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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十五章 樹海と人海の波濤編

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第二十五話 仮面の覚悟

「おい! 生きてるよな!?」

『マスター早く起きてください。命の恩人をこれ以上待たせるつもりですか』

「なんでそんな厳しいんだよこの鳥は」


 体が揺さぶられる感覚はまだある。

 ウォルトといつの間にか戻ってきたらしいアズマの声に混濁した意識を引っ張られる中で、圭介は辛うじて現状を把握できた。


 彼の操る【シャドウナイツ】に背負われて、死地から救出されたのだと。


 今は地面に寝かされている状態で、意識の有無を確認するためウォルトに肩を掴まれていたようだった。

 周囲には三体の【シャドウナイツ】が圭介らを囲む形で配置されていて、外部からの攻撃を防ぐため両腕を前方で交差させている。


「う、うぁい……大丈夫、起きてます……」

「クソが、なんで【解放】にこんな時間かかってんだ」


 返事を聞いているのかいないのか、ウォルトが焦った様子で未解放状態のグリモアーツを手に持ちながら見つめて呟いた。


 カードからは漆黒の魔力がゆらゆらと立ち上っているものの、それだけだ。

 彼が以前使用していた仮面型グリモアーツ“アナマルザレア”本来の形にはならない。


『周囲に散布された魔力を吸収する種子が【解放】を妨げているものと思われます』

「言われてみりゃ一応グリモアーツも出すだけで魔力は多少使うからな……。ケースケ、意識あるなら今のうちに予備で【解放】しとけ。すぐに戦えるようにはならないぞ」


 緊迫した状況の中、それでも蔣から離れたことによる安心感でウォルトの口から息が漏れた。


 場所は車が無数に並ぶ駐車場。コンクリートで覆われた地面は今のところ植物の侵蝕を受けておらず、一見して安全そうに見える。


 だがンジンカ緑地までの道のりを思えば、地表がどうあれ地下に植物が蔓延(はびこ)っている可能性は払拭できない。

 今この瞬間に真下から草木が生えてこないとも限らないのだ。


「……【解、放】」


 圭介はようやく話す余裕を取り戻し、懐に忍ばせていた予備のグリモアーツを言われた通り【解放】してみる。

 そして言われた通り、すぐに“アクチュアリティトレイター”は現れなかった。鶸色の燐光がカードから漏れるばかりである。


「ありがとうございます、ウォルト先輩……」

「いや逆だろ。多分だけど俺らのためにあんな危険な奴と戦わせちまって、詫びる言葉もねえよ」


 想定していたより思いやりに満ちた返答にやや面食らうも、一旦それは流すこととした。


「でもすごいじゃないっすか、先輩の【シャドウナイツ】。あの変な種に魔力吸われずにここまで形を残せるなんて」

「影を媒介にしてるってだけで元は妖精だ。体がマナで出来てるこいつらは魔力の吸収に対して強い抵抗力を持ってる」


 確かに以前受けた騎士団学校のテストで、そのような知識を前提とした問題が出たような気がする。

 異世界では基礎的な知識なのだろうが、そのおかげで圭介とウォルトは蔣から離れることができたわけだ。


 だが、彼らを取り囲む全ての植物は光清の支配下にある。


 居場所など現在進行形で露見しているだろう。身を隠す手段などなく、攻撃が届くまでの猶予を過ごすばかりである。

 それではほとんど至近距離に光清がいるのと変わらず、劣勢は未だ覆っていない。


「で、これからどうする? 言っとくけど俺は戦力にならないぞ。一人でこんな規模の魔術使える相手とか瞬殺される自信がある」

「僕だってさっき死ぬ覚悟決めましたよ……あー、全身ダルいけど大丈夫かなこれ」

『ここまでの戦闘で蓄積した疲労もあるでしょう。しかし休む暇は無いかと』

「はぁ? おいおいケースケこんななってんのにまだ動けってのかよ」

「……いや、アズマの言う通りなんです」


 魔力を無尽蔵に使えるというのは便利なものだ。疲れ切った肉体を【サイコキネシス】で無理なく持ち上げることができる。

 心身にかかる負荷を可能な限り軽減しつつ、圭介は立ち上がって周囲を見渡した。


「この駐車場に僕らがいることは間違いなくバレてる。いつまでも休んでられません」

「草一本生えちゃいないってのにか?」

「逆に言うと植物で位置を探る相手からしたらここはわかりやすい安全地帯なんですよ。少なくともウォルト先輩が僕を連れて入るところまでは見られてるし、ここから出る時もそれが向こうに伝わるはずです」


 圭介からしてみれば、逆にこの一見して安全と思える場所こそが他の危険地帯以上に不気味だった。

 これならまだ正面から直接ぶつかっている時の方が少しは気も休まる。


『加えて言えば今回の相手はマスターを殺害するためなら躊躇せず周囲を巻き込むでしょう。今頃この一帯に向けて攻撃を仕掛けていても不思議ではないかと』

「さっき建物ブッ壊されてたもんね」

「確かにそれなら遠くから見えたけど、え? じゃあここ普通にあぶねーの?」


 話す合間にも【テレキネシス】で肺腑の動きを、【エアロキネシス】で取り込む空気の量をそれぞれ増やす。

 短い時間で多くの酸素を体内に取り込み、圭介の疲労が少しずつではあるが回復していく。


 第六魔術位階【ブレスリカバリー】。

 以前セシリアと雑談を交わす中で聞いた気流操作魔術の応用である。アガルタ騎士団では必ずこの魔術を会得しなければならないらしい。


 騎士団が正式採用している魔術なだけあって、有用性は確かなものだ。流石に全快とはいかないまでも動ける程度の状態にはなった。

 そしてこれ以上この場所に留まるのは危険と判断し、ウォルトに背を向け歩き出す。


「僕一人だけが歩いて外に出れば、あっちは僕一人だけを狙う。そうすれば先輩まで巻き込まれずに済むはずです」

「いやお前、そんなの……ダメだろ……」


 引き留める声は徐々に弱まっていく。

 当然だろう。騎士団学校時代も学生が受けられる程度のクエストしか知らず、退学後は加工所の労働者として生きてきた相手だ。


 ウォルトは恐らく、本物の戦場を知らない。


 それならそのままの方がいい。

 死と隣り合わせになるよりは、その方がよほどいい。


 と、割り切ったつもりで歩き出す圭介の隣りにすぐさまウォルトが追いついた。


「……だ、ダメだ。やっぱ、ダメだ」

「マジでやめといた方がいいですよ。僕と一緒にいたら殺されますって」


 並んで歩く彼の手は震え、歯はガチガチと鳴っている。

 怯えが全身に影響を及ぼしている。これでは戦うどころか逃げることさえまともにできまい。


「一応あの種を無力化する方法はあるんです。それをやってみた上で、もう一度ちゃんと作戦練ってみます。先輩は僕より数分遅れてから元いた場所まで逃げてください」

「……お、俺、元々、加工所に行くつもりでさっき、避難所飛び出したんだ」


 駐車場に蒔かれた無数の種から少しずつ黄緑色の蔓が生える。

 相当な魔力を吸ったからか、その長さは先ほど圭介が無力化した時と同程度にまで伸びていた。


「こんな時に仕事とかどうでもいいでしょ」

「仕事じゃ、ねえ。あそこには、お、お前のグリモアーツが、預けられてる」


 何とか心を落ち着けるためか、一度深呼吸は挟まる。


「それを回収しようと、思ったんだ」

「……お気持ちは本当に、ありがたいんですけど」

「違う。こんなのは俺の自己満足だ」


 それだけはきっぱりと、迷わず口にした。

 目に涙を浮かべながらも、そこに宿るウォルトの感情は怯えでも恐れでもない。


 怒り。

 他の誰ならぬ、自分自身への。


「バカほど迷惑かけてきた人たちに、ど、どうすりゃ償えるかわからねーままぼんやりと何となく生きて、きちまった。でも、今は目の前にチャンスがある。ケースケが……いてくれる」


 彼の手の中で今こそ【解放】が完了する。


 グリモアーツ“アナマルザレア”。


 のっぺらぼうなその仮面で顔を隠し、ウォルトが腕を振るうと同時。

 無数の【シャドウナイツ】が出現して圭介を胴上げのような形で持ち上げた。


「うわっ、ちょっと!?」

「加工所での作業は残り三工程!」


 言って走り出す。

 かつて圭介とレオが訪ねた加工所へと。


「最終工程の動作チェックはぶっつけ本番になるとして、構成の再計算、それと成形。それさえ済ませれば時間はかかるが、今よりいくらか強力なグリモアーツを作れる!」


 それは圭介がンジンカ緑地まで来た理由であり、光清が来た理由でもある。

 つまり今から加工所に向かうというのは、光清ともう一度ぶつかるという意味。


「いくら仲直りしたからってそこまでするもんなんですか」

「それもあるけどそれだけじゃない! ケースケは俺を許してくれてるのかもしれない。でもな、お前が俺を許しても、俺が俺をまだ許せてねえ!」


 仮面で隠れたウォルトの顔は見えない。


「迷惑かけた相手、お前一人じゃないんだよ! 最初に会った時だってそうだっただろ!? ケースケが知ってる以上に俺はこれまで色々やらかしてきてる!」

『具体的には?』

「おいノンデリやめろアホアズマ」

「いちいち語ってたら陽が沈むわ。それより急がない、と……ってうおっ!?」


 圭介を持ち上げる何体もの【シャドウナイツ】とウォルトが駐車場の敷地から外に出た瞬間、背後で何かが砕け散る轟音が鳴り響く。

 二人が振り向いた先には、コンクリートを破り突き上げられている家屋ほどの大きさはあろう巨大な握り拳が存在していた。


「あれって……」

「オイマジかよホントに全然駐車場も安全じゃなかったんかよ!」

『そういう話を先ほどしていたはずですが』

「それでも多少は大丈夫って思うじゃん! 俺が悪いのか!?」


 言う間にも地面を砕いて腕が伸び、円柱状の頭部が現れ、次いで胴体がせり上がる。


 現れたのは樹木同士で絡み合い、大雑把な人型を再現した巨人。


「【ウッドゴーレム】だ! しかも普通のと比べてバカデケぇ!」


 叫ぶウォルトが圭介の肩を二度ほど叩いてから走り出し、一瞬遅れて圭介とアズマもその後を追った。


「どうなってんだよあのサイズ感はよぉ! 普通【ウッドゴーレム】っつったら強くてもオーガとかあのへんと同じくらいの背丈だぞ!」

「多分[十三絵札]だからですよ! 僕が倒した奴も道路標識とかに使われてる魔術で山削ってました!」

「頭おかしいのか!!」


 駆け抜ける中で周囲から他にも地面の砕ける音が鳴る。

 遠く離れた位置からでも、背後から迫るものと同じ大きさの【ウッドゴーレム】が出現しているのだとわかった。


『敵はマスターが加工所に到着するより早く決着をつけるつもりです。お急ぎください』

「急いでどうにかなるのかよ!」

「どうにかします! あと先輩、そろそろ僕を下ろしてください!」

「お前まだ回復してねえだろ! 包帯巻いて休んでろ!」


 非常事態でも圭介を気遣うウォルトの言葉はありがたい。

 だがこのままではゴーレムに囲まれて圧倒的な質量により蹂躙されるだろう。


 加えてもう一つ、絶望的な事実があった。


「……気合いでどうにか治すんで、とっとと下ろしてください」

「あァ!? 気合いで毒がどうにかなるかアホ!」


 実は圭介が体に巻き付けていた“フリーリィバンテージ”は、既に魔力の残滓すら残さず消滅している。

 恐らくシプカブロガでの戦いが激化したのか、現状残されているレオの魔力ではこの距離まで回復魔術が届かなくなってきているのだ。


 なので毒はこの戦いに勝たない限り抜けない。


 その事実を言ってしまえば、贖罪のため命すら捧げかねないウォルトがどのように動くか。

 必要なのはダメージの回復ではないのだ。勝機を少しでも底上げするため、グリモアーツの新調に集中しなければ勝ち目はない。


 だが蔣光清なる客人は、そのわずかな希望さえ叩き潰す。


『魔力反応の位置と規模からして、今の時点で囲まれました』

「…………もう、何なんだよ、クソッタレ」


 アズマの冷徹な言葉を受けて、ウォルトと【シャドウナイツ】の走る速度が弱まる。

 だが囲まれただけなら突破のしようはあると圭介は考えた。


 まだ“アクチュアリティトレイター”の【解放】が完了しない。

 体感的に残り一分半ほどで【解放】状態になるはず。となれば先に済ませるべきことがある。


 作戦会議だ。


「先輩、ちょっと頼みがあります」

「頼みったって、どうすんだ。あんな化け物一体でも勝てねえぞ俺は」

「勝たなくていいですよ」

「は?」


 呆けるウォルトに、圭介は半ば意地で笑いかける。

 決して絶望はすまいと。


「要するに包囲を抜けて加工所に着けばいいんだ。それなら【シャドウナイツ】と僕の念動力魔術でどうにかなるはずです」


 強がりの笑みはきっと強がりなのが見抜かれたはずだ。

 それでもウォルトは、圭介の言葉に偽りがないとわかってくれたらしい。


 弱々しさを一旦引っ込め、真っ向から目を合わせてくれた。


「……俺は、何をすればいい?」

「すんごい速度で組体操しましょう」

「本当に俺は何をやらされるんだ……?」

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