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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十六章 無謀なる軍事同盟交渉編

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第二十四話 絆の在り方は美醜を問わず

 ブロンズパイル山脈の竜棲領は今、グレンデルが無数の口から吐き出すドラゴンの炎と数々の魔術によって地獄絵図と化していた。


 魔力と魔術適性も共有するらしい異形の怪物は地面から無数に生える巨大な岩の棘で圭介の頬を掠め、強い引力を伴う結界でユーヘドゥッギの飛行を阻害する。

 その都度圭介が念動力魔術でユーヘドゥッギの飛行をサポートし、ユーヘドゥッギの強化魔術で無双の切れ味を持った爪が岩の棘を瞬時に砂へと変える。


「おーおー頑張ってるわねえ」


 空中で縦横無尽に動き回る彼らの動きを、地上に立つロザリアは微笑みながら眺めていた。


「今日が初対面のはずなのに不思議と息ぴったりじゃない。本当ならもう決着ついててもおかしくないのに、ああも粘られると帰りが遅くなっちゃうわ」

「余所見してんなやクソ女!」


 呑気に独り言を口走るロザリアの頭部が降り注ぐエリカの魔力弾で左半分を吹き飛ばされ、ユーの【漣・怒濤】とセシリアの【インパルス】で両腕が粉砕される。


 現状圭介以外に戦える三人の猛攻を受けながら、彼女は未だに致命傷を受けては回復していた。


 どれほど攻撃を繰り返そうと何も変わらず、逆に一方的に攻撃しているはずのエリカ達の方が消耗し始めている。

 このまま続けば魔力切れは避けられまい。


「ふへぇっ、へえっ……」


 今や息切れし始めているエリカも、これまで様々な魔力弾を試してみた。


 有効と思われた肌をむず痒くするだけに留まらず、悪臭、麻痺、強烈な便意に局所的な圧縮など試せる術式を幾度も弾丸に込めてきたのだ。


 しかし今のロザリアは着弾してから術式が介入し始めるまでの間に命中した箇所を破裂させ、絶妙なタイミングで難を逃れている。

 これでは込めた術式の種類など関係ない。しかし単純な攻撃では彼女にダメージを与えられない。


「【静流】!」


 ユーも【阨黯暝澱】を全身に纏って第三魔術位階を繰り返し放っているが、そもそも単純な物理攻撃が通用しない相手である以上無意味だ。

 体のどこかに核となる部分があると読んで【雪崩】で挽肉にしたりもしたものの、ロザリアはその状態からでも完璧に元の姿を復元させる。


 不死身。


 どう足掻いても殺せない目の前の少女らしき肉塊に、彼女らはこの場における敗北が避けられない現実であることを認識しつつあった。


「……チッ、気付くのが遅れた。そういう魔術か」


 重ねた鍛錬の差か、エリカ達と同程度に魔力を消費しているはずのセシリアは呼吸を乱さずロザリアに話しかける。


「なぁに? 貴女も真似して使いたくなった?」

「仮に私の推測が当たっていた場合、貴様は複数の禁術に手を出しているな?」


 一瞬。

 ロザリアの口元から笑みが消えた。


「だが魔術適性と術式への理解だけで成立するものではない。相応の下準備が必要となり、その下準備には膨大なスケジュールと期間、何より()()が必要となる」


 相手が話に乗っている今、まだ魔力切れにまで至っていないエリカとユーの体力、何より意識を取り戻しつつあるミアの回復に猶予ができる。

 セシリアは言葉によって相手の核心を突くばかりでなく、時間稼ぎという形でも戦局を有利に運ぼうとしていた。


「へえ。興味深いから一旦聞くだけ聞いてあげる。答え合わせの結果次第ではご褒美も考えておこうかしらね」

「……肉体の形状を変える【メタモルフォーゼ】に、恐らく亜空間を創り出している【ポケットディメンジョン】。どちらも諜報活動や不法侵入に応用できるため禁術指定を受けている魔術だが、真におぞましいのは三つ目の禁術だ」


 話している最中もグレンデルが繰り出す攻撃の余波は届く。

 頭上から迫る炎を難なく風と斬撃で振り払い、ロザリアの目を正面から見据えた。


 それと同時、表情に隠し切れない嫌悪感が滲む。


 王城騎士として様々な闇と腐り果てた人間を見てきたであろう彼女とて、推測される彼女の所業には耐え難いものがあるらしい。


「第二魔術位階【アライアンス】。生きた人間を生体機構として己が術式に巻き込み、魔術の発動に伴い魔力を供給させるという鬼畜外道の禁術……なのだが、貴様はそれをより悪辣な形に応用している」


 す、と“シルバーソード”の切っ先をロザリアに向ける。


「十重二十重の医療用魔術を駆使して生きている状態の人間を縫い合わせ、巨大な肉塊としたものを【ポケットディメンジョン】に保存。そして【メタモルフォーゼ】で少女一人分の姿形に成形した肉塊のみ外部に露出させ、神経を繋げた状態で操り人形とする」


 結果、あたかも一人の少女だけがそこにいるかのように振る舞える。


 実際には見えない空間に巨大な体を持つ怪物だというのに。


「私達がこれまで相手してきたのは、言うなれば貴様の指人形だ。亜空間に潜む本体から栄養を供給されれば損傷も修復できるし、最悪切り捨てて別の人形を作り出せばいい」

「……ってこたぁ、あたしら今までずっと本体でも何でもない人形に魔術ぶっぱしてきたってことスか」


 撃つのを一旦やめたエリカが、うんざりとした表情で一旦双銃を下ろす。

 それを見てロザリアが目を細めて拍手し始めた。


「いいわね、貴女。一〇〇点満点中七〇点は取れてる」

「他にも何かあるのか」

「別に知られても問題ないから言っちゃうけど」


 突如、ロザリアの足元に挽肉のような赤くどろりとした質感の液体が溢れ出る。

 不気味な液体の中からは玉座にも似た赤く仰々しい椅子が飛び出し、彼女はそこに腰かけると人差し指でアームチェスト部分を引っ掻いた。


 傷口からは、椅子に流れているはずのない血液が漏れ出る。


「私が使う魔術は主に二種類。一つは亜空間術式で、もう一つが有機物操作術式」


 次いで靴底で地面をコツンと叩くと、ロザリアを中心として半径一〇ケセル(二〇メートル)に及ぶ範囲の大地が全体的に赤く波打った。


 思わず全員で警戒態勢に入る。


「社会にとって害にしかならない人を何人も捕まえて、培養した私の細胞を移植して自由な形と機能を与える。もちろんこの椅子もそうやって作ったものだし」


 やがて水面から浮かび上がる流木の如く、異形の生物が十数匹その赤い沼から現れた。


「この子達も元は人間だったけど、今は優秀な使い捨ての兵隊になれた」


 カルシウムとタンパク質で構成されているであろう白い甲殻を鎧とばかり全身に纏う様は、大きな刃たる右腕と強固な盾を持つ左腕も相まってさながら重装備の戦士である。

 しかしそれは実際のところ全裸の怪物でしかなく、人間だったとは思えない奇怪な形状の顎から透明な粘液をダラダラと垂らしていた。


 これまで見聞きしたいかなる生物とも言い難いそれらを見て、エリカ達でも一つ確実に言えることがある。


 どうやら彼らはひどく空腹であるらしい。


「残り三〇点はこれね。亜空間に保存してあるのは島一つ分ほどの肉と、その上に建てたお城。そこから私は武器も部下も家具に至るまで、自由に出し入れできるってわけ」


 甲殻の狭間から見える眼が、生きている肉を待ち侘びていたとでも言いたげに睨みつけていた。


「……人を、そんな風にしたのかよ、お前」

「ええ。だって元々が生きてても他人から奪って無駄に消費するしかできない役立たずの犯罪者だもの。せめて素材として使い潰すか、あるいは餌なり肥料なりに再利用しないと無駄じゃない」


 赤い少女が楽しげに語る。


 ご自慢のリサイクル計画を披露する子供のように純粋な笑みで。


「ま、そんなに強いわけじゃないから威力偵察くらいにしか使えないかもしれないけど」


 言って、ロザリアが手を振るうと。

 役立たずの犯罪者だったという化け物らが、臨戦態勢として右腕を掲げた。


「数だけは沢山いるから。絶滅目指して頑張らないと、骨も残さず食べられちゃうわよ」


 荒い吐息を牙の狭間から漏らし、引き絞られた全身の筋肉を緊張させる。


 そんな骨と肉の兵士を満足げに眺めながら、ロザリアが指をパチンと鳴らした。


「来るぞ!」

「レオ、ミアちゃん頼んだ!」

「う、うっす!」

「エリカちゃんも後ろ下がって!」


 異形の軍団が咆哮を上げて突撃を開始し、先頭に立つものからユーの斬撃を受けて絶命していく。


 そして斬られて死んでいく個体数の倍はあろう数の新たな兵士が、ロザリアの周辺から出現していた。



   *     *     *     *     *     *



 一方、空中を飛び回っている圭介はグレンデルとの戦いを通して未知なる感覚に戸惑っていた。


(何だろう、どうしてかわからないけど……)


 今日会ったばかりの案内役に過ぎないユーヘドゥッギが、これからどう動こうとしているのかが手に取るようにわかる。

 どころか圭介が動く際に適した挙動を取り続け、回避も攻撃も完璧に合わせながら戦えていた。


 向こうの反応を見る限り、動揺しているのはユーヘドゥッギも同じらしい。


 時折圭介の方に視線を送っては、圭介が声を上げるより先に視界の外から繰り出された攻撃を無理なく避けている。

 見えていないはずの攻撃を回避できたことに対し、彼自身も奇妙な感覚を覚えているようだった。


(どうして、ここまでユーヘドゥッギさんの動きを正確に予測できる?)


 巨大な肉塊から異様な長さに伸びるドラゴンの四肢が彼らを襲うも、圭介とユーヘドゥッギは互いに接触しない角度で空中を滑空しながら回避した。


 合図も何も送られていない。

 だが彼らはどちらも危うげなく動き、至近距離を維持したまま接触だけはせずに無傷の状態でグレンデルの背後に回る。


 指示どころか脳内で言語化するより遥かに早く、彼は圭介が思い描いた動きを実現していた。


(今だ)


 二つの方向から同時に攻めるべきと判断したその瞬間。


 ユーヘドゥッギの口腔内にある魔術円が、そしてグリモアーツ“アクチュアリティトレイター”がそれぞれ輝く。


「【サンダーボルト】!」

「【ファイアブレス】!」

「ギャアァアアァァァァアアアァァア!!」


 雷撃と猛火。

 二つの力を叩きつけられたドラゴンの塊は、それぞれの口から悲鳴を上げて動きを止めた。


 当然、この好機を圭介もユーヘドゥッギも見逃さない。


 ユーヘドゥッギが空中で姿勢を丸めて力を蓄えている中、圭介の“アクチュアリティトレイター”が彼の足に添えられた。


 語らずとも伝わっているとわかる。


 全身に【サイコキネシス】のエネルギーを纏った状態で、ユーヘドゥッギは砲弾としての役割を担おうとしているのだ。


「らァ!」

「ハァァ!」


 第四魔術位階【スパイラルピック】で弾丸の如く撃ち出されたユーヘドゥッギが、同時に全身に炎を纏う。


 結果、燃え盛る高速の砲弾が完成した。


「行っけェェェェェェェェ!!」


 圭介の叫びに呼応するかのように、炎に包まれたユーヘドゥッギが何ら疑いも持たずグレンデルへと突っ込んだ。


 大ダメージとまではいかないものの、着弾と同時ドラゴンの首が二つほど首の部分を焼き砕かれて吹き飛ぶ。

 少し離れた小高い山に飛んでいったグレンデルは総身を叩きつけられて、動きが一旦止まったように見えた。


 生じたわずかな時間を利用する形で圭介がユーヘドゥッギに声をかける。


「……あの、ユーヘドゥッギさん」

「……いかがされましたか、ケースケさん」

「あくまでも僕の予想なんですけど」


 言葉の応酬を経て、まず圭介が無言で右手を上げる。

 それとほぼ同時、ユーヘドゥッギの腕も持ちあがった。


 まるで連動しているかのように。


 そこでようやく圭介は、彼との不自然なまでに完璧な連携が何を要因とするものかを悟った。


「多分これ、竜脈の影響ですよね」

「同意見です。でなければこうまで自然と動きが合うこともないでしょう」


 ドラゴンは竜脈と呼ばれる大気中のマナの流れを読んで情報を交換する。

 同時に圭介は大気中のマナの流れを【オールマイティドミネーター】で操れる。


 二人は戦いを通して互いの動作とマナの動作の関係性を自然と習得し合い、まるで言語でやり取りするかのようにマナの流れでコミュニケーションを取っていたのだ。


「今になってやっと理解できました。どうしてマナを操るだけで貴方がキノ様と同一視され、ああも頑迷固陋だった族長が態度を崩したか」


 それは圭介にもわかる気がした。

 恐らく彼があの時取った態度には、伝承に対する畏怖とは別の理由がある。


 今こそ対象となるドラゴンがユーヘドゥッギ単体しかいない状態だが、これが複数となった場合でも圭介は問題なく完璧に連携してみせるだろう。


 否、それだけに留まらない。

 他のドラゴン同士でも同様に連携できるよう調整することも可能なはずだ。


 つまり今の圭介は、ドラゴンという種族を統率するために必要な能力を有している。


 族長たる立場のアーマミャーフから見ればそれは大変な脅威である一方、群れの動きを最適化させて生存率を大幅に底上げできる力だ。


 特にこのブロンズパイル山脈の竜棲領では、かつて仲間が未知なる存在に惨殺されている。


 平穏な日々のためにも喉から手が出るほど圭介の力が欲しかったに違いない。

 そこまで考えるとアーマミャーフが圭介にあそこまで極端な態度の変化を示したのも頷けた。


「だとしても、もうこの竜棲領で生き残ったドラゴンは私だけです」

「……ですね」

「しかもあの少女、私の親を殺した張本人なんですよ」

「それは初耳でした」

「そして今、両親を除く全てのドラゴンが親戚から顔見知りまで全員あのような姿にされてしまった」


 声に嘆きの色はなく。

 ただ、耐え難い恐怖を決意で覆った気配だけが漂った。


 炎に揺らぐ空気と煙の向こう側、少し離れた場所にある山の中腹。

 そこでユーヘドゥッギの突進を受けて陥没した体を膨らませるように修復しながら、ドラゴンの集合体にして変異種たるグレンデルが立ち上がる。


 先ほど二つの首を落とされた断面は既に傷口が肉と皮に塞がれており、血の一滴も流れなくなっているようだった。


「彼らを止めるのを手伝ってはくださいませんか。私も全身全霊で戦わせていただきますので」

「何ならこっちが助かりますよ。僕だってこのまま彼らをほっとくつもりはありません」

『そうですね。遠くない場所に竜都ロングウィットンもありますので、人里に被害を生じさせないためにも尽力すべきかと』

「アズマは一日一回の切り札もう切っちゃったじゃん早く逃げとけって」

『お断りします』


 こんな時でも言うことを聞いてくれないアズマの背中を撫でながら、圭介も“アクチュアリティトレイター”を構え直す。


 ドラゴンの体を一ヶ所にかき集め、恐らく身体強化まで施しているだろうことはこれまでの戦いで感触として伝わっていた。


 目の前のグレンデルだけを倒すつもりなら【バニッシュメント】を何十発か撃ち込めばいい。

 しかしこの後には“王の札”ロザリア・シルヴェストリが控えている。単独でどちらも始末できるなどと考えられるほど、圭介は楽観主義者になれなかった。


 先ほど流した鼻血はまだ止まらない。


 それを右腕で強引に拭う。


 疲労困憊で倒れるなら両方を倒してからだ。

 頼もしい味方がいるからこそ、両方を倒せるのだ。


「よろしく頼みましたよ、ユーヘドゥッギさん」

「こちらこそよろしくお願いします、ケースケさん」


 マナの流れで通じるやり取りをわざわざ口に出し合いながら、少年とドラゴンは飛翔した。

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