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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十六章 無謀なる軍事同盟交渉編

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第十話 平和な山道

 翌朝のレストランでは、ユー以外の全員が朝食ビュッフェでの食事を楽しんでいた。


「あれ、なんでユーいないの?」


 ふと気になって圭介が尋ねると、仲間の女子二人が答える。


「ユーちゃんなら外でキッチンカー梯子して準備運動してるぞ」

「レストランだけで食べると出禁になりかねないからって言ってたよ。私もそう思うから止めなかった」


 暴食の化身なりに配慮を覚えてくれたらしい。

 かつて遠方訪問での暴れっぷりを見てきた圭介としては感無量と言えた。


「ダアトの飲食店何軒か潰しかけた時の経験が活きてるなぁ」

『当時一番人気だった店があの頃だけ異様に早く店を閉めていたのと、オーナーが食料品の管理で頭を抱えていたのはそのせいでしたか』

「後で俺が店長に理由訊いても涙目になって答えてくれなかったから何事かと心配したっすよ。ユーさんだったんすね、アレ」

「何だあいつら……」


 アガルタから来た面々の狂った会話にヘラルドがやや引いていると、ブラウスとジーンズを簡素に組み合わせた私服姿のセシリアが窓の外に目をやる。

 つられて圭介も視線を移すと、エリカ曰く準備運動であるらしい牛飲馬食を終えたユーがホテルに入ってくるところだった。


「ごめんごめん、加減しながら食べるの難しくて」

「でもそのおかげで今レストランにユーが入ってきても誰も泣いてないじゃん。成長してると思うよぼかァ」

「普段は泣かせてるんだ……」

「頼むから俺らの地元でメシ食うなよお前」


 テレサ一行を戦慄させつつもユーが腹に溜まりやすいポテト類とパンをプレートに載せてテーブルについたところで、セシリアが口を開く。


「食べながらで構わないから聞いてくれ。昨晩二二時前後、アガルタ王国のリヨン・デリス都市近郊で新たなゴグマゴーグの個体が目撃された」

「……ゴグマゴーグが、ですか?」


 思わぬ名を聞いて圭介がつい反応してしまう。


 かつて移動城塞都市ダアトを襲撃した巨大なサンドワームの変異種、ゴグマゴーグ。

 客人が集団でひたすら攻撃し続け、最終的には圭介の手で葬り去った黒き絶望。


 分厚い表皮を粘液で包み込んだ体の防御力は凄まじく、触手と皮膜を有する翼での滑空は一般車両で追いつけるかどうかといった速度を出す。

 加えてモンスターながら意外と搦め手も使いこなし、地中から触手で不意打ちをしてくるなど事前に情報がなければ苦戦は免れない存在だ。


 存在そのものが大規模な災厄とさえ言えてしまう、あのモンスターが現れた。


 となると相当な数の死人が出るのは避けられない。

 下手な騎士団よりよほど強力だろうカレン・アヴァロンが率いるダアトの軍勢でさえ、強力な客人が何人も死んでいったのだから。


 そう、予想していたのだが。


「とはいえ発見後すぐに王国が派遣した精鋭部隊により討伐され、都市部に被害はない」

「え? じゃあその、部隊側の被害は?」

「欠員なし、だ。無傷とは言わんが重傷者も出ていない」

「お、おう……すごいなその精鋭部隊とやら。ホントに精鋭が揃ってるパターンだとは思わなかった」

「失礼だぞお前。ま、世界は広いと納得しておけ」


 今より遥かに弱かった時期ではあるものの、相当に苦戦した身としては少し複雑な気分である。


「それより女子連中には昨日も話したが、現在大陸全体で中型から大型のモンスターが再び目撃されるようになってきている」

「ああ……一時期は数が減ってたって話だったわよねぇ」

「事によってはゴグマゴーグのような超大型モンスターが現れないとも言い切れん。相応に覚悟は決めておけ」


 既に今回交渉する相手であるドラゴンが大型モンスターのようなものだ。

 そこに至るまでの道程でゴグマゴーグのような存在と遭遇してしまえば不要な怪我や、最悪の場合だと死人が出る可能性すら考えられる。


「……とは言ったものの、これだけの人員が揃っていれば大して不安もあるまい」


 顔ぶれを改めて見回してからセシリアは笑いながら言った。

 そして事実、今の圭介にとってゴグマゴーグなど単独でも容易に倒せる相手だった。



   *     *     *     *     *     *



 チョコレート山。

 (りょく)(れん)(せき)(せい)(ちょう)(せき)の入り混じる岩肌が遠目に見るとチョコレートのようだと言われ、その名がついた山である。


 ドラゴンゾンビによる被害を懸念した自治体の判断で登山道は三〇年ほど前に閉鎖されているものの、一部の冒険者などが腕試しにと不法侵入する事例が後を絶たない。


 今回は許可を得て入山する一行だが、用件含めて説明を受けた山道の常駐騎士には心底嫌な顔をされたものだ。


 他国の勲章受勲者も含めた大人数に加え、同じく他国の王城騎士まで同行している。

 万が一の事があった場合、どれほどの面倒事が待ち受けているかわかったものではないためだろう。


「んで、何で僕が一人でこんな大荷物運ばされてるんですか」


 不満げに漏らす圭介の背後では、彼の【テレキネシス】で浮遊しながら運ばれていく巨大な箱が二つ存在していた。


 出所はセシリアが操縦していた大型車両の空きスペース。

 つまりアガルタ王国から持ち寄った品である。


「こんな、とは随分な物言いだな。ハイドラとアガルタ双方からドラゴン達への提供品にと、[デクレアラーズ]対策で忙しい中わざわざ用意された物資だぞ。粗末な扱いはするなよ」

「どっちの箱がどっちの国ですか。後で重い方に文句言ってやる」

「どちらという事もない。片方はこの任務開始直前になって急遽追加されたもので、ケイト第三王女殿下から直接の賜り物だ」

「あの幼女が……?」

「王族を幼女呼ばわりするな馬鹿者」


 片方にはマナタイトを始めとした希少鉱石と高純度のオリハルコンが収められている。

 そしてもう片方、いかにも高級そうな金属製の箱とガラス製の蓋の内部には色とりどりの花がこれでもかと詰まっていた。


「量もすごいけど珍しい花が多いね。ブロンズパイル山脈があんまり植物生えてないから、王女様なりに気遣ってくれたのかな」

「や~ん、そっちのお姫様めちゃくちゃカワイイじゃないのぉ」


 出自の関係で花は飽きるほど見慣れているであろうユーと、幼い少女の優しさに悶えるウーゴが箱の両側面に寄ってそれぞれ感想を口にする。


 対してどちらの箱にも興味なさげなテレサが、他の事実に気づいたらしく圭介に声をかけた。


「さっきから離れた位置でレッドキャップとかブラッディスライムが弾けて死んでるんだけど、ケースケ君何かしてる?」

「索敵範囲がバカ広くなったから、そういうの見つけ次第【サイコキネシス】で殴り飛ばしてる」


 入山した先で死んだ冒険者の死骸を操るモンスターがそこかしこを跋扈している。

 例え索敵魔術を会得している者でもよほど範囲が広くなければじわじわと囲まれ、不可避の戦闘を余儀なくされて体力を消耗する。

 そうした果てにドラゴンゾンビと遭遇して命を落とすケースがこの山では多い。


 だが今の圭介なら範囲と精度を大きく増した【ベッドルーム】で敵の位置を捉え、遠隔攻撃で呼吸のついでに倒せてしまうのだ。

 なので囲まれるまでに至らない。グリモアーツを強化する前の圭介では、恐らくそこまで離れた距離に念動力を飛ばせなかった。


「散歩しながらついでくらいの感覚でモンスター倒せるとかぶっ壊れ性能じゃねえかお前」

「オイオイ褒めないでよ。ウソ。もっと褒めて。助かるから」

「褒めてはいるけど引いてもいる」

「いやでも、そうは言ってもヘラルドさんだってほら、バネとかそういうアレなやつが色々……あるっすよ……」

「下手な慰めやめろお前、なんか悲しくなっちゃうから」


 何にせよドラゴンの居住している大穴――ブロンズパイル竜棲領と呼ばれる場所までは、スムーズに進めている。


 しばらく殺風景な景色の中を歩き続けたところで、圭介の索敵に突如大きな反応があった。


「ん?」

「あ、今のは私もわかったよケースケ君」


 圭介と比べて範囲は多少狭まるものの、同じく広範囲の空間を波立たせて索敵していたらしいテレサも表情に警戒を滲ませる。


「多分この大きさ、ドラゴンゾンビだと思う」

「あ、これがそうなんだ。想像より速いね」

「腐りかけとはいえ竜の筋肉再利用してるし、体の一部が欠損してて軽くなってる分走ると速度出るんだよ。私達の体臭でも嗅ぎつけてるのかな、随分と急いでるみたい」

「完全に新鮮な肉扱いされてんじゃん。このままだとかち合うまであと一分もないくらいだけど、どうする? 僕の方でやっとくんでいい?」

「ドラゴンゾンビが急接近しているともなれば、本来騎士団でも大慌てで陣形を組む状況なのだが……」


 言いながらセシリアも特に危機感を覚えているわけではないようだ。


 迫りくるドラゴンゾンビの大きさや形状を知覚した圭介は、既にグリモアーツを【解放】するまでもなく倒せる相手だと認識していた。


「あ、私もわかった。確かに足音するね」

「私の【漣】にも引っかかった」


 ミアとユーも巨体の接近を各々の感覚で感じ取ったらしい。

 そこまで近づけば後は容易かった。


 体の中心部分、骨格に重心を預けている何かがある。


 そこに圭介は意識を集中させた。


「まともに相手したら確かに面倒なんだろうけど」


 自分以外の生き物の魔力が通う関係上、遠隔で【テレキネシス】などの対象とするのは難しい。

 だが山に転がっている岩などは別である。


「ドラゴンゾンビ、事前に知識があるだけで一気にやりやすくなるな」


 突進してくる相手の横っ面に巨大な岩を砲弾の如き勢いでぶつけ、まずバランスを大きく崩す。

 流石はドラゴンの骨と言うべきか、それだけでは砕けない。逆に岩が砕けて無数の破片となり散っていった。


 その散った破片の一粒一粒に【サイコキネシス】を纏わせ、輪郭と距離感だけ掌握している状態のドラゴンゾンビを取り囲む。


 後は胴体と思しき部位を中心に渦を巻くような形で破片を動かしながら、中央へと徐々に食い込ませる。

 そうすると骨と骨の合間に破片が入り、全身に供給される魔力を【サイコキネシス】の力で抑え込みながら体の中心部へと沈んでいった。


 相手の正体は恐らく本体の形状からしてブラッディスライムだろう。

 球体に近いその中心部に破片が迫ると、生命の危機を感じてか巨体の動きが止まる。


 だが、意味などない。


「あー、勝ったわ」


 そう言って圭介が手を握りしめると同時。


 急速にスライムの本体へと収束された無数の破片に巻き込まれ、ドラゴンゾンビの中心に本体として鎮座していたスライムがズタズタに切り刻まれた。


 その瞬間に大きな骨は接合部分が腐り落ちて分解、肉と臓腑は溶けて地面に拡がっていくのみ。


 こうして最後まで相手を視界に入れないまま、圭介はドラゴンゾンビをあまりにも呆気なく討伐したのである。


「……グリモアーツ強化しただけでそこまでいくかね、普通」


 懐から出したグリモアーツを今にも【解放】しようとしていたエリカが、呆れた様子で呟いた。


『マスターの力量は既に[十三絵札]に匹敵する領域まで達しています。この程度はこなせて当然かと』

「嘘こくな。こないだもその前も、僕一人じゃ勝てない戦いばっかだっただろ」

「そんなの見せられた上でそんな事言われたら流石に私だって自信失くすわ」


 そう言ってテレサが薄く笑いながら抜いた剣を鞘に納める。

 気弱そうな言葉の割に、彼女からは怯えも恐れも慄きも見受けられなかった。


(自分でも気持ち悪いくらい強くなったと思ってたのに、随分と余裕あるなぁ)


 彼女もまた、ビバイ迎賓館での戦いを経て力不足を実感したであろう身だ。

 ここで圭介の力を見ても動揺しない時点で、何か隠している力があるのかもしれない。


 今回も味方として近くにいてくれて助かった、というのが圭介の偽らざる本音だった。


「……まあ問題が取り除かれたのならそれ以上はない。念のため言っておくが、本物のドラゴン相手でも同じようにいくなどと考えるなよ」


 現役の騎士が立ち会えば鼻っ柱をへし折られるだろう事態を受けて、セシリアもどこか達観した顔つきで先へと進む。


 結局、ブロンズパイル山脈のモンスターは最後まで彼らが歩む道に近づくことさえ叶わなかった。

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