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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十五章 樹海と人海の波濤編

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第十話 無聊の慰め

 翌朝、圭介とレオの二人はンジンカ加工所で魔力の測定に来ていた。


「今日はこのフーリエの表面に手を当てたまま、何度も流れてくる魔術円にその都度魔力を込めてもらう」


 二人の前に墓石よろしくずらりと並ぶのは、フーリエと呼ばれた青白く輝く石板が六枚。

 面積はベッドほどもあろうか。床の上に直立し、背面から壁にかけて複数本の配線が接続されている。


「初めて見るな、この魔道具」

「ケースケはつい最近転移してきたし、レオの方はずっとダアトにいたらしいからな。俺らは社会科見学とかで知ってたけど」


 言いながら加工所に来た当初より砕けた口調で、ウォルトがフーリエの表面を撫でる。


 所長の計らいで圭介らに対する敬語をやめたらしい。

 気まずさが抜けた今となっては、二人にとってもこちらの方がやりやすかった。


「大雑把な魔術の適性や魔力の総量は騎士団学校でも測定できる。でも精密な検査となるとこういう専用の道具が必要だし、それなり時間もかかるもんさ」


 圭介は今のところ受けていないが、アーヴィング国立騎士団学校でも学年が上がると身体測定の期間が設けられるという。

 種族ごとに身体的特徴が変わってくる上に魔力に関する項目もあるため、相応に時間がかかってしまうとかつてユーから聞いた。


 そうして出力される結果は、学校側のスケジュールとの兼ね合いもあって簡略化されたものとなりがちだ。

 なので加工所では専用の大掛かりな魔道具で、より緻密且つ効率的な測定を実現するのである。


「大体どのくらいで終わりますかね」

「一連の測定だけでも一時間くらいはかかるし、そこからデータの精査やら何やらするの含めると二人分で半日は使うかな」

『それでも意外と短いんですね』


 アズマの言う通り測定としては破格の短さなのだろうが、圭介にとって半日は長い。

 否、圭介以上にレオにとって相当な負担となる時間である。


 昨日の話し合いを終えてから、レオは己のグリモアーツ“フリーリィバンテージ”を細かく分割してミアに託した。

 シプカブロガで“ラハイアの座”が行動に出た際、いつでも回復魔術を発動できるようにするためだ。


 遠距離に存在するグリモアーツの【解放】状態を持続するのは、それだけで魔力の消耗に繋がってしまう。


「ま、俺は大丈夫っすよ。圭介君も心配しないで」

「そっちこそ無理はしないでね」

「話には聞いたけど……お前らもとんでもない騒ぎに巻き込まれてんだなぁ」


 かつての彼からは想像もできなかった同情的なウォルトの声に、圭介は少しおかしな気分になった。


 既にンジンカ加工所と団地の管理人、それから現地の騎士団に“ランスロットの座”が襲来しかねないという話は通してある。


 加工所と団地に関してはどちらも「ウチは荒くれ者が何人もいるから」と笑いながら話を受け入れてくれた。


 一方で、緑地に配備されている騎士団の面々からは微妙な反応が返ってきたものだ。


 第二次“大陸洗浄”が始まっている今、圭介の話を信じていないわけではない。

 彼らも[デクレアラーズ]が引き起こすありとあらゆる事件の被害を見てきた身である。


 ただ、どうしても避けられない問題がいくつかあった。


「つってもこんな辺鄙な場所に飛ばされてる騎士が、ビバイ迎賓館をあんな風にしたのを相手にどこまでやれるかわかんねーけど」

『加えてもし本当に“ランスロットの座”が襲来するとして、植物魔術がどれほどの脅威になるのか具体的な想定ができていないのも問題かと思われます』


 戦力の不備と未知なる敵。


 ウォルトの言う通り、ンジンカ緑地と団地商店街は都心部を行き来する物資輸送車両と物資保管庫によって生活を支えられている言わば衛星都市に近い区域だ。


 現状唯一フェルディナントの討伐実績を持つ圭介が来ているため、[デクレアラーズ]が来るという情報に信憑性が生じる。

 これまで記録されている被害の程度を鑑みて多少は警備を強化してくれるだろう。


 ただ言い方は悪いがこんな場所に配属されている騎士団程度で応戦できる相手なら、既に圭介以外の誰かが他の目ぼしい[十三絵札]を討伐していてもおかしくない。


 そうなっていないという事は、つまりそういう事なのだ。


「ま、そん時ゃ頼むぜケースケ先生。ひとまず今はやる事やってってくれや」


 言いながらウォルトがフーリエの背面に付属している機器を操作すると、石板の表面に魔術円が浮かび上がる。

 いくつか機器のスイッチと表示された術式を指差し確認してから、次のフーリエにも同じように操作して同様の状態にしていく。


 二つのフーリエを起動したところでウォルトから説明が入った。


「さっきも説明した通り、基本は魔術円が切り替わる度に魔力を込めるだけだ。消費する魔力量はグリモアーツを【解放】する時と大差ないから、魔力切れの心配はしなくていい」

「でもなんか忙しなさそうっすね」

「ゆっくりやってもいいけどテキパキやらないと長くなる。簡単とはいえ一応これでも精密検査だからな」


 適性を具体的に測るとなれば必要な手順なのだろうが、それにしても気の遠くなるような作業である。

 だがこの手順を踏むか踏まないかでグリモアーツの完成度は大きく変わってくるらしい。今後の事も考えると軽視できない要素と言えた。


「もう始めていいぜ」

「うっす。んじゃやりますか、圭介君」

「終わる頃にはクタクタになってそうで怖いよ僕は」


 言いながら手を当てて【解放】と同じ程度、意識を向けて手に力を込めただけで魔術円は切り替わる。

 なるほどこれなら早く済ませようと思えば早々に終わるかもしれない。


 とは言っても単調な作業を一時間ほど続けなければならないのは事実だ。人によっては耐え難い苦痛となるだろう。


「俺はニュースでしか[デクレアラーズ]とか[十三絵札]について知らないんだが、実際相手にしてみてどうなんだ」


 二人の精神的な疲労を紛らわせるためか、ウォルトが話しかけてきた。


「ビバイ迎賓館の時なんか随分と酷い目に遭ったらしいな」

『三ヶ国から集まったパーティがたった一人に向けて集中攻撃を繰り返し、それでも皇帝が殺されるのを防げなかったような相手が[十三絵札]ですからね』

「現地の騎士団は戦わなかったのか?」


 迎賓館にいる騎士は最初に全員殺された。


 という、具体的な内容が報道されていないのはラステンバーグ皇国の体裁も関わるからだろう。

 だが皇帝亡き今そこに配慮する理由は圭介にもレオにもない。


「最初のデカい攻撃一発で全員殺されちゃったらしいっすよ」

「こっわ何だそれ」


 ウォルトは引いた。


「敷地一帯が瓦礫の山になっちゃったんで、それに巻き込まれちゃって。僕らのいた本館が無事だったのはアガルタ国王が結界で守ってくれたからですよ」

「……え、でもあそこって確か第三魔術位階相当の複雑な結界が何かこう、信じられないくらい重ねがけされてるって話じゃ」

『力任せに破壊されたようです』

「終わりじゃん。そんなのの仲間相手に田舎一歩手前みたいな緑地の騎士団が勝てるわけねえじゃん」


 三大国家の一つ、ラステンバーグ皇国の更に中枢を守護する騎士団が蹴散らされたのだ。

 はっきりとは言いづらいがゾネ君主国という中規模国家では、戦いが成立するかさえ怪しい。


「こっちの国って冒険者の方はどうなんすか。自然が多いからモンスターも出ると思うんすけど」

「モンスターねえ……。アガルタのメティスでさえ山ん中でそうそう強いのが出たりはしてなかったし、こっちじゃオオグロヒルとかスライムとか。そんなもんしか聞いたことねーな」


 オオグロヒルとは大型犬ほどの大きさを有する巨大な蛭の一種だ。

 異世界にしかいない蛭であり、野生動物や人間の血を吸う害獣としてモンスターに指定されている。


 ただし通常の蛭と同様の耐久力しか有さないため、退治するのは難しくもない。

 ビーレフェルト大陸において、今の時代なら子供でも刃物と魔術で簡単に討伐できてしまう程度の存在だった。


「山賊とかは? 僕もちょっと前にとっ捕まえたりしましたけど」

「国内にある他の地域とかではちょくちょく出るらしいが、この辺は多少経歴怪しいくらいならこういう場所で働き口あるから滅多に出ねえよ」


 都市部での組織的犯罪に手を染める狡猾な集団と異なり、山賊は知能犯になれず低賃金労働もできない(もしくはやりたがらない)類の落伍者が結果的に()()()()()()ものだ。

 前科を持っていようと何であろうと平等に安定した賃金を与えてくれる環境がある場合、進んで山に追いやられて強盗に手を染める者など多くはない。


 総合するにシプカブロガ全体を見渡すと、良かれ悪しかれ秩序は維持されている。

 見方を変えればモンスターや山賊の討伐に際して動くべき冒険者の質もそこまで期待できそうにない、と考えるべきだろう。


『しかしそう考えるとシプカブロガもンジンカ緑地も最適な形で運用されているのでしょうね』


 少なくとも治安は悪くないであろう部分を汲み取り、珍しくアズマが社会構造を称賛した。


『ゾネ君主国は創立から二百年ほどと聞きました。短い歴史の中で三大国家が一つ、アガルタ王国と穏便な形での国交を保てているのは素晴らしい点です』

「何だか異様にゾネ褒めてんなこの鳥。まあ移り住んでる身として悪い気はしないけどよ」


 アズマの眼下でひたすら測定を続けている圭介には、会話の意図が読めるような気がした。

 そして予想通り、話題は国の暗部へと移り変わる。


『そんな国でも犯罪組織は存在するようですね。確か[ヴァージャーズ・ロウ]と[色無き御旗]でしたか』

「あと[そよ風の一味]な。そっちは最近潰れたらしいけど」


 ウォルトの反応はほぼ他人事である。

 恐らく彼もその[そよ風の一味]が、まさか“ラハイアの座”なる化け物によって壊滅に追いやられたなどとは思ってもいまい。


「特に[色無き御旗]はウチの団地にまで手ぇ伸ばしてきてるヤバい連中だ。加工所の中にまで入ってきてはないけど、商店街の隅でこっそり住人相手に怪しいやり取りしてやがる」

「怪しい、っていうと?」

「禁術指定されてる魔術の術式をコピーした魔道具だよ」


 禁術指定とは社会及び国民に対して有害とされる魔術の総称だ。

 中には誰でも使えてしまう第六魔術位階も存在する。

 というより簡易な術式の方が広まるスピードも早いため、魔術位階が低いほど被害の規模も大きくなりやすい。


「きな臭い話はいくつか出てるが、具体的な証拠は今のところ一度も上がっちゃいない。騎士団も迂闊に動けねえのさ」

「はえー、でもそんなの売ってたら自分達だって危ないかもしれないっすよね。禁術って周りに迷惑かけるから禁術指定されてるようなところあるし」

「危なくないからやってんだろ」


 思わず、といった風情でウォルトが小さく笑う。


「メティスやダアトとこの田舎を一緒にすんなよ。モンスター退治より野鳥の死体片付ける回数の方が多いような騎士団しかいねぇんだから」

「へ、平和なんだか物騒なんだかわからん土地柄だ……」


 何であれ団地に潜んでいるその[色無き御旗]とやらも今頃てんやわんやだろう。

 このままでは[デクレアラーズ]によって皆殺しにされてしまうのだから。


 組織の痕跡を消しながら急いで引っ越しの準備でもしているか、あるいは諦めて途方に暮れているか。


「話しながらしばらく検査してるけど、マジでずーっと続くねコレ」

『全ての種類の術式を網羅しているのであれば当然かと』

「ていうかまだ始めてから五分経ったか経ってないかくらいっすよ」

「さて、俺もそろそろ必要書類の確認とか済ませておくかね」

「待ってください暇つぶし先輩!」

「すげぇ。あの頃でさえそんな失礼な呼び方された事ねえ。いやあったっけか、忘れた」


 言いつつ作業机の上に置かれた書類を確認してはファイルに綴じていく。

 完全に仕事のスイッチが入ったらしい。


「ウォルト先輩まで付き合ってくれなくなったら本気で暇じゃん。それならレオとアズマ、一緒にしりとりでも……無理だ。日本人とヨーロッパ人と機械だここにいるの」

「言われてみれば俺らの言語の翻訳とかどうなってんすかねこの世界」

『…………スマートフォンで電子書籍でも読んでいればよろしいかと』


 カレンによる修行を乗り越えあらゆる現象を念動力魔術で再現できるようになった圭介でも、この場の退屈を紛らわせる方法はどうにも思いつかなかった。



   *     *     *     *     *     *



 ンジンカ団地の地下には、シプカブロガの地下街と長いトンネルで接続されている巨大な空間がある。

 犯罪組織[色無き御旗]が都心と緑地での活動を両立するため、かつて協力関係にあった他の組織と提携し完成させた彼らの国だ。


 協力関係、と言っても利用するだけ利用してから躊躇なく切り捨てたが。


 ともあれコンクリートで包み込まれた大伽藍の一画、違法魔道具工場の全体を指揮するために設置されたモニタールームで一人の男が苛立ちを隠さずパイプ椅子に座っていた。


 簡素な事務用の机に肘をついて、組んだ両手の指をチラチラと動かし、右足でいたずらに足踏みを続けている。

 オールバックにした紫色の頭髪は艶めいており、整った髭が細く鋭い目つきからなる凶暴な印象に洒脱さを加えていた。


 彼こそが[色無き御旗]のボスだ。

 彼を知る者には恐れられ、彼自身が恐れている相手には存在を知られず活動してきた、そんな裏社会に生きる重鎮が一人。


 ゾネ君主国において彼と同等の力を有するのは[そよ風の一味]統括責任者か、あるいは[ヴァージャーズ・ロウ]の遺されし大司教くらいなものだろう。

 社会に認められない身分として、社会に認められないやり方を押し通してここまで辿り着いた。


 悪としての自負、矜持。

 それらが今になって蹂躙されようとしている。


 忌まわしき第二次“大陸洗浄”によって。


「ふざけやがって……」


 世間から意図的に外れた道を歩む彼とて、ビバイ迎賓館での悲劇は当たり前に認識していた。


 客人によって構成された国際テロ組織[デクレアラーズ]。

 その最高幹部に位置する十三人の強力な客人[十三絵札]。


「どうすればいいんだよ。勝てる目算が立たねえよ、ちくしょう」


 十重二十重に張り巡らされた第三魔術位階相当の結界にラステンバーグ皇国が保有する屈強な騎士団、そして三ヶ国から集った国防勲章受勲者のパーティが集結しても結局皇帝は殺された。


 実行犯は最近になって“葬星の牽者”の名で知られるルドラ・ヴァルマ。

 聞くところによると[十三絵札]にも階級めいたものがあるらしく、彼は最高幹部の中でも下に位置する“騎士の札”に当たるという。


 今、このンジンカ緑地に襲来しようとしている何者かと同じように。

 まだ弱い方とされていながら一国の長を殺害せしめる存在が、自分に向かって近づいてきている。


「ざけんな、ざけんな、クソ、クソッ!」


 男の憤りははただ死への恐怖に対する怯えからのみ生じているわけではない。

 己が悲惨な最期を遂げるのは、これまでの所業を思えば妥当だと踏まえていた。


 許せないのは、納得できないのは、[色無き御旗]よりも後から湧いて出た犯罪組織が大陸を洗浄するという名目で殺しに来ること。


 国家が相手であればいくらでも納得できる。

 積み重ねも実績も自分より遥かに上であり、彼らが巨大な力を持っていると知っているからこそ抗えない事実も飲み込めたに違いない。

 それに国家の恩恵を受けて生きていながら有害でしかない自分達のような寄生虫は、駆除のため刃を向けられて当然だろう。


 討伐任務を負った冒険者に敗れるのも、それはそれで一つの結末と思えた。

 彼らの生きる世界は寛容だが決して平穏ではない。ただ強いだけの若造が調子に乗って命を落とすなど日常茶飯事だ。

 そんな厳しい環境を乗り越えた先で自分を上回る実力を得た相手なら、自分を討つ存在として申し分ないと誇らしくすら思えよう。


 だが、[デクレアラーズ]は。


「あいつらは、何なんだよ……!」


 大陸全土で堂々と暴れながら、それでいて我欲のために邁進するというわけでもなさそうだった。


 犯罪者や権力者に対する殺戮、拷問。

 罪の証拠を簒奪して騎士団に叩きつけ、違法な売買の気配があれば現場の施設ごと容赦なく破壊し尽くす。


 手にかける相手の身分や年齢など微塵も考慮しない。

 身綺麗な貴族の子供も、年老いて路傍を彷徨う落伍者も、加害者となれば平等に扱ってきた。


 そうして掲げる最終目標は「理想社会の実現」と来たものだ。

 そんなに世直しが好きなら騎士団や冒険者にでもなればいいだろう、と何度も思った。


 あんな集団には正当性も、同時に悪性すらありはしない。

 空虚で希薄な“正しさ”とやらにしか寄りかかれない連中が、力ばかり得て首を刈りに来る。

 己を汚泥と弁えている彼からすれば耐え難い屈辱だ。


「殺されたくねえ。あんな、あんなクソみてぇな奴らに、俺が、俺が!」


 だがどれほど憤激したとしても打開策など出てこなかった。

 精々が普段そこかしこに均等に配置している彼の兵隊を、彼がいる部屋の周辺にある程度集中させるくらいが関の山である。


 シプカブロガの地下街は既に対立勢力である[ヴァージャーズ・ロウ]の住処だ。

 今になって和解するなどできないし、あちらはあちらで別の“騎士の札”が来ているという。


 外国に逃げようにも今からでは培ってきた大半の物を捨てなければならず、そんな何もかも足りない状態で自分が生きていけるなどという慢心も抱けなかった。


「くそったれ、どうする、どうすれば――」


 無意味な葛藤と懊悩に苛まれている彼の耳に、音が届く。


 ガチャリ、と。

 部屋の鍵を壊して、ドアノブを回す音が。


「――あ?」

「あ、壊れちゃいましたか。こういう細部の素材はケチってるんですね」


 入ってきたのは少女と見紛うほどに美しく中性的な容姿の少年。

 重ね着した上着に反して、細い両脚が半ズボンから晒されている。


 そんなか弱い外見など、男には関係なかった。


「ああぁぁぁあアアアあああ!!」


 持ち前の理解力と判断力が直前に抱いていた怒りを吹き飛ばし、彼に恐怖と絶望を与える。


 優秀な彼にはわかってしまった。

 今この瞬間、何もかもが終わったのだと。


 外に配備していた部下は何も声を上げていない。怒声も悲鳴も断末魔も、何も。

 それなのにこうして闖入者は当たり前のような顔で部屋に入り、平然と五体満足で歩いている。


 具体的な方法は知らない。


 ただ自分の揃えた戦力が声すら出す間もなく、一網打尽に殺されたというだけ。

 この少年が「殺す」と決めた以上、誰にもそれを防ぐ手段がなかっただけ。


「あ、外にいる方々は既にいただいています。わざわざ根をどこからでも伸ばせる地下に、それもあんなに密集しながら潜ってくれるとは。いやはや食べやすくて助かりました」


 社会の暗部に生きてきた彼にはわかる。

 レストランの批評でもしているかのように振る舞うこの少年は、裏社会に生きる誰もが霞むほどに人を殺してきたのだと。


 そして、これからまた犠牲者が一人増える。


「うぇげれえっ!」

「あ、栄養がもったいない」


 世界が持つ闇の深奥を見たつもりでいた彼の想像を遥か凌駕する真の闇を見せつけられ、思わず嘔吐してしまう。


 いっそ常人であれば。

 少年から漂う濃厚な血の臭いなど、感じずにいられただろうに。


「とりあえず思った以上に時間を節約できましたし、そうですねえ」


 言いながら少年は――“ランスロットの座”蔣光清は、モニターが設置されている壁付近のキャビネットから数冊のファイルを取り出した。


「あ、ありましたありました。顧客名簿に地下施設の展開図、それから各種設備のマニュアル、はいはい」


 適当にまとめたそれらを机に置いて、男が座っているのとは別のパイプ椅子に腰かける。


「さて、退屈しのぎに読書でもしますか」


 そう言って顧客名簿に記載されている情報を読み込む光清の背後では、既に男が失禁しながら気絶していた。

 ゾネ君主国にて十五年と二ヶ月ほど活動を続けてきた犯罪組織[色無き御旗]の、これが最後の日であった。

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