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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第二章 変態飛行の藍色船舶編

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第十九話 雑多な空間

 フィオナがよろめきながら側防塔の屋上に無事戻ったのは、日も沈み切って星空が瞬き始めた頃だった。


「おかえりなさいませ、姫様」

「ただいま……ふぅ」


 目を閉じ深呼吸を終えてから再度瞼を開いたフィオナは一つの事実に気付く。

 視界に広がる空の何処にも、あの忌々しく騒々しい男の顔が存在しない。


「マティアスが……」

「はい。姫様が“インディゴトゥレイト”の阻害を終えてこちらにお戻りになられると同時に、空中に展開されていた画面が消失しました。恐らくあの二人の侵入に気付いたのでしょう」


 その言葉を受けて、ようやく主観的に『何故自分がこの場所に戻ってきたのか』を思い出せた。



――あざーっす!!



 確かに聞いた圭介の声、それが隣りを通り過ぎていったことも。


「そう……成功したのね。良かったっ、ぐぶっ」


 安心感から息を吐くとまた吐き気に襲われた。


「姫様、安静に――」

「おいまた吐きそうになってんのかよ!?」


 セシリアの声に重なって、普段の生活ではまず耳にしない無礼な物言いが向けられる。

 不思議な事に不快感を伴わない彼女の声に元気づけられ、体に纏わりつく脱力感と関節に走る鈍い痛みを気概で誤魔化した。

 走り寄ってきたのは強力な力を有した客人を飼い慣らしていると彼女が合同クエストから目にかけていた、女子高生三人組によるパーティ。


「皆さん……」

「お疲れ様っす姫様、とりあえずこの水でうがいしといて下さい! ケースケが戻ってきた時にまた臭い臭いって言われますぜ!」

「うがいした後も水分を忘れずに。あれだけ嘔吐したのですから、脱水症状の危険もあります」

「私、回復魔術使えますからうがいと水分補給が終わったら一声下さい。あれだけ無茶されるとこっちも気が気じゃないですよ、もう」


 随分と気を遣われているが、それはフィオナが王族だからというわけではないのだろう。権力者に対して媚を売っているのだとするならば、彼女らの距離感は気安過ぎる。

 この『望ましい無礼』とでも言うべき不可思議な感覚ははて何であったか、と考えるも答えは出ない。


「ありがとう、ございます」


 一つだけ言えるのは、この感覚を先ほど見送った客人の少年はここしばらくの間中ずっと感じていたということ。


(全く。贅沢な人)


 心中の呟きを届けるように、視線は藍色の船に注がれた。



   *     *     *     *     *     *  



「はーい終てーん“インディゴトゥレイト”ー、“インディゴトゥレイト”でーす」

「下手したらマジもんの終点になりそうで笑えるの」

「やめて。マジでやめて【コンセントレイト】切れかかってるの僕」


 船橋楼に入り、暗い通路に至った所で圭介は“アクチュアリティトレイター”の動きを止めてカード型の待機形態に戻す。

 かなり接近した状態で声をかけたのだし、未だフィオナが外で踏ん張っているということもないだろう。


 二人して床に足を下ろすと振動すら感じ取れなかった。まるで地に根差した建築物のような安定感である。


「もう完全に止まってるみたいで安心したよ」

「この状態からまたぞろ高速回転なんてされた日には二人まとめて合挽き肉なの」


 灯りとなる物は壁面に埋め込まれた青白いランプだけで、通路内の視界は決して良好とは言えない。

 一応は敵の懐、場合によっては“オーサカ・クラブ”の一体でも現れるかと警戒するも物音一つしないのは流石に違和感があった。


「……静か過ぎて怖いの。これじゃあ私達の侵入がバレてる可能性もあるの」

「えっ、まずいじゃん」

「まままま、もしかしたらの話なの。目視で確認できなきゃ大半のことはバレやしないし、時間もないだろうからとっととまさぐるの」

「大丈夫なのかこの作戦……」


 何にせよ今やるべきは動力室、操縦室、あるなら異世界転移に関する資料の捜索である。幸い扉は多くないので時間はかからない。

 現在確認できる扉は全部で六つ。二人は特に悩まず一番近い位置にある扉を開けた。


「ここは……休憩室か。ご丁寧に自販機まであるよすげーな」

「へぇ、これが自販機なの。客人の世界にも限られた場所にしかないレアアイテムと聞いたの」


 言いつつコリンが“カレイドウォッチャー”で自動販売機を撮影し始める。


 圭介にとっては嘗ての日常の一部でしかなかったそれを、さも特別な物として扱う彼女の言い分に違和感はあった。


 しかし考えてみれば地球に存在する先進国の中でも自動販売機がそこかしこに配置されているのは日本だけという話も聞く。

 情報に通じているはずの彼女が実物を見たこともないのであれば、もしかするとビーレフェルトに自動販売機そのものが存在しない可能性すらあった。


 ならば新聞部に属する程世間の情報という情報に興味関心を持つコリンが、我を忘れて撮影に没頭してしまうのも頷ける話なのかもしれない。

 転移先の異世界でそんなことを意識するとは思っていなかったが、今優先すべきはそれではないのだ。


「ほらコリン、もう行くよ。後はソファとエアコンと観葉植物しかないじゃんこの部屋」

「よくあの回転の中で散らかさずにいられたもんなの」

「それだけ謎だよね」


 部屋を出て次に向かい側の扉を開くと、大量のファイルや書類の束が本棚に並べられた部屋だった。


 何かの資料室のようで、圭介からしてみれば操縦席や動力室よりも先に見つけたいと思っていた当たりである。

 同時にこの部屋も船体の高速回転の影響を免れているように見えたため、二人は同時に部屋全体に何らかの術式が組み込まれていると予測した。


 それでも彼らのやるべきことは決まっている。


「ここ色んなファイルあるよ。漁ろう漁ろう」

「全部は見られないから、主題だけ確認して重要そうなのだけ抜き取るの。……しかしまあ、これだけのデータをまとめる時間と資金があるってことは単独犯の可能性は低いの」


 タイムリミットも見えない中、やるとするなら行動は早めにとらねばならない。


 圭介とコリンは棚に入っている資料を次々と見ていき、不必要そうなものは除外して必要そうなものだけ手元に残していく。

 これには流石に普段から情報媒体に触れる機会の多いコリンに一家言あるようで、段違いな確認と判断の速度に思わず圭介も舌を巻いた。


 負けじと彼も手元の資料を探り進める。幸いにも全てアガルタ文字で記載されており、スマートフォンでの翻訳も合わせれば読むのに不便は生じない。


「“特殊な形態の結界術式影響下に見られる多重ユークリッド空間での液体保存の提唱”、“超巨大飛行生命体は地球環境下においても滑空能力を制御し得るか”、“マナ密度三〇〇未満にて観測される周波数重複効率の上昇”……ジャンルがそもそもバラバラ過ぎる上に意味わからん!」

「自分がわかるのだけ取ってくの。どうせそんなもん本人しかわからないように書かれてるの」


 淡々と言うコリンは早速何か発見したようである。


「ケースケ君、これを見るの」

「何? 漫画?」

「この状況下でそんなん逐一見せないの。それよりコレ、ほら見るの」


 呆れた様子で彼女が差し出した書類には“客人再転移手続き”というシンプルな主題が記されていた。


 ドクン、と心臓の鼓動が早まる。


「これ、って……」

「もしかしなくても客人を元の世界に戻す為のデータ……という可能性がある程度見込める資料なの。ぶっちゃけそんな技術が確立されてるなら発表しない理由がないし、眉唾もいいトコなの。それでも読むの?」

「読む!」


 やや興奮気味に書類を奪い取った圭介は、早速その概要に目を通す。高校に入学して間もない内に戦う事を前提とした異世界での生活に突入した彼は論文なるものに馴染みが薄く、わざわざ序論から読み始めてしまう。

 文章はこんな風にして始まっていた。



             ◆    ◆    ◆



 本論文は異世界転移を果たした同胞を確実且つ安全に地球へと帰還させる為の手続きを実行する上で、客観性と再現性を損なう事なく後世に技術的革新を齎す事に主眼を置いて作成されたものである。


 客人の転移率が四十五年程前から急激に上昇し始めたという至極常識的事案はこの文章を読まれている諸兄であれば当然ご存じかと思われるが、それに伴って大陸内部の数限りある資源が大幅に浪費されてしまうのは大変に心苦しいと同時に極めて不本意と言わざるを得ない。


 何故なら異世界への転移は当の客人側からしてみれば事故に等しい超自然的現象であり、また帰還する為の手段が存在しない状況においては当人に努力義務は発生しないが故である。これでは大陸側と客人側双方に不利益が生じてしまう事は想像に難くない。


 然るに客人側にも『元の世界に確実に戻る為の努力』が必要であるものと結論付けた。


 そこで本論文では一定の手順と条件を引き結ぶ事によって誰しもが元いた世界に帰還できる方法を明確化し、同時にビーレフェルト大陸の――



             ◆    ◆    ◆



『はーいそこまでよっと』

「うわっ!」


 突如上から現れたマジックアームに持っていた書類を取り上げられ、思わず声を上げてしまう。


『全く、船内に奇妙な反応を検知したかと思ったら君でしたか! 大事な未発表の論文まで盗み見ちゃってもう、悪い子!』

「え、えーと……?」


 どこからともなく響き渡る甲高い声に圭介が狼狽していると、どういう手段かそれを察知したらしい相手が非礼を詫びる。


『おっと失礼、そう言えば意識ある状態では初対面でしたね!』


 ポチリという音と同時に圭介の頭上で立体映像が映し出される。

 ブカブカの白衣に身を包み、顔に見合わぬ大きな眼鏡をかけた痩せぎすの不健康そうな男。


『どーもどーも初めましてワタクシこの中型船舶型グリモアーツ“インディゴトゥレイト”の所有者にして今回アガルタ王国に攻撃を仕掛けさせていただいておりますマティアス・カルリエと申しますぅ! 仲良くしてあげてねっ☆』

(無理そう)


 空中に広がる画面越しですら充分過ぎる鬱陶しさを発揮していたマティアスだが、立体映像とはいえこうして面と向かって話をするとより一層脱力感を覚える。


『んんんんん、でも流石に今回のは個人的に許せナーイ! 許せん! 許さぬ!』

「…………」

『おや静か。もしかして姿を消しているからわからないとでもお思いで? 床の振動でそこにいるのはとっくの昔にわかっているんですよォ、東郷圭介君ともう一人知らない人ォ!』

「うぇっ!? こっちまでばれてるの!?」


 床の振動という予想だにしなかった手段で侵入を看破されるとは思っても見なかったのか、コリンの声にはそれなりの驚愕が含まれていた。


『ワタクシをあまり舐めてもらっちゃ困りますねえ!』

「頼まれても嫌なの」

「同感。不味そう」

『そういう意味じゃないしちょっと酷くないですか!? 傷つくじゃないですか! まぁいいや、どうせ舐めたところで味とかしないでしょうし』


 騒いだり落ち着いたりを繰り返しながらマティアスがポケットから取り出したのは、掌に乗る程度の小さな機械。

 指輪用の箱と変わらぬ大きさのそれには、鬼灯のように見事な赤い円盤が載せられていた。


 否。載せられているのではなく、取り付けられていた。


「……え、何それ自爆スイッチ?」

『コレは違います!』

「ちょっと聞いたコリン!? 今この人『コレは違う』っつっちゃったよこの船自爆装置備え付けられてるよ!」

「ていうかこのタイミングで私達を『許せない』とか言っちゃってるテロリストが取り出したスイッチって時点で何にせよアウトなの」

「言われてみりゃそうだ!」


 慌てふためく圭介の声に上機嫌な様子のマティアスが、真っ赤なスイッチの表面を手先でゆっくりと撫で回す。


『うっふふふっふっふ! このスイッチを押せばどうなるものか。迷わず押せよ、押せばわかるさ!』

「それ多分日本の偉い人の言葉!」


 恐らく元は一休禅師の言葉である。一休禅師はスイッチをどうこうしろ等と一切言及していないが。


『ワタクシはいつもこの瞬間に日本語の美しさを、オノマトペの尊さを感じるのです! 日本人である貴方に最大の感謝と! 敬意を! 表して! ポチッとな!!』

「あっくそ確かに一度は言ってみたい、なああぁぁぁぁ!?」

「あひゃあああぁぁぁぁぁ!?」


 ある意味で幾度となく聞いた覚えのあるその言葉と共に、無慈悲にもスイッチは押し込まれ。

 圭介とコリンの足元にある床が、お約束とばかりに口を開けて二人を落下させた。

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