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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十五章 樹海と人海の波濤編

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第五話 ンジンカ加工所

 ゾネ君主国が首都、シプカブロガ。

 二つの大河を一筋の巨大水路、通称“ゾネの動脈”で結びそこから多方向に水を供給させる形で都民の生活を成立させている都市である。


 かつて“大陸洗浄”の影響を受けて大規模な戦闘も起きたため、修繕ないし改築された建造物は全体的に真新しい。

 しかし水多き土地柄ゆえか夏場の極端な高温多湿に対処するべく作られた迷宮の如き地下街は現存しており、その怪しげな魅力に惹かれて観光に来る客も多いという。


 時刻は午前十時過ぎ。

 圭介らパーティメンバーが空港に辿り着いた際にも、多種多様な国から人が集まっているようだった。


「うわ見てよレオ。あっちに着物着てる人いるよ。こっちにも日本みたいな国あんのかな」

「向こうには宝石ジャラジャラついた民族衣装のレプティリアンの商人が来てるっすよ。二足歩行の爬虫類がああいうの着ると様になるなぁ……」


 客人の少年二人があちこちに視線を飛ばしながら空港を出て、その後ろから比較的余裕ある態度の少女が三人遅れて出てくる。


「ゾネには初めて来たけどこんな観光客いんのかよ。これじゃ地下街見に行っても超満員で楽しめたもんじゃねえかもな」

「地下街以外にも見どころはあるでしょ。ホラなんかあっちの立て看板に新作映画の広告とかあるし」

「鮫じゃねーか」

「鮫だねぇ。あとワニもいるねえ」


 久しぶりに発揮されたミアの悪趣味に若干の呆れを見せつつ、エリカとユーが上着を脱ぐ。


 想定していたよりも暖かい。

 気温が高いのではない。湿度が高いのだ。


 二本の大河に挟まれるこの街は、どうしても残暑に運ばれてくる川の気配を全体に纏ってしまう。


「とりあえずチェックインが先だね。それさえ済んだら僕とアズマは先に加工所まで行っちゃうけど、皆はどうする? ついでにグリモアーツの加工しとくなら今から向こうに連絡入れとくよ」

「私は元々エルフの森で作った特注品だから大丈夫。エリカちゃんとミアちゃんは?」

「あたしもパス。もし何かあっても予備持ってっし」

「私も予備持ってるけど、どうしようかな。レオ君はどうするの?」

「俺は圭介君と一緒に行くっすよ。ここからは俺のグリモアーツも強くできるならしておきたいっす」


 レオの回復魔術は出力や発動速度に関して言えば全く問題ない。

 だからこそ、グリモアーツ“フリーリィバンテージ”の効果範囲を少しでも拡幅できるのならそうしておきたい、という彼の言い分に説得力が生まれる。


 今の彼にとって重要なのは遠隔でも充分な回復が見込めるかどうかだ。

 先のフェルディナント戦において遺憾なく発揮されたとはいえ、これから激化していく戦いの中では何が起きるかなどわからないのだから。


「じゃ、私もレオ君と一緒に行こうっと」

「おめでとう!」

「あぶなっ、なんで殴りかかるんすか!」

「まともな恋愛してる青春野郎ども、全員僕の敵だ」

「ちょっと触れづらいっすよそれは!」


 圭介がまともな恋愛とは無縁な青春を送っていると知っているため、アズマ以外の全員が微妙な面持ちになった。


「とりあえずホテル行って、部屋に余計な荷物置いていこうか。人がこんだけ多いとクラクラしてくる」


 圭介の索敵用術式【ベッドルーム】は確かに広範囲に正確な索敵効果を及ぼすが、同時にあまり多くの人が集合している場所では神経に負荷をかけてしまうという弱点を持つ。

 早い話、自身の魔術に酔ってしまう。


『緻密な索敵魔術を会得して間もないのなら無理もありません。加工所は街から外れた場所にあるので、そこに着くまでは自粛を強く推奨します』

「そだねぇ……とにかく移動しよっか、ていうか一旦ホテルで休憩しよっか」


 溜息を吐きながらバス停に向かう圭介と、後に続く他四名。

 国防勲章受勲者たる彼らも、数多いる観光客の中に紛れてしまえば大勢の中の数人に過ぎない。


 そうして風景に溶け込んだ彼らを、少し離れた建物の中から見つめている者が三人いた。


 しかし彼らの存在も他の観光客と変わらず自然に歩いていたため、圭介達は視線に気づかないままその場から去ってしまった。



   *     *     *     *     *     *



「一息つけたと思ったけどスケジュール考えると普通に忙しないや」

『お疲れ様です』

「俺、ちょっとついてきたこと後悔し始めてるっす」

「そんな疲れるほどかな。私が獣人だから余裕あるのかもしれないけど」


 圭介、アズマ、レオ、ミアの三人と一羽は現在、加工所に向けてバスで移動していた。

 ホテルでのチェックインを終えて荷物を整理してからわずか十分後のことである。


 アガルタ王族とゾネ君主国側が相当無茶なスケジュールを組んでいるらしく、部屋に着いたからとそのまま休息できるわけでもなかったのだ。


「とりあえず今日は僕らの血とか髪の毛取って、それから魔術をちょっと使ったりして適性診断みたいなの済ませて終わりだってさ」

「つっても何かある度にわざわざバスで移動しなきゃいけないの、正直ちょっとダルいっす」


 圭介もやろうと思えば地図を見てから【アロガントロビン】での高速移動ですぐに到着しただろう。

 ただ未知なる土地というのもあって、車窓から風景を眺めつつ車に揺られていたいという旅情が効率を凌駕した。


「まあ、シプカブロガで観光するならこっち来ちゃダメだったんだろうね。見るものあんまりなさそうだし」

『周辺に飲食店も見当たりません。やや不便な立地で作業をしているようですが、果たして今回向かう加工所には利便性を犠牲にするだけの価値ある技術的な恩恵があるのでしょうか』

「無ければキレるよぼかァ」


 しばらく雑談を重ねる中で、四十分と少しが過ぎた頃だろうか。

 目的地となる加工所が見えてきて、同時に最寄りのバス停の名が車内アナウンスを通して告げられた。


『間もなくンジンカ緑地です。お降りの方は――』


 ンジンカ緑地。シプカブロガの都心部からやや外れた郊外にある、広大な空き地である。

 近くにはいわゆる団地と呼ばれる集合住宅群が林立しており、そこかしこで表面に何らかの術式を浮かべた洗濯物が干されていた。


 これから向かうンジンカ加工所は加工所と名付けられていても分類で言えば立派な工場であるため、工場立地法に基づいて周辺を緑地化する必要があったという。


「やっぱ働いてる人らはあそこの団地で生活してるんすかね」

『多少は街の方に出向くこともあるでしょう。それはそれとして住人が生活するだけなら団地の範囲内だけでも成立するようにはなっているはずです』


 アズマの説明はここに来るまでに窓から見えた景色を論拠としている。


 巨大な冷蔵倉庫や冷凍倉庫を含んだ大規模な倉庫街。それより更に進めば浄水場にゴミ集積場まであった。

 大型車両の往来は激しく、それとは別に街へと向かうらしい一般車両がぽつぽつと視界に入る。


 そして集合住宅の狭間から見える中規模の商店街。


 確かに、暮らすだけなら建物の敷地から出る必要はあるまい。

 何なら外部の人間たる圭介から見れば、少し楽しそうな環境にも映った。


「秘密基地っぽさあっていいなぁ。何ならここに泊まりたかったかも、僕」

「今のケースケ君なら引っ越そうと思えば引っ越せる……ってわけでもないか。ここ外国だもんね」

「王族が絶対に止めに来るっすよ。あ、降りまーす!」


 話している間に気付けばバスは停車していた。


 料金を支払ってから外に出ると、秋の晴れ空から注がれる陽光とそよ風が気持ち良い。

 長時間の移動による疲れが幾分癒され、肺腑を巡る空気が体内の淀んだ空気を体外へと吐き出させる。


 一呼吸ついたところで彼らはンジンカ加工所へと向かった。


「とっとと済ませてそこの商店街見て回ろうよ。時間はまだあるわけだし」

「ホテルからここまで結構かかったけど、言うてまだ昼だからスケジュール的にも大丈夫っしょ」

『加工所での適性診断が仮に一時間かかると仮定した場合、見て回るために確保できる時間はバスの時刻表と照らし合わせておよそ二時間二十分前後かと』

「思ったより余裕あるんすね」

「あとは加工所で実際の時間がどんだけかかるかだね」


 歩を進めた先にあったのは、三本の大きな煙突が聳え立つンジンカ加工所の出入り口だ。


 石造りの立派な建物へと繋がる来客用の通路とは別に、金属素材を雑に組んで作られたらしい工場へと直接繋がる作業員用の通路にはカードリーダーが付属するゲートがある。

 来客を出迎える方の建造物へ向かうとガラス張りの自動ドアがあり、その上部には監視用の術式が浮かんでいた。


「あっちとそっちで露骨に扱い違うなあ」

「正直ちょっと印象悪いっすね」


 背後でミアとレオがどこか心配そうな声で話すのを聞きつつ、圭介がインターホンを押す。

 ややあって応じた声は、若い男のものだった。


『――……はい、こちらンジンカ加工所です』

「あ、どうも。お約束してる東郷圭介ですが……」

『ととととトーゴー・ケースケ!? あ、いえケースケ様!? すみません、今すぐ開けますので!!』

「様つけないでくださいよやりづれーな!」


 どうやらゾネ君主国の郊外にある加工所にも“暁光”の名は轟いているらしい。

 背後で囁くカップルの内緒話が加工所の様子から自分へと話題を移したのを感じ取りつつ、恥ずかしさに耐えて圭介は自動ドアが開くまで待つ。


 やがて開いてすぐ、奥から作業服を着たドワーフの男が末端をゴム紐で束ねた焦げ茶色の髭を揺らしながら慌ただしく駆け寄ってきた。


「やあやあやあお待たせしてしまい申し訳ございません。ささ、お三方とも中へどうぞ」

「あ、どうも……」


 それなりに立場もあろう男が腰を低くして接してくる。いくら実績と勲章を持っていると言っても、当人の認識としてはただの学生に過ぎない圭介としてはどこか気まずい。


 通された客間には窓がなく、四方が白い壁紙に囲まれている。位置的に建物の中心となる場所であることがわかった。

 外を見せないような造りにしているのは、見たいと思えるようなものが建物の周辺に存在しないと判断しての配慮だろう。


 代わりに飾られた簡素な花の絵などを見ながら、圭介達はそれぞれ誘導に従ってソファに腰かける。

 ドワーフの男は近くに立っていた若いヒューマンの男に客用の飲み物を用意するよう言うと、三人に向かい合う位置に座った。


「ようこそいらっしゃいました、トーゴー・ケースケ様にお仲間の……ミア・ボウエン様とレオ・ボガート様、それにアズマ様ですよね。私はここで所長をやらせてもらっているダニー・ムーニーと申します。以後お見知りおきを」


 ダニーと名乗ったそのドワーフは、温和な笑みで三人と一羽を迎え入れた。

 アズマの名まで知っていることから相当に自分達のことを調べたか、あるいは事前に知らされていたのかもしれない。


 ひとまず礼儀正しい所作を受けて歓迎されているのは間違いないと判断し、圭介も相応に挨拶を返す。


「改めまして、東郷圭介です。今日はよろしくお願いします」

「ミア・ボウエンです!」

「れ、レオ・ボガートっす」

『アズマです』


 思えばこうして初対面の大人から対等以上の扱いを受けるのにも、いくらか慣れた。

 だからか言葉はスムーズに紡げる。少なくとも王族との対話に比べれば気疲れする要素はない。


「急に人数増やしてしまってすみません。今日はこっちの、レオの分もお願いしたくて。ミアの方はほとんど見学に来たようなものですけど」

「ええ、ええ。ギラン・パーカー国防勲章の受勲者の方に興味を持っていただけるとは、光栄なことです」


 聞けばゾネ君主国にも遠方訪問の習慣はあるらしいが、このンジンカ加工所を対象として来る騎士団学校の生徒らが再度足を運ぶことは極めて稀であるという。


 騎士団を目指す若者にとってグリモアーツの加工とは、他人にやらせる仕事であるという認識が多かれ少なかれある。

 となると必然、加工する側に立ちたがる者がほとんどいない。


 それを思えば確かに、ミアのような国防勲章を得た上で未だ騎士団学校に通う若者が自主的に見学に来るというのは喜ばしい話なのだろう。


 実際には交際相手に付き合う形で来ただけなのだが、流石にそれを言う者はこの場にいなかった。


 ほんの僅かな後ろめたさをミアが笑って誤魔化している間に、四人分のティーカップが運ばれてくる。

 注がれるのはほとんど白湯に近い薄黄色の液体。しかし清涼感ある香りはハーブティーのそれだ。


 口につけると砂糖とは異なる優しく自然な甘みが舌を喜ばせ、鼻腔を爽やかな風が駆け抜けた。

 喉を伝って胃に到達するまでの感触も液体とは思えないほど軽く、霧か蒸気のような気体で食道から神経に至るまで洗い流されたかのようだ。


 相当に上等な品を用意してくれたらしい。

 無言のまま圭介達が満足していると、同じく茶を一口二口と飲んでからダニーが申し訳なさそうに切り出した。


「それで本日は当加工所を私自身がご案内したいところなのですが、申し訳ないことに少々予定が立て込んでいまして。皆さんのご案内には他の者がつきますので、暫しばかりここでお待ちいただく形となります」

「ああいえ、お気になさらないでください」


 待つくらいなら何とも思わない。少なくとも友人二人と機械仕掛けの猛禽類が一羽いるのだから、退屈するようなこともなかろう。

 では、とダニーが客間を出てからもう一口ハーブティーを飲む。やはり美味い。


「所長さん、良い人そうっすね」

「ね。遠方訪問で会った警備会社のおっさんにも見習ってほしいわ」

「私はちょっと接しただけだったけど、相当横柄な人だったっぽかったもんねあの人」

『ついでに人身売買に関与している犯罪者でしたね』

「ついでに話す感じでいんすかその情報」


 当時の苦労について圭介がつらつらと語っていると、木製のドアがコンコンとノックされた。


「お、来たみたい。はーい、どうぞー」


 圭介が応じる。


 数秒が、経過する。


「……ん?」

「あれ? ノック…………あったよね?」

『はい。確かにノックされました』

「部屋間違えちゃったとかじゃないっすか」


 そんな怪訝そうな反応を察知したのか、ドアの先から苦しげな声が聞こえた。


「…………あー、失礼、します」


 声色から察知できる感情は、圭介達に対する気遣い。

 ただし嫌悪や憎悪といったものではないにしても、あまり言葉を交わすことに対して前向きな姿勢とは言えない。


 何故そのような態度なのかは、開いたドアの先から現れた人物を見て納得できた。


 圭介とミアの二人だけが。


「あ……!」

「え、あっ」

『どうされましたか』

「ん? お知り合いっすか?」


 事情を知らないアズマとレオを置いて、二人は現れたその人物に複雑な感情を向けてしまう。




「当加工所をご案内させていただきます、えー……ウォルト・ジェレマイアです」




 圭介がこの異世界に来てから初めて遭遇した排斥派の少年が、心底気まずそうな顔でそこに立っていた。

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