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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第二章 変態飛行の藍色船舶編

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第二十話 変態飛行の藍色船舶、【解放】

「ばふっ!」

「ぶふぇっ! ぺっぺっぺ……もー何なのー……」


 落とし穴の下に敷き詰められた大量の粉によって、圭介とコリンは無傷で着地した。

 代わりに全身粉まみれになってしまったが。


 二人が落とされた穴は特別怪我を負う程ではないものの、自力で跳躍することを考えた場合は致命的に届かない絶妙な深さを見せていた。

 縦も横も均等に三メートルはあるだろうか。最初からまとめて二人落とすことを前提にしているような大きさである。


「ハリセン持ったピエロの次は粉地獄かよ……お次は熱湯風呂かゴムパッチンか」

「うへ、粉のせいでせっかくの【インビジブル】が役立たずなの」

「え? おぉホントだ、こんなにも近い場所で君と僕の輪郭がはっきりと見えるよ」

「何かの歌の歌詞なの? とにかく魔力の無駄だし、一旦魔術を解除するの」

「……うん、そうした方がいいね」

「どういう沈黙だったの今の間は」


 コリンはきっと尻から着地したのだろう。


 スカートの淵に付着した粉の向こう側に少女の臀部とパンツの輪郭を描く粉の集合が見えて、圭介としては気まずい限りだった。透明になる魔術が有する意外な倫理的問題である。

 妙な扉が開く前に現状を確認するため立ち上がった。


「いやしかし参ったね。床の振動だってさ」

「確かに私も迂闊だったの。まさかそんな方法でこっちの動きを探知していたなんて……もっと発想に多様性を持たせないとジャーナリストとしての沽券に関わるの」

「でもほら、僕と一緒に飛んで脱出すりゃいいわけだし」


 言いつつ圭介がフワリと浮かび上がる。

 それに合わせるようなタイミングで、二人の頭上を重厚そうな鉄格子がガシャコンとスライドして現れた。


「あんにゃろこっちの会話聞いてるぞ! 腹立つなぁ陰湿なんだよやることが!」

『不法侵入した上に家探しまでしておいて随分なご主張じゃありませんか!』


 圭介の発言に感じるものもあったのか、再度二人の前にマティアスの立体映像が映し出される。


 しかし圭介としても黙っていられない。そもそも目の前にいるこの男がいなければもう少し平穏な日常を享受できたはずなのだ。

 なればこそ、現状に対する不平不満を怒りに変えて八つ当たりする権利が彼にはあるはずなのである。少なくとも彼の中ではそういうことになっているのである。


「国の許可得てますぅーお前テロリストだから人権ありませんーだから今回の家宅捜索に違法性はありませんーていうか犯罪者が騎士団相手にしてノコノコ表に出てきたのが運の尽きですぅーとっとと捕まえて明日にはお前なんか晒し首ですぅー」


 というわけで煽ってみた。


 唇を少しとんがらせて挑発してみたところ、相手も同様に口をすぼませながら煽り返してくる。


『言うて落とし穴に落ちて粉まみれになってんのマジうけるんですけどぉー今貴方が言ったこと全部実現不可能なんですけどぉー因みにその鉄格子は貴方風情の力じゃビクともしませんーやることやったらまとめてお持ち帰りからの改造手術ですぅー』

「君ら友達なの?」


 それだけは確実に違うがどうやら感性は近いものがあるようだった。城壁で聞いたマティアスの発言が微妙に圭介の過去の発言と被さるせいで、もしかすると血筋は同じなんじゃなかろうかと邪推してしまう程である。


『まぁお二人はこっちがあっちの用事済ませるまで指咥えて待ってて下さいよォ! 全部終わったらおじさんがいい所につれてってあげますからね! 何も心配いりませんからね!』

「心配だ……」


 不審者めいた発言を吐くだけ吐き出して、マティアスの姿を映した立体映像が消失した。

 後に残ったのは粉をまぶされた二人だけ。


「とにかくあの鉄格子を壊さないと……【解放“アクチュアリティトレイター”】」


 このまま待ち続けるわけにもいかないと【解放】してすぐに“アクチュアリティトレイター”を投擲する。

 が、ごとりと切なく鈍い音だけを鳴らして鉄格子は変形すらせず沈黙していた。これには圭介も驚く。


「……えっ。今結構重いのを結構な速度でぶつけたはずなんだけど。ビクともしねえよどういうこっちゃ」

「ちょっと浮いて調べてみるの。何かわかるかもしれないの」


 確かにビーレフェルト特有の特殊な素材などが用いられているのであればコリンに一度見てもらう必要があるだろう。

 打開策を練るにしろ諦めるにしろ、まずは情報を得なければ始まらない。


 先ほどと同じくコリンを抱きながら“アクチュアリティトレイター”に乗って上昇する。

【コンセントレイト】の効果が薄まりつつあるからか少々怖さもあったが、然程高くもないため冷静さを保てた。


「……で、どうかな。僕には普通の鉄格子にしか見えないんだけど」

「確かに格子部分は間違いなく鉄製なの。でもよく見ると周り……淵の接合部分はアーノルド材質でできてるの」

「あ、何? 知らない名前が出てきた」


 とりあえず言われた部分を見てみるも、灰色のゴムに近い何か、という情報しか入ってこない。


「アーノルドは引っ張る力に対して強い耐性を持ってて、耐熱性と伸縮性も併せ持つ素材なの。建物の基礎や貨物運搬用の機材にも使われてるの」

「ほーん。僕がいた世界にも探せば似たようなのあるかも知れないなあ」


 説明を聞く限りではプラスチック素材のナイロンに近いようにも思えるが、指で触れた際の僅かな弾力はゴムに似ている。恐らくはこの性質によって衝撃を吸収するのだろう。


「でもこの素材は刃物や針みたいに一点に力を集中させる道具を使って、時間をかければ削り落とせるという弱点があるの。かなり疲れるだろうけどケースケ君にはこの浮いた状態を維持してて欲しいの」

「軽く言うけど割とここまでで【テレキネシス】使いまくってるからね? 結構疲れるんだよこの魔術」

「客人の割に魔力容量が少ないの。体を鍛えるといいの」


 以前は才能があるかもしれないとモンタギューに言われたのに、今度はこの言われようである。ちょっとばかり凹んだ。


「っても、刃物なんてどこにあんのさ。僕は持ってないけども。コリンが持ってんの?」

「ナイフだとかは持ってないの」


 じゃあ、と圭介が口を開きかけたところでコリンが制服の右袖をまくる。


 そのまま上に掲げた右腕が、急激に肥大化し始めた。


 腕は膨らむだけでなく、罅割れたような純白の鱗を表出して存在感を増していく。

 更に爪は長く鋭く変形していき、小さめのリンゴ程度なら容易く両断できるであろう刃と化す。

 変化は彼女の首筋から顎の右側にまで至り、黄金の右目だけが縦線目に変化していた。


「……え、何そのカッコいいやつ」

「怖いと言われたことはあったけど、カッコいいという感想は初めてなの」

「いやメチャカッコいいじゃん。漫画の主人公みたいだよ今のコリン」

「えっへん」


 彼女の種族はヒト型爬虫類(レプティリアン)。表出した鱗や豹変した目は、種族としての本来の姿に少し近づいた事で表れたのである。

 確かに、その鋭い爪を使えば扱い慣れていないナイフなどよりも効率的にアーノルド製の補強部分を削れるだろう。これなら平たい胸を張って威張り散らしても多少は許されるというものだ。


「んじゃ、ガリガリやってくの」

「クッソ地道な作業だな……」


 外見は派手でも、派手に脱出できるわけではない。

 二人はこの粉地獄で暫しの我慢を強いられるのだった。



   *     *     *     *     *     *  



『いや失礼、ちょっと船に羽虫が侵入していたもので席を離れていましたよ』


 側防塔でフィオナが席を外している間に、一度は消えていた空中に浮かぶ大画面が復活した。そこには当然マティアスが映り込んでおり、若干疲労の色を見せている。


『ですが無事罠にはめて閉じ込めておきましたのでご安心を。今頃私が作った粉地獄で必死に脱出しようともがいているでしょうからね! まぁ無駄ですが!』

「……マジかよ」


 それにいち早く反応したのがエリカである。

 目を大きく見開いて画面の中にいる痩身の男を睨みつけ、叫んだ。


「コリンちゃんはそういう汚れ仕事NGなんだぞ!」

「小学生の頃、顔中に絵の具塗ったくってヤマンバメイクごっこしてたような奴が?」

「オレンジの皮を絞って汁が飛ぶのを知ってからは嬉々として人の目を狙うようになったよねあの子」

「アイツ……私生活でそんな馬鹿な真似を……」


 顔を手で覆いながら呆れ返っているセシリアはさておき、マティアスは続ける。


『しかし予想以上にワタクシが手こずったのも事実! せっかく作り上げたかわいい“オーサカ・クラブ”達の屍を無駄にしないためにもォ! マッティー本気出しちゃうんだかんね!』


 言うや否や画面外にあるらしいキーボードを素早くタイピングするが早いか、空中で静止していた“インディゴトゥレイト”がゆっくりと船体を上へ上へと傾けた。


『括目せよ! これがワタクシのグリモアーツ、“インディゴトゥレイト”の【解放】形態!』

「――馬鹿なッ!? あの船舶が【解放】形態ではなかったのか!?」


 奇怪な構えをしながら恍惚とした表情を浮かべるマティアスは、テディの驚愕に応じない。

 船首が真上に向けられたのとほぼ同時。



『【解放“インディゴトゥレイト”】ォォォォッ!!』



 がちゃこんがちゃこんという大仰な音を伴って。


 藍色の船は、藍色の巨人に変形した。


「……は?」

「嘘だろロボじゃん」

「ロボだね。え、ロボ?」

「ロボにしか見えないねえ……」


 甲虫の節足にも似た細いシルエットから抱く印象に反して間違いなく重厚、頑丈を保障するであろう金属板の集積。

 人の肉体を模した大木のような黒くくびれた四肢。謎のポーズと流れる音楽、無意味な光と効果音の織り成す過剰演出。


 どこに出しても恥ずかしい、特撮的アニメ的巨大ロボットである。


『かぁーっこいィーっ!! 個人的にロボっつったら必ずしも人型である必要性は感じないんですがね、やっぱしせっかく人型に作るならイケメンにしたいというのが親心というもんでしょう! 見なさいこの細くも頼りがいのある無駄なきフォルム、インディゴの名に恥じない見事な藍色、ワタクシが作曲したテーマソング!』

「さりげ自分自身の自慢までしやがったぞアイツ」

『このサウンドとエフェクトによる演出の為に三つほど搭載してた兵装を外してしまっているのですが後悔はしていません! だってこんなにカッコいいんだもんこれ以上はないでしょう!? やだもう惚れるわぁ……ホント大好きだわぁ……』

「……状況はあまり宜しくないようですね」


 マティアスの演説の最中、階段を登ってフィオナが屋上に戻る。

 水分補給も休憩も充分に済ませた様子で、その表情にはこれまでに見せてきたものと同様の余裕が垣間見えた。


「は。客人マティアス・カルリエは自身のグリモアーツ“インディゴトゥレイト”を【解放】、更にあの中には客人トーゴー・ケースケとアーヴィング国立騎士団学校生徒コリン・ダウダルが捕らえられている模様です」

「く、加えて地上にいる冒険者達の二割近くがあの巨体を見て逃亡、四割は呆然自失、四割強が戦意を損なわずいるものの戦力としてどこまで期待できるものかは判然としません」

「あの船がまさか待機形態だったとは……。逃げた者は致し方ありません。騎士団には戦意喪失により動けなくなってしまった冒険者への避難誘導及び救護を命じて下さい」


 何せ状況が状況だ。縦に回転する船舶が変形して巨大なロボットになるなどと誰が想像できたものか。

 命を優先して逃げ出した冒険者を非難する者はこの場にいない。


「戦うと決めている者達には、生き残った場合に追加報酬を渡しましょう。そんな約束しか出来ないのが歯痒い所ではありますが」


 いずれにしても目の前に君臨する脅威は強大に過ぎる。歩くだけで都市を破壊し得る存在など、常人が相手取ることを許される相手ではないのだから。

 心の中で小さく舌打ちして懐から出したグリモアーツのカード。それをわざとらしくその場にいる全員に見えるように掲げて、フィオナは王女として宣言する。


「アーヴィング国立騎士団学校の皆様。ここまでご助力いただき、本当にありがとうございました。しかし相手の戦力はこちらの予想を大きく上回っています。このまま学生の皆様を巻き込むのは、王女たる私にとって望ましいことではありません」


 毅然とした態度を貫くも、いまいち無表情な三人組には手応えを感じない。


「トーゴー・ケースケさんとコリン・ダウダルさんのお二人は必ず連れて帰ります。ですのでどうか、逃げ……」

「あ、私残ります」

「私もー」

「当たりめぇだわ」


 こちらの発言に被せるような即答、それも否定。しかし「多分そうなるだろう」とフィオナ自身もどこかで期待していたし、期待通りの返答に満足もしていた。


「…………宜しいので?」

「そりゃ、あんなの相手にするのは怖いですけど。でもケースケ君が戻って来た時に私達がいなかったら寂しいかなー、みたいな」

「そうですよ。ここで仲間の安否を王女様にお任せして私達が逃げ出してしまえば、私達のチームワークが乱れる原因になりかねません。彼が必ず無事に戻ってくるなら、私達は必ず出迎えます」

「追加報酬が欲しいんで残ります」


 あんたはこの、とミアがエリカの両側頭部に拳骨を押し当てる。ユーはそれに呆れつつミアを宥めて、ついでにエリカに一言分の説教を放つ。

 それに反応して、エリカが頭を擦りつつ申し訳なさを微塵も感じさせない態度で謝罪する。


 形式的に見れば彼女達は王族の善意を蹴り飛ばしたことになるのだが、フィオナはこの大局においてそのような瑣末事に拘らない。

 ただ、


(こういう人達との繋がりは、きっと貴重だ)


 彼女がいつか国を背負う立場として目覚め、心のどこかで不必要と断じていたものを後生大事にしている者もいる。

 それだけがわかっていた。


『んじゃ始めましょうか! マティアス、行きまーす!』


 今にも飛び出しそうな掛け声と共に“インディゴトゥレイト”がファイティングポーズをとり、


「……ならばもう止めません。共に行きましょう!【解放“ノヴァスローネ”】!」


 フィオナが銀色の玉座に座って浮かび上がる。


 城壁防衛戦はいよいよ本格化し、同時に終わりにも近づいていた。

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