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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第一章 異世界来訪編
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第四話 異世界

「あああぁぁぁぁ、ぁぁぁああああ」


 夕日も半分以上を地平線に沈めた頃合。

 異世界転移した男子高校生が、転移先の学校の校長室でうなだれていた。


「ふむ、今記入が必要な書類はこれで全てですね。一週間以内には住民票を発行できるところまで持っていくのでそのつもりで」

「あ、ありがとうございました……」

「それと今後一ヵ月ほど、こちらでの文字と文法を勉強する時間も設けましょう。会話は問題ないとはいえ文章を読解できないのは不便でしょうから。こちらは宿題です、今日中に済ませておくように」

「ぁぁぁぁ」


 紙類に対して辟易しているところに更なるプリントを突き出されて、圭介はもはやグロッキーである。


「さてと。最低限今日中に済ませておくべき戸籍関連の手続きはこんなもので良いでしょう。次に貴方の今後の生活についてですが……」

「そうそれ、それな。実はもう実質的に決まってるようなもんなんだわ」


 ここに来てエリカが出しゃばり始めた。多大な疲労感に包まれながらも圭介が怪訝そうに彼女を見やると、小さな胸をこれでもかと言わんばかりに張り出しながらしたり顔をしている。


「何それ、どゆこと? まだ部屋とか借りれる状況じゃないから野宿も覚悟してたんだけど」

「あーんしーんしろってぇ! さっき電話で伯母ちゃんと話した時にウチらのホーム使わせるってことでナシつけたから!」

「「えぇっ!?」」


 エリカの言葉を受けて、圭介より先にミアとユーが過剰に反応した。


「ちょっとエリカ、まさか私らまで呼ばれたのってそういう理由!?」

「さ、流石にそういうのは……せめて事前に言ってもらいたかったかなって…………」


 明らかに動揺する二人の姿を見た圭介は、並々ならぬ不安を煽られる。


「え、何? なんかやらかしたのエリカ。ていうかホームって何、君らの家とかだったら謹んで辞退するけど」

「なんだよも~、同じ釜の飯食ったんだから同じ屋根の下で寝たって問題ねーじゃんかよ~」

「やっぱホームってそういうことか! 何考えてんだ君ってやつぁ!」


 言葉の意味を察した以上簡単に頷ける話ではなかった。


 そもそも圭介からしてみれば、数時間前に意図せず女子更衣室に侵入してしまってから感じ続けている罪悪感にも折り合いがつけられていないのだ。

 そこから続けて女子と寝食を共にする生活を送るとなると、性欲より先にリスクヘッジが働く。


「ホームというのは、冒険者ギルド……冒険者達による組合のようなものなのですが、そういった組織やギルドに属さないフリーのパーティが拠点とする施設の総称を指します」


 圭介の対応を見て流れに乗るべきと判断したのか、若干の焦燥を滲ませた様子のユーから改めて用語の説明が入る。


「私達のような騎士団学校に属する学生も、生徒会に必要な書類を提出して各種手続きを踏むことでパーティとして認可されることが可能です。私達三人もそのような経緯でパーティを組んだのですが、その……」

「私ら学生の経済力じゃ用意できるホームなんてたかが知れてるからさ。今んとこ学園で用意してくれた寮室を暫定ホームってことにしてんの。四人部屋だから残り一人にも頭下げてね」

「言いたいことは色々あるけど、まずその残り一人にも許可取れよ! モラルのガバり具合がおかしい!」

「へぇ、モラルとか気にするんだオメー」


 なにくそ、と圭介はエリカの発言に反発するように彼女を睨みつけた。


 確かに圭介の人間性は平均値を下回る。中学時代にクラスメイトら複数名と共に「最下位は全裸で職員室に特攻」という破滅的なカードゲーム大会を開催する程度には。

 あの時は職員室でのあれこれ以上に、目的地に向かう過程で無関係な同級生達に自分の肌を見られ続けたことが最大の苦痛だったと、当時圭介に敗北した友村君は語る。


 しかし、そういった無法は無法なりの秩序の下に成立するものだ。

 真に秩序を失った無法地帯に未来はない。


 というより圭介側の本音としては、多感な時期に美少女複数名と共に生活するという事態そのものが受け入れ難かった。


 忘れてはならない。彼は紳士であり、童貞であり、ヘタレなのだ。


「とにかく、男女同じ部屋っていうのは断固として拒否する! 僕だって男なんだから何も起きないなんて保障はできないし、今後こっちで生活する以上は体裁だってあるし!」

「大丈夫だって、別に同じ部屋で寝ようってんじゃないんだから。ただ階段下のちっさいスペースが今空っぽだからそこで寝てもらおうとかは思ってるけど」

「何それちょっとワクワクする」

「ケースケ君!?」

「籠絡されるのが早すぎる上に理由が理解できないのですが!?」

「君達女子にはわからないだろうけど、少年はそういう小さいスペースの秘密基地っぽさに心惹かれるものなんだよ」

「貴方は何を言っているのですか!?」

「どうしよう本当に理解できない!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ四人に向けて放たれる咳払いが一つ。

 音源でもあるレイチェルはエリカの頭を軽く小突く。


「確かに世話見るように言ったけどそういう意味じゃないわよこのバカ。えー、一応客人が来た場合に備えて宿泊用の部屋はこちらで用意してあるので、貴方にはそちらで寝泊りしてもらう形になります。いくらなんでもうちの学校ほどの規模ならそのくらいの備えはありますので」

「ああ、そういうのあるんですね。良かった」

「そっかー、じゃあ無理だな」

「急に無茶言い出して一気に諦めやがった……なんなんだこの貧乳は……」


 とはいえ宿泊先に困ることがないと知り、圭介はほんの僅かな落胆を胸の奥に秘めて嘆息する。


「……あの子は何故かホームで寝泊りさせる方に勘違いかましたみたいだけれどね」


 一方貧乳呼ばわりされたエリカが静かに圭介の脛を蹴り飛ばす中、レイチェルは少し落ち着きを取り戻し始めたミアとユーを見据えた。


「さっき電話で話したのは、この世界で最初に彼と交流したエリカも含める貴方達パーティに彼を所属させてあげて欲しいという学校側からの正式な依頼よ」

「依頼、ですか」


 ミアが確認すると、レイチェルが頷いて「もちろん報酬も出すから」と付け加える。


「こちらの世界の案内や説明、あと魔術の扱いについても簡単に教えておいて欲しいの。ついでに友好的な人間関係を構築してもらえると助かるわ」

「りょ、了解です校長先生。まぁいい奴そうだしそのくらいは問題ないかな?」

「ええ、そういう事でしたら引き受けましょう」


 了承を得たことで安堵もあったのだろう。疲労の色合いが濃い溜息が校長室に満ち、近くにいたケサランパサランが気遣わしげにレイチェルの肩に止まった。


「んだよ伯母ちゃん疲れてんの? アホかよ、もう歳なんだから健康には気をつけなきゃダベボバッ」


 本当に心優しい妖精なのだろう。己が全身をかけて失言を吐きつつあったエリカの口を塞ぐ程度には。



   *     *     *     *     *     *  



「ここが客人用の宿泊室です」

「ちょっと待てコラ、あたしらの寮室よりいい部屋じゃん。ずるいわ」


 エリカが文句を言うのも納得である。

 圭介が通された一室は校舎からさほど遠くない距離にある簡素な造りの宿泊施設にあったのだが、寂しげな外観の印象に反してその内装は彼の予想を上回っていた。


 入口から真ん前にある窓からは、一人分の洗濯物を干すにはやや広過ぎるバルコニーが見える。

 完璧なメイキングを施されたベッドはふわりとした膨らみを持ち、見ただけで柔らかさが伝わってくる。

 部屋の隅にはホワイトオークを素材とした机と椅子が設置されており、引き出しの数から機能性は充分であると見て取れた。

 他にもユニットバスや既に調理器具が用意されているキッチンなど、現代日本出身の圭介ですら舌を巻く部屋が視界に飛び込んできた。ブレーカーや備え付けのテレビまである。


 この部屋がファンタジーな異世界に存在する部屋であると認識するのは、元いた世界の人々にとって難易度が高かろう。


「お、おぉ。なんかすみません、僕なんかのためにこんないい部屋に寝泊まりさせてくれるなんて……」

「戸籍を取得して以降もこの部屋を使っていただいて構いませんよ。最初の一ヶ月は無料ですから」

「いやはや、何かとありがたい話で……最初の、一ヶ月?」


 ほくほくと緩んでいた圭介の表情が硬直する。


「もちろんこちらも相応に維持費等の費用がかかる以上完全に無償で提供するわけではありません。予期せずしてこちらに来られたとはいえ、それはそれ、これはこれです」


 これに関してはレイチェルも正式な手続き等を踏んだ上での話だからか、罪悪感などによる言葉の鈍りを見せない。


「幸いにして彼女らのパーティに所属することができたのですから、明日から少しずつでも依頼を受けて報酬を得る習慣をつけておいてください」

「ああ、そういや今日の昼飯代も返してもらわないとな」


 バカのくせして自分の損得は忘れないエリカもその流れに追随してきた。


 とはいえまあ、と思い直す。


 これだけの設備である。それこそ金の動きに参加しなければ、圭介の性格上申し訳なさが快適性を上回って落ち着いた毎日を過ごせなくなるだろう。

「もらえるものはもらう」と「やらずぶったくり」は違うのだ。


「あとケースケさんには明日、エリカ達のクラスに転入していただきます。学生としての立場を持っていた方がこちらもそちらの身柄を管理しやすいですし、ケースケさんにとっても異世界に関する知識を学習する機会の獲得となるでしょう」

「ズカズカ言うなあこの人。にしても転入ですか。最初のアレがあるから気まずいってレベルじゃないんですけど」

「んじゃとりま土下座だな土下座」


 そんなもんまで浸透しているのか、と思いながらもそう言えば圭介も異世界に来訪してすぐに土下座を敢行していたことを思い出す。なるほどつまりあの時の土下座は謝罪の意として確かに伝わっていたわけだ。

 などと土下座について考えていると先方も話すべきことを一通り話し終えた様子で、部屋の外側に体を向け始めていた。


「とりあえず今日はこんなものかしらね。エリカ、あんたは明日早めに起きてこの部屋に彼を迎えに来んのよ。んで教室来る前に教員室まで案内すること、つってももう今日案内したかもだけど」

「がってん! そんじゃケースケ、あとで夕飯持ってくるからそれまでいい子にしてるんだぞ」

「ペットか僕は。でもありがとね」

「いいんだよお礼なんて。明日誠意を見せてくれれば」

「よかった、君には今後お礼を言わなくても良いんだね」


 軽口を叩きつつエリカが出て、レイチェルが出て、


「んじゃケースケ君、私ら同じクラスだから。また明日ね」


 ミアがウィンクしながら出て、


「それではケースケさん、また明日お会いしましょう」


 会釈しながらユーが出て行った。


 残されるは圭介一人。生まれつき兄がいた彼にとって、部屋の中に完全に一人という状況はひどく珍しく思えた。


「さーて、そんじゃ荷物なんて学生鞄くらいしかないし、部屋の中見て回ろうかな」


 まず最初にカーテンを閉める。照明が点いている状態ではこれからの時間、部屋の中が外部から筒抜けになる。

 そういうのは思春期の男子高校生にとって、色々と、何かと、不都合である。


 次に冷蔵庫。本当に異世界に来たのか疑わしく思いつつ中を見てみると、気を利かせてくれたのか五〇〇ミリリットルのペットボトルに入ったミネラルウォーターが二本ほど入っていた。


「瓶じゃないんだ……ホントに異世界かよここ……」


 ひとまず閉めて、次。


 ユニットバスを覗くと、洗面台と湯船を仕切る耐水性の高い素材で出来たカーテンが端に寄せられている。

 圭介は知らないが、新居においてこのカーテンが最初から配備されているというのはビーレフェルトでも現代日本でも一般的な仕様ではない。学校側からの気遣いの一環である。


「あ、そうだ」


 そういえばエリカに「あと五時間はイケる」と宣言してからもう五時間が経過する。そこに洋式便器があることだし、ついでに用を済ませてしまおうと圭介は考えた。


 これも特殊なことに真新しい便座カバーが既に設置されている。いくら一人暮らしの経験を持たない圭介でも、これはオマケしてもらったと認識できた。


 何にせよ今は便器の蓋を持ち上げる。そうしてまず圭介は、




「ヴォエエェェェェェ……」




 便器の中に向けて盛大に吐いた。昼に奢ってもらったガーリックライスを、消化しきれていない状態のまま戻していく。


 実のところ、結構な無理をしていた。

 異世界らしからぬ環境。同年代の少女らとの会話。ケサランパサランの効果によって自分を騙しながらどうにかここまで来たのだ。


 だが、限界。


 知らない世界に知らない人々、知らない生き物に知らない地名。

「帰れないかもしれない」という不安。

 数多の未知と恐怖は、平凡に生きてきた少年の精神に過剰な負荷を与えた。


「げほ、げっほ……ッァア、くそっ…………くそっ! 畜生! どうしてこんなことになったんだ! どうして、僕がこんな……っ!」


 帰りたかった。ただ、帰りたかった。

 エリカが夕飯を持ってくるまでの間、圭介は便器に向かってそんな願いを呪詛のように呟き続けていた。

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