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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第二章 変態飛行の藍色船舶編

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第十四話 戦いの予兆

 昼休みの食堂にて、圭介はパーティメンバー三人とコリンを加えた四人と共に昼食を摂っていた。


 エリカは相変わらずのガーリックライス。

 ミアは鶏肉のソテーをメインとした定食。

 ユーは何らかの芋類と思しき具が入った汁物で枕のような大きさのパンを流し込んでいる。いつ見ても不健康な食事方法である。


 そして圭介は懐が温かくなった関係もあってマッシュポテトを卒業。ルシアンソースなる未知の味付けが施されたスパゲッティを啜っていた。

 橙色のそれは赤ワインと肉汁を合わせてとろみをつけたような、ある種野蛮とも形容可能な強い旨味を有する。舌にべたりと味が貼り付くような感覚は圭介にとって少し不快感を伴った。要するに苦手な部類の味なのだ。


 が、コリンの皿だけ他の面子と毛色が違う。


「……コリンさ、そんな肉だけ食べてて大丈夫なの?」


 彼女の皿に載せられていたのは、貫くような形で骨が付属する樽状の肉。


 ひどく漫画的なその食物を小動物じみた美少女がはむはむと食べている様に圭介としては違和感しかないが、周囲に彼以外に怪訝そうな顔をしている者はいない。


「私は肉しか食べられないの」

「肉しか食べられないって、どんな体質してるのさ」

「そういえば言ってなかったの。私、見た目はヒューマンっぽいかもだけど実際の種族はレプティリアンなの」

「レプティリアン? それって確か……」


 即ち、ヒト型爬虫類。


 地球でも人類の中に潜伏する彼らの存在は都市伝説、陰謀論として囁かれてきたがビーレフェルトにおいては種族として受け入れられているらしい。


 肉しか摂食できないということは、彼女は肉食爬虫類に属するレプティリアンなのだろう。

 初対面の際に受けた『人に化けた白蛇のよう』という印象はあながち間違っていなかったのだ。


「へぇ意外。あれ、でもヒューマンの姿のままなのはどうして?」

「爬虫類の姿になると体の体積が増えて移動する時に邪魔なの。それに体洗う時もタッチパネルいじる時もオンラインゲームする時もこっちの姿の方が万倍楽ちんなの」


 存外に俗な理由である。が、これまでに仲間達と重ねてきた雑談の中でも種族間での基礎能力の差異を意識して作られたと思われるサービスや製品の話題は確かにあった。


 魔族の角を摩耗させずに手入れする為に作られたクリーナー。

 映画館や漫画喫茶に常備されている聴力調節用のヘッドフォン。

 力の強い種族用に特別な加工が施されたゲームのコントローラー。

 ヒューマンが使えば肉が削がれると言われるドワーフ専用の髭剃り。


 多種多様な種族が存在する異世界ならではの文化である。転移する前の圭介が想定していたものとは異なるが。


「その辺ややこしいよな。ヒューマンの姿になれなくて言葉が通じない二足歩行の爬虫類でリザードマンってモンスターもいやがるし」

「こっちでの生活に慣れ始めた圭介君にも一応説明しておくと、魔族とか獣人にも色々な種類がいるの。中には間違えるとぶん殴られるくらい失礼な場合もあるから気を付けるの」

「ほーん。例えば?」

「ワーウルフとかワーキャットとかは厳密には獣人じゃないし、逆に言葉が通じない上に襲い掛かってくるグールはモンスター指定待ちの状態だけど一応今は魔族扱いなの」


 想像以上にややこしい問題があるようだった。


「それとハーフエルフとかハーフドワーフも結構分類が細かくてよ。獣人とヒューマンのハーフに至っては獣人っぽい特徴があれば獣人指定っていうざっくりした分類になっちまってて、区役所や市役所の人達が頭抱えるレベルらしいぜ」


 エリカとコリンの会話を聞いているだけで圭介の気が重くなる。

 インフラ整備に伴って身に着けるべき常識が増えたのは当然と言えば当然だが、どうにもビーレフェルトのこういう所は初心者に優しくない。


「マジで? ただでさえ最近勉強漬けで頭がパンクしそうなのにまだ日常生活の知識とか詰め込まなきゃいけないの? 近い内に死ぬぜ僕」

「モノの憶え過ぎで死ねるものなら死んでみるの。大人になってから『あの時必死に勉強しといて良かった』ってなって終わりなの」

「学校の先生みたいな事言うんじゃないよ腹立つわー」


 嘆息しながらスパゲティをさっさと平らげる。やはり完食できない程不味くはなかったが圭介の好みの味付けからは遠い。

 恐らく次回から頼む事はないだろうと皿を持って立ち上がると、どこからかアラーム音が鳴り響いた。


「あ、ごめんなの。私のケータイなの」

「ダメでしょコリンちゃん、食事中は電源切っとかないと」

「うん、二度とこのような事態に陥らないための対応として可及的速やかに最大限の努力で前向きに善処するの」


 異世界人に日本人の駄目な部分を模倣され、圭介は微妙な面持ちになった。


 席から離れて窓際に寄ったコリンが、壁に背を預けてスマートフォンをいじり電話に応対する。

 元が爬虫類とは思えない、人間の女子高生めいた所作は学生服が多く見られる食堂の中で馴染んでいた。


「はーい皆大好きコリンちゃんなのー。……あ、はいなの。うん、うん…………おっほぅ!」

「どうしたのあの子」


 猫の耳を押さえてうるさそうに目をつぶるミアが、コリンの方へ視線を動かす。

 元来高い声のコリンが奇声を上げると獣人の耳には辛いものがあるのだろう。彼女以外にも耳を押さえている獣人の生徒が複数見られた。


 しかしその様子に申し訳なさそうな振る舞いをするでもなく、とりあえずは小声で話を続ける。


「えぇ……そんなん私に言われても困るの。マジなの? 今日? うーわ本当に困るの、全然情報集めきってないの。久々に鱗出そうになったの」

「ストレスが蓄積すると鱗が出現する仕様だったのか……」


 これまでの人生で触れる機会のなかった存在が急に身近になったせいで、圭介としてはどのような情報が舞い込んでも納得するしかない。

 とにかく彼女の表情から読み取れるのは非常に困っていることだけである。


「えっと、わかったの。でも期待はしないで欲しい……うへぇ、勘弁して欲しいの。こっちは期末テストまで控えてるの。非常時に非常識を重ねるとかあんた達どうかしてるの。……あーもーうっさいの、わかったから、やるだけやってみるから黙ってるの」


 溜息と共に通話を切る。恐らくは一方的に切ったのだと推測された。

 苛立ちを隠せない様子でコリンはずんずんと歩き始める。その足が向かう先は元々彼女が座っていたテーブル――圭介達四人がいる場所だった。


「皆、悪いけどちょっと頼みたいことがあるの」



   *     *     *     *     *     *  



「皆さん、落ち着いて下さい! 今からなら充分に避難は間に合います、慌てず貴重品だけを持って……」

「貴様如き木っ端役人では話にならん、団長を呼ばんか団長を!」

「貴方、私達の自宅にどれだけ貴重な品が置いてあるのかわかってて言ってるの!?」

「いきなり呼ばれたってこっちにも避難する為の準備とか色々あるんだよ!」

「ママぁ、おうち帰りたいよぉー!」


 上流階級に属する者、一般には貴族と呼称される層が住まう華美な装飾が施されたフローレス通りは、現在城壁常駐騎士団と避難誘導を受けた貴族達による衝突で小さな騒ぎが起きていた。


 第五アラバスタ街道に通じるこの区域は城壁との中間に展開される貧民街の面積が狭く、城壁からの侵攻や爆撃を受けた際に被害が広がる可能性の高い場所として知られる。

 しかし「貧困層を肉の盾にしろ」と公には言えない貴族側の事情によって、表立った改善を見送ったまま今日を迎えていたのだ。


 結果として集まったのは、貴族としての住居を用意する必要がありながら立地にコストをかけるのを嫌った者、あるいは何らかの事情でコストを支払い切れなかった脛に傷を持つ貴族。

 マティアスが攻撃を仕掛けるに足るであろう、犯罪の証拠を捨てられずに持っていてもおかしくはない立場の連中であった。


 本当に清廉潔白なのかそれとも手際が良いのかは置いておくとして、一部の貴族は騎士団の指示に大人しく従って今は避難所の椅子に座りながら呑気に茶を飲んでいる。


 そのように振る舞う余裕がない、叩けば埃が出るであろう貴族達が、騎士団の中では下位に見られがちな城壁常駐騎士団の話に耳を傾けるはずもなかった。


 決して譲ってはくれそうにない相手に説得を続ける騎士団側も、精神的に疲労し始めているのが見て取れる。

 それでも感情的にはならないように徹する姿は流石の一言に尽きるが、我慢比べで爆撃を防ぐ為の準備時間が潰されていくのは彼らとしても不本意だった。


 と、その時である。


「…………ん? おい、あれ!」


 貴族の男が頭上を通り過ぎる何かの影に気付いたと同時、その正体を知って瞠目する。

 男の声に応じて他の貴族や騎士も周囲を見渡すと、通りの一画にそれは着地していた。


 否、正確には着地してはいない。

 何故ならそれは地面に触れるより先に静止し、浮かんだ状態を維持しているのだから。


「まさ、か……」


 その場にいた騎士は、それが何であるかを知っていた。

 それの正体を知らない貴族達も、それと共に誰が来たのかを理解した。


 牙を剥き出しにした竜の頭部を想起させる鋭いデザイン。銀色に輝くボディの所々から魔力を含んでいるらしい煙を噴出させつつ、エンジン音とは異なる独特な駆動音が奏でられる。

 乗用車一台分の大きさながらも用意された座席は機体中央の玉座のみ。


「ご機嫌よう、フローレス通りにお住まいの皆々様。このような形での来訪、誠に失礼であるとは思いますが非常時です故どうかご理解頂けますよう」


 座りながら微笑むのはアガルタ王国第一王女のフィオナ。


 そして申し訳なさそうな彼女の態度に反して、見る者全てに威厳という威厳を叩きつけるかのように君臨するその豪奢な床几しょうぎこそが彼女を彼女たらしめる最大の要素。

 権力欲や独占欲を掲げる小さき者ほどかしずかずにはいられない王のくら


 グリモアーツ“ノヴァスローネ”。

 土にも床にも触れることなく地を這う者らを睥睨する、王たる彼女に相応しい玉座である。


「おや、何やら揉め事のご様子ですね。宜しければ私にもご相談下さいな。まだまだ王族と言えども不勉強の身ですが、ささやかながらも助力を承れるやもしれません。ささ、どうぞ」


 余りにも想定外な相手が想定外な形で登場し、更には親しげに威圧してくるものだから自分より立場が下の相手に大気炎を揚げていた貴族達は揃って気まずげに目を逸らした。


「あ、いえそのような……姫様のお手を煩わせる程の事では」

「そうですか。でしたら重ね重ね申し訳ないのですが、今は騎士団の皆様の誘導に従う形でご自分のお体を休めることに専念して下さい。国民の無事が私達王族の財産ですので」

「し、しかしこのままでは仮に城壁が破られた時に……」

「ば、馬鹿っ」


 立場を弁えずフィオナに意見した若き貴族の男を、隣りに立つ妻と思しき女性が窘める。しかしフィオナは大して気にした様子も見せない。


「城壁は、破らせません」


 断言する。同時にその言葉には極めて主観的な意味合いも含まれていた。


 今この状況下で、そのような発言をする意味とは。


「……まさか、姫様!?」


 少ない情報の中から一つの答えに辿り着いた騎士が驚愕を露わにした。

 その聡明さを褒めるように少しだけ微笑みの度合いが増し、そして告げる。


「本日の第五アラバスタ通り城壁防衛戦には、私も参戦します」

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