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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第二章 変態飛行の藍色船舶編

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第二十一話 藍色の巨人

「【遠く昏きを厭わず灯せ 道の果てに燭台が待つ】」

「【つるぎの届かぬ場所に立ち 剣しか持たぬ私を嘲る怨敵よ】」


 戦いの口火を切ったのはミアとセシリア。二人とも一応は射程圏内にまで接近した“インディゴトゥレイト”に攻撃を加える為、各々の第四魔術位階の詠唱を始める。


 ミアが使うのは遥か昔、呪いを受けて生まれ育った村から迫害された娘が村の外側から燭台に火を点けるために作り出したという逸話が残されている【ホーリーフレイム】。

 対してセシリアの詠唱は家族を殺され復讐に燃える傭兵が、剣の届かない離れた場所に立ち彼を嘲り笑う仇敵を斬り殺したという伝説が語られる【レイヴンエッジ】。


 どちらも威力、射程共に申し分ない。詠唱さえ終わればさしもの“インディゴトゥレイト”とてただでは済まないだろう。


「【其は闇を不要と断ずる聖の焔 立ち止まる闇よりもその先の景色を求めし者】」

「【その薄ら笑いを裂いてやろう 泣いて贖おうとも手を緩めるだけの情は無し】」


 そしてその程度の認識を狙われる側のマティアスが心得ていないはずもない。


『ポチッとな』


 その声と同時、


「【――】!?」

「【――】何だ!?」


 二人の声が突然途切れた。


『アーッハッハッハッハ!! どうですびっくらこいたでしょう! この“インディゴトゥレイト”、そう簡単に攻略できる程甘くはなぁい!』


 マティアスの哄笑に合わせて藍色の鉄拳が城壁に叩き込まれる。

 いかに頑丈な城壁と言えども亀裂の一つは走ろうと思われたが、フィオナが展開する強固な結界が衝撃を緩和した。衝撃波を伴う程の速度で連打されながら彼女の守護は小揺るぎもしない。


 防衛自体はもう暫らく安泰だろう。それより危機感を抱くべきは唐突な詠唱中断である。


「おうどしたミアちゃん!」

「わかんない! ただ詠唱してたら急に声が出なくなった!」

「こちらも同様だ!」


 戸惑うミアと冷静に状況を見るセシリアの声が轟音の嵐に紛れて聞こえる。

 うるさい、とばかりにエリカが迫り来る“インディゴトゥレイト”の顔面に二十八の魔力弾を浴びせかけて一瞬だけ後退させた。


『んほぉっ!?』

「セシリア、貴女は一度下に降りて騎士団の作戦指揮を! 一応呪文詠唱は作戦内容から除外しておくように!」

「……はっ!」


 護衛としての役割から離脱することへの抵抗を見せつつ、セシリアが切なげな表情を浮かべながら階段を降りていく。


「大丈夫っすか!? それかなり厳しい条件な気がするんすけど!?」

「今は即時決着を見送って残存戦力の維持を優先します! 詠唱を強制的に中断させるなどという暴挙に及ぶ以上、簡単に倒せる相手ではありません!」


 一応ビーレフェルトには他人の呪文詠唱を強制的に中断させる魔術もあるにはある。


 元々詠唱というものは、自身の魔力を特定の周波数に付与した状態で大気中のマナに反応させることで成立させる魔術発現効果を指す。

 この時口から発する音声は吐き出されてすぐに魔力を空気中に分散させてしまう為、呪文詠唱は術式の遠隔操作に不向きとされる。


 即ち詠唱を無効化する存在から離れた状態で呪文を唱えるとなると、最低でも第三魔術位階相当の攻撃を前提としなければ話にならない。そんな芸当ができる人員などこの場にはいなかった。


 そして【サイレントヴォイス】という魔術は、この詠唱が含む魔力を取り除き周波数だけを相殺することで知られている有名な術式であった。


 こうなるとせっかくの魔力もただ空気中を漂うばかりで一瞬の時間経過と共にマナへと変換され空気中に拡散してしまい、詠唱による魔術が実質的に無効化されてしまうのである。

 但し効果範囲を「対象となる者の口回り」にまで狭めたとしても消費魔力は第三魔術位階に相当する。更にはこの魔術自体が魔術円などの術式による効果を見込めない、詠唱を前提とする魔術なのだ。


 ある程度対象者に近づき、自身の詠唱を妨害されることなく発動しなければならないという条件の厳しさから実際に使用する者は多くない。


 逆に、詠唱した様子もなく同時に二人の詠唱を無効化するなどあり得てはならないことだった。


『戸惑いを感じますよォ確かにわっけわかんないでしょうねぇ! 呪文詠唱を封じられて貴方がたにいかなる手だてがあるものか!』


 大笑いに応じて鉄拳の威力が心なしか増す。

 いかにフィオナの結界が強靭であろうと、やはり限界はある。その多くが詠唱を要する第四魔術位階による効果的な攻撃手段が見込めないようでは勝ち目がない。


「【――】……駄目、私も魔術が使えない!」


 ユーも結界に【鉄纏】を付与するという形で援護を試みたが、失敗。


 彼女が使う剣術、アポミナリア一刀術はそれぞれの剣技の名称がそのまま呪文として機能する。

 戦う過程で詠唱を続けるミアのカサルティリオと異なり『先んじて短い詠唱を済ませ魔術による一撃を叩き込む』ことを念頭に置いたその戦闘スタイルは、悲しきかなこの状況下では無力に等しい。


 そんな中、唯一詠唱を要さないエリカは“ブルービアード”を一旦ポケットに突っ込んでからスマートフォンをいじっていた。どうやら誰かに連絡を入れているようである。


「ちょ、エリカちゃん何してんの?」

「考えがあんだよ。……あーもしもし?」


 二度の電子音を経て、通話が繋がる。相手の声は殴打の音に阻まれて聞こえないが、エリカの口調から親しい相手である事だけが伝わった。


「おう、元気か? こっちは今やべーな、巨大ロボットに襲われてる。嘘じゃねえよ。……うん。うん。わり、その前に一つ頼むわ。いやこっち優先で、もしかしたらあのデカブツ倒せるかもしんねえ」


 会話を続けつつ、右手に握った“レッドラム”の銃口を未だ暴れている“インディゴトゥレイト”に向ける。

 彼女を知る者であれば珍しいとわかる、『とりあえず向けただけ』の挙動だった。


「あぁ、いつでもいいぜ。頼んだ」


 通話を継続できるようにスマートフォンを肩と頬で固定し、片手で持っていた“レッドラム”を両手で構える。

 赤い銃に引き寄せられるように二十六の魔術円が集合し重なり合い、銃身の延長にも似た筒状の形態となる。


「エリカさん……何を」

『そらそらそら、もう結界も限界が近いようですねぇ!!』


 その銃口の先には、結界に指を食い込ませて力任せに切り開きつつある藍色の巨人の姿があった。


「くっ、予想以上に力が強い……!」

『頑張れ僕らの“インディゴトゥレイト”! 負けるな僕らの“インディゴトゥレイト”! 登場エフェクト搭載の為に外してしまったホーミングミサイルがあればもうちょっと楽に攻略できたのになあ!』


 多少間の抜けた発言はあるが、目の前の脅威はその指先を城壁にいる面々へと伸ばしつつあることに違いはない。

 ここまで接近したならいっそ、とミアとユーが白兵戦闘の構えに入ったその瞬間だった。


『…………は?』


 藍色の巨人の表面が灰色に変色した。

 否、厳密に言えば表層の金属板が溶けるようにして消失し、内部のパーツが露わになっているのである。


『なぁにこれぇ!?』

「これは……っ!?」

「おーっし! よくやってくれたコリンちゃん!」


 事情を知っているらしいエリカだけは大喜びで仲間の名を呼ぶ。そして、


『上手くいってよかったの!』


 エリカと通話しているコリンの声が小さく響いた。

 実際のところ、“インディゴトゥレイト”は消滅しているのではない。少しずつ透明になっているだけである。


 物質を透明にする第五魔術位階【パレットウォッシュ】。この魔術によって藍色の装甲や金属質な四肢は消失し、内部の精密機械も次々と出現しては色と輪郭を奪われる。

 その中で透明にならないものがあった。


『あっ、皆がいるの!』

『ホントだ! おーい、たっけてー』

「ぶひゃるぁひゃははは!! 何アイツら粉まみれになってんだよマジでウケるんだけど!」

『あの馬鹿後でしばき倒す!』


 白い粉で全身を汚された圭介、コリンの二人。

 そして。


『エリカちゃん! アレが多分この機体の弱点なの!』

「アホみたいにわかりやすいもん見つけたじゃねえか。それにあの眼鏡野郎の姿が見当たらねえってこたぁ、そもそも中で操縦してるわけじゃなさそうだな」


 位置的には人間でいうところの小脳の部位に当たるだろうか。

 太いコードを何本も挿し込まれた藍色の球体。接続部分以外にも月面のクレーターを想起させる僅かな窪みがいくつかあり、そこからは青い光が漏れ出ている。

 あからさま過ぎて罠の可能性すらある、極めてわかりやすいコア部分であった。


 更には【パレットウォッシュ】の効果範囲の広がり方からコリンの位置がコアからいくらか離れている事もわかる。これで誤射の危険性は無い。


『しまった、防御性能ばかり意識し過ぎてこういった魔術への対策が不足していましたか……ワタクシもまだまだ青い』

「そだな。あたしとしちゃああの二人がロボットのどの辺りにいんのかさえわかりゃよかったんだが、そんなに露骨な弱点晒されると撃ってみたくてしょうがねぇ」


 実際に声が届いているのかはわからないが、エリカは当然のようにマティアスに語りかけながら藍色のコアに銃口を向ける。


「コリンちゃん、もういいぜ。大体の位置は見えた。……っしゃテメッコラァ! 散々好き勝手してくれたな眼鏡ぇ! 今そこのガラクタぶっ壊してやっから覚悟しやがれ!」


 言いつつ重なり合う魔術円に嫌な気配を感じたのか、“インディゴトゥレイト”が結界から離れようとする。


「逃がしませんよ」

『うぬっ!』


 しかし指を食い込ませたのが運の尽き。

 閉じた結界は藍の指先を咥え込んだまま閉じ切って、擬似的な拘束具となった。


 逃げ場を失くした巨人の姿が【パレットウォッシュ】の解除に合わせて徐々に取り戻される。その眉間に今度こそ曖昧ではなく、しっかりと照準を合わせた。


 今エリカが制御している二十六の魔術円は銃口としての役割を捨て、“レッドラム”から放たれた一発の魔力弾を強化する為の術式として機能する。威力を底上げするだけでなく、魔力弾を楕円形に変形させ先端に魔力が集中するように。


「わっほい!!」


 楽しげな声と共に魔力弾が放たれる。

 魔術円を一つ通過するごとに魔力弾は大きく、楕円形から棒状、棒状から針状に形を変える。その変化速度は目視で測れる次元ではない。


 その場にいた全員の目には、弾丸ではなく一筋の光線が走ったようにしか見えないだろう。


『……え、何今のカッコいい』


 呆然としたマティアスのどこか的外れな称賛はこの際置いておくとして、コアは派手な爆発を見せないまでも黒い煙を上げながら宿していた光を失った。


「まさか……あの装甲を、魔力弾が貫通したのか!?」


 魔力弾という魔術自体が単なる遠距離攻撃に用いられるだけの簡易な魔術という世間一般の認識がある以上、テディの驚愕は至極当然である。

 しかしエリカの魔力弾を知る者にとってその威力は想定の範囲内だった。


 いい加減に撒き散らすだけでも山道を吹き飛ばし、一瞬とはいえ迫り来る“インディゴトゥレイト”を押し退けるそれが一点に収束されたのならば、ケンドリック砲を恐れて射程外に逃げる敵など物の数ではない。


「まるで射撃っていうより刺突だね……生半可な強度じゃグリモアーツでさえ無事で済まないよ、今の一撃」

「ぃやったあ! すごいじゃんエリカ、これでやっと……」

『何してくれてんですかァ!?』


 だが“インディゴトゥレイト”は止まらない。どころか結界の上から城壁を蹴り、無理矢理巨体をのけ反らせて指を離した。


「いぃっ!? アイツあんなわかりやすい弱点撃たれといてすっごい元気じゃん!」


 驚愕するミアの表情が見えたのか、画面に映るマティアスがにぃっと笑みを浮かべた。


『はん、先ほどの攻撃には度肝を抜かされましたが残念ながら撃ち抜かれた部品は登場エフェクト用の音楽再生機、即ち動力に一切関わっていません! このまま結界が破れるまで殴り続けてくれましょう!』

「そんな……あんなに弱点っぽかったのに音楽再生機って……」


 あまりにも悪目立ちしていた球体の存在が極めて無意味な物だったと知らされて、一同に落胆が圧し掛かる。

 完全な自由を勝ち取ったマティアスの攻撃が再開され、側防塔の面々はまた窮地を迎えた。


「ね、ねえエリカちゃん? さっきのもう一発って……」


 ユーの控えめな要求に対して、エリカは返答しない。ただ何もかもを諦めたような表情で両足を放り出して座り込んでいる。


「ダメだめっちゃ疲れてる、この子ったら去年の調理実習でコリンの手作り料理食べた時と同じ状態になってるよ!」

「父ちゃんやべえよ……キャバクラの名刺の隠し場所、母ちゃんにバレてたよ……」

「うわ言まで言い出した! しかも内容がまたしょうもない!」


 力関係が振り出しに戻ったことで後手に回った中でも、フィオナは冷静だった。


「ミアさん! 詠唱を要さない回復術式は使えますか!?」

「すみません私の魔術って全部詠唱ありきなんです!」

「じゃあユーさん!」

「すみません私刃物を振り回すしか能がないんです!」

「流石にそれは年頃の女の子としてどうなんでしょう!?」


 ツッコミを入れている間にも藍色の鉄拳は城壁に着々とダメージを入れ続けている。多少は長引かせることもできようが、このままではジリ貧だ。


(せめて、詠唱の中断がなければ……!)


 詠唱を使えるように出来ればミアの回復魔術によってエリカを起こすことができる。

 そしてそれさえ実現させてしまえば“インディゴトゥレイト”を倒す手段はある。その為にフィオナと彼女ら三人、都合四人分の力が必要となるのだ。


(何か、何か手立ては……!)


 フィオナが唇を噛み締め、マティアスが『勝ったな、風呂入ってくる』と調子に乗り始めた辺りで。




“インディゴトゥレイト”の背中が盛大に爆発した。




『ノォォォォォ――――――――――――ッ!?』


 勝利を確信したその途端に愛する巨人の背中が破壊された衝撃で、マティアスが実にわかりやすく発狂する。

 マティアス程ではないにせよ驚愕に目を見開く少女達は、爆風に飛ばされる金属片に紛れて何かが自分達の方へと飛んでくるのが見えた。


 重たげな鉄板に乗って滑空する粉まみれの少年と、その少年に抱き着いて一緒に飛んでいる粉まみれの少女。


「……ケースケ君!」

「脱出成こぉぉぉぉぉぉぉううぅぅっしゃあ!!」


 それは我慢に我慢を重ねた果てで自由を手にした喜びの叫び。

 同時に、防衛戦での勝利に繋がる鐘の音だった。

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