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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十五章 樹海と人海の波濤編

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第三話 木々と人々

 ベロボーグ王国の南方に位置するパリアニン大樹海、その最深部。

 不自然なまでに木々と岩が避ける形で作られた広い円状の地面があった。


 湿った土の表面を深緑の草が覆うその場所には、周囲の木々同士をつなぐようにして太く硬い蔓が蜘蛛の巣よろしく縦横無尽に張り巡らされている。


 そして果実にも似た形で吊るされる何かが乱立し、ポタポタと赤い雫を真下の土に吸わせていた。


 ぶら下がるそれらは、逆さ吊りにされて数時間放置された人間の成れの果て。

 重力に逆らえず内臓が圧迫され、呼吸困難や心不全といった要因で命を失った者どもの末路である。


 中には口から臓腑がはみ出し、眼球までも飛び出しているものまでいる始末。

 凄惨極まる光景を前にして、怯え震える男達が手足を同じ蔓で縛られたまま四十人近く座り込んでいた。


 彼らの口には一様にして手のひらほどの大きさを持つ緑色の葉が一枚、マスクのように貼られている。

 よほど強く密着しているらしい。貼られた者の鼻からはうるさいほど息が漏れているし、顎と頬を懸命に動かしながらくぐもった声だけ外部に届けてもそれが言葉になることなどない。


 そんな明らかに異常な状況において平静を貫く者が一人。


 黒く艶めく髪を肩口で切り揃えた、少女と見紛うほどに端正で中性的な相貌の少年。

 オーバーサイズのシャツを重ね着しながら、下半身として見えるジーンズから線の細さが窺える。


 彼こそは[デクレアラーズ]最高幹部[十三絵札]において♣のJ、“ランスロットの座”に位置する存在。


 中国出身の客人、(しょう)(こう)(せい)であった。


「あ、意外と生き残っちゃいましたね」


 意外と、と言う割に何ら感情が動いていないかのような無表情で、彼は座る男達に語りかける。


「逆さまの状態でごめんなさいと一〇〇回言えたら下ろす、とだけ言った時にはもっと死ぬものと思っていましたが。長時間逆さ吊りにされると謝罪すら言えないまま死ぬ、程度の理解はありましたか」


 彼がここに吊るしているのも、こうして並べて座らせているのも、全員この国で暗躍していた反社会的勢力[カーニバルスクエア]の構成員だ。

 人身売買及び違法な形での臓器売買、そこに加えて密猟までもを生業としている。


 ベロボーグの騎士団が末端組織に手間取ってなかなか中心に辿り着けずにいたその団体が今、光清一人の手によって中枢に属するメンバー全員を同じ場所に拉致されていた。


「あ、言い忘れてましたけど下ろしたからって生かして帰すわけじゃないので。そこはご理解ください。あとご愁傷様です」


 言って光清が指を鳴らすと同時、絶命したそれら死体の表面に若苗色の術式が浮かび上がる。

 次の瞬間、死体の内側から無数の木の根が飛び出した。


 根が死肉を貪って吸収していき、残された人骨と僅かに残った皮膚や食い残しの肉へと巻きついていく。


 そうして最終的には人間の形状を大雑把に模した異形の植物が誕生した。

 人骨を軸として動き次なる人肉を求める、人間型の寄生樹である。


「あ、やっぱりゴグマゴーグの餌に使うなら微妙に数が足りないですね」


 存外生き残ってしまった[カーニバルスクエア]の残党に視線を巡らせると、全員が涙を流して慄いた。


 元より皆殺しにすると決めていた相手だ。約束を破ったところで光清からしてみれば良心の呵責などありはしない。


 ただ、ある程度まで理性的な動きができるのなら別の用途で消費する道もある。

 頭脳労働を求められる場面が今後の活動でどれほどあるかは道化のみぞ知るところだが。


「まあ大体の方針は決まっていますが、はてさてどうしたものやら……。あ、もう時間ですか」


 悩んでいる光清の背後で、空色の魔力が集合し一つの魔術円となる。

 その円に囲まれた術式が起動して、一つの機械を転送してきた。


 ガタン、と音を立てて着地したそれは今や異世界でも使われなくなって久しいブラウン管テレビ。


 その画面が、配線などどこにも繋がっていないはずなのに点滅し始める。

 やがて映し出されたのは、無地の灰色に浮かび上がるピエロの笑みだった。


『――やあ、お疲れ様だね光清君』

「あ、お疲れ様です我らが道化」


 聞き慣れたそれは彼が属する客人のテロ組織[デクレアラーズ]が総帥、“道化の札”アイリス・アリシアの声だ。


 彼女は直接顔を見せる時と通信機越しに話す時があり、何故か後者の際に選ばれるのはいつもブラウン管テレビだった。

 光清にはアイリスの嗜好などわからないが、ひとまず[十三絵札]における序列最上位の存在から話を聞く体制を整える。


「あ、とりあえず[カーニバルスクエア]の連中はこうして捕まえたんですけど、言われた通りにしたら意外と生き残ってしまって。彼らはどのように処理しましょうか?」

『ゴグマゴーグの餌は今のところストックがいくらか残っている。そして今現在こちらは頭脳労働者をそれほど必要としていない。どうせなら君が使うべきだろう』

「あ、僕がですか。まあ使っていいのなら全然使いますけど」


 使う、という言葉がいかなる意図を有しているのかわからず、生き残った男達は声を葉に塞がれたまま一斉に騒ぎ出す。


 そんな中、最も光清に近い位置にて飛びかかりそうな勢いで暴れそうになっている男の眉間を、何かが貫いた。


「ぶっ」

「あ、でもよく考えてみたら彼ら全員を僕にくれるとなると……動け、ということですか?」

『そうなる。詫びの入れようもないが僕の不手際でフェルディナントが死んでしまったわけだしね』


 男に刺さったのは、光清の袖から伸びる樹木の根。

 水分と養分を急速に吸収しているのか、徐々に太く変化していく。


 最終的には穴の開いた頭蓋骨とその他の骨格を薄い皮膚が覆う、小汚い標本めいた死体が衣服だけ纏ってその場に転がった。


『東郷圭介は明確に脅威となり得る。だから今回は前回以上に万全を期して排除に当たらなければならない』

「あ、もう仲間にする道は断たれた感じなんですね。僕もその方がいいとは思いますが」

『これ以上交渉の余地はあるまい。そこで君と、それから“ラハイアの座”にも動いてもらう』


 アイリスの声とは別に、森全体をざわざわと揺らす音が鳴る。


 それは徐々に無数の足音となり、雑談を交わす幾人もの会話となり、


「こんなところまで呼び出されるなんて聞いてませんよ。どうなってるんですか」

「うわグロっ。何ですかこれ。寄生樹?」

「あのー、小さい子とかは後ろの方にやっておくんでその死体とか全部一旦下げてもらえません……?」


 やがて木々の向こうから現れた集団から成る抗議の嵐へと至った。


「あ、もしかして結構急にここに呼び出されました?」

「ええ、つい先ほどこの辺りに【テレポート】で。全く迷惑な」


 光清に問われて応じたのは苛立つ様子を見せている初老の男性。

 顔つきから推察できる年齢の割に足腰がしっかりしているようで、茶色のセーターと白のチノパンツで上下を揃えた服装は周囲の風景から浮いている。


 他の面々も同様に、あまり森林に足を運ぶべき出で立ちとは言い難い。


 黒いローブに身を包み陰鬱な表情を浮かべる長髪の青年。

 三十代前半と思しき清潔感あるスーツ姿のサラリーマン。

 ゴシックロリータ衣装に身を包む二十代半ばの女性。

 竜のイラストが印刷されたシャツを着ているドワーフの男児。


 松葉杖に身を預ける怪我人らしき猫の獣人の少女。重厚な兜で顔を隠す鎧騎士。

 パーカーのフードを深く被る少年。馬。額に火傷の痕を持つ背の低いメイド。

 薄汚れた制服を着た男子学生。恰幅のいいエルフのコック。ドレス姿の貴婦人。

 犬。過剰なまでに多数の宝石を身につけた壮年の男。水着姿のサキュバス。

 タンクトップ姿の筋肉質な虎の獣人。仲睦まじげに手を繋ぐコボルトの老夫婦。


 他にも、他にも、とにかく人やその他の動物が無数に並んでいた。


 全てが血の通った生命として振る舞い、しかしどこかわざとらしささえ覚える挙動を見せているという常人には許容し難い違和感と不気味。

 地面に座らされている男どもは、人と獣の不規則な集まりという普段なら何とも思わない存在を前にして生理的嫌悪感から思わず絶句してしまう。


 統一性など一切ない、奇抜にして多様な集まり。

 そんな姿形をしながら、その実たった一人の客人。


 それが“ラハイアの座”なのだ。

 この何人もの人が一ヶ所に集まって思い思いに過ごしているかのように見える光景こそ、[十三絵札]の一人に数えられている客人の姿。


 社会の闇に生きてきた[カーニバルスクエア]の構成員をして震えと失禁を禁じ得ないほど、“ラハイアの座”の在り様は常識から遠い位置にあった。


『急な呼び出しをしてしまった件については謝る。だが一応これでも仕事中の君達は呼ばないように配慮もしたつもりだ』

「当然ですよ我らが道化。我々とてそれぞれの生活があります」

「お仕事放棄するとかないわー。あーし結構真面目な性格だし?」

「それで結局どういう用件だ。端々に聞いた限りでは東郷圭介に関する事柄のようだが」


 集団の中からアイリスに向けて疑問が飛び出し、それに対して光清が応じる。


「あ、東郷圭介の件なんですけど、結局殺す流れになったそうですよ。僕と貴方がたとで」

『フェルディナントを討ったと言えども君達が力を合わせれば滅多なことでは負けないだろう。もちろん未だ不安要素が無いと断言するのは難しいけれどね』

「なーんだ、それならわざわざ呼び出さなくても良かったじゃんかよ」

「アタシ油断してメイク薄めで来ちゃったんですけど」

『すまないとは思っているとも。だが一度こうして人目に触れない場所まで移動する意味はあったはずだ』


 ノイズが走る画面の中で、空色に輝く術式が躍る。


『光清君はそこに並んだ連中を糧に戦闘の準備を進めておいて。そして“ラハイアの座”には、これを』


 帯状にゆらめき輝く術式が“ラハイアの座”である集団の中の一人、サラリーマン風の男へと伸びて胸元に突き刺さった。

 そのまま内部へと侵入していくそれを最初は不思議そうに眺めていた男だが、やがて得心したらしく穏やかな表情で頷く。


「なァるほど! いざという時は()()()()()と」

『そういう事さ。流石に今の挙動をそこいらの路地裏でするわけにもいかない。わかるだろう?』

「了解です。今いる他の皆にも複写して共有しておくからよろしく」


 男が胸元に己の手を当てて蜜柑色の燐光を迸らせると、彼以外の全ての“ラハイアの座”に向けて同じ色の線が伸びた。

 光るそれらが各々の胸元に届くと同時、これまた各々が反応を示す。


「うっわ、こんなんやらされるンすか俺ら」

「へぇ……我らが道化も容赦ないなぁ」

「でも楽しそう!」

「楽しくねーよどう考えてもこんなんしなきゃ勝てない相手と戦うって事だぞ」

『その通りだ』


 呟いた学生服の少年にアイリスが同調した。


『既に東郷圭介との和解の道は閉ざされている。そして半端な備えでは君達に甚大な被害を生むのも目に見えているからね。こちらで用意できるものは用意したつもりだ』

「あ、つまり今回の仕事って今までと違って何かするついでじゃなく、東郷圭介そのものを標的とした作戦になるんですね」

『その通り。そして同時に前もって戦場の下見を終え、地の利で優位に戦えるよう準備を整える必要がある』


 話の流れから光清もアイリスの意図を察し、また“ラハイアの座”に付与された術式の正体にも見当をつける。


 今までの[デクレアラーズ]は他の仕事を進める傍らで、その場にいた東郷圭介と衝突してきた。

 だが今回は勝手が違う。最初から東郷圭介を殺害するためだけに企てられた計画なのだ。


『行き先はゾネ君主国のグリモアーツ加工所。彼のグリモアーツ“アクチュアリティトレイター”を新調することと、国内の排斥派を鎮静化するまで雲隠れするためというのが彼らの目的だ』

「ハイハイ理屈ァ理解できましたよ。んで、具体的な動きに関して何か指示とかあるんですか?」


 何らかの作業員と思しきヘルメットを被ったボイラースーツ姿の男が、地面に置かれたテレビに向けて問いかける。


『強いて言えば現地に到着してからもすぐに動かず、じっくりと罠を張って動いてほしい。君達二人が協力すればそのくらいは容易だろう?』

「あ、細かいところは丸投げって感じなんですね。了解です」

「こっちも了解。つまりアレか、俺らと“ランスロットの座”で話し合えってか」

『理解してもらえて嬉しいよ。それじゃあ、ボクはそろそろ別の場所に向かわせてもらおう』


 空色の燐光を散らしながら、転移術式が地面に展開された。もう道化がここに留まる意味もない。


『必ずしも慢心はしないように。ボクにも読めないものがあるのだから』


 そう言い残して、テレビがその空間から姿を消した。

 今頃は別の構成員に仕事を割り振りに行ったのだろう。


 フェルディナントを失ってから[デクレアラーズ]の動きは鈍くなってしまっている。

 機動力を大幅に落とした組織に今できるのは、全体を取り仕切る“道化の札”による正確な人員配置だ。

 いかに[十三絵札]と言えどもおしゃべりに興じる暇はない。


「あ、それじゃあ一応僕としてはやりたい事があるんですけど」

「何だい?」

「それを話す前にですね」


 言うと同時、光清の頬に若苗色の術式が浮かび上がった。

 そうして魔力の光を帯びた顔を[カーニバルスクエア]の残党に向ける。


「まず食事を済ませておきます。この程度の量じゃ全然足りませんがね」

「それなら来る途中で不法滞在者のキャンプ地点見かけたんで、そっちも行きましょうか」

「結構デカかったよな。にしてもここ最近になって途上国で増えてねえか、ああいうの」

「山にゴミ捨てて放置してくしマナーとか全然守らないもんね。殺そ殺そ」


 バリエーションと数がどうあれ、結局は[デクレアラーズ]。

 社会に害を為すと見れば即座に処分すべき対象と見なすのは“ラハイアの座”も変わらない。


「あ、そういう情報ホントに助かります。じゃあこれらの次に食べに行きましょう」


 光清が気軽に返事をすると、彼が着ている衣服の隙間という隙間から急に木の根が無数に伸びた。

 それらの先端は動けずにいる男達に突き刺さり、しかし貫くことはせず肉の中に留まる。


「あ、ぁああえァァっ」


 声というより音に近い断末魔の悲鳴が幾重にも響き渡るが、それも一瞬。


 全身の養分を根に吸い取られた彼らは、全員例外なく骨と皮を残して人間から人間の残骸へと変貌した。

 落ち窪んで穴となった目は何も見ておらず、体毛は毛穴の拘束から解放されてところどころ抜け落ちていく。


「あ、でもせっかく補給してもこの後すぐ使うんですよねこの養分。栄養ドリンクを常用している社会人の気持ちが少しわかったような気がします」


 ほんのりと諧謔を滲ませた光清の発言に何人かの“ラハイアの座”が笑う。


 二人の“騎士”が、東郷圭介殺害のために動き始めていた。

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