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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十五章 樹海と人海の波濤編

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第一話 今後の話を

 王城に閉じ込められてから三日目の朝、ようやく王城騎士にして知人でもあるセシリアが部屋を訪れた。


「おはよう。元気そうではないな」

「お陰様で」

『おはようございます』


 うんざり、という態度をもはや圭介は隠しもしない。そんな被害者面の彼に悪びれることもせず、彼女は室内に備え付けられた椅子へと腰を下ろす。

 一応こんな場所でも武装型グリモアーツ“シルバーソード”は腰から提げたままだ。


「初日以来ですね。何かあったんですか?」

「いくつか話しておくことがある。が、その前に」


 言いつつセシリアが自身の座る椅子の底に指を這わせ、同時に“シルバーソード”から鉄黒の燐光を迸らせる。


 すると椅子に仕込まれていたらしい何らかの術式が解除された。


「事前に言ったことをよく守ってくれた。下手にお前がこれを見抜くと別の面倒事に繋がっただろうからな」

「考えただけで嫌になっちゃうんで、こういうのはお任せします」


 セシリアがしたのは、椅子に付与されていた盗聴術式の解除。


 王城はそこかしこにありとあらゆる派閥が耳目を仕込み、機密情報のやり取りからちょっとした独り言すら誰かに聞かれる魔窟である。

 増してや今回王城に来ているのは短期間で実績を積み上げている若き客人。となれば来客に向けて用意された部屋とて例外ではない。


「いつからこの魔術が付与されていたかわかるか?」

『初日に貴女が室内にある全ての盗聴ないし盗撮術式を解除してから、およそ五時間後にはもうありましたよ』

「仕込んだとしたらご飯運びに来たおっさんかなぁ。アズマがいてくれなきゃ絶対わかんなかった。手品かよ」

「それでいい。すまんが今は察しの悪い能天気な学生を演じていてもらえると助かる」


 相手が権力者ともなれば、最初に魔術を仕込まれていたからと迂闊に手出しするのも賢くない。

 常人では理解どころか認識すら難しい角度から飛躍した論理で責め立てて、そこに大金を投入する形で自分の意見を押し通そうとする輩もいるためだ。


 もっとも、そういった性質の者らは第二次“大陸洗浄”によって数を減らしつつあるが。


「そこまで短期間で次の手を打てるということは、それだけ高い地位にいる相手ということでもある。王城騎士たる私なら不敬にも姫様の名を掲げられはするものの、お前はそうもいかんだろう」

『勲章や働きがどうあれ、立場は一介の学生ですからね』

「相手によっては偽証も脅迫も当たり前に一つの手段として使ってくる。その段階に至らないためにも今は耐えてもらわねばな」


 話を聞けば聞くほど「そりゃ[デクレアラーズ]の味方する人もいるわな」と心の中で言わずにはいられない。

 溜息を吐きながら周囲を精密に索敵する。もう怪しげな術式は室内に見受けられなかった。


「それで、お話ってなんです?」

「まずこの状況があとどの程度続くかについて話しておく」

「お、ようやく目途が立ったんですか」


 たかが三日、されど三日。


 ここまで一つの部屋に押し込められてきた身として、この生活がいつ終わるのかは重大な話である。

 何せそれを知らない以上、終わりが見えない。終わりが見えなければ頭の中でこの状況が永遠に続く可能性すら見えてきてしまう。


「あと一日我慢してくれ。そうすればここからは出せる」


 なのでセシリアの口から出たその情報は、圭介にとって福音となった。


「うっしゃァ思ったより早い! やっと出られるわ、二度と来たくないこんな場所バカじゃねーの狭いわつまらんわ本当にセンスない何が王城だよキメェんだよ今後はトイレって名乗れウンコ製造所が!」

「実質的な軟禁状態だったわけだからこちらも何とも言い難いが、にしても好き勝手言うなお前は……」

『フラストレーションが蓄積していましたから。仕方ありません』


 だとしても盗聴されていたらと思うととんでもない発言だったが、それだけ圭介も苛立ちを重ねてきていたのだ。

 王族がこの場にいないのなら好きに言葉を吐き出したくもなる。


「ただし、その後お前には他のパーティメンバーとともにこの国を出てもらう」

「あ? 何すかそれキレそう」

「誤解するなよ。国外追放というわけではない。国内の排斥派をある程度まで鎮静化させるから、それまで外国で観光がてら用事を済ませてきてもらいたいという姫様の計らいだ」


 相手が顔馴染みのセシリアであることと、即座に事情をまとめて伝えられたため怒りの感情は湧いてすぐに抑えられた。


 実際問題、排斥派の動きは厄介だ。


 つい先日の文化祭においても、彼らは王都に火を放った上で騎士団学校を襲撃していた。

 それも当時の教育委員会会長が後ろ盾となっていたため、評判の悪い冒険者だからと差別的な扱いもできずに招き入れてしまったのだ。


「お前の活躍を国民全員が、そして王族やその関係者全員が歓迎しているとも限らないのだからな」


 今後も文化祭の時と似たようなケースが無いとは言えないのだろう。

 次の襲撃がどこからくるか明確にできない以上、国としても国防勲章受勲者のパーティを守るため建前を用意してでも動く必要があったらしい。


 その気遣いに関しては、圭介もありがたく思うばかりである。

 王族を信頼する理由には未だ遠いが。


「さて肝心の行き先だが、確定しているのはゾネ君主国にあるグリモアーツ加工所。具体的な話は後でプリントして渡すから、しばらくこの部屋で待っていてもらう」

「グリモアーツの加工所、ですか?」

「ああ。先ほどアズマが言ったように学生相手ではなかなか話を出しづらくはあったんだが、お前達に新たなグリモアーツを提供しようという話自体は以前から姫様もお考えになられていた」


 新たなグリモアーツ。

 それが何を意味するのか、圭介にはわかりかねた。


「でもグリモアーツって新調してもすぐシンボル浮かんでまた同じのが出るようになりますよね。わざわざ作り変えて何か違ったりするものなんですか?」


 グリモアーツは基本的に新調したからといって使い勝手に影響がない。

 それなのにわざわざ加工所にこだわる必要などあるのか、という疑問は当然あった。


「職人の技量によっては魔力の通りに幾分の違いが出る。そしてその違いこそが、戦場において生死を分ける事例も往々にしてあるさ」

『つまりマスターがこれから[十三絵札]と戦うとなった場合、少しでも生存率を上げるために必要な措置ということでしょうか?』

「ああ。戦いにおいて必須事項ではないが、決して気休めとも言えん」


 アズマの問いかけに対し、セシリアが少し柔らかく微笑む。


「王都メティスではグリモアーツの精錬を大企業が担っているからな。当然そちらも高い技術力を有してはいるが、大量生産による画一的な仕上がりでは性能も均一化されてしまうものだ」

「外国の加工所だとそんなに何か違うんですか?」

「圭介の血液から読み取れる遺伝子情報のみならず、普段から使っている魔術や体格などから理想的なグリモアーツを逆算して作るわけだ。贅沢だが値段に相応しい出来栄えにはなるだろうよ」


 まだ具体的な想像はつかないが、とりあえず圭介にとってメリットしかない話が舞い込んでいるらしいことは理解できた。


 今まで“アクチュアリティトレイター”の性能に不便を感じた経験などない。

 しかし王城騎士たるセシリアがそこまで言うのなら、実際に違いはあるのだろう。


 話の内容からして虚言や姦計を介在させる意味もあるまい。ここは素直にゾネ君主国とやらに出向いて、同時に国内のいざこざから一旦距離を取るべきと判断した。


「そういうことなら、僕が反対する理由もないですね。他の仲間もグリモアーツを新調したりはするんですか?」

「どうだろうな。騎士団学校に入学する際、自分のグリモアーツを信頼できる加工所に依頼して新調する学生もいると聞く。その辺は各々の判断で構わないと思うが」

『つまり全員のグリモアーツを新調する意味は薄いと』

「まあ二度手間みたいになっちゃうならお金かかるだけだし、無理に動くこたないか」


 逆を言えば武装型でもない限り量産品でも個々の能力を如実に発揮してしまうのが、グリモアーツという魔道具なのだ。

 この先で衝突する可能性の高い[十三絵札]のグリモアーツなど、元々の性能に加えて相当な調整が入っているに違いない。


 やや遠回りにも見えるが、圭介にとって今回の話は渡りに船とでも言うべき話である。

 少しでも勝率を上げる。そのためにできることが己の修練以外にも残されているのなら、動かない理由は無かった。


「お話はわかりました。喜んでその加工所とやらに行かせてもらいます」

「私個人としてもその方がいいと思うよ。まだどこまで自覚しているか知らないが、お前の力は既に一国が軍事力として保有していてもおかしくないほどの強さを持っている」


 柔らかな微笑みは、いつの間にか陰を帯びていた。


「お前のような少年に、背負わせるべきではないくらいにな」


 言われて、自分の戦いを思い返す。


 フェルディナントとの激闘において、圭介は修行の成果としての力を存分に振るった。

 第二魔術位階【バニッシュメント】を始めとして、様々な魔術を会得している。


 今の彼ならマティアスの“インディゴトゥレイト”やゴグマゴーグさえも、単独で難なく撃破できてしまうだろう。


 冷静に考えてみて、確かに一個人が持つには重い力だ。


「お気遣いどうも。でも僕は大丈夫ですよ」


 とんでもない力を得て、それが世間に露見している。

 思うところはあれど歩みを止める理由にはならない。


「他の連中が勝てないだの何だの言ってる[十三絵札]の中に一人、どうしてもしばき倒さなきゃいけない相手がいるんです」

「それは……」

「しかもその馬鹿、結構上の方の強さっぽいんですよね。だから色々しんどくても、僕は僕の意志でそいつのところまで行かなきゃいけないと思ってます」


 思い浮かぶのは飴細工の庭園。

 その中心で見慣れた笑顔を浮かべる、一人の少女。


「それが結果的に国のためになったり僕の不利益になったりもあるかもですけど、関係ありませんよ。あいつは僕が元の世界に帰らなきゃいけない理由だった相手で、そして」


 そして、から続く言葉が少し詰まる。

 が、どうにか口を動かして紡いだ。


「そして元の世界に帰るなら、その前に必ず別れを告げなきゃいけない奴なんです」


 もう恋人どころか仲良くしてもいられない。

 生理的嫌悪という個人的な事情に加えて、彼女は恣意的な殺戮を是とする集団に与してしまった。


 ならば告げるべきだ。


 もう同じ道を歩むことなどできないのだと。

 事によっては、殺し合いすらしなくてはならないのだと。


「覚悟は、できてるつもりですから」


 フェルディナントを殺して迎えた昨日の夜、圭介は異世界に来て久しぶりに便器に向けて嘔吐した。


 人を殺した。フェルディナントのみならず、何人も。

 彼ら彼女らが決して悪人ではないとわかっていて、それでも殺した。


 既に圭介の手は汚れていて、元の世界に帰っても元に戻ってくれない。

 そんな残酷な現実が、同時に一つの選択肢を圭介の前に掲げている。


 どうしてもお互い譲れないのなら。


 倒さなければならない。


 彼女を。

 財津藤野を。


「……そうか。余計な口を挟んでしまって、すまなかった」

「よしてくださいよ。寧ろ僕としてはセシリアさんにああ言ってもらえて精神的に楽になれたんですから」

『どちらかと言えばこれから先に生じるであろう[デクレアラーズ]との交戦にこそ、騎士として備えねばならない点がいくつもあるでしょう』

「いや言い方。そんでタイミング」


 アズマの冷淡な正論に少し苛立つも、圭介とてわかっていた。


 彼はもう既に“ヘクトルの座”フェルディナント・グルントマンを倒してしまった。


 となれば相手も今になって雑兵を差し向けるはずがない。

 動かすとなれば少なくともフェルディナントより大きな力。


――[十三絵札]との戦いは、そう遠くないのである。

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