第八話 溝は深まるばかり
二年生の女子三人組を保険医に預けた後、圭介達は森に戻らず待機するよう言われて大人しくベンチに座っていた。
要人の身を護る為とはいえ、他の生徒達が戦っているのにこんなことでいいのだろうかと申し訳なさが湧いてくるのは、圭介が日本人であるが故か。
「森の中で何が起こってるんでしょうかねえ」
「殺すどころか重傷を負わせるわけじゃなし、若い女だからと犯すでもなし、金品も無事となれば森の中に侵入されることそのものを嫌う何者かがいるのでしょうね。恐らくはゴブリン達の活動にも深く関わっているのでしょう」
ティーカップに注がれた紅茶をちびりと飲みながらフィオナが言う。言葉選びに遠慮がない辺りは王女というより軍人めいていたが、内容は納得せざるを得ないものだった。
彼女の隣りではセシリアが座らずに直立不動を貫いている。保険医の女性職員が気を利かせて「あ、あの……」と話しかけるも「結構」の一言で一蹴していたことから、自分の意思で立っているのだろう。
あれからまだ奥まった位置まで進んでいなかった者達がちらほらと戻って来ているが、ゴブリンの返り血を浴びている者はいても傷を負って命からがら、という様子の生徒は見当たらない。
ただ圭介達と同様に、妙な場所で倒れている同級生や上級生を発見して連れ帰って来る生徒も複数人は存在していた。
(エリカ達はどうなったかな? 倒れた状態で運ばれてきたりとか……ってか怪我とかしてたらどうしよう)
圭介が自分のパーティメンバーの心配をしていると、
「セシリア、気付いた?」
「は。ゴブリンの数は想定外に多く、アーヴィング国立騎士団学校側は難易度を見誤った状態で作戦を立案し合同クエストを開始したものと思われます」
「ええ。加えて現状死傷者は出ていないけれど、所属不明の敵性存在による生徒への攻撃という重大な問題も挙げられるわ。被害者の中には貴族のご子息やご令嬢もいるでしょうし、彼女がどう出るか楽しみね」
横から色々と学校側に力添えしてもらってきた圭介の立場的に少し不安を覚えるような会話が聞こえた。
「えと、その。お二人はどうしてその、ゴブリンが想定外に多かったと……?」
「血を浴びた一年生の数が多過ぎる、ただそれだけの話ですよ」
アルカイックスマイルを維持したまま、フィオナは語る。
「私が事前に計算した限りだと今回の合同クエストにおいて一年生がゴブリンと接触する回数は一人辺り一.三匹と予測されていました。中にはゴブリンを見ることすらないままに今日のクエストを終える者もいたはずなのです」
カップの中身が空になったのか、セシリアがティーポットからカップに再び紅茶を淹れる。
優雅に一口含んで、再び彼女は話し出す。その目は返り血を浴びた生徒達に向けられていた。
「にも拘らず第三陣の、それもこうしてすぐに戻って来られるくらいには後方にいた勢力にあれだけ戦闘の痕跡を残す生徒がいる。ということは、第一陣と二陣が仕留め損ねた分の割を食ったという話に繋がりましょう」
言われてみると気づかなかったことを恥じるほどに明瞭な根拠だ。
圭介としては「こんなものか」程度の認識しかなかったため、経験不足から察しづらいというのもあるが。
「即ち上級生らも処理しきれないような数のゴブリンがあの森には潜んでいるという結論に行き着きました」
「…………」
「まあ手遊び程度の推理ごっこと聞き流して下さって結構ですよ。確実な情報は学校側が聞かせてくれるでしょうから、それまで我々は待っていればいいのです」
そう言うとどこから持ち出したのやら、タブレットをいじり始めた。
『ごっこ』と嘯く割には学校側にとって不利になりそうな情報をメモ帳にまとめているようで、その姿を圭介に対して隠そうともしていない。
圭介はというと、フィオナが敵なのか味方なのかを計り損ねていた。
元の世界へ帰還する為の手がかりを交渉材料として半ば脅迫めいた形でクエストを依頼したかと思えば、依頼主という立場であるにも拘らず圭介らと共に前に出て調査に協力し、危険と判断すると即座に後ろに下がって今は学校側の出方を窺いつつ今回の不祥事に関する問題点を箇条書きしている。
一貫しているのは超然とした余裕の笑顔のみ。これではコミュニケーションも取りづらい。
「これから、どうなってしまうんでしょうね」
困って投げかけた適当な話題だった。それにもフィオナは律儀に返す。
「安全面を考慮して合同クエストを中断し、内部にいる生徒らは死体回収を担当する教師陣がこの広場へ誘導。ここまでは確定として」
「はあ」
「完全にこちらから見て反対側の地点まで移動している三年生などはそのまま一度外部に出てから森林地帯の外周を迂回して戻ってくる形となるでしょう。その後改めて集合した全校生徒に中断を知らせて早めの帰宅、という形に納まるかと」
「……それだと森の中を調査できなくなってしまって、姫様も困るのでは?」
「いえ、調査は継続して行います」
あっけらかんとそう言われてしまい、圭介としては面食らう。
「え、でも肝心の合同クエストが終わって…………」
「私が貴方達パーティに依頼したのは『私の予想に根拠を持たせるための』調査です」
第一王女は隠すことも臆すこともしない。
「合同クエストを中断せざるを得ない状況に追い込むような不確定要素がわざわざ姿を現してくれたのなら好都合。予想を上回る数のゴブリンの発生と併せて関連性を探れば湧いて出る真実も必ずあります」
人を効率よく運用するということ。
それを今、圭介はまざまざと見せつけられていた。
「本格的な危険要素の出現となればセシリアに常駐の騎士団を動かさせる事で戦力の増強も見込めますし、メリットがないわけではありません」
「……じゃあ、初めからこんな大規模なクエストなんて開かずに国が騎士団だけで調査するという選択肢もあったのではないでしょうか。何かが起きそうとは思っていたんですよね?」
「此度の合同クエストは、レイチェル・オルグレンという人物が有する国立騎士団学校校長としての資質を問う試金石でもあるのですよ」
当然の事と言わんばかりに橙色の瞳には迷いがない。
「突如転移した客人への対応は迅速且つ適切で申し分なかったものの、排斥派勢力を校内に抱えたまま結局はヴィンス・アスクウィスによる襲撃事件を防げなかったとして彼女を責める声もあります。私自身も若くして今の立場にまで上り詰めた彼女の辣腕には少なからず興味を抱いていますから、これを機に彼女の実力を見極めようと思い二つのクエストを依頼した次第です」
王都内におけるゴブリンの大量発生という異常事態。
その調査の片手間に彼女は同時進行で人を使い、そして観測を続けていた。
「一分の隙も見せない対応をしてみせれば彼女を疎む者達も沈黙させられますから、校長先生にとっても有益な話となるでしょう」
でもまあ、と続ける表情は楽しげだ。
「彼女に確かな素養と才覚があるのであれば今回の件でそれが証明され、力及ばなければ来年には新しい人材が彼女のポジションに納まるだけの話ですけれど」
今度こそ呆気に取られた。
要するに彼女は正体不明の脅威が現れ複数の生徒が昏倒しているこの異常事態を、レイチェルの手腕を試す上で極めて好都合な展開と認識し嬉々として利用しているのだ。
それを感じ取った圭介は少なからず不快そうに顔を顰める。
「そっすか。そういう人を人とも思わない考え方、どうかと思いますけどね」
反発心は拗ねたような声色となって表出してしまう。しかし後悔も罪悪感もなかった。
元々彼はこの世界の人間でもなければ、戸籍を取得させられはしたもののアガルタ王国民でもない。単なる日本人の高校生なのである。
一時とはいえ同じ学校で過ごしてきた同級生や先輩、ここまで色々と面倒を見てくれたレイチェルをこうもぞんざいに扱われては好意的ではいられない。
敵味方の問題ではなく、圭介ははっきりとフィオナを嫌っていた。
「ふふっ」
普通に考えれば失礼極まる態度だったはずなのだが、フィオナはおかしそうに笑うのみ。
奇妙そうに圭介が首を傾げた辺りで、離れた位置から聞き慣れた声が耳に届いた。
「うぉーい、ケースケーっ!」
「あ、馬鹿だ」
「おうゴルァ聞こえたかんなテメェ!」
エリカ達パーティメンバーだけではない。近い距離にフィオナがいると気付いて食べかけの野菜スティックをケースにしまい込むモンタギューの姿も見えた。
「お疲れー。やっぱケースケ君と姫様達も先生に言われて戻って来たの?」
「いや、何か途中で倒れてる二年生の人がいたからこっちまで運んできたんだよ」
「倒れて……!? 大変だったじゃん」
そのまま雑談の流れに入ろうとしたその瞬間、
「出たぞぉぉ――――ッ!!」
誰かの叫びがその場にいる全員の意識を支配した。
一同の視線はまず声の発生源である一人の男子生徒に集中し、次いで彼が指差すその先へと向かう。
そして、そこには。
「うーわっ」
「何アレ」
「は……?」
「え、え!?」
甲羅にピエロの上半身が生えた、大型トラックと同等の大きさを誇る金属質な蟹。
「ないわー」
いくらここが異世界であると認識している圭介でもそんな一言が飛び出す程度に存在そのものが荒唐無稽な蟹は、一切音を立てずに森を形成する木々の上に鎮座していた。
そこから生えている両手にハリセンを握り込んだピエロも不気味な笑顔を貼り付けながら広場に集合した生徒達を丸眼鏡越しにじっと眺めている。
「何なんだよあの……いやマジであの……何、この…………何………………?」
困惑し過ぎて意味のある発言も儘ならずにいる圭介の横で、フィオナが立ち上がる。セシリアも警戒心を顕わにしながら一歩半ほど前に出て、剣の柄に手をかけた。
「思っていたよりも早い段階で姿を現しましたね。恐らくは機械で構成されているものと思われますので、まずは操縦者を見つける必要があるでしょう。この中に索敵能力のある方はいらっしゃいますか?」
どこまでも冷静な声に最初に応じたのはユーだった。
「そうだエリカちゃん!【マッピング】だよ!」
「あ、それだ! ってか何だかんだ使いまくってる気がすんぞこの魔術!」
「ごめんこないだ馬鹿にしたの謝る、【マッピング】優秀だわ!」
「おう帰りにジュース奢れよな!【案内人に告ぐ 導を示せ】!」
ミアの謝罪を受けつつエリカが魔力で編まれた地図を作製する。その地図の上には点々と人間を表すであろうポイントも表示されていた。
「よし、これで不審者を発見すりゃあそれがあの化け物の操縦者だ!」
「……便利ですねその魔術。魔術位階も低いようだし、騎士団でも必修魔術として採用しようかしら」
ぼそりとフィオナが零した言葉は今は捨て置き、地図上の記号を確認しようと一同が集中したその瞬間だった。
「ぐぁあッ!?」
距離と位置の概念を無視して突如放たれたハリセンによる一撃が、エリカの脳天にぶちかまされた。
「エリカ!?」
「エリカちゃん!!」
跳ねてぐらりと揺れたハリセンはすぐに蟹と同化しているピエロの方へと戻っていく。
スプリング状の腕によって離れた位置から振り下ろされたようである。つくづく常識から外れた存在だった。
「ナンデヤネン!」
「何が!?」
ピエロが叫んだ言葉の意味を理解しつつも内容までは不明瞭なまま圭介が疑問符を浮かべる。
頭部にそこそこの威力を持った一撃を喰らったエリカは目を回しながら倒れてしまい、それに伴って【マッピング】によって構成された地図も霧散してしまった。
恐るべきは、その一撃から発生して然るべき音を優れた聴覚の持ち主であるミアですら感知できなかったという点である。
速度と威力、外観から恐らく防御力も高いのだろうと推察できる敵の出現は、彼女らに緊張感を齎した。
「気を付けて。どうやら相手は無音で行動する何らかの術式を搭載しているようです」
言いつつフィオナがドレス姿だというのに土の上にわざわざ正座し、エリカに膝枕しながら頭部の怪我に簡単な回復の魔術を施していた。
どうやらグリモアーツではなく、回復術式が組み込まれた使い捨ての付箋を使っているようである。
少なくとも致命傷には程遠いであろうエリカの様子に安堵しつつ、圭介は蟹に目を向けた。相手は未だ生い茂る木々の上で広場を睥睨している。
恐らくフィオナの推測が正しかったのだろう。森から出ていく生徒には一切手出しをしないものの、更なる避難誘導を試みようと再度森に入りかけた教員には容赦なくハリセンで攻撃を加えていく。
そのハリセンも致死性の威力を発揮するようには作られていないようだった。そうでなければあれほどの速度で叩きつけられたエリカが気絶する程度で済むはずもない。
だが致死性であるか否かを問わず、一同の警戒心は殺意ある敵との対面に等しいところまで上昇していた。
何を狙っているのかわからないというのがどれほど厄介なのか、情報不足な状態でヴィンスに横腹を突かれた経験から学んでいたからである。
「……仲間引っ叩かれた以上は放っておけないよねえ」
そう言って“イントレランスグローリー”のエッジ部分を蟹に向けるミア。
「それに私達が受けたクエストを達成しなきゃいけないもんね」
殺気を放ちながら“レギンレイヴ”を構えて蟹を睨むユー。
「ふご」
睡眠時無呼吸症候群の兆しを見せるエリカ。
「………………ああ、そうだね」
警戒の奥底には繋がりがある。
生まれ育った世界は違えど通ずる思いは確かにあった。
仲間への思いやりと、仕事に対する誠実さ。
その二つを欠け損なうことが、彼女らはたまらなく嫌なのだ。
「セシリアさん、エリカと姫様を頼みます。僕らはあの……えっと、ピエロ? 蟹っていうか……何だアレ!? と、とにかくアレをぶっ壊しに行きますので」
「わかった」
ぶっきらぼうながらも返事はしてくれた。会話に不慣れとまではいかないようで安心するし、事態が事態なので短い会話で最低限のやり取りを済ませられるならそれに越したことはない。
「おっし、んじゃ行くぞぉぉぉぉ!!」
掛け声と共に、各々のグリモアーツを手にした三人が走り出した。
「……いいものですね、ああいうのも」
後ろで愛おしそうに、そして切なげに呟く声には気付かないまま。




