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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十五章 樹海と人海の波濤編

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第二十九話 決死の時間稼ぎ

『対象の中心部に膨大な魔力反応を確認しました』

「つまりあのラスボスみたいなデカブツ倒さなきゃ本体に届かないってことか。見るからに厄介そうな魔術使いやがって」


 宙に浮かびながら文句を言う圭介にまず飛来したのは黒い鞭だった。

 かなり距離を開けていたはずだがそんなものは伸縮性で無視し、神速の打撃が繰り出される。


 圭介も【アロガントロビン】による加速で回避自体はできなくもない。

 ただ大きな動作は毒による苦痛を呼ぶ。普段の動きと比べれば追撃まで避けきれるかは危ういところだ。


 なので“アクチュアリティトレイター”の表面で一度攻撃を受け止め、敢えて吹き飛ばされた。


「ぐうッ!」


 加工所より更に相手から離れた位置、運動場に叩きつけられる衝撃は全身を覆う【コットンフィールド】で和らげる。

 土煙がもうもうと立ち上る中で圭介は鞭が一度引っ込んでいくのを索敵によって感知した。


「げほっ、けほっ。きっちぃ」


 外側から響く多少の痛みはどうでもいいが、やはり深刻なのは焦がすような熱ささえ伴う毒の痛み。

 この場合問題となるのは毒の強さではなく、神経に鋭く突き刺さる刺激が肉体を動かす上で大きな障害となる点であった。


 足を持ち上げようとしてから実際に足が地面を離れるまで、普段より一瞬遅い。

 振るう腕にかかる負荷が余計に大きく、結果として攻撃も防御も想定より遅れてしまう。


 そしてそれら問題が時間の経過とともに進行していく。


「レオがいてくれればなぁ……」

『次の攻撃が来ますよ』

「うわヤバ」


 左側へ跳躍すると同時にそのまま空中へと飛び上がる。

 少し遅れて、圭介が立っていた運動場に若苗色の魔力砲撃が着弾した。


 耳を(つんざ)く破壊音を伴い地面が爆発四散した後、今度はアズマに言われるより先に気づけた。


 六匹の蛇に引きずられるような形で、光清の操る巨大な樹の怪物が這い寄ってくる。

 植物でありながらこうもしっかりと移動するとは思わず、内心で度肝を抜かれるも何とか圭介は動揺を抑え込むことに成功した。


「【焦熱を此処に】!」


 詠唱すると同時、膨大な量の炎が“アクチュアリティトレイター”から噴出する。


 しかもただ炎を生じさせただけではない。周辺、特に光清本体を護る樹木の蛇から熱を奪い去る形で【パイロキネシス】を使っているのだ。

 加えてそれらが生み出す酸素をも燃焼させて炎は肥大化していく。圭介も熱と酸素を奪うことを意識した時点で自分の息を止めていた。


 第四魔術位階【プランドラー】。元は同級生のエルマーから聞いた炎の魔術。

 圭介はそれを【パイロキネシス】と【エアロキネシス】の複合術式で再現したのだ。


 大半の生物は極端な低温環境に対応できない。

 少なくとも相手が機械仕掛けの人造人間と植物のような例外でなければ、酸欠と巨大な炎でもっと早く決着がついていただろう。


 が、それで決着がつくほど[十三絵札]は甘くなかった。


『下です』

「っぶね!」


 真下の地面を砕いて現れた樹木の大蛇が圭介へと迫る。


 まだ毒で弱った体で多少の痛みを無視しながら加速し、寸でのところで回避できた。

 大きさと手数では相手の方に分がある。一瞬でも判断を誤れば丸呑みは免れない。


 加えて圭介が膨らませていた炎は樹を燃やすどころか一瞬で消し去られてしまった。

 地中から現れ炎を散らせたのは術式を分解する結界の蛇だ。触れただけで他人の魔術をかき消す、恐るべき妨害手段。


 直後、意趣返しとばかりに炎の奔流と魔力砲撃が別々の角度から叩き込まれた。


(さっきから好き勝手しやがる!)


 広域索敵で位置関係と動きがわかったところで、やはり圭介一人の処理能力では対処できる攻撃の数に限りがある。

 本調子であってもこの二種類の追撃は避けきれまい。


 せめてもの抵抗として【サイコキネシス】をかき集めての防御。

 身を覆う【コットンフィールド】と合わせれば下手な第四魔術位階より遥かに硬い防御力となるが、前提として受ける攻撃が人間の常識から外れた威力だ。


(火はまずい……!)


 そして防御をいかに強めたところで高熱ばかりは対策し難い。

 他人の魔力が元となっているせいで操作しづらいが、何とか【パイロキネシス】で肌を焼こうとする炎を捻じ曲げ全身の大火傷は避ける。


 結果、魔力砲撃はそのまま受け止める形となった。


「ぐっほ」


 相当な衝撃が全身を叩く。【コットンフィールド】が無ければ間違いなく死んでいただろう。


 強烈な二撃によって体の各所から湯気を上げつつ、圭介は付近にある団地の壁にぶつかった。


 体を念動力で覆った状態で吹き飛ばされた圭介はほぼ砲弾と同じである。

 壁や扉を数枚ほど貫通し、誰かの部屋の風呂場に着弾したところでようやく止まった。既に住人は避難しているらしく、突如突っ込んできた圭介に対する悲鳴などは聞こえない。


「っづー……」

『追撃、来ます』

「容赦ないや。……ん?」


 言いつつ圭介も今度の攻撃は【ベッドルーム】で感じ取れていた。

 巨大な何かが奇妙な音を鳴り響かせながら、建造物ごと中にいる圭介へ迫ってきている。


 最初その感触を念動力魔術越しに感じ取った時、思わず一瞬だけ動きが止まってしまった。


 戦艦の如く巨大なチェーンソー。

 冗談のような脅威は確実に建物をガリゴリと砕き切り、ついには高速回転する銀色の刃を目の前に現した。


「どわったぁ!?」


 幸いにも床面に仰向けで寝れば避けられる位置ではある。

 急ぎ這いつくばってやり過ごすと、刃はそのまま圭介がいない場所まで通過していった。あちらから具体的な位置までは割り出せていないのか、戻ってくる様子もない。


 だからと安心できるはずもなく、分断された建造物の上半分が崩れる前に脱出すべく壁に穴を開けようと“アクチュアリティトレイター”を振り上げる。


 しかし圭介の懸念は次の瞬間取り払われた。


 今にも崩落しかねない状態だった天井が、一瞬にして青空に変化したためだ。


「んあ!?」


 何が起きたのかは【ベッドルーム】ですぐにわかる。

 黒い鞭が建物の上半分を絡め取り、離れた場所に投げ捨てた。


 ただ予想外だったのは鞭が想定以上に器用な動きをしてみせた点。

 危うく呆けてしまいかねないところで、どうにか理性を総動員する。


 冷静にさえなれば鞭とは別に自身へ向けられた毒霧と炎を見逃す圭介ではない。驚愕の感情はそのままに、すぐさま跳躍して二種類の魔術が混ざり合う波動を避けた。


 霧の中に浮かび上がる無数の髑髏の幻影が、炎に焼かれながら圭介に向けて笑いかける。


『離れてください』

「あ?」


 瞬間、眼下で圭介にまで届く規模の大爆発が生じた。


「ぶっ」


 直撃は避けたものの余波だけでも相当な威力である。

 圭介はもんどりうって空中に投げ出され、地表の街灯に衝突する形で引っかかった。


「おごっ、ぁ、あ」


 至近距離での爆発を受けて【コットンフィールド】が薄れた状態だ。

 街灯の丸い先端が背中を強く打ち、肺に伝わる痛みが毒の苦痛と合わさって意識を一瞬飛ばす。


 そのままずるりと滑り落ちて地面に落ち、即座に【サイコキネシス】をクッションにして着地した。


 ここまでの戦闘に巻き込まれて吹き飛んだのか、圭介が落下した上り坂に黒い種は存在しないらしい。

 不幸中の幸い、と素直に喜ぶ暇もない。【アロガントロビン】による加速を取り戻した圭介は、間を置かず振り下ろされた巨大なチェーンソーを間一髪で右に避けた。


 圧倒的なまでに開いている彼我の戦力差。


 圭介とて人間である。念動力魔術の万能性と無限の魔力で実現される大規模な破壊に、多少の慢心を拭えずにいた。

 だがここまでの戦いを通して、そんなものは塵ほども残らず消え去ってしまう。


「あの毒霧、着火すんのかよ……」

『それでいて幻覚作用も伴うようですし、体内に取り込んだ際の影響は未知数です。吸引は絶対に避けるべきでしょう』

「いづづ……」


 追撃の魔力砲撃を後方に滑空して避けながら、位置関係を考える。


 恐るべきは光清の大胆ながらも狡猾な挙動だ。

 大暴れする中で幾度も迷いなく殺しにかかってきていたが、それと同時に彼の攻撃は圭介を加工所から徐々に遠ざけていた。


 仮にグリモアーツの強化が済んだとしても受け取るまでに時間がかかるよう、手順と動きを工夫している。

 今も圭介本人に攻撃を繰り出しながら、彼と加工所の間にある道に【ウッドゴーレム】の残骸を無数の根でいくつも運び込んでいた。


 破壊して突破するのも不可能ではなかろう。

 だが雑多に積み重なるゴーレムの隙間に何ら細工がされていない保障など、あの老獪極まる客人相手にどこまでできるだろうか。


 陸路を植物で阻み、空路は多様な攻撃の嵐で埋める。

 とにかく圭介が加工所に向かうのを嫌う動きだけが一貫していた。


 嫌になるほどの力量差を見せつけておきながらその実、光清は圭介に対して油断どころか未だに強い警戒心を抱いているらしい。


(だからって地下通路から加工所に行こうとすればあの黒い根っこに囲まれるし、それを振り払うような真似すれば位置がバレて索敵範囲外からバカスカ撃たれて終わりってわけだ)


 そして具体的な解決策を出すだけの時間は体内の毒が与えない。

 今でも徐々に魔術の出力が弱まっているように思える。決着までに一時間以上かかれば圭介に勝ち目はないと、これまでの経験と感覚で理解できた。


「アズマ、あとどのくらいかな」

『残り十二分五十七秒です』

「うへぇ。今回ばかりは死ぬかもしんない」

『ご武運を』


 樹の巨人がかざした左手に巨大な魔術円が展開され、そこから葉をプロペラのように回転させながら圭介に向けて飛来する何かの実が無数に飛び出す。


 よく見れば先ほど光清が出していた、酸素を多く含む果実――アエギカゼだ。


 下手に割れば酸素の過剰摂取で中毒となり、炎を出せば爆発を引き起こす厄介な桃の一種。


「同じ手が通用すると思ってんなよ!」


 魔力砲撃により砕けた地面からいくつもの破片を【テレキネシス】で拾い上げ、そのまま空中に浮かぶアエギカゼの果実を一つ一つ撃ち抜いていく。

 圭介から離れた位置で破裂したため大した影響はない。


「いやだから何だって話ではあるんだけども!」


 空元気で怒鳴りつつ変則的な挙動で襲いかかる鞭を“アクチュアリティトレイター”で防ぎ、今度は河川敷まで弾き飛ばされた。


 栄養を吸い取られて痩せ細った街路樹と枯れて茶色に変色した雑草が生い茂るそこは、既に川の水も植物の油で汚染されている。

 薄汚い水面に叩きつけられた圭介は、全身を濡らしても気にせず今の位置を確かめる。


(また加工所から離された……!)


 油で汚れていようと水は水。

【ハイドロキネシス】で“アクチュアリティトレイター”に水を纏わせ、追撃に備えた。


 相手も相手で圭介を移動させ過ぎたのか、今は巨大な体をゆっくりと動かして接近してくる。

 幽鬼のような顔をした樹の巨人と六匹の蛇が迫る様は、ほとんど悪夢の様相だ。もし生きて帰れたとしても夢に出そうなインパクトだった。


『マスター、その水をどうするおつもりですか?』

「鞭で殴られた時の緩衝材に使う。ここからは加工所に向かうことを優先しないと、あいつ手段選ばないからウォルト先輩が殺されるでしょ。今みたいな攻撃はもう通用させちゃ駄目だ」


 そう言葉を紡ぎながらも迷いはある。


 今ここで圭介が死ねば、話は変わるかもしれない。

 相手の目的は[デクレアラーズ]全体の計画を阻害しかねない存在の排除だ。彼らにとってウォルトの存在はそこまで重要視すべきものでもないのだから。


 そもそも圭介がゾネ君主国に来なければ、ンジンカ団地商店街は襲われなかった。


(って、何考えてんだか)


 それでも、否、だからこそ、諦めるわけにはいかない。

 この事態は[デクレアラーズ]が引き起こしたものである一方、圭介の存在がきっかけとなっている部分も大いにある。


 毒で蓄積する疲労と痛みが心まで弱らせようとしているらしい。

 そうはいくかと負けん気を振り絞り、柄を強く握る。


「さんざっぱらボコボコにされたけど、やっとマシな攻略法くらいは見えてきた。そろそろ反撃開始といこう」

『できますか?』

「できるね。さっきから空中に逃げなくても魔術を使えるようになってるから」


 その原因も今になってようやく察しがつくようになった。


 あんなにも巨大な植物の化け物を、周辺に存在する植物を全て枯らしながら具現化したのだ。

 となれば先に地表に蒔かれていた黒い種も今は無力化されていると考えるのが妥当だろう。


 多少出力が弱まっていても魔術の使用そのものに支障がなく、十二分ほど生き残って加工所に向かうだけで良ければ今の圭介にも策はある。


(言うて賭けの要素が強いんだよなぁ。これ以外にどうしようもないから仕方ないんだけどさあ)


 肩で息をしながら樹木の巨人と睨み合い、飛来する巨大チェーンソーを高く飛び上がって避けた。


 着地するのは、伸びきった蛇の胴体部分。


「うおおおおおおおお!!」


 そうして圭介は、敵の体を伝う形で加工所に向かい走り出した。

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