖気づく。それにしてもその声は何ぞや、と後ろでコリンが笑いをこらえていた。


「い、いやね。これ見て下さいよ」


 言いつつ懐から出した“インディゴトゥレイト”の設計図を見せる。当然その中にはエリカが撃ち抜いた件の球体に関する情報も掲載されている。


 そこには『詠唱周波数断絶機構:スペルキャンセラー』なる文字が書き記されていた。


「………………」

「あれ? どうかしました?」

「ケースケ君、ケースケ君」

「ん? どしたんミア」


 気まずげな表情のミアが圭介の耳元に口を寄せる。何事か、と仰け反ろうとするより早く彼女の小声が鼓膜に届いた。


「あのさ、中からだと外の音って聴こえなかったりした? 結構あのマティアスって奴が大声で喋ってたりしたんだけど」

「マジで? 全然わかんなかったわ」

「あー……」


 顔を押さえて天を仰いだと思ったら、今度は無言で横たえられているエリカに近づいて行き、


「【赤い実を食べて動き出せ まだまだ仕事は始まったばかりなのだから】」

「……んぉっ」


 そのまま回復魔術を施行し始めた。外傷ではなく疲労を要因としたグロッキーだったからか、エリカの意識が覚醒するのも早い。


「………………」


 その様子を、フィオナは虚ろな目で見ていた。


「ていうかまだ回復してなかったんだ。エリカがへばって座り込むところは【パレットウォッシュ】越しに見えてたんだけど、何か回復より優先することでもあったの?」

「け、ケースケ君……そのぅ」

『ハァーッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!! 修☆繕☆完☆了!』


 チラチラとフィオナの方に視線を向けるユーの発言に被せるように、明るいマティアスの声が轟いた。


『いやまさかあんな形で脱出されるとは思ってもみませんでしたがぁ、先だって“オーサカ・クラブ”が破壊されていたのが功を奏しましたねぇ! おかげで追加部品に困る事はありませんでしたよぉ!』


 どうやら“インディゴトゥレイト”の欠損は破壊された“オーサカ・クラブ”の残骸で補ったらしい。

 どういう理屈でそれを可能とするのか圭介としては気になるところでもあったが、今は城壁防衛を最優先すべきとフィオナに指示を仰ぐ。


「姫様、どうします? アレなら僕が“オーサカ・クラブ”の残りの残骸かき集めてどっかに置いておきますけど。やっぱり壊した先から直されてたらキリもないでしょうし」

「完膚なきまでに破壊します」

「はい?」


 発言を聞き取れなかったのではなく、『間違って軍のお偉いさんに話しかけてしまったのだろうか』という懸念から訊き直す。それだけ低くおどろおどろしい声であり、それだけ物騒な発言だった。


「聞こえませんでしたか。あの忌々しい学者気取りの作り上げた歩く廃棄物を木っ端微塵にしてこの世界から影も残さず消滅させると言ったのです」

「いや聞こえてたから言わせてもらいますけど、もうちょっとマイルドな表現でしたよねおっひゃい!!」


 圭介の正論を受けてその相貌が横へと傾く。そのいかなる感情表現を駆使しても到達し得ない領域にある憤激の無表情を真正面から見てしまった事で、間抜けな悲鳴が上がってしまった。


「ミアさん。ユーさん。エリカさん」

「「「はい」」」


 尋常ならざる覇気を受け、三人も脂汗を浮かべながら姿勢を正して返事した。


「“インディゴトゥレイト”を破壊する為にもお三方の協力が必要不可欠となります。お力添え願えませんでしょうか」

「「「喜んで尽力させて頂きます」」」

「軍隊か君らは」


 今の彼女らに限って言えば大差あるまい。今日この瞬間だけ、三人は学生として僅かばかりに残されていた甘えを捨てた。


「では参りましょう。虚言を弄して無駄な時間を取らせた報い、償わせなければなりません」


 その発言とほぼ同時。

 側防塔屋上のへりを超えて、“ノヴァスローネ”が舞い降りる。そして巨大な玉座の両隣にあるスリットが開いて銀色の浮遊するリングが出現した。


「両脇に側近を従える、我がグリモアーツの真の姿です。リングの中心に入って頂ければ私と一緒に飛行できます。ミアさんは右側、ユーさんは左側、エリカさんは私の膝の上に来て下さい」

「「はい」」

「は、えええぇぇぇぇぇ…………」


 唐突に王女の膝の上に座るよう要求されてエリカが戸惑う間にも、フィオナは“インディゴトゥレイト”の設計図に記載されている情報を速読しながら把握していく。その背中には有無を言わせぬ何かがあり、さしものエリカもとぼとぼと玉座に近づきよじ登り始めた。


「……ねぇコリン、なして姫様あんなに怒ってるの?」

「強いて言うならあのお方は国を危機に晒す相手、取り分けつまらないブラフで釣ろうとする輩が大っ嫌いなの。多分マティアスが『破壊されたのは詠唱無力化とは関係ない部分だった』とかフカして、姫様達もそれに引っかかっちゃったんじゃないの?」

「とことん凶暴な性格してんなおたくらの国の姫君は」


 他人事のように口走る圭介だが、彼には現状把握の意識が欠けていると言わざるを得まい。

 何故なら彼はその姫君と今後も定期的に関わっていくこととなるのだから。

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