第十話 明るい狂人
圭介達が倒れてからしばらくの時間が経過し、生徒達が一時的に設けられたテントの中へと倒れた教師や同級生を運び込んでいると常駐の騎士団らしき武装集団が現場に到着した。
「ああ姫様、ご無事でしたか!」
現城壁南西騎士団団長、テディ・カーライルが兜を脱いで頭を下げつつ駆け寄る。
今年で五十九歳になる彼は元々王城に勤務する“王城組”、所謂勝ち組として国に貢献してきた古参騎士だった。
五十代後半に差し掛かり息子も社会人として自立した辺りで体力と魔力の限界を感じ、率先して深刻な人員不足に喘ぐ城壁常駐騎士団に知識の箱としての役割を全うしようと下った生真面目な男として知られている。
「ええ。騎士団学校の皆様が代わりに尽力して下さったおかげで、恙なく」
捉えようによっては痛烈な皮肉にもなりそうなフィオナの発言だったが、それが彼女なりの諧謔である事を知っているテディは微笑んで、
「はっはっは、いやはやそうでしたか。今年の学生諸君は粒揃いですな、ぁ――」
フィオナの背後に直立する、悪鬼羅刹の如き殺気を漏らし続けるセシリアの存在に気付いて笑顔のまま沈黙した。
「貴様ァ、テディ・カーライル!! 姫様が危機的状況にある中で常駐騎士団に属しているにも拘らず、学生連中の手によって事が収束してから臆面もなく重役出勤かァ!!」
「ひぃっ」
「それだけの失態を犯しながらへらへら笑って第一王女とご歓談とは随分と出世したものだなァオイ、えぇえ!?」
離れた位置にいる学生や教員ですら何事かと目を瞠る程の怒号だった。
豹変したセシリアの様子に常駐騎士団の面々は縮こまり、フィオナは呆れを表情に浮かべて溜息を吐く。
「セシリア、お止めなさい。彼らにも何らかの事情があったのでしょう。まずはどうして遅れたのかを問わねばなりません」
「……申し訳ありません。出過ぎた真似をしてしまいました」
憤激をフィオナへの忠誠心で抑え込んだ状態のまま口を閉ざす。しかしその顔は如実に『言い足りない』と語っていた。
「全く。お騒がせしてしまいすみません、団長殿」
「い、いやいやいや! そんな、こちらに落ち度があるのに勿体ないお言葉です!」
「落ち度、と申されますが何が起こったのですか? 今はわからない事が多過ぎて、些細な情報でもかき集めなければならないのです。どうかお話し頂けませんでしょうか」
「え、え、えぇっと、ですね……」
その低姿勢は王族が騎士に向けるべき態度ではないとテディがこの場の誰よりも知っている。故に先ほどまでの恐怖も相まって、逆に砕けた言葉遣いまで入り混じった。
「その、我々常駐騎士団がアーヴィング国立騎士団学校から通報を受けたのは三十分程前でした。森の中での合同クエスト中に想定を超える数のゴブリンが発生した、更には大きな怪我こそないものの合同クエストの活動領域内にて気絶している学生も発見した、と」
その報告内容はクエスト開始からしばらくしてフィオナが森林地帯に向けて抱いた感想にも似ていた。
同じタイミングで同じような危機感を覚え、即座に彼らに通報したというのであればレイチェルの対応速度に問題はない。
そしてテディはその生真面目な性格から仕事に対して不真面目な行いもしないだろうという個人的確信がある。
今回の不祥事による責任の所在は学校と騎士団で折半する方向に収まりそうだった。
「それで常駐騎士団の皆様が到着できなかったのは、如何なる理由によるものでしょう」
「我々が森林地帯に向かう途中、数匹のゴブリンが気絶した学生を背負って騎士団の駐屯所に向かっていくのを目撃しまして。慌てて皆で追いかけましたところ、どうやら学生達を入り口に置いて行ったきり何もせず森に戻っていくようでした。そこで半数が森にゴブリンの動向を調べに、もう半数が学生達の保護を優先する形で人員を分割したのです」
「ほう。こちらでも、ゴブリンが……」
つまりフィオナ達の前に現れたゴブリン達以外の個体も、あのピエロが付属した蟹型機械から何らかの影響を受けていたという事実に繋がる。
「それでは森の中を調査したという騎士団からの報告と、保護された学生達の容態についていくつか――」
更に話を進めようとフィオナが口を開いたのと、ほぼ同時に。
『おやおやこれは驚きましたねぇ。ちょっと目を離した隙にここまで壊されてしまうとは!』
調子っぱずれな男の声が、蟹の残骸から広場中に響き渡った。
「何だ!?」
驚愕に目を見開いたのは、テディだけではない。やかましい程の声量は場合によってはアドラステア山敷地外部にも轟かんばかりである。
騒音を自覚していないのか、無遠慮な男の声はそのまま話し続ける。
『おんやぁ、そこにおわすはんんんんんっと……アガルタ王国の第一王女様じゃありませんか! まさかこのような場所でお目にかかれるとは光栄の極みです! おっと失礼、ポチッとな』
奇妙な掛け声と共にくしゃみのような起動音が残骸の山から鳴ったかと思うと、急に半透明な男の姿が虚空に像を結んだ。
年齢は三十代前半だろうか。
細く痩せこけた体に腰まで届きそうな手入れのされていない白髪混じりの黒髪。服装は紫のシャツ、黒いパンツ、赤とオレンジのチェック柄のネクタイ。顔に添えるように置かれた丸眼鏡と纏う白衣は、矮躯に見合わず大きい。
そして眼鏡のレンズを通して周囲を眺める目は猛禽に通ずる鋭さを持つ。
実体を伴わない立体映像と思しきその姿を見て、全員が男を研究職の人間であると認識した。
『ふひひひ! いやあどうも申し遅れましたあ! ワタクシ今回皆様に景気よくぶち壊されましたこちらの新型魔動兵器“オーサカ・クラブ”の開発者、マティアス・カルリエと申す者です! 気軽にマティアス博士とお呼び頂ければ幸いですぅ! 今後とも宜しくね☆』
あの、意味不明な意匠の兵器と呼んで良いものかすら不明瞭な物体の創造主。
要するに今回の騒動の元凶、一切の慈悲なく裁くべき犯罪者なのだがどうにも悪意が薄いせいか見ていて危機感を感じ取りにくい。
ただ、両手を広げ口角から唾を飛ばし嬉々として自身の存在を主張する姿に見る者の多くが閉口した。
間違いなく関わり合いになりたくない部類の人種だと誰もが思ったが、中には例外も存在するものである。
「ではマティアス博士。いくつか質問があるのですが」
「姫様!?」
本来であれば下がるべき立場のフィオナが、これまで相応の期間王城で働いてきたテディでさえ怯んでしまうような相手に接近する。
立体映像なので近づくという行為にどれほどの意味があるのかはさておき、要望通りに博士と呼ばれたマティアスは満足気に頷いた。
『第一王女様ご機嫌よう! このマティアス博士に何かご質問ですか? 構いませんとも何でもお聞き下さい!』
「ではまず今回こちらで破壊された魔動兵器ですが、いかなる意図で我が国の城壁内部に配置されたのでしょう?」
『そこから訊いちゃいますぅ!? 結構核心突いちゃってますけど! でも博士って呼んでくれたからお礼に話しちゃいましょう!』
「ありがとうございます」
賑やかな立体映像はまるでその場に本人が存在するかのように仮設テントの方へ視線を移す。
『今はあちらでぐっすりと眠っている我らが輩がどのような異世界生活を送っているのかが気にかかりましてねえ! こちらの森で偵察用に改造したゴブリンを数匹運び込んで適度に繁殖させつつ、彼らの司令塔でもあるワタクシの新作“オーサカ・クラブ”に王都メティスのマゲラン通り近辺を調べさせていたんです! いやあ将来有望そうな男の子だったなあ!』
長い台詞を息継ぎもせずに解説する姿は不気味ながらも奇妙なくらい様になっていたが、不思議と苦しそうにはしていない。
今の話を信用するのであれば、まず第一前提としてマティアスは圭介と同じ客人ということになる。
次いで、同じ客人である圭介の様子を見るために今回の騒動を起こした原因でもある蟹型魔動兵器“オーサカ・クラブ”を開発したのも彼なのだろう。
相手の目的は不明だが、その発明品の方向性から察するにあまり他人への被害を鑑みるという性格ではなさそうだった。
「なるほど、つまり貴方も客人と……。因みにそこまでお気になさるということは、貴方は元の世界でケースケさんとお知り合いだったのでしょうか?」
『いぃえ、違いますけど?』
王族を前にしながら不遜な態度を崩さない辺りは世界が異なるが故か。フィオナも特に不快感を示さず表情に疑問符を浮かべた。
「ではケースケさんの何がそこまで気になられたのですか?」
『きっと貴女と同じ理由ですよ第一王女様!』
にこり、と不健康そうな顔が微笑む。
『転移してから一ヶ月も経たない内にグリモアーツの【解放】を会得し、あまつさえ戦闘経験の豊富な排斥派を無傷の状態から一撃で瀕死にまで追い込んだ! その圧倒的な戦闘センスは同じ客人であるワタクシから見ても素晴らしいの一言に尽きます、ンがっ! しかし重要なのはそこではない!』
「というと?」
『貴女もご存じなのではないですかねえ、彼が【解放】した瞬間に生じるあの異常現象をォ!』
フィオナが圭介の存在に注目したのは、あくまで戦闘の経歴が皆無に等しいにも拘らず手強い相手に瀕死の重傷を負わせたという事実でしかなかった。
しかし今回の合同クエスト中に彼の【解放】を目の当たりにした彼女には、マティアスの言う異常現象にも心当たりがある。
あの大きく重厚なグリモアーツ、“アクチュアリティトレイター”が目の前に現れた、その瞬間に去来した感覚。
「……あの、得体の知れない喪失感のことでしょうか」
『ほう、喪失感! そういった主観的な意見は初めて聞きました!』
興味深そうに目を瞠るマティアスを見て、フィオナは相手に意図せず追加情報を与えてしまったことに気付く。彼女にしては珍しいミスに内心で舌を打った。
だがどうにも相手は話好きな性分らしく、駆け引きなど考えていないかのように喋り続ける。
『私が観測した限りでは、彼がグリモアーツを【解放】した瞬間に周囲のマナ濃度が瞬間的に低下している様子を確認しています! そして同時に、その輪郭を描くような形で影響範囲の境界線上にマナ濃度の上昇も見られたのです! これは彼の【解放】に応じてグリモアーツからマナに干渉する何らかの力場が発生しているという仮説の根拠となり得る! 実に興味深い現象だと思いませんか、ねぇ!?』
唾を飛ばしつつ熱弁を振るうマティアスは、段々と興奮気味になってきている割に会話自体は成立している。まだ引き出せる情報もあるだろうと、フィオナは質問を続けた。
「なるほど、確かに面白いですね。ところで先ほど貴方はゴブリンを改造したと仰られていましたが、となれば常駐騎士団の駐屯所に貴方が気絶させた学生や教職員を集めたり、森の中から広場に運び出したのには何か明確な理由があったのですか?」
『いやはやアレに関しましてはこちらの不手際を詫びましょう! まさかこのような大規模なクエストが開かれるとまでは予測しておらず、不本意ながら未来ある学徒の皆様に多大なるご迷惑をおかけしましたぁ!』
かくん、と直角に腰を曲げて頭を垂れる姿にはいまいち反省の色が見えなかったが、そもそもフィオナは彼に謝罪を求めたわけではない。
「……どうして、皆さんに向けて攻撃を? 現状を見る限り貴方を拘束することに変わりはありませんが、あの蛮行のせいで情状酌量の余地も認められなくなったでしょうに」
『せっかく兵器を発明したんですからどんだけ強いか試したいでしょぉ!? そんな折にあんな数の騎士団志望の若者達がこぞって来てくれたんですから、そりゃ当然攻撃だってしますさ!』
急に体を起こしたと思ったらフィオナに両手の指先を向けながら本音をぶちまける姿は、いっそ清々しくすらあった。
『まあ? 鋏をあっさり封じ込められたり? 自力で落とし穴から抜け出せなかったり? 必殺オーサカ・ブラスターもチャージ中に魔力弾ぶち込まれて発動に失敗したり? 色々と課題を残す結果となってしまいましたがねぇ! いやでもしかし有意義な時間を過ごせたと思いますよ、戦ってたのはあくまで人工知能であってワタクシはログで何がどうなったか確認してただけですけど!』
「……ほう。つまり魔動兵器の実用試験に今回の合同クエストを利用した、と」
『まぁ結果論ですけどね! 来なけりゃ来ないで適当にそこの常駐騎士団にでもちょっかいかけてたんで、そんなに大きく結果が変わったわけでもないでしょう!』
その場にいる全員が、マティアスの言動から漂う圧倒的な軽薄さに絶句した。
城壁付近の常駐騎士団は騎士団全体の中では窓際部署的な扱いを受けてはいるものの、仲間内からの評価が何であれ王都に配置された公的組織であることに違いはない。
相手取って下手に死者の一人でも出そうものなら、日頃の仲違いなど影響せず“王城組”が駆り出される状況も十分にあり得るのだ。
しかしこの白衣の悪魔は、そんな相手に『適当に』『常駐騎士団にでも』『ちょっかいかけてた』とのたまったのである。
「最後の質問です。貴方、“変態飛行の藍色船舶”なるものに心当たりは?」
『あぁ藍色の船舶でしたらワタクシ持っていますがってんんんんん!? ちょっとちょっと待ってくださいもしかして、えーっマジですかいや見られちゃってたかーくぅーっ! ステルス忘れてた可能性もあるなヤバいな怒られるなぁ!』
いかにも困ったような言動をしているものの、ニヤニヤと笑みを浮かべている辺り話す気なのだろう。フィオナは目の前で上半身をのけ反らせる男が確実に件のオカルト現象と関わっていると確信した。
『いっやあまさかあの船とワタクシを結びつけるとは、予想以上に貴女というお人は聡い人物のようだ! そうですそうです、あの藍色の空中船舶こそ我がグリモアーツ“インディゴトゥレイト”でございますはぁい!』
そこまで踏み込んだ質問もしていないのに自ら手の内を暴露するマティアスに、さしものフィオナも少し怯む。少し鬱陶しさまで感じ始めたのか、眉間に皺が寄せられていた。
「随分とあっさり関係を認められるんですね。それも訊きもしていない部分まで」
『だって隠すことでもありませんしぃ! もうすぐ皆さんにもお披露目する予定でしたしぃ!』
「……お披、露目? それは――」
『ああっと失礼! もう少し話したかったのですが流石に喋り過ぎましたね、こりゃあ黙らないと大変だぞう!』
「ちょっと、貴方は何を」
『申し訳ありません第一王女様ァ! この通信を終えて五秒後に“オーサカ・クラブ”は爆発しますのでお気をつけてぇ! bye♪』
言うだけ言うと立体映像は途切れ、同時にフィオナの目前にある“オーサカ・クラブ”からけたたましい警報音が響く。
「ちっ」
「姫様、こちらへ!」
フィオナは舌打ちしつつも速く後方へ下がり、セシリアの隣りに立つ。
マティアスが爆発の宣言をしたきっかり五秒後にポスン、という瓶の蓋を外した際に空気が漏れるような間抜けな破裂音が一同の耳朶に届いた。
ピエロの首が吹っ飛ぶ程度の可愛らしい威力であっても爆発には違いない。
拍子抜けしたような表情の騎士達に、フィオナが嘆息しながら声をかけた。
「……セシリア、テディ団長。まずはあの“オーサカ・クラブ”という魔動兵器、そして地中に埋まってしまったゴブリンの死骸も掘り起こして調べ尽くしましょう。先ほどの彼の発言を信用するなら、双方に通信用の機器が仕込まれているはずです」
「は」
「わ、わかりました」
落ち着き払ったセシリアは当然として、事態について行けず動揺しながら従うテディも年配ならではの風格で部下に指示を出して仕事を進めていく。
騎士団が各々の働きを見せる中で、フィオナの目線は一瞬だけ圭介達が眠っている仮設テントに向けられた。
(予想外に多く情報を得られたのは僥倖。しかし肝心な部分ばかりが有耶無耶なまま、か……)
思案しながら戦いが始まるまで座っていた椅子へと腰を下ろす。
ついさっきまで温かい紅茶で満たされていた陶磁器のカップが地面に落ちて割れているのを眺めながら、年頃の少女に似つかわしくない盛大な溜息を吐いた。
「……このカップ、お気に入りだったのだけれど」
その人間臭い所作を見る者は、ここにはいない。




