第十七話 チームワーク
「あの真っ赤な女明らかヤバそうだったけどあいつらに任せて良かったんか!?」
「仕方ないでしょ私らいても邪魔にしかならないんだから! とにかく今は狙撃手見つけて片付けなきゃ本格的に置いてけぼりだよ!」
夕暮れ時も近い薄青の空、赤く照らされた峰々を眼下に置いてアイビーグリーンに輝く三角形が滑空している。
その上に乗るハイドラ王国のパーティは竜棲領に多少の心残りを覚えながらも、周辺一帯を見渡しながら回っていた。
見つけ出すべきは遠距離から魔術を展開して光線を放つ狙撃手。
ドラゴンに傷を負わせる威力の遠距離攻撃という時点で埒外の相手だが、それでも誰かが対応しなければ竜棲領に残った面々が撃ち殺される。
この戦場において彼らが貢献するとなれば、ロザリアとの戦いに加勢するよりも狙撃手を討つ方が効率的と言えた。
「にしたってテレサちゃん一人に索敵任せてたら魔力持たないでしょぉ。何も考えず飛び出しちゃったけど当てはあるの?」
かと言って闇雲に飛び回るだけで見つかるはずもない。
どころか遠距離攻撃を得意とする相手からしてみれば、呑気に空を飛んでいる彼らは格好の的である。
それを懸念してかウーゴが周囲を警戒しながら手に持った“フラジール”を構える。
「言っとくけど私の索敵範囲は狭いわよ。まだ敵の顔も見えない段階で下手に消耗したくないし」
「そこは任せてください、兄さん」
どこか頼もしい声で応じたのは、何やら自信ありげなエメリナだった。
彼女は兄のウーゴと同じくスティレットとして具現化したグリモアーツ“マイナードライブ”を手に、右斜め前方で足場の挙動を制御している青年へと声をかける。
「ヘラルド。この前貴方が考案した術式があるでしょう。早く準備しなさい」
「ああ、こないだ夜まで付き合ってもらったやつか」
「は? 何それ急に。私何も聞いてないよ?」
エメリナとヘラルドの間で交わされる会話にテレサが過敏に反応するも、全員がそれを無視した。
「せいっ!」
灰白色の燐光を散らせて“マイナードライブ”が何ら抵抗なく足場の三角形に突き刺さった。
そしてそれと同時、第五魔術位階【カントリーロード】が発動する。
「【神さぶ瞳よ 天に在れ】!」
タイミングを合わせる形でヘラルドが短く詠唱すると、彼の手に金属とも陶器ともつかないアイビーグリーンの円盤が出現した。
こちらも物質具現化魔術の一つである第五魔術位階、名を【ルミナスアイズ】。
エリカが使っていた第六魔術位階【マッピング】を簡易化しつつ、索敵範囲を拡大したものだ。
【マッピング】と異なり頭上に目視できないほど薄く展開された巨大な魔術円が周辺の地形を記録し、出現した円盤に表示するという形式になっている。
ヘラルドはその円盤を自身の眼前に浮遊する形で固定し、ブロンズパイル山脈の地形を観測した。
だが【ルミナスアイズ】は範囲こそ広いものの、あくまでも地形を大雑把に記録するだけ。
【マッピング】のように動く対象を捕捉できず、当然そうなれば狙撃手の位置など割り出せない。
「んじゃ頼むわ」
「はい」
そこにエメリナの【カントリーロード】が介入する。
この魔術が持つ特異性の一つに、合意さえ得られれば他者の魔力にも介入できるという点があった。
迎賓館での戦闘で味方をグリモアーツごと移動させられたのもそのためだ。
まず“マイナードライブ”を通して足場に、足場を通して円盤に、そして円盤を通して周辺の地形を記録する頭上の魔術円にエメリナの魔力が浸透していく。
やがて二人分の魔力が折り重なった瞬間、エメリナが詠唱を口ずさむ。
「【案内人に告ぐ 導を示せ】」
今度こそ使われるのは第六魔術位階【マッピング】。
アガルタ王国のエリカ・バロウズが愛用していたがために有名となり、今や大陸各国で使用に制限がかけられている魔術だ。
これにより円盤には灰白色に輝く様々な図形が集合していき、地図上に追加情報が記載されていった。
結果として出力された地図は使い慣れているエリカでも再現できない精度と範囲を実現する。
「いつの間に二人ともそんなんできるようになったの……」
「最近[デクレアラーズ]と戦う機会も増えただろ? もしもの時に備えて手札は増やしておいた方がいいって、俺は俺なりに少ない頭振り絞って考えたんだ」
最近になって新しい魔術をいくつも会得してきたヘラルドが、やや胸を張ってテレサに答えた。
「そんでサポート役同士のよしみもあって、エメリナとはよろしくやらせてもらってるんだよ」
「よろしくやらせてもらってる……?」
「ヘラルド、言葉を選びなさいな。テレサちゃん固まっちゃったでしょぉが」
「別に訂正しなくても構いませんよヘラルドさん」
兄妹二人から飛んできた異なる意見のどちらにも構わず、ヘラルドは地図上に違和感がないか探り始める。
やがて奇妙な反応を見つけたのはとある山の中腹地点。
背の高いブナを中心に多様な落葉樹が群生している林だった。
不規則に動く野生動物とは異なり、明らかに体の方向を自分達に向けながら隠れるようにして走る反応が三つ。
「多分これだ。試しに撃ってみるからウーゴ、砲弾頼む」
「了解。全く、ついこないだまでバネしか出せなかったような子が成長したもんだわねぇ」
「俺もアレ一つで何でもできる気でいたけど、ある程度上の方に来ると楽できねえって思い知らされたんだよ」
軽口に自嘲で応じながらヘラルドが砲塔を生成する。
内部に発条を仕込んだそれが林の方を向いたのを確認してから、ウーゴが“フラジール”を振るう。
直後、砲身にケイ素の塊が砲弾として装填された。
「向こうも俺らに気付いてるはずだが、さっきから撃ってこねぇな」
「それだけ竜棲領の方に集中してるんじゃない? でも敵が三人もいるならこの一発で仕留めるのは難しそうね」
「付き合う? 誰が? ヘラルドと、エメリナが……? え、全然許せない……殺す…………」
「ほぉらテレサちゃんも! 怖いこと言ってないで仕事に集中なさいな!」
「痛っ、あ、ごめん! そうだねそういうの後にしよう!」
ウーゴに背中を叩かれ、不穏な気配をテレサが一旦霧散させる。
「発射っ!」
砲弾が射出されたのはそれとほぼ同時だった。
放たれた破壊の権化が木々を薙ぎ倒しながら凄まじい速度で奥へと直進する。
この時点で砲弾として使われた結晶の塊には、エメリナの【カントリーロード】を経由して強化術式が施されていた。
生身で受ければ爆ぜる肉すら巻き込まれ削り取られる殺意の弾。
地図上に映る三人は、未だそれを避ける気配がない。
防げると思っているのか、とヘラルドの中に疑念が湧き起こるも一瞬。
「ウッソ、止まった?」
背後でウーゴが言った通り、バキバキと樹木が砕け散る音が止んだ。
その無音が生じた位置と三人分の反応が見られる位置は、当然のように重なっている。
つまり彼らの一撃は何ら労せずして止められたという事だ。
「っとぉ危なっ!!」
言ってテレサがグリモアーツ“パラベラム”を構えると同時、瞬き一つの間にヘラルドの眼前まで迫っていた純白の光線が屈折して明後日の方向へ飛んでいった。
テレサの空間歪曲魔術【ミラーワールド】で光線の向きを歪めた、らしい。
実際にどうだったのか確信を持てないほど、あまりにも速すぎる攻防だった。
彼女が咄嗟に防いでくれなければヘラルドは脳天を撃ち抜かれて死んでいただろう。
「っ、すまねえ助かった!」
「どういたしまして! とにかく近づこう、さっきのが防がれたんならこの距離で戦っても負ける!」
「おうよ!」
ハイドラ王国の国防勲章受勲者パーティはメンバー同士の相性こそ抜群に良いが、一方で個々の長所のみならず短所も明確である。
その中でも特に遠距離戦闘は不得手な者が多い。
かつてその距離での戦闘を得意としていたローガン・ピックルズは迎賓館での戦いで戦死しており、今や[デクレアラーズ]が相手となると威力不足は否めない状況にあった。
リーダーのテレサが言った通り、このままの距離感で戦っても勝てる未来は見えない。
「着地するぞ! 舌噛むなよ!」
不得意な距離での戦闘を避けるためにも、中腹部分に向けて彼らと足場たる三角形が急降下していく。
やがて地面が近づいたところで奇妙な現象が起きた。
着地地点周辺の土が、急に半色に変色したのだ。
「あ!?」
気づいたところで着地の衝撃に備えていた彼らは即座に反応できない。
次の瞬間、変色した地面から無数に生えた粘土の蛇がヘラルドとエメリナの足に巻きついた。
「ぐわっ!」
「きゃあ!?」
「あぶなっ!」
足を絡め取られた二人は無事に着地できず空中に投げ出され、それをウーゴが長い腕で咄嗟に受け止める。
結果的に全員が無傷で地上に着いたものの、四人中二人が両足首を拘束された状態となってしまった。
「これは……!」
「ウーゴ下がって、来るよ!」
戸惑う間に木々の狭間から猛スピードで接近する何かが飛来する。
その何かは一瞬にしてテレサに接近し、彼女の側頭部へと蹴りを放った。
テレサが己に向けられた攻撃を【ミラーワールド】による空間歪曲で捻じ曲げて回避するも、
「あめぇよ!」
笑いを含んだ声と同時、赤い帯状の何かが蹴りとは反対方向から“パラベラム”の表面を強く殴りつける。
予想以上に強い衝撃を受けたテレサが怯んだことで魔術も弱まったのか、歪曲した空間が元に戻ってしまう。
もちろんそれを彼女自身も理解しており、正常な形に戻った足による二度目の蹴りは寸でのところで回避できた。
急ぎ後退して、向き合う。
相手は二十代前半と思しき青年だった。
首には何やら赤い液体をマフラーよろしく纏わせ漂わせており、端正な顔には余裕の笑みが浮かぶ。
「さっきはよくも撃ってくれたな。おかげで同僚がすっかりビビっちまったじゃねえか」
「安全確保を重視したまでだ。誤解を招くような言い草はよせ」
青年より遅れて林の奥から姿を現したのは、場違いなスーツに身を包んだ大男だ。
手にはジェーズルと呼ばれる類の豪奢な杖を握りしめ、足元の土を半色に染めながら粘土の蛇を次々と作り出していた。
「脅威を前にして戦意を喪失したわけではない。俺も、彼女もな」
「はいはい。まあ言うて狙撃担当は臆病なくらいで丁度いいだろ」
重々しい雰囲気の男と軽薄な若者。
対照的な二人だが、共通して[デクレアラーズ]の一員であるとヘラルドは肌で感じ取った。
発する殺意の密度がそこいらの犯罪者とは大きく異なる。
「お前らのどっちかがさっきの砲弾防ぎやがったのか」
言いつつ三人目の客人がいないか彼らの背後を探る。
エメリナの【マッピング】が表示している人間の反応はまだ一人分あった。
だが他二人と異なり出てくる様子はない。あくまでも後方支援に徹する構えのようである。
「おう、こっちのおっさんがな。俺の頼れる相棒よ」
「見事な一撃だった。だが防ぐだけなら不可能でもない」
言って両者が構える。
「自己紹介いっとくか? 俺は馮軍輝。[デクレアラーズ]♥の6をやらせてもらってる」
片や首から伸びる血液の帯をたなびかせて。
「俺はギルフィ・ボツェク。♣の5を担う者だ」
片やジェーズルの先端と蛇の頭部をそれぞれ向けて。
「グンキに、ギルフィだあ? どっかで聞いた名前だな」
二人の客人を前にヘラルドはとある事件を想起する。
「……ああ、思い出した。アガルタ王国で監獄病院にカチコミかけた奴らだっけか」
「ンだよ知ってんのかよ! あの時負けたから俺的には忘れててほしかったんだけどなぁ」
「恥じる必要はあるまい。当時は最大の目的を果たし、畏れ多くも“ユディトの座”に救助していただく形となったが生きて帰った」
東郷圭介とその仲間達に敗北した[デクレアラーズ]の一員。
話だけを聞いていた限りそこまで脅威と認識していなかったが、こうして対峙するとヘラルドから見てもやはり厄介そうな相手に見えた。
「今回も同じだ。この連中を相手取る目的はあくまでも彼女の護衛に過ぎん」
「そらごもっともだけどよ、倒しちまった方が手っ取り早いのは間違いねーだろ」
二人の魔術は既にニュースなどを通じて白日の下に晒されている。
軍輝は身体強化魔術と操血魔術を、ギルフィは物質置換魔術をそれぞれ使うと聞いた。
だが両者の情報が開示されていたとしても、変わらず厄介な相手には違いない。
加えて彼らの背後には、この大きく離れた位置から竜棲領を狙撃できる三人目まで潜伏している。
雑木林という地理的要因も狙撃手にとって有利な条件と言えるだろう。姿を隠したままいつでも相手を狙えるのだから。
更に言えばこの時点でヘラルドとエメリナの足を拘束されてしまっている上に、遠距離攻撃としては渾身の一撃を防がれてしまった。
テレサはともかくウーゴの攻撃がどこまで相手に通じるか。
「腕を認めてくれてありがとう。でもね、私はあんた達を許すわけにはいかないわぁ」
危機的状況にとにかく思考を巡らせていたヘラルドの頭に、冷や水のような声が届いた。
「何せさっき急に足を縛られたせいで、可愛い妹と未来の義弟が危うく顔にケガするところだったんだもの」
「未来の義弟!?」
「おやおやちょっと、何言ってるんですか兄さんたらふざけちゃってもう……」
「そうだよふざけないでよ!! ていうかエメリナちゃんもまんざらでもない感じだし何なの!!」
「お前らが一番ふざけんなよ」
ウーゴの敵意は本物だが、どうにも締まらない発言のせいで軍輝まで呆れた様子を見せる。
ともあれ互いに譲る余地もない。これから始まる戦いが殺し合いである点を重々承知しながら、各々のグリモアーツに魔力が籠められていく。
「面白い奴らだけど仕事の邪魔するなら仕方ねえ。ここは運が悪かったと諦めてくれや」
「冗談言わないで。ここであんた達倒さなきゃ何のために来たのかわからないでしょうが」
「油断するなよ軍輝。オルテガ・クルス国防勲章の歴代受勲者はいずれも客人に匹敵する力を有していたとされる」
「ハイドラの歴史に詳しいのねぇ貴方。ついでにここで実力の差ってやつもお勉強していくといいわぁ」
敵意、害意、殺意。
様々な意志がせめぎ合い、衝突し、混沌へと至った瞬間。
テレサとウーゴ。
軍輝とギルフィ。
二組がどちらからともなく突撃し、真っ向からぶつかった。




