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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十六章 無謀なる軍事同盟交渉編

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第八話 空がよく見える街

 竜都ロングウィットン。

 ハイドラ王国南部に聳えしブロンズパイル山脈の麓に広がる都市である。


 ドラゴンが居を構えている山の付近という特徴からモンスターがあまり寄り付かず、結果的に治安の良さからか富裕層が好んで住まう。

 同時に結果的な治安維持を成しているドラゴンの機嫌を損ねるような事態は避けねばならず、滑空の邪魔となる高層建築物は存在を禁じられていた。


 圭介達が乗っている大型車両が着地したのもビルの屋上などではなく、都市を囲む背の低い城壁付近の空港である。


「やっと着いたか。いやしかしまあ、ドラゴンが住んでる山の近くによく住もうと思えたもんだねここの人らは」

「そのドラゴンが近くにいるっつう特徴がそのまま土地に箔つけてんのさ」

『マスターの調べによると地価は相当なものになるらしいですね』

「街の公式サイトとか見てみな。カジノあるんだぞここ」

「うーわ、性格終わってる金持ちがたくさんいそう」


 ヘラルドとの雑談もそこそこに、圭介は周辺の空気に違和感を覚えた。


 具体的に何か奇妙な反応があったわけではない。

 ただ、例えるなら風景写真の一部だけ解像度が違っているような、無視すべきかどうかさえ判断に迷う小さな差異。

 それが斑模様のように空間全体に散らばっている。


(ドラゴンの魔力が何か環境に影響でもしてるのかな)


 グリモアーツの強化を経て【ベッドルーム】による索敵の精度も向上した。

 だが温度や湿度の微細な差異まで感じ取るようになっただけならまだしも、魔力が影響しているのだとすれば逆に索敵の精度を下げる要因となり得る。


 セシリアの飛空艇を破壊した狙撃手が野放しになっている状態だ。

 この状況を隠れ蓑として利用されてはたまったものではない。


 ただしこれがドラゴンの影響によるものであった場合、それほどまでに強力な存在が種族単位で味方につく可能性がある。

 そうなればいかに[デクレアラーズ]とて生半可な覚悟では手出しできまい。[十三絵札]が二人欠けている今、交渉の邪魔をされる可能性は高くないと見た。


「ハイドラ王国の国防勲章受勲者パーティとともにアガルタより参りました、アガルタ王国王城騎士のセシリア・ローゼンベルガーです」

「お疲れ様です。それでは、書状を確認いたしますので」

「こちらに」


 駐車場から城門の検閲所へと移動し、セシリアが城壁常駐騎士にパスポートと書類を見せる。

 既に話が通っているためスムーズにやり取りは進み、やがて城門が重厚な音を立てて開いた。


「ようこそ竜都ロングウィットンへ。どうぞごゆるりとお過ごしください」

「感謝します。さあ、行くぞ」


 セシリアに促されて二ヶ国のパーティが先へと進む。


 ハイドラ王国の国鳥であるコンヒタキの紋章が刻まれた黒い城門の先には、不思議な光景が広がっていた。


 涼しい季節だというのに青々と生い茂る葉を揺らす街路樹、来訪者を歓迎する巨大な看板、街の中心に横たわる大河を悠然と渡る豪奢な遊覧船。

 少し離れたところには高級ホテルと思しき建物が乱立し、道路を走る車の中にはカジノの広告を堂々と掲げるトラックがゆったりと走る。


 欲望と金で構成されたような街並み。

 しかしそれら全てが空という支配者に上から抑えつけられていた。


 やはりドラゴンへの配慮か建築物は総じて一定の高さで各々の成長を止め、少し視線を上に移せば他の国の首都よりも広い蒼穹が綿雲を泳がせている。


 何もかもを金で叶えられるはずだった者達は、この空を侵す真似だけは例えそうしたいと望んでも絶対にできないのだ。


「パワーバランスが狂ってる、って雰囲気だね」


 テレサが特に深く考えた様子もなく呟く。


「ハイドラ人でもちょっと変くらいには感じるのか、このギラギラしてる街」

「ていうかウチのパーティでここ来た事あるのいないんじゃない? 何買うにしても高くつくし」

「マジっすか。俺らそんなぼったくられるんすか、これから」

「宿泊費と最低限の食費はハイドラ王国が負担する。土産物や外食までは面倒見切れんがな」


 言ってセシリアが城門を抜けた先、緩い傾斜を少し登った先にあるホテルへと向かう。


 夕焼けのような橙色の建物は出入り口前に公園のような広場を設けており、身なりのいい老夫婦や家族連れが点々と思い思いに過ごしていた。

 少し離れた位置では子供らに風船を配るピエロまでいる。落ち着きがあるのかないのか、いまいち判然としないシチュエーションだ。


 自動ドアを抜けてエントランスに入ると、身なりのいいスーツ姿の男が駆け寄ってきた。


「これはこれはどうも、国防勲章受勲者パーティの皆様とアガルタの王城騎士様。本日は当ホテルをご利用いただき誠にありがとうございます」


 五十代半ばといった年齢の男はホテルの支配人らしい。

 胡散臭いくらい満面の笑みを浮かべて出迎えた彼の背筋は、不必要なまでにピンと張っていた。


 いよいよこんな待遇を受ける立場になってしまったか、と圭介は内心げんなりする。

 まだ学生時代の感覚で接してくるウォルトの方がありがたかったくらいだ。


「私は支配人のアマドルと申します。国王陛下からの勅令にて、チェックイン等の手続きは既に終えております故、荷物はこちらのゴーレムがお預かり致します」


 支配人が言って指を鳴らすと同時、床に突如展開された魔術円から陶器のような材質で出来た純白のゴーレムが出現した。

 荷物を預かるためかバスタブよろしく大きな楕円状の器として形成されており、底部には車輪の代わりと思しき筒状の部品も付属している。


 そして驚くべきことに、圭介の索敵には一切の前兆がなかった。


(これか、モンタ君達が言ってた亜空間魔術ってのは)


 流石に支配人、アマドル個人の実力ではないらしい。

 魔術円が浮かんでいる床をよく見ると、そこだけ微妙にタイルの材質が異なるようだ。恐らく内部に術式を組み込んだ魔道具が設置されているのだろう。


「お気遣いありがたいが、荷物はこちらで持つので結構。それより予約した部屋と割り振りの確認を早急に済ませたい」

「かしこまりました。それではお部屋の鍵がこちらとなります」


 にゅるり、と器型ゴーレムの底部から触手が伸びる。

 その先端にある球状の塊がセシリアの目前で止まると、上半分を消失させる形で中にある鍵が露わになった。


「三〇三号室に、三〇四号室……うむ、確かに。部屋の位置はわかっているので、後は食事の案内だけよろしく頼む」

「ええ、はい。お食事は一階のレストランをご利用いただくか、お部屋でお召し上がりいただく場合はルームサービスもございます。双方のメニューはドア付近のタブレット端末から閲覧可能ですので、ご自由にお過ごしください」

「ありがとう」


 言ってセシリアが鍵を受け取る。

 それとほぼ同時、見事なさりげなさで何かをゴーレムの触手に渡したのを圭介の【ベッドルーム】は感じ取った。


 恐らく、紙幣を何枚か。


「では彼らを案内してくる」


 特にその何かを惜しむでもなく振り向いたセシリアが、圭介に三〇三号室、テレサに三〇四号室の鍵を放り投げる。


「っとと」

「ちょっ、セシリアさん」


 圭介は【テレキネシス】を使って空中で静止させてから受け取り、テレサは空間を歪めて鍵を手元に引き寄せた。

 各々の手に渡った鍵を見てからセシリアがエレベーター……ではなく、その横にある昇り階段を指差す。


「迂闊にここでホテルの関係者に頼るなよ。高いチップをねだられるからな」



   *     *     *     *     *     *



 二つの部屋はそれぞれ男女で分けられた。

 圭介が鍵を受け取った三〇三号室には現在、彼の他にレオ、ヘラルド、ウーゴの三人が集結している。

 隣りの三〇四号室には他の女性陣が集まっているのだろう。


「本格的に動くのは明日の午前五時だってよ。学生やってるケースケにはちょっとキツいんじゃねえか?」

「あー大丈夫全然そんな。こっちの世界に来て一ヶ月経ってないくらいで王女が学校にカチコミかけてきた時も、そのくらいの時間に約束取り付けられたから」

「王女が学校にカチコミ……?」

「王女が学校にカチコミ……?」

「王女が学校にカチコミ……?」

『前提条件を共有していなければ当然の反応かと』


 圭介の意味不明な発言で奇妙な間が生まれたものの、やっと落ち着けたことに変わりはない。


 大人数で泊まれる部屋なだけあって相当に広い部屋だった。


 背の高い建物がさほど多くないためか。

 西方一面に張られたガラス窓からはブロンズパイル山脈の堂々たる姿が見え、景色を肴とするためか一部にはカウンターテーブルまで設置されている。

 そこで足腰を休めるための椅子一つ取っても大変な高級品と見えた。繁華街で売っているようなものとは手触りや熱の帯び方からして違う。


 他にもソファに壁掛け時計、その他細々とした調度品全てが一級品。

 三ヶ国首脳会談の際に宿泊した時もそうだが、高い部屋とはそれそのものが一つの芸術のようだった。


 何より他と違うのは、部屋の明るさ。

 部屋のどこにも照明らしき器具が存在せず、術式も展開されていない。ただ光源がどこかにあるかの如く中にあるものが隅々までよく見える。


「あ、そうだ。この部屋あっちのクローゼットにバスローブあるから、今夜シャワー浴びたら皆で着ながら窓の前であっちにあるボトル飲もう。ワイングラスで」

「めっちゃ高性能な索敵魔術の無駄遣いやめろ」

「でも俺もちょっと憧れてたんすよね、そういうフィクションの暗黒金持ち仕草」

「ボトルって、ワインでしょうがよ。ケースケちゃんあんた顔つき幼いけどちゃんと成人してるんでしょうねえ」


 最年長のウーゴが年下の暴走を予期して咎めるように言う。


 ハイドラ王国では十五歳から成人扱いとなり、飲酒と喫煙もその年齢から法的に許されるらしい。

 そのため圭介は一応酒を飲める年齢だが、何となく元の世界の慣習に従って飲酒は避けてきた。


 加えて好んで飲酒したいという願望があるわけでもなく、寧ろジュースがあるならそちらを優先したい程度には子供舌である。


 ただバスローブとワイングラスと高級ワインが揃っていると、窓際で景色を眺めながら口にしたい願望が生じてしまったのだ。


「一応今年で十六になる予定だけど」

「だけど?」

「俺らのいた世界、一年が三六五日なんすよね」

「…………ちょっと待って………………全然駄目じゃないのヤダちょっとねぇ、どう計算し直してもアンタ未成年よぉ!!」


 未成年飲酒に何らかのトラウマでもあるのか、ウーゴが本当に嫌そうな顔で止めてきた。


「まあ細かいこた考えるなよウーゴ。部屋にあるんだからホテル側が飲んでもいいって判断してんだろ」

「その理屈だと大陸全土の酒類取り扱いコーナーは成人向け用のカーテンで隠さなきゃダメでしょうが!!」

「いやいやそんな、ワインボトルが卑猥なものみたいな……考えようによっては形状的にちょっとアレだけど、いやいやいやウーゴさんまだお昼じゃないですか僕そんなん付き合いきれませんて!」

「そこまでのド下ネタは引くっすけど」

『同郷の友人に裏切られましたねマスター』

「元々裏切り者だろこの非童貞がよ」

「急に何すか!」


 この後ウーゴによる説得が一時間ほど続き、結局ワインは将来の愉しみに取っておく運びとなった。

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