第十五話 戦力となる者、戦力とする者
「いやだあああああ!!」
「テメェいい加減にしやがれケースケぇ!」
「このっ、往生際が悪いの! とっとと来るの!」
「やめろギリ違法ロリ共! 僕はこれから図書館でモンタ君と元の世界に帰る方法探してから自分の部屋でテスト範囲の復習するんだ! まかり間違ってもあのおっかねえ姫様と一緒にテロリストと喧嘩なんてしないぞ!」
雑踏の密度も増し始める夕方のマゲラン通りでは、地面にしがみつく男子高校生とその服を引っ張る小柄な女子高生二人という奇抜な絵面が出来上がっていた。
加えて苦笑いを浮かべる別の女子高生二人までもがその後ろに立っているのだから、周囲からしてみれば尚更状況が読めない。
事の次第としては少々複雑な流れを経ているため、説明は長くなるが。
コリンが圭介を騙して城壁防衛戦に連れて行こうとしたらバレた。
「ケースケ君、もう諦めようよ。校長先生にまで話が通ってて姫様直々に名指ししてるんだから」
「だから行きたくないんだよ! あの人怖いんだって、昨日も夢に出てきたんだって!」
「うーん、今の状況もその夢もアガルタ国民からしてみれば光栄なことで羨ましいくらいなはずなんだけど、不思議と全然羨ましくない」
圭介にとって最も絶望的なのは、信頼していたはずの仲間達がこぞってこの理不尽にして急なクエスト要請に応じていることだ。
あのレイチェルですら嘆息しつつも「状況によっては逃げてくれて構いません」等と消極的ながらも肯定的意見を口走る始末である。
「私だって騎士団で働いてるお父さんの後輩さんから急に電話がかかってきたと思ったら、いきなり応援要請出されてびっくりしたの。でも途中で逃げても最低限の報酬が出るし、今回はケースケ君にだってメリットがある戦いなの」
「一介の学生が犯罪者にぶつけられるなんて悲劇にメリットもクソもあるかい!」
「その一介の学生には以前、強襲仕掛けた犯罪者を返り討ちにしたっていう功績があるの」
ぐ、と圭介の言葉が一旦止まる。そして静かに立ち上がって、観念したようにフローレス通りに向けて歩き始めた。
ようやく諦めてくれたかとコリンも並んで歩き出し、エリカは逆隣りでハミングしている。
「……やっぱその話って事あるごとに付きまとうのか」
「ぶっちゃけそれがなければ今回呼び出されることはなかったんじゃないかと私個人は思ってるの」
「だよなぁ。ケースケ、目立ってっから」
エリカの口から珍しく同情の色が濃く宿った言葉が出てきた。
「後で私が独自のルートから手に入れたヴィンス先生のデータを見る限り、現役の騎士でも彼と一対一で勝てない人はいるの。それをほとんど無傷で倒したんだから注目もされるってもんなの」
「やだなあもう、ああいう殺るか殺られるかみたいなのはあれっきりにしたかったのに」
「それとメリットの話に戻すと、今回の事件の犯人は客人なの。相手の動機は未だによくわかってないけど、例の藍色船舶? とかいうのを調べれば何かわかるかも……って姫様は言ってたの」
「『かも』っつっちゃってんじゃん!」
「落ち着けってケースケ。ちょっと話聞けや。今回の件な、でけぇ借りを返すチャンスでもあるんだぜ」
「何だいでけぇ借りって!」
普段落ち着きのないエリカから落ち着くように言われて若干以上に不服な圭介であったが、確かに頭に血が昇っていたのも認めるところである。
彼女はいつぞやビーレフェルトでの現実を叩きつけて圭介の中のファンタジー像を粉々にした時と同じく、したり顔で語りかけてきた。
「お前客人だろ? んで今は戸籍持ってて学生やってるだろ? ここで一つ疑問を覚えねえか?」
「……えっ、何突然」
いきなり何を、と疑問符を浮かべる圭介にエリカは早々と答えを示す。
「お前の学費、どっから出てると思う?」
「あ」
「税金、だね」
先に出所を言ったのはユーだったが、圭介も察する部分はあった。
以前、排斥派のウォルト・ジェレマイアと初めて対面した時に言われた言葉。
『あのさぁ、よその世界から来たばっかで知らないかもしんねーけどお前らが一人来る度にどんだけ金がかかるか知ってるか? 宿泊施設の維持費に服の代金、当面の食費に光熱費諸々……これ全部俺ら元々住んでる側の税金で賄ってるわけ』
(あー……そういやそうだったな)
転移して間もない客人という存在は、生きているだけでその土地とそこに住まう人々の負担となる。だからと蔑ろにしてしまえば数年前に収束したばかりの悲劇の再来に繋がるだろう。
それがどれほどのストレスになるのか。
あるいはその問いに対する答えこそが、排斥派の存在なのかもしれない。
仮に地球でも異世界人が転移してくるという現象が頻発した場合、転移してからしばらくの間はどこからその異世界人の生活費を捻出するかを圭介も考えてみる。
少なくとも彼が住んでいた日本であれば、真っ先に税金が使われるだろうと容易に想像できた。
「それってつまり……」
「その分ケースケ君が借金背負ってるってわけじゃないけど、今回の場合『姫様が怖いから』って理由でクエストから逃げるのは得策じゃないの。ぶっちゃけ周りからの心象よくするっていう打算込みで、参加しておくべきだと思うの」
「あぁくっそ、筋を通せってわけね。今度こそ本当に逃げられないし断れないじゃんかよ」
恐らくこの国の人々は下手に上辺だけ取り繕ってクエストに参加するより、馬鹿正直に逃げる方を支持するだろう。
畢竟彼ら彼女らは学生の身と言われればそれまで。アガルタの国民性を重んじるのであれば敵前逃亡も悪とは言えない。
多少は及び腰を責められるかもしれないが、そもクエストとして依頼されたのならば最終的に受ける受けないの選択権は圭介にあるのだから。
だが、他ならぬ圭介が逃げることを嫌ってしまった。それはこれまでに受けた恩を返したいという殊勝な話ではない。
これは彼にとって、一種の支払いなのだ。
思い起こすだけでもこの異世界では多くの優しい人々に何かと面倒を見てもらっていて、圭介本人がそれに対して見合った対価を支払った覚えは皆無である。
と、何かにつけて彼の世話を焼いてくれた面々に言えば対価そのものの受け取りを丁重に断るだろう。
そんな風に断られたとして、圭介の良心は納得しない。
極端な例を挙げるなら。
店頭で商品を手にした状態で立っていたところに、近づいてきた店員から「有料の商品ですが無料で差し上げます」と言われたとしてどう対応するか。
「そう言われてみれば確かに、今回のクエストはメリットだね。上手くいけばの話だけど」
少なくとも、圭介は無理矢理に押し付けてでも料金を支払うタイプである。
その商品で好き勝手するのは、対価を支払ったその後だ。
* * * * * *
「皆さん、こんばんわ。有難いことに想定していたよりも早めの到着となりましたね」
十六時二十二分。
到着したのは第五アラバスタ通りに最も近い位置にある側防塔の屋上。第一王女の指名という要素もあり、本来なら民間人が通されることのない場所であった。
圭介達以外のクエスト参加者である冒険者達は現在、城門付近にて既に【解放】済みのグリモアーツを装備した状態で騎士団に入り混じりながら屯している。
彼らもこの急なクエストに不安半分、景気のいい報酬に期待半分という塩梅の表情を隠せない。数少ない救いは王族も参戦するという特例中の特例もあり、少しは安全性が担保されているというくらいか。
殺風景な石造りの屋上に来て、圭介が真っ先に抱いた感情は「綺麗」という至極単純なものだった。
黄昏時に高所から一望する風景というものは所や時節を問わず心を癒す。
紫と紅蓮に分かれた空と眼下に広がる夕日色に染まった草原は、眺めていられる時間に限りがあるからか一層美しく映えていた。
そんな夕景に溶け込むように存在するフィオナの姿は、妖精のように儚げながら同時に幽鬼の如き不気味をも孕むという見事な矛盾を抱える。
そして当然のように彼女の隣りに立つセシリアが、迫り来る夜を憎むように地平線を睨みつけていた。マティアスの襲撃を今か今かと待ち構えているのだろう。
そのまた隣りにはやや緊張気味のテディがくたびれた表情で同じ方向を見ていた。
いつセシリアに怒鳴られるか戦々恐々といった具合で、時折汗を拭いたり空を見上げたりを繰り返している。
「短期間の内に重ねて無理なクエストを依頼してしまい、大変失礼をば致しました。先日の合同クエストとは参加形式が異なりますので、危険だと判断しましたらすぐにでも撤退して下さい」
「はぁ、どうも」
圭介としては苦手意識の強い相手だったが、国民及び参加者の無事を最優先するというフィオナの意思には嘘偽りが見受けられない。
思い返せば合同クエストで倒れている生徒を発見した時にも、直前まで楽しげにお喋りをしていた彼女は血相を変えて駆け寄っていた。自国民に対する誠意は本物と見て構わないだろう。
「今回ケースケさんをお呼びしたのには理由がありまして。あちら、カーテンウォールの歩廊に配備された六門の砲が見えますでしょうか」
指し示された先にはわかりやすく並ぶ六つの大砲が城壁の外に口を向けていた。細部の構造や装飾は違えど、大まかな造形は沼地の天使と名高い八インチパロット砲に類似している。
「あれは我が国の城壁防衛における主戦火力、ケンドリック砲という魔動兵器です」
単なる大砲ではなく、魔術的な要素が組み込まれた城壁防衛の要。
値段はいくらになるのやら、などと関係のないことを圭介は思わず考えてしまう。
「砲身を固定する帯状金具に刻み込まれたマナ吸収術式によって約一分毎に魔力弾が自動装填される仕組みでして、魔力を注ぐことによって時間短縮も可能となります」
「城壁に搭載されてる大砲にまで魔力の砲弾が使われてるんですね」
「はい。欲を言えば質量による攻撃手段も最低二種類は準備しておきたかったのですけれど、流石に贅沢と自重しました」
エリカの魔力弾の威力を知る圭介としては威力において不足することもないだろうという安心感がある。同時に「あれ以上の威力なんだろうなあ」という想像が背筋を震わせた。
「テディ常駐騎士団長、例の物を彼に」
「はっ」
フィオナからの指示を受けたテディが屋上の端へと歩いていき、陰に隠すようにして置かれていた巨大な金属板を引きずり出す。
金属板には両手で回す事を前提として作られた大きめの取っ手らしき部位が取り付けられている。目ざとい圭介はその部位がケンドリック砲の砲身にも備わっているということを悟った。
「こちらはケンドリック砲を発射する際に回転させるトリガーです。本来ならば専用の器具を用いて回すのですが……失礼、【テレキネシス】でこれを回転させられるか試して頂いても?」
「ええ、やってみますね」
まず手始めにとグリモアーツを【解放】させずにやってみたが、それでも存外簡単に回せた。
これはトリガーが軽いのではなく、アルバイトやクエストを通して鍛え上げられた圭介自身の努力の成果と言えよう。まだ小石を浮かせるだけで息を切らしていたあの頃ではこうもなるまい。
「おっ、意外と簡単」
「素晴らしい。正直な意見としては【解放】を要するものと想定していたのですが、ケースケさんの力は想定以上に鍛え抜かれているようですね」
フィオナの顔色も目に見えて良くなった。上機嫌な美少女の賞賛は短い言葉だけで巧妙に自尊心を満たしてくる。
「今回皆さんにお願いしたいのはケースケさんによるケンドリック砲の弾幕砲撃と、それを維持するための彼の護衛です」
「おっほ、やるじゃねえかケースケ! 転移して一ヶ月経つか経たないかでお国から大砲借りてドンパチできる客人なんて歴史上お前くらいなもんだぜ」
派手な作戦に目を輝かせるエリカはさておき、事前情報が確かなものなら相手は空中に浮かぶ船舶である。しかも騎士団に「爆撃する」とまで宣言したからには火器も積み込んでいるのだろう。
相手が相手と考えれば極めて妥当な軍備なのだが、根本的に平凡な人生を歩んできた圭介にとって大砲の存在そのものが現実離れしていて気後れした。
「敵はモンスターを使役するばかりか魔動兵器を遠隔操作していました。一人による犯行だからと戦力の増強を怠るような油断は禁物です。加えてあの“オーサカ・クラブ”なる魔動兵器は音を殺して接敵しますので、砲塔付近には相応の防衛力が求められましょう」
「そこで私達が露払いを担うのですね」
「えぇ」
ユーの発言にゆったりと頷き、屋上の端まで歩き出す。
「今回は開けた場所、それも私有地ではなく国有地となれば私も心置きなく共戦できます。王家が誇る無類の防御結界、今使わずして何時使うのか」
言うと同時に飛び降りた。
重力に従って下へと消失した姿に数人分の悲鳴が上がるものの、即座にそれらは打ち消される。
銀の玉座に腰掛けるフィオナがふわりと浮かび上がったためである。
「しかしどれほど練磨した魔術があろうと、あくまで個人の戦力に過ぎません。加えて私自身の攻撃手段は限られていますので、ケースケさんの身の回りは皆様にお願い致します」
しばし突然の出来事に呆けたものの、いち早く復帰したミアとユーから返事した。
「「はい!」」
「え、あ、はい!」
「了解したの!」
「ウェーイ!」
約一名ほど失礼な返事をかましたが、最早誰も咎めはしない。もう数十分で始まる戦いへの心の準備に集中していた。
そして暫らくの時間が経過して、
「来たぞぉー! 例の変態船だぁぁ!」
十六時五十五分。
几帳面にも五分前に、縦回転を延々と続ける藍色の船が雲の狭間から現れた。




