第十七話 砲撃
「すみません、あれが限界でした」
ある程度の量を吐き終えたフィオナが再び穏やかな笑みを浮かべて謝罪する。
「そんな謙遜することないですよ。凄かったですって、空中にいる“オーサカ・クラブ”も半分以上減ってますし。あと汚いから迅速にそのゲロ袋捨ててうがいしてきてもらえます?」
「すみません、結界を維持できなくなると困るので暫らくはここから離れられません」
「きったね」
好感度の低さが影響して圭介の言動にも遠慮がなくなる。流石にこれをフォローしようとは思わないのか、セシリアも手で顔を覆って嘆息していた。
『いやはや素晴らしく有意義な時間でした! かの高名なる第一王女の戦闘データが採取できるとは望外の喜びですねぇ、しかもご丁寧に弱点まで晒してくれるなんてもしかして今日がワタクシの運のピークなのではないでしょうか!? これは我が愛しき“オーサカ・クラブ”を犠牲に支払った甲斐もあったというものです!』
空中に浮かぶ画面の中では相変わらず騒がしいマティアスが狂喜乱舞している。それを横目にやや気だるげなフィオナが周囲に向けて指示を出した。
「ともあれ、まだ“オーサカ・クラブ”は残っています。テディ団長は引き続き砲の角度調整の指示を出して下さい」
見れば他の騎士や冒険者らも空中戦に挑める者を中心として“オーサカ・クラブ”との戦闘に入っている。
人海戦術が功を奏してか既にフィオナが破壊したもの以外にも破壊されている個体が散見された。
「ケースケさんは合図と同時に発射する準備、パーティメンバーの皆さんは彼の護衛をお願いします。そうですね、今の内に【マッピング】を展開しておくのが無難かと」
「とうとう王女様にまで評価され始めちゃったよあの誰得魔術……」
「ったりめぇだろメチャクチャ便利だぞアレ。姫様、よければ他にもオススメの第六魔術位階あるんでいつでも気軽に問い合わせて下さいよ。ほらコレあたしの携帯番号」
「ありがとうございます。今はちょっと私自身のお口の臭いが気になりますので、後で」
「ホントどうして仲良くなってんだこの二人……」
しかし状況だけ見れば局面はよくも悪くもなっていない。
未だに“オーサカ・クラブ”は砲口と重ならない位置を維持しつつ接近しており、“インディゴトゥレイト”本体もケンドリック砲の射程外を保っている。
「おいテディ。あの忌々しい蟹共への狙いはまだ定まらんのか」
「す、すみません。照準を合わせようとする度に奴ら、砲門の射線から器用に逃れるのです。まるでこちらの考えを読んでいるように」
「言い訳はいらん」
使えるべき主の吐瀉に耐え難いものがあったのか少々棘のあるセシリアの声が、苛立たしげにテディに当たる。
現在ケンドリック砲の射線角度は魔術ではなく、砲そのものに仕組まれた機械仕掛けによって遠隔操作されていた。
調整している騎士団員は別室で機械操作をこなしているのだが、ほぼタイムラグが起きていないにも拘らず“オーサカ・クラブ”の姿を捉えきれずにいるのはテディの立場上非常に気まずい。
「あーい索敵終わりーぃ。何かこの塔の真下にうろうろしてる影が数体、でもそんなに数いませーん。他はがら空き平和そのもの、本日もアガルタは晴天なりってな」
重苦しい空気を取り払うかのようなタイミングで、エリカも索敵結果の報告をしてきた。
その報告を聞いてフィオナが眉を顰めて思案し始める。
「……おかしいですね。余計な混乱を招かないように言わずにおいたのですが、つい先ほどまで私はマティアスと共犯関係にあるスパイが騎士団に潜んでいる可能性も考えていたのです」
「現状を見るにそうではないと?」
「ええ」
フィオナとセシリアの会話は当然のように反逆者の存在を想定しているが、圭介からしてみれば盲点だった。
どうにも彼女らとは見ている景色が違うらしい。
「“オーサカ・クラブ”が射線に重ならないよう距離感と位置を調整しながら戦う。ここまでの芸当ができるというのに、こちらに対人用の戦闘員を一切送り込まない理由がわかりません」
「それはまた、どうして?」
圭介の真正面からの質問に、心なしか溜息交じりな返答が返される。
「我々の中に裏切り者がいるなら貴方が透明になる前に暗殺なり拉致なりしているでしょう。しかし現実はそうなっていないので、現状この場に至近距離まで迫りくる戦闘員はいないものと見ても構わないかと」
「お、おぅ」
普通に自身の死を話題に出されて圭介が怯んだ。
「であれば先方がケースケさんを名指ししてまで念動力魔術に対して強い警戒と関心を示していたという以上、ここで城壁に対人戦力を出さないのは彼の立場上合理的とは言えません」
「はあ。つまり?」
「つまり彼がケンドリック砲の挙動を完璧に読み取って砲撃を回避しているのは、我々の側から騎士団の動きを観測したことによるものではないということです」
「あっ、なるほど。要するにスパイに情報抜き取らせたりしてない以上、向こうはまだケースケ君が見えない場所に隠れてると思ってるんだ」
納得したのかミアが指を鳴らす。
事ここに至って圭介の居場所を掴まれていないのは大きい。
攻め手として城壁を襲撃するマティアスだが、その実まだイニシアチブはこちら側が握っているのだから。
加えて未だに姿を消していると相手が気づいていないのなら、“オーサカ・クラブ”にも藍色船舶にも視覚情報以外を頼りとした索敵手段がないということにもなる。
やろうと思えば背後に回って不意打ちで致命的なダメージを与えられる可能性も残されている。敵は巨大だが、勝ち目がないわけではないようだ。
そしてここまで一気に情報を集められるのだから、姿を消すという単純な魔術は戦略的に極めて重要な意味合いを持つらしい。
やはり王族の一員として、彼女は大局を見ながら適切にカードを切れる人物なのだろう。
「てこたぁ【マッピング】に表示されてる変なのはケースケ探してんのか? おいおいケースケ、あいつお前にゾッコンじゃねえか」
「嬉しくないわぁ。それに今の話が事実だとして、じゃあどうやってこっちの動きを察知してんのかって話になるよね。やっぱ機械をハッキングでもしてんのかな」
「そこはまだ情報不足。ですがもしかしたら、という一手も見出せました」
言ってフィオナはテディに顔を向けた。
「テディ騎士団長。良ければ今からケンドリック砲の照準をケースケさんの【テレキネシス】で操作してもらってみて下さい」
「……は、はあ、了解しました。すまないがケースケ君、頼んでも良いかね」
「あっはい」
テディと圭介が二人して唐突な指示に首を傾げつつ、試しとばかりに騎士団による角度調整を中断して砲台前に並んで立つ。
圭介は初めて触れるゲームではない本物の兵器に尻込みしつつ【テレキネシス】を使い、ゲームセンターのシューティングゲームにも似た感覚で砲を空中浮遊する金属製の蟹に向けた。
仕組みは不明だが。
射線と重なって尚、“オーサカ・クラブ”は呑気に接近しつつある。
「お? これもしかして撃ったら当たるんじゃないですか」
「おぉ!? 本当だ! よっしケースケ君私が許す、やっちゃいたまえ!」
「テンション上がり過ぎでしょ落ち着いて下さいよ!」
そう言う圭介も内心では踊り始めていた。
逸る気のままにがちゃりとトリガーを回すと、轟音と共に巨大な魔力弾が撃ち放たれて“オーサカ・クラブ”の内一体を木っ端微塵に吹き飛ばした。
「おぉーぺふっ! こいつぁ爽快だぜえプフッ!」
「凄いじゃないかケースケ君ぺふぇっ!」
高揚した圭介とテディが、互いの顔をぺちぺちと叩きながら盛り上がる。片方が透明なせいでハイタッチに失敗したのである。
『ンノオォォォ――――――――ッ!? 何が起きたんでしゅかァ!? 砲手いないじゃん、じゃあ撃てないはずじゃん!! どォなってンの!?』
マティアスも突然の出来事に両頬を抑えながら裏返った声で叫び出す。その様子は地球で有名などこぞの絵画に似ていてこれまたシュールである。
「分の悪い賭けでしたが、読みが当たったようですね。たまには運任せも悪くない」
その結果を眺めるフィオナは満足気に頷いていた。
「相手はこちらの射程のみならず騎士団側による角度調整を何らかの手段で予測あるいは察知している。しかしケースケさんの所在はわかっていない。であればケースケさんの手によって行われる角度調整及び砲撃は計算外にあるのではないかと見越したのですが、どうやらあちらの反応を見るにその通りだったようです」
「じゃあもう撃てるとこから撃った方がいいんじゃないかな!? あの蟹って無音で近づいてくるから、城壁に貼り付かれると厄介だし!」
「あたしもユーちゃんの意見に賛成だ!【マッピング】でもモノの高さまでは算出できねえんでな、あんまし近寄られるといつ不意打ちが飛んでくるかわかったもんじゃねえぞ!」
「おっしゃ任せろい!」
圭介が再びケンドリック砲を最も城壁に近い“オーサカ・クラブ”に向ける。テディの合図と共にまた砲撃音が轟き、空中に鉄屑の花火を咲かせた。
『何でェ? どうしてェ? 何事ォ?』
くねくねと身を捩らせるマティアスの混乱が地上戦の士気向上にも働いた。
平原にはそこかしこに機能停止した“オーサカ・クラブ”が転がされており、冒険者と騎士団が織り成す共同戦線は徐々に優勢に傾きつつある。
次なる第三砲撃によって三体目の“オーサカ・クラブ”が破壊された辺りで地上戦力もホバリングを始めようとするが、統率のとれた騎士団による拘束術式と勝手気ままな冒険者の包囲戦術に手こずって浮かび上がれずにいた。
『ぐーぬぬぬぬぬ! こうなれば仕方ない、“インディゴトゥレイト”前っ進!』
「来たぞー! すげーグルグルしながら来たぞー!」
唸り声に呼応するかのように、藍色の船が前に進む。同時にガチャリコ、という音と同時に船体の両側面から三連装砲らしき重火器が現れた。
らしき、というのは回り過ぎて詳細な外観がわからないが故である。相も変わらず船体は縦方向に高速回転しながら進んでいた。
『発射ァ!!』
画面の向こうで怒りの十六連打が鳴り響いた。
連装砲から放たれるのは魔力弾ではなく、鉄球。地球において古くは大航海時代にラウンドショットと呼ばれていたスタンダードな弾である。
一つだけでも木造船に穴を開けられるようなその球体が、第五アラバスタ通りと周辺の草原に雨霰と降り注ぐ。
「うわアイツ地味に殺傷力高いのを……」
「というよりこっちにも来るよ、ミアちゃん!」
「【水などいらず土も欲さず 唯々どうか身勝手に咲き続けてくれ パーマネントペタル】!」
ミアが早口気味に詠唱を終えると共に、魔力で編まれた光の花弁が城壁の外側へと舞い散る。
無数の花弁は鉄球を真正面から受け止めるのではなく真円を描くように回転して横へと受け流した。流石格闘技に通じているだけあるのか、加える力に無駄がない。
それ以外にも城壁に衝突した砲弾がいくつかあったが、全てフィオナの結界に阻まれた。
「やはり質量弾の搭載は考慮した方が……いやしかし、予算と配置場所の確保が……うーむ」
「姫様、今は結界の維持を優先して下さい」
そのやり取りで圭介は、セシリアが単純にフィオナに従うだけの騎士ではないことを察した。何ならあの姫に四六時中付き合わされる身の上に同情さえ覚える。
『まさかその規模と精度で防御術式を遠隔展開できる実力者までいるとは思いませんでしたよ! しかぁし、その様子では魔力も集中力もそう長くは持ちますまい!』
「姿消してるだけで目の前にいるんだけどなあ」
「でも困った、まだ回ってるよあの船。【テレキネシス】で動きを邪魔できる大きさじゃないし、せっかく射程に入ったのにこのままじゃ撃てないや」
言いつつ“オーサカ・クラブ”をまた撃ち落とす。これで空中の戦力は粗方撃墜し、後は地上戦の終決を待てば蟹の脅威はなくなるだろう。
しかし、最初に問題となった“インディゴトゥレイト”の回転という大きな壁がここに至ってまた立ち塞がる。どうしたものかと思案していると、ここまで沈黙していたコリンが閃いたとばかりに提案した。
「ケースケ君が船の中に入ってエンジンぶっ壊すとかできないの?」
「は? できるわけないじゃん、あっちは空飛んでんだよ?」
「いや、ケースケ君って“デンジャラスフリーフォール”であの重たそうな蟹を持ち上げてたみたいだし、自分を浮かせるくらいできそうだと思うの」
言われて圭介はぱちくりと目を瞬かせた。
寝耳に水にして瓢箪から駒。自分自身より重い物体を浮かび上がらせることが可能なら、自身を浮かび上がらせられない道理はない。
「それで空飛んであの船に突っ込めば中からやりたい放題なの。ぶっちゃけそろそろ【インビジブル】の維持がキツくなってきたから、ボロが出る前に相手から死角になって且つ一方的に攻撃できる場所に移動して欲しいの。そういう意味でも、やるなら今なの」
「やってみて出来るかどうか次第だけど……でも回転してたら中に入るも何もなくない? 近づいただけでぶっ飛ばされる自信あるよ」
そして圭介の言い分も確かである。暴風すら伴う程の回転、人が近寄れば唯では済まないだろう。
しかしコリンは平然と返した。
「そこはある程度軌道を調整できて、尚且つ頑丈な砲弾を相手のど真ん中にぶっ放せば一瞬くらい動きを止められるはずなの」
「んな便利アイテム、どこに……」
言っている途中で察した圭介と、コリンの視線が同じタイミングで同じ方向を向く。
「……まあ、一旦待ちましょう」
そこには静かに微笑みを浮かべながら困り果てる第一王女の姿があった。




