第十一話 失礼を働く
一同が山道を進みチョコレート山からカムロ山へと移った辺りで、明らかに自然に出来たものとは異なる風景が見えてきた。
ドラゴンが生きる土地。
他の種族が足を踏み入れることのない領域。
圭介の眼前に広がる景色は、大陸に住まう多くの人々が生涯目にする機会を得ないまま過ごすような空間なのだ。
だが真っ先に覚えたのは感動ではなく、現実と想像のズレだった。
「なんか思ってたんと違う」
「正直俺もちょっと、びっくりしてるっす……」
「そう? レオ君もケースケ君もどんなのイメージしてたの?」
これまでゴツゴツとした岩肌で構成されていた地面が突如、不自然なまでに平らに成形されている。
そんな奇妙な場所に点々と配置されているのが、ドーム状の住居らしき石造りの建造物だった。
少し離れた場所なので目視で大きさはわかりづらいが、索敵して触れた感覚を信じるならそれぞれ直径一〇〇メートルほどといったところか。
高さは四〇メートルほどあろう。中で生活しているドラゴンの身長に合わせて相当大きく作られている。
玄関らしき穴には動物の革が暖簾よろしく張られていて、窓としての用途があるのか全てのドームには小さな穴がいくつか点々と空いていた。
洞穴の奥で無数の宝とともに鎮座するドラゴンを夢想していた圭介とレオは、そこで彼らが自分達の勝手な空想などとは無関係に文化的な生活を送っているのだと知ったのだった。
「うわ何か懐かしいなこの感覚。思ってた異世界と違って戸惑っちゃう感じ」
「わかるっす、俺もダアトに来てジャンル違い過ぎて頭こんがらがった経験あるっすから」
『一応今回の目的を思えばそのような発言はドラゴンの前でしないように留意すべきかと思われます』
とはいえまだ遠くに見えるのみ。
実物に近づくまでしばらく歩く形となる。
などと油断していたところでドラゴンが一体、最も山道に近い位置にある一つの家屋から文字通り飛び出した。
「うおっ」
「わっ」
思わず圭介とテレサが同時に身構えるも、セシリアが二人の方に手を置いて制止する。
「落ち着け、あれは案内役だ。これまでの交渉を通して二度ほど顔を合わせたから私にはわかる」
「あ、そうなんですね。ていうかこの距離から私達が来るのわかったんだ。私やケースケ君と同じくらいの範囲で索敵できる辺り、流石はドラゴンってとこですかね」
「彼はドラゴンの中では若輩の方だぞ」
つまりドラゴン全体で見ればまだまだ発展途上の段階ということ。
より上の領域にいるドラゴンの実力たるや如何ほどか。
国家が危機的状況に際し、奥の手として助力を求めるだけの脅威ではあるのだろう。
『今回は骨の折れる仕事になりそうですね』
「骨が折れるだけで済むかなぁ」
頭上のアズマと物騒なやり取りをしている間にもドラゴンの影は接近し、圭介達より十数メートル先の地面に着地した。
大雑把な輪郭は四足歩行の動物に近い。
背から広がる双翼と分厚い皮膜、臀部から伸びる尾、頭部には前方からの風に流されたかのような後ろに伸びる角も生えている。
陽光を浴びて見事輝くは、ペリドットもかくやと言わんばかりの透き通った緑色の鱗。
全身を美しい宝石で飾られているかのような威容を見せつけながら、その生物は己が存在を見る者全てに誇示しているかのように見えた。
「――お久しぶりです、セシリア・ローゼンベルガー殿」
開いた口の中にはクリームイエローに輝く魔術円が浮かぶ。
どうやらドラゴンの口腔では構造上どうしても人間の言葉を発音できず、翻訳用の術式を用いて会話しているらしい。
距離が開いていても魔力さえ届けば聞こえる、耳朶ではなく脳に響くとても低い声だった。
「こちらこそお久しぶりです、ユーヘドゥッギ殿。度重なる訪問に応じていただけて何より」
「いえいえ、族長も交流そのものは歓迎している様子ですから。……大変ですね」
言って案内役――ユーヘドゥッギなる若いドラゴンは、軽く首を左右に振った。
彼なりに人間で言うところの苦笑を表現したつもりらしい。それを察してかセシリアも笑顔をこぼす。
「彼らも貴殿ほどに容易ければ半日ほどで篭絡できましょうが、お歴々はそう甘くもありませんな」
「いじめないでくださいよ。……えぇとそれで、そちらの皆様は? 初めてお会いするようですが」
随分と砕けたやり取りの末に意識を向けられる。
敵意などないはずだ。圭介も強く威圧されたという感覚は無い。
ただもしも自分が異世界に来たばかりの頃であったなら、きっと恐怖で失神していてもおかしくはないと思えた。
(この距離でちょっと見られただけで一気にわかるもんだ。種族としての基盤が人間と全然違う)
誰が持たずとも抜身の刃が切っ先を向けていれば、身構えずにはいられないものだ。
増してや相手は巨大な知的生命体である。原初的な畏怖を抑えるのは常人には難しい。
今の圭介を支えているのはこれまでに踏み越えてきた数々の修羅場、その道のりで得た数々の力と経験に対する自負のみ。
少なくともヘラルドは「うーわ」と思わず声を出していた。
「彼らは本日の客として呼んだ者達です。最悪の場合に備えて、こういった人員にも頼らなければならんのが実情でしてな」
言葉に秘められた意味を察してか、ユーヘドゥッギは口元の魔術円を揺らしながら愉快そうに笑う。
「なるほど。お偉方にどこまで通じるやら、いやはや楽しみですな」
そんな彼の様子を見て感じる奇妙さ。
どうにも彼自身は圭介ら人間側に寄り添った考えを持っているように映る。
もちろん油断は禁物だが、ある程度はドラゴンという種族に対する敵意すら垣間見せたセシリアに対してさえ快く接してくれていた。
「あの人はユーヘドゥッギさんっていってね。割と親しみやすいっていう理由で、ハイドラではちょっと有名なドラゴンなんだ」
初めて見るドラゴンの想定より柔らかな振る舞いに戸惑うアガルタの面々に、テレサが補足するような形で説明する。
そう言いつつ彼女自身も直接見るのは今回が初めてであるらしい。
圭介としてはここまで人間からかけ離れたドラゴン相手に“あの人”という形容詞を使うのが、どうにも感覚的な部分でしっくり来なかった。
「逆に言うと案内役が前に出る程度には交流がない連中なんだ、ドラゴンって」
「ドラゴンと言えば他の種族を見下してるのが普通だからね。ああいうのは珍しいんだと思うよ」
「いやはや心苦しい限りです。そして重ねて心苦しいのですが、これから皆様と出会うのはそういった普通のドラゴンとなってしまいます」
言って、ユーヘドゥッギが居住区へと前脚の爪を向けた。
「ご案内致します。我が故郷にして皆様にとっての異邦――竜棲領へ」
* * * * * *
画一的な造形の住居が立ち並ぶ退屈な景色の中を、案内されるがままひたすら進む。
ユーヘドゥッギを始めとするドラゴンが竜棲領と呼ぶ土地は、何も準備せずに訪れた者が道に迷ってもおかしくない場所だった。
セシリア曰く、ドラゴンは空気中のマナの流れを読むという。
そのため常に索敵魔術を展開しているも同様の状態となり、類似した建物ばかりが並んでいても現在位置を自力で割り出せるのだ。
「マナの流れを、ねえ。じゃあ私達がここに来てるのももうドラゴン全員に知られてるのかしら?」
「もちろん、寝ているか赤子でもなければ。のみならず体内のマナの流れも簡単にですが観測できますので、里の皆は個々人の識別も既に済ませていますよ」
セシリアに代わってウーゴの疑問に答えるユーヘドゥッギは、己の鱗を爪で優しく撫ぜる。
「離れていても体調や気分がどういった状態なのか判断できるので、我々ドラゴンの間で挨拶等の文化は不要なのです。私のように皆様の営みを学んでいる者ばかりではありませんので、ご無礼あるかと思われますが何卒お許しください」
コミュニティ全体で挨拶を必要としない。
場所と立場によっては赤の他人にすら会釈する文化が浸透している日本人の圭介としては想像しづらいが、そうなのだとしたらドラゴンが他の種族を見下しているというのも一部誤解があるのかもしれない。
一方的にこちらの常識ばかり押しつけないよう気を付けねば、と事前に心構えができた。
「気にしないでちょうだいな、ユーヘドゥッギさん。逆にそうなると貴方がどうしてそこまで私達に歩み寄ってるのか気になるところだけどね」
「あー、確かに。俺らなんて鼻くそみたいなもんだろうに、随分フレンドリーに接してくれてるよな」
「ちょっとヘラルド、汚い例えはやめなさいよ」
「ハハハ……大したものでは。私は皆様の恐ろしさを知っているだけですので」
違和感を伴う、奇妙な反応だった。
まるで誰かに脅迫されて歩み寄っているかのような、礼儀作法より先に恐怖がある者の振る舞い。
あるいは脅威を前にしてその正体を掴もうと必死に足掻く、強者でありながら弱者のような価値観。
彼の言葉がそれ以上続かなかったので誰も掘り下げずに済ませたものの、少し空気の色が変わる。
あまり望ましくない流れが生じ始めたと悟ったのか、セシリアが話を逸らした。
「これから会う約束をしているドラゴンの長、アーマミャーフ殿は典型的な方のドラゴンだ。ユーヘドゥッギ殿が話してくださったように我々とは扱う常識が異なるので、決して価値観を押しつけるような真似は控えるように」
「そもそも今回は私達の方があっちに頼む方ですもんね。アガルタの皆にはほんっと悪いと思うけど、付き合ってもらう形になっちゃって」
「いや別にいいよ。こっちもそっちも王家からの仕事で来てるし」
お互い逆らえまい、とテレサの恐縮したような態度を圭介が振り払うとセシリアが背中を軽く叩いてきた。
「いでっ」
「特に強力な魔術を扱うケースケには再度言っておくぞ。今回私が禁じているのは価値観を押しつけるような行為だ。それを強く意識しておくように」
「……うす」
警告という体裁で繰り出されたそれは別の意味合いを含んでいる。
要するにセシリアが言いたいのは逆。
価値観を押しつける形以外で喧嘩を売れ、というもの。
そうでなければ後で状況説明を求められた時、正当な理由での戦闘だったと主張できない。
元より圭介はドラゴンに対する暴力装置として呼び出された人員だ。
最終的な判断は圭介本人に委ねられるが、それでも曖昧な言葉選びのまま任せても問題ないと王家なりに判断したのだろう。
「まあ、もしもの時に遠慮は不要です。我々は種族全体で何かと我慢強い方ですから」
セシリアが言外に含んだものを察知した上で迂遠な表現ながら肯定したのは、意外にもユーヘドゥッギだった。
彼が知っていると主張する、他種族に対して抱く恐ろしさなるものが影響しているのか。
何にせよ最悪でも彼を敵に回す展開は無さそうだ。友好的な相手とは穏便に済ませたかった圭介としては、心中安堵する。
やがて開けた場所に出た。
開けた、としか言いようがない。憩いの場にしては座る場所も噴水といった設備もなく、ただそこかしこに草花が自生しているのみ。
そして索敵魔術【ベッドルーム】が示した通り、そこにはユーヘドゥッギより大柄な三体のドラゴンが待ち構えていた。
中心で人間が直立しているかのように上半身を持ち上げている茶色い鱗のドラゴンに、セシリアがすぐさま跪く。
「セシリア・ローゼンベルガー、並びにアガルタとハイドラ二ヶ国より国防を担う使者併せて都合十名、ここに到着しました」
「うむ」
茶色いドラゴンは応じるだけで名乗りすらしない。
かと言ってセシリアの急な動きについていけず立ち尽くすだけの他のメンバーを咎めるような素振りすら見せず、ただ納得だけした様子を見せた。
きっと彼はドラゴンの常識で動いているだけで、決して意識的に無礼な振る舞いをしているわけではないのだろう。
この地、この風土ではこれが当たり前なのだ。
つまり圭介が喧嘩を吹っ掛けるなら、ここではない。
そこでユーヘドゥッギがフォローを入れるように口を開いた。
「こちらが我々ドラゴンの族長、アーマミャーフ様です。そちら黄色い鱗の方が側近のイクルビ殿、同じくそちら赤い鱗の方がロッキンズン殿です」
彼が紹介する様を見てもアーマミャーフ、イクルビ、ロッキンズンそれぞれ歩み寄る姿勢は見せない。
ただ「早く用件を話せ」とでも言いたげにセシリアを見つめるのみ。
高圧的と言うにはあまりにも自然に見下してくる、そしてそれが許される程度の実力も隠さず見せつけている、そんな相手だった。
「此度は以前より申し上げております通り、我等が仇敵[デクレアラーズ]との戦争に際し皆様ドラゴンのお力添えを願いたく馳せ参じた次第です」
文化の違いを理解してかセシリアも冗長な挨拶などせず、すぐ本題に入る。
するとようやくここでアーマミャーフが真っ当な言葉で応じた。
「何度来ても結論を変えるつもりはない。貴様らと[デクレアラーズ]とやらのつまらん争いに我らの営みを崩してでも参入する意味などどこにある」
嘲るように口腔の魔術円を揺らし、ドラゴンの長が拒絶を示す。
だがそんな返事は既に幾度となく受けてきたのがこれまでの交渉だ。
動じずセシリアが短い溜息を吐いてから言葉を続ける。
「[デクレアラーズ]は極めて強力且つ凶暴な存在です。加えてこの竜棲領も含めた世界全体に影響を及ぼす腹積もりでいる。皆様の営みを害さぬためにこそ、ご助力いただきたい」
「ハッ、何だそれは。自らの力が及ばぬ相手なればドラゴンにも等しく脅威足り得ると? 自惚れもそこまで来たか」
確かに聞いた通り、アーマミャーフはドラゴン以外の種族を相当下に見ているようだ。
だがそれを加味しても今の話の流れには、他の事実も混ざっているようである。
アーマミャーフはセシリアの言に疑問符を伴う挑発で応じ、次いで自惚れという表現を用いた。
以前までの会話で似たようなやり取りがあれば出てこない言葉だ。
つまりセシリア及び国の上層部は、ここで初めて「[デクレアラーズ]はドラゴンにとっても充分に脅威である」という話をアーマミャーフに提示した形となる。
交渉の場において相当強気な態度なのだろう。
アーマミャーフ、そして左右を守る側近らも不快感を隠さず敵意と殺意をぶつけてきた。
「ご安心ください。我々の無謀なる軍事同盟交渉は今回が最後です」
「む?」
「もしも応じていただけるなら、本日持ち寄りました品々をご提供いたします。決裂するのであればそれも結構、これらを持ち帰り二度とこの地には足を運ばないとお約束しましょう」
セシリアが圭介に目線で合図を送る。
どうやら荷物を出せという意味らしい。
なのでとりあえずここまで【テレキネシス】で運んできた二つの箱をアーマミャーフの前に並べて置き、蓋を外した。
「これまでお見せしてきたもの以上に希少な鉱石と金属、極めて純度の高いオリハルコン……それとこれは急遽追加されたものですが、絶滅危惧種の植物を少しばかり束ねております」
本当に提出など予定していなかった花に関しては流石の彼女も若干気まずげに紹介する羽目となったが、構わず立ち上がってから箱の角に手を置く。
「我々が示したこれら誠意を、そのまま[デクレアラーズ]の脅威と捉えていただければ何よりです」
結局ドラゴンが宝石や金属に価値を見出すのは、美しさという曖昧な指標からだ。
そして曖昧という点では[デクレアラーズ]を知らない彼らにとって、それがどれほど脅威足り得るかも同じ事。
なのでここで大して価値がないと思われれば危機的状況を察してもらえず、セシリアが言った通り交渉決裂を経てこの場を後にする形となるだろう。
と、いう建前で彼女は状況が有利に動く隙を見定めている。
つまるところ、圭介をけしかける瞬間を待ちわびている。
「……なるほどな」
内心がどう動いたものか、アーマミャーフが不愉快そうに目を細めた。
「花は知らんが、石と金はこれまで我らに寄越してきたあれやこれやが霞むほどの一級品。逆に言えばこれまでの土産は敢えて粗末なものを選んでいたわけだ」
「解釈はご自由に。今必要なのはそちらのご判断です」
「極論そんなものが無くとも我らドラゴンはこの山さえあれば充実した生を謳歌できる。それを嗜好品程度で貴様らの下らん小競り合いに付き合えとは、いやはや大きく出たものよな」
「その充実した生を護るための戦いなのです」
箱の角から手を離し、セシリアがアーマミャーフに一歩近づく。
「大陸全土が[デクレアラーズ]に脅かされている現状だからこそ、こちらも敵以外の全てを味方につけなければ」
「ふん。国防を担うとやらいう、そこの手駒どもでは足りんか」
鋭い視線が今度は圭介達に向かう。
それだけで結構な圧力を感じた。もし睨まれたのが一般人であれば、即座に恐怖で過呼吸になってもおかしくはない。
この中で唯一[十三絵札]を直接倒した経験を持つ圭介に至っては、極めて冷静に「確かにこれが群れれば心強いな」程度の感想を胸中で呟いていた。
「個々の力はともかく、相手は少数ながら極めて広い範囲で他者を巻き込みながら活動しています。一定以上の実力を持った者の数が足りていません」
「そこでドラゴンを頼ろうとしているのか。まあ、貴様らの考えは重々承知しているが、な」
言いながらアーマミャーフが側近の赤い鱗を持つドラゴン、ロッキンズンに顎で花が入った箱を示し――
「一つ憶えて帰るといい。竜棲領に咲かない花を持ち込むのは、我々への侮辱行為だ」
――ロッキンズンが口から吐いた炎が、花々を箱ごと焼き尽くした。
「……………………」
威力で言えば第四魔術位階に相当するだろう。一般人なら一撃放てるかどうかという魔術と同等の炎を、ドラゴンは吐息一つで繰り出せる。
力を示すと同時に彼らは成功報酬として用意された花を、持ち寄ったセシリアの前で燃やした。
これは単純な交渉決裂とは異なる、それこそ真の侮辱行為だ。相手が人間なら彼女も迷わず腰に提げた“シルバーソード”で斬りつけていたに違いない。
だが、相手はドラゴン。力の差があまりにも大きい。
加えてこの交渉自体、二つの大国がそれぞれの思惑で席を設けたものだ。
故に王城騎士たる彼女が感情的な理由で刃を抜くわけにもいかない。
ただ、箱とともに燃えて焦げて散っていく花を見ているしかできない。
「ハッハハハハハハ!! すまんなセシリア殿、あまりに退屈なもので部下が思わず溜息を吐いてしまったようだ!! ハハハハ……」
隠す気もない悪意に満ちた哄笑が響く中、それでもセシリアは動けない。
セシリアは、動けない。
「ハハ……」
別の誰かが動く。
手に持ったグリモアーツから鶸色の燐光を迸らせて。
炎を前に総身から負けじと燃え盛る怒りを滾らせて。
「【解放“アクチュアリティトレイター”】」
「ハブぐェッ!?」
小舟ほどはあろうかという巨大な金属板が、目視も叶わぬ速度でアーマミャーフの口に突き込まれた。




