プロローグ 贅沢な牢獄
深く体が沈むようでいて、しっかり頼もしく支えてくれる柔らかなソファ。
疲労の回復が遅れていれば何度でも睡魔に身を委ねてしまいそうな感触を受け、それでも圭介は注意深く周囲を見回し続ける。
「帰りてぇ~」
見上げる天井には何らかの植物をモチーフとしたであろう彫刻が施されていた。
そこから電灯とは異なる魔力を動力源とした三角柱型の照明器具が吊り下がる。
壁面に飾られた油絵の額縁にも独特な意匠が見えるのは、中で上げた声が室内全体に響き渡るよう計算してのものであると教えてもらった。
彼を、ここに呼んだ者から。
『ただいまを持ちまして、この部屋に監禁されてから二十四時間が経過しました』
「嫌なアナウンスだぁ……」
両足を包むスリッパと足裏に触れる絨毯に反し、頭を掴むアズマの爪は相変わらず硬質だ。
暇を慰めるためだけに延々と番組を垂れ流している壁に埋め込まれたテレビの大画面では、そろそろ見飽きたニュースが絶えず流れ続けていて退屈極まりない。
――[デクレアラーズ]幹部格[十三絵札]の一人、フェルディナント・グルントマンがアガルタ王国のトーゴー・ケースケにより撃破された。
まだ第二次“大陸洗浄”が始まって半年も経っていない今、これほどまでに激しく事態が動くとは誰も予見できていなかったのだろう。
その功績を認められて圭介は今、一人だけ他の学生よりも早くダアトからメティスに帰還させられている。
「さっき学校の課題と朝食済ませて、シャワー浴びてお風呂入って、歯磨き終えて? もうやること何も残ってないよどうすんだこれから」
『テレビを見ているでしょう、今まさに』
「似たようなニュースばっかで退屈なんだよ。あとなんか見たことない変な生物の水槽を延々映してる謎の番組しかやってない」
彼が今いるのは、アガルタ王城の一室。
相当高い位置に立つ者を迎え入れて宿泊させるためのスペースであった。
平民であれば見るどころか近づく機会すら得られないその場所で、圭介とアズマはここまで丸一日を過ごしている。
というより、閉じ込められている。
「あーもー、ニュースで英雄扱いされてるよ僕。すっかりヒーローみたいな扱いだよ」
『現実は囚人のような状態ですが』
「な。どうしてこんな目に遭ってんのかな、僕ら」
第二次“大陸洗浄”が始まってから、多くの権力者が[デクレアラーズ]によって葬られてきた。
反抗するだけの力もなく、圧倒的な物量と不可思議なまでに的確な作戦で蹂躙の限りを尽くされ、中には滅びた国もあったという。
そんな中で幹部格を初めて討ち取った圭介の成果は、世間でも大々的に取り上げられていた。
「スマホ没収されてるから暇つぶしもできないしさあ」
『この部屋には最新のゲーム機と各種有名どころのソフトも配備されていますので、試してみてはいかがでしょうか』
「これまでバカほど稼いだ報酬で一通り触ってるからそこまで魅力ないわ」
『ああ……エリカ・バロウズとよく遊ばれていましたね』
圭介の実績は偉業として語られる一方、特定の層からの反感も買ってしまったという。
具体的にはフェルディナントの被害者の中からだ。
二重帳簿や違法な条件が記載されている労働契約書、資金洗浄の途中だった財産などが彼らの手元に戻ってきていない。
それらは犯罪の証拠であると同時に、違法な取引を進める上での必需品であったために。
そんな明らかな逆恨みの声を本人に届けてしまうのだから、よほど余裕がないのだろうとは圭介にも理解できた。
「もうマジでさっさと自分の部屋に戻りてぇ~」
結果的に表立って排斥派となってしまった者も多く、そんな彼らからの直接的な被害を防ぐために王族は彼を閉じ込めたのだ。
この、豪奢で何不自由なき牢獄へと。




