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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十五章 樹海と人海の波濤編

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第三十話 老人と樹海

 樹木の蛇により幾度も繰り出される、魔術の適性を無視しているとしか思えない多様な攻撃。

 確かに恐るべき規模、威力、手数だ。


 だが猛攻を観察し続ける内、圭介の中にとある疑問が生じた。


――こんなにも使い分ける意味があるのか?


 光清にとって切り捨てるつもりであろう緑地や団地商店街がどうなろうと、彼からしてみればどうでもいいはずだ。

 極論を言えば酸素を多く含むアエギカゼや可燃性の毒霧を周囲に振り撒き、炎を吐き出す蛇によって着火するだけで今の弱体化している圭介はンジンカという土地ごと焼き払える。


 手段を選ぶタイプではないはず。それでいて無駄とさえ思える残り五種類の蛇も活用し、周辺一帯を焼き払うような真似は避けていた。


 ひたすら攻撃を避け続けているばかりの圭介でも思いつく、最適解を取らない理由。


(あのデカい樹からもそこそこの量の酸素が出てると見るべきだ)


 多少の炎であれば地面から吸い上げた水分で対処できるのかもしれない。

 しかし土地一つを巻き込む規模の爆発には耐え切れず、内部に隠れている光清をも巻き込んでしまうのだろう。


 これが疑問に対して想定できる答えの一つ。

 そしてもう一つ、圭介にとって活路となり得る答えが存在していた。


『これは……』


 頭上のアズマが、恐らくは圭介と同じ仮説に至ったらしく声を上げる。


 放たれた魔力砲撃を回避すると同時、黒い鞭を振るう蛇の頭上に一瞬で移動した。

 すると今度は溢れ出す炎が迫ったため、急ぎ毒霧の蛇の首筋へと滑空する。


 攻撃の兆しを受けては別の蛇に移動する。

 このやり方で攻撃を避け初めてから、圭介は一度もまともに攻撃を受けていない。


 常人なら数秒で殺される相手に十数分ほど食らいついた圭介には、眼前に聳える巨樹の行動パターンが見えていた。


 一匹の蛇が攻撃すると、二度目は別の蛇が動く。

 逆を言えば全ての蛇は二度続けて行動できない。


 適性を無視する形で振るわれる様々な魔術には、口腔内に見える何らかの装置が関与しているものと思われる。

 まだ断定はできないが、その装置こそが蛇の行動に生じる空白の原因である可能性は高い。


 つまり。


(一度攻撃した蛇は二度目の攻撃に参加できない)


 それが意味するところとは。


(だから他の蛇の頭に移動して口から出る魔術に当たらないようにすれば、六匹のうち二匹の動きを事実上封じられる)


 加えて六匹いるうち一匹の蛇は防御用の結界しか展開しない。

 つまり攻撃するために動ける蛇は全体で実質五匹。その中で二匹の攻撃を無力化できるなら対処すべきは三匹。


 更に蛇同士の同士討ちを回避するためチェーンソーの蛇は迂闊に圭介に飛び込めず、爆発に他の蛇を巻き込まないよう炎と毒霧は同時に動けない。

 黒い鞭は中心にいる巨大な本体が邪魔になって縦横無尽の動きを封じられ、魔術を分解する結界は圭介が攻撃してこないため機能不全に陥っていた。


 そして残った魔力砲撃はというと、軌道を【テレキネシス】で曲げて他の蛇にぶつけてからはすっかり動きが鈍っている。

 一人相手に六匹も集まればどれかには当たってしまうものだ。


 もしいずれかの攻撃が命中したとて、川でかき集めた大量の水を緩衝材にすれば二撃までは安心して受け止められるだろう。


『残り三分で――』


 アズマの言葉がチェーンソーの激しい駆動音で遮られるも、必要な部分は聞けた。

 あと三分。それでグリモアーツの強化が完了する。


 懸念点としては、仮にグリモアーツだけ強化したとして毒に蝕まれた圭介が勝てるかどうかという点だ。

 今は回避と防御に専念しているから渡り合えているように見えるが、現段階で無視していられる結界の蛇が光清を倒す上で最大の障害となるのだから。


(動けなくなる前に決着つけなきゃな……)


 突き出されたチェーンソーの側面を“アクチュアリティトレイター”で横殴りにする。

 衝突する瞬間に纏った水で回転する刃を濡らし、そこに【エレクトロキネシス】で電撃を流し込んだ。


 重厚な金属板に殴られた衝撃と突如流し込まれた電気により、チェーンソーの形状が微妙に変形した。

 こうなっては二度とまともにものを斬れまい。


 振り抜いて生じた隙に毒霧が溢れ出す動きを察知し、すぐに炎の蛇の頭部へと飛び移る。

 引火による爆発で被害が生じるのはあちらも同じ。予想通り霧が吐き出される寸前で蛇が口を閉じた。


 代わりに巨人の拳が圭介の背後から迫る。


「っ……!」


 ただ殴りつけるだけで終わるはずがない。

 上に飛ぶ形で回避すると同時、“アクチュアリティトレイター”に雷光を纏わせる。


 手の甲に向けて放った【サンダーボルト】は、横から滑り込んできた蛇の結界により散った。


『残り二分――』


 握りしめた手の中から魔術円が展開される。

 薔薇にも似た形状の花が茎を伸ばして無数に生え、中心から何らかの液体を圭介に向けて噴射した。


「なんだぁ?」


 初めて見る攻撃に戸惑うも、咄嗟に【サイコキネシス】で障壁を作って防ぐ。

 ガラスを濡らす雨のように空中で止まった液体は、止まった瞬間に黒く染まって凝固する。


 一瞬だが圭介の視界と一部の索敵が遮られた。


「やべっ」


 まずい、と思った時には既に放たれていた魔力砲撃が、黒い汁ごと【サイコキネシス】を打ち破った。

 既に謎の液体を防ぐため【サイコキネシス】を発動させられていた圭介は、回避も防御も間に合わず直撃してしまう。


「ぶっ……!」


 直進する魔力の塊ごと飛ばされた圭介の体は、屋上に設置された給水タンクに衝突して止まった。

 大きく陥没した球状のタンクはそこかしこが破れて水を漏らしており、圭介の背中にも染み込ませる。


『残り一分です』


 アズマの声が聞こえたところで黒い鞭が大きくしなり、圭介を給水タンクごと薙ぎ払う。

 全身のあらゆる箇所に肉と骨をまとめて砕かれたような激しい痛みが走った。


「が、ああああああああぁぁぁ……!」


 衝撃で破れたステンレス製の残骸とともに別棟の屋上まで飛ばされ、コンクリートに叩きつけられる。


「ぐっ、げふ、げっほ!」


 咳き込む中で索敵ができなくなっていることに気づく。

 木の根がそこまで届かなかったのか、着地した屋上にはまだ魔力を喰らう黒い種子がばら撒かれた状態のまま残されていた。


【ベッドルーム】から魔力を吸い取り、蔓を思い思いに伸ばしている。このままでは飛行も高速移動もできない。


 急いでそれらに魔力を注いでから全身を【サイコキネシス】で覆って守りの体勢に入った直後、可燃性の毒霧と炎が同時に圭介へと吐き出された。


 爆風に包まれる中で致死性のダメージは避けつつも、骨が軋んで肌が焼かれる衝撃はどうしようもない。気を失っていないのは奇跡と言えよう。

 そんな中で圭介が思うのは、相手と自分と加工所、それぞれの位置関係である。


 一度は食らいついてかなり近い位置まで移動できたのに、またも加工所から引き離された。


 未知の植物に充分な対策ができなかった、というのは言い訳にもならない。はっきり言えば無自覚のまま油断が生じていた。

 グリモアーツの強化が済むまで時間がそこまで残されていないからと、互角以上に戦えている状況で何となれば勝てる可能性すら見出した。


 思えば不自然に思うべき場面があったはずだ。


 黒い根に黒い種子。酸素を多く含む実。

 恐らく光清は意図的に限られた攻撃ばかりを繰り返している。


 現にウォルトに助けられたあの時、ここぞという瞬間を逃さずに彼は初めて網膜から浸透する毒の花を出した。


(あの六匹の蛇も、いかにもそれメインで戦いますみたいな動きしといて実際にはブラフだ。逆転の一手はさっきの油を飛ばす花だった)


 しかも決定打となったのは、途中から明らかに動きを鈍らせた魔力砲撃の蛇。

 手遅れになってから気づいたが、きっとあれは他の蛇との同士討ちを避けていたのではない。

 圭介の中での存在感を薄めていたのだ。攻撃が突き刺さるその瞬間まで、じっと。


 見上げれば樹木の巨人が右の拳を振り上げている。


 建物ごと圭介を叩き潰すつもりらしい。

 黒い種に魔力を奪われ防御が完全には間に合わず、いよいよ毒が回ってきた中で受けた爆発は身じろぎすらできないほど肉体を疲弊させていた。


(考えろ、考えなきゃ死ぬ、どう生き延びて、どうやってこの化け物を倒すのか)


 回らない頭をそれでも回して、生還と勝利への道筋を探る。


 流石にここまで追い詰められたのは初めてだった。

 具体的な解決方法が思い浮かばない。そもそも果たして勝てる相手だったのか。


 死が、具体的に輪郭を結ぶ。


(どう、やって――)


 眼前で振り下ろされる巨大な拳がスローモーションに見えた。


 あと一秒で拳は平時でも回避不能なまでに接近し、二秒もすれば体は粉微塵に吹き飛び建造物の倒壊に巻き込まれて瓦礫と砂の一部となる。

 まともな形で死体が残るはずもない。場合によってはラステンバーグ皇国の皇帝がそうだったように、植物の肥料にさえなるだろう。


 それでも諦めるわけにはいかない。

 諦めるわけには。


(――なんで諦めちゃいけないんだ?)


 高速回転する思考が致命的な結論を導き出した。


 わからない。どうしてこんな強大にして狡猾な敵と戦っていたのかが。


 元の世界に戻りたいのか。命を危機に晒してまで。

 あるいは戻るつもりなど、とうの昔に失せていたのか。

 だとしてそれなら生き残る意味とはどこにあるのか。


(僕は、何を……?)


 どうして殺し合っているのかわからなくなった圭介の脳裏に一瞬だけ、どこかで見た姿が浮かび上がった。


 黄昏に染まる川のように美しい金髪と、いたずらっぽい笑顔が。


(なんでオメーが出てくるんだよ)


 もはや戦闘すら忘れて苦笑する圭介と、彼の頭上を覆う拳が接触する。


 その、直前。




『時間です、マスター』




 樹木の拳が空中で停止した。


 アズマの結界ではない。それはもう既に使ってしまったから。

 手に握る“アクチュアリティトレイター”でもない。今も屋上に寝かせるように置かれたままだ。


 現れたのは目視すらできない速度で圭介と拳の合間に割って入った存在。

 ドアノブを握る手のシンボルを鶸色の表面に浮かべ、これまでとは比較にならないほど効率よく魔力を巡らせているもの。


「……まさか」


 震えながら突き出され、そのまま念動力の防壁を破れずにいる拳など無視して手を伸ばす。

 空中に浮かぶそのカードに指先が触れた時点で、それまで持っていた“アクチュアリティトレイター”が砕け散った。


「【解放“アクチュアリティトレイター”】」


 そうして、成る。

 以前より一回り大きく、遥かな重厚さに優美さまで兼ね備えた金属板。


 加工所での強化を終えた新たなる“アクチュアリティトレイター”が、一軒家ほどはあろう大きさの拳を払いのけた。



   *     *     *     *     *     *



「………………は?」


 人型に絡み合う巨樹の怪物、その中枢。

 無数の植物が繋がり魔力を共有する言わば操縦席に当たる場所で、巨大な樹液の膜に移された映像を見ながら光清が呆気に取られていた。


「なん、え、は? なんで……これ、え?」


 全身を覆う樹木の外殻、蔓の束。

 第三魔術位階【フォレストキング】を完全に使いこなすため、彼は現在進行形で自身の魔力をそれらに分け与えている。

 そうして巨躯を動かし、魔動兵器を積載した六匹の蛇すら自在に操ってきた。


 しかし今、彼は激しい動揺のあまり全ての動きを止めてしまっている。


「え、だって、そんな……()()()()()()()()()()()()()()……」


 言葉にしてから、目を見開く。


 ンジンカ加工所においてグリモアーツの強化にかかる時間は一時間。

 それは操作マニュアルにも記載されている、間違いのない情報である。


 はず、だった。


 だがもしも光清の見聞きした情報が古いものだとすれば。

 例えば今の技術では強化にかかる時間が半分、三十分ほどに短縮されていたのならば。


「まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか!」


 光清に強化する上で必要な時間を教えたのも。

 光清が読んだ操作マニュアルを手渡したのも。


 それら情報を得るため、半ば拷問のような形で尋問した男。

 話を終えてからは用済みと判断し殺害した加工所の所長、ダニー・ムーニー。


 彼がもし光清に虚言を弄し古いマニュアルを渡したと考えれば、全てに説明がつく。


「あ、の、おと、こ…………ッ!」


 護ったというのか。逆らえば殺される状況で、東郷圭介を。

 騙したというのか。圧倒的強者たる[十三絵札]、蔣光清を。


 己の命より優先したというのか。


 他者を。

 強化されたグリモアーツさえあれば、きっと勝てると信じて。


 未来を繋げるために、死んだというのか。


「ふ、ふざっ、ふざけ、あの、クソッ、クソォ!!」


 断じて認めるわけにはいかなかった。

 同じ理由で勝手に死んでいった祖父を思い出し、光清の精神が憎悪一色に染められる。


――家族を食えば命を繋げられる。


 そうして祖父が自殺さえしていなければ、父親が家族に優先順位を設けて殺すような真似などしなかったかもしれない。

 仮にそういった発想に至ったとしても、越えてはならない一線を踏み越える覚悟など決まらなかったかもしれない。


 その美しい自己犠牲がきっかけとなってどれほどの悲劇が家族を襲うことになるかなど、祖父は微塵も考えていなかった。

 あの偽善者こそが彼にとって災厄の元凶だ。殺しても殺し足りないのに、殺意が湧き上がった頃には死んでいるのだから性質が悪い。


「貴、様の、ような、この、ゴミが、クズが、どう、し、て、邪魔をぉぉ!」


 怒りをぶつけるためだけに、六匹の蛇が圭介に顔を向ける。

【フォレストキング】の背中から無数の枝が生え、葉の一枚一枚に魔術円が展開される。

 背後に広がるそれは、巨大な若苗色の双翼にも見えた。


「あんな、あんな悲劇を、繰り返させはしない!」


 左右両方の腕それぞれに渾身の力を込め、憎悪すべき男が救おうとした少年に意識を向ける。


「僕は[デクレアラーズ]最高幹部[十三絵札]が一人“ランスロットの座”蔣光清! お前達のような害虫がのさばるこの世を是正し、二度と飢餓に怯える必要のない世界を作る者だ!」


 吼える声には既に迷いなどなく、ただ使命と激怒に燃えるばかり。


「綺麗事に逃げてそれで何になる、お前達が繋げる未来にどれほどの価値がある、人間なんて、人間なんてなぁ、自分のためにしか生きられないくせに!」


 この世をより生きやすくするため、世界を敵に回してでも戦うと決めた者の矜持。

 それを否定する相手に慈悲など無用と、彼は全身に殺意を纏う。


「それもわからず[デクレアラーズ]を邪魔するというのなら、そんな人間に生きる価値などあるものか! 本当の飢えも知らない平和ボケした若僧が、全身の血肉を髄まで吸われて渇き死ね!!」


 巨大な金属板と、巨大な拳。


 二者の殺意が枯れた樹海と罅割れた団地の中心で衝突した。

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