第七話 形容し難き脅威
「はい、お願いします。はい」
森の中、モンタギューは足元にゴブリン三体分の死体を転がしながら旧式の携帯電話で簡単な報告を済ませた。
この合同クエスト中、森林には高等部の生徒と複数の教員がいる。この場合教員の仕事はゴブリン討伐ではなく死体の回収である。
彼らが回収したゴブリンの死体が、そのまま中等部の生徒らに届けられて解体作業の教材となるのだ。
「ったく、勘弁願いてェな。第一王女だか知らんが、王族相手に媚び売ろうと見栄張っておいてテメェのケツも満足に拭けねェのか上級生共は」
愚痴をこぼしつつ丁度近くに置かれていたベンチへと腰を下ろす。
小さく舌打ちすると、腰のケースから取り出したミドリノサラのスティックを取り出して咥え込む。
死体の回収が終わるまでの間、討伐した生徒が誰であるかを確認する必要がある。それ故に教員に連絡を入れた彼はしばらく死体がある場所から動けない状態となった。
一応このルールは確認の意味だけではなく、適度な休憩を随所に挟ませることで生徒達に無理のない安全な進行を促すという意味も込められている。
(……だが浮かれた馬鹿どもが取りこぼしたにしても妙だ)
小さな違和感を胸に、モンタギューは転がるゴブリン達を見る。
(今回の作戦、コイツらを一掃するって意味じゃあ確実な内容だったはず。それこそ簡単に計算しても、第三陣にいる俺ら一年生は一人につき二体も出くわせば多いくらいだっただろう)
だが目の前に転がる死体は三体分。更に今いる場所に辿り着くまでの間、モンタギューは合計七体のゴブリンを討伐している。それも一度目に三体、二度目に四体とまとまった状態での遭遇だった。
最初に見積もっていた数よりも、明らかに多過ぎる。
(まァ久々に気張っちまったから俺の後ろを歩いてる連中には退屈させちまうかもしれんが。にしたって他のルートもこうだとすると、他の連中の中にも俺と同じ違和感を覚えてるのが何人かいるはずだ)
思考を深める、その背後に足音が聴こえた。
回収を手掛ける教員が到着したものと思い、モンタギューが振り返ると――
「ギャシャアアァァァッ!」
――ゴブリン、五体。いずれも互いに走れば一秒もしない内にぶつかる距離に固まっている。
「オイオイ」
視線が交差した途端に走り出したその集団に対して彼がしたのは、パチンと指を鳴らすだけ。
その瞬間、ゴブリン達の足元がかき混ぜられたクリームのように急激に歪んだと思うと生物の喉よろしく彼らの下半身を地中に引きずり込んでしまった。
並ぶゴブリン達の首は動揺している間に突如モンタギューの足元から現れた幅の広い刃によって、まるで討伐というよりは作業のような淡々とした手際で切断された。
「参ったな、予想以上に今日はキツい仕事になりそうじゃねえか」
放たれた平たく幅広な刃は空中を旋回してから呟く彼の元に舞い戻る。
焦げ茶色のそれは刃の後ろに長く続く帯状の部位も有しており、見る者が見れば反物のように柔らかながらも全体が抜群の切れ味を誇るのだと理解するだろう。
上半分を起こして鎌首をもたげるその姿は、顔こそ無いものの生命体に近い動きをしている。例えるなら蛇の如く長い尾を持った巨大なエイだ。
触れている無生物を一時的にだが粘土状にしてしまう第四魔術位階【クレイアート】が組み込まれたモンタギュー・ヘインズビーのグリモアーツ、“ア・バオ・ア・クゥ”である。
生命体に見えなくもないが実際には持ち主の意思によって動かされ、地中だろうが壁の中だろうが潜り込んではその剣にも似た頭部で敵を斬り捨てる。
余りにも残忍性と殺傷力が高く彼の性分に合わないという事情から滅多なことでは使われないが、今日のように多数のモンスターを相手取る場合にはかなり有用な相棒だった。
弱点としては粘土状に変化させられる体積と質量に限りがあるという点が挙げられるものの、ゴブリン相手には充分な力を発揮してくれる。
特に【解放】状態でも両手が空く為、知能の低いゴブリンは勝手に相手が武器を持っていないと油断して突っ込んでは先ほどのように引っかかってくれるのだ。
「マジか……いやマジか。どうなってんだ今回の合同クエストは」
都合八つのゴブリンの生首が転がる惨劇の現場で、モンタギューは困惑したような表情を浮かべた。
「ただでさえ客人と王女がまとめて来てるような状況だってのに……いや、だからなのか?」
埋まった首無し死体を隆起した土によって持ち上げて掘り起こす手間を省く。
頭部と胴体が分離している以外は土の汚れ程度しか残っていない、比較的解体しやすい状態にしてあるのは彼なりの中等部に向けた配慮である。
「場合によっちゃトンズラこいちまうか……お?」
先ほど入れた連絡からしばらくしてようやく死体を回収しに来たのであろう教師が離れた位置から歩いてくるのが確認できた。
その姿と一緒に、エリカ達三人の姿も。
「おーモンタギューお疲れぃ! 派手に散らかしたもんだな!」
「でけー声上げんな、隠れてるゴブリン共が逃げちまうかもしれねえだろ。……この八体です、よろしく頼んます」
「はいよ。おーおー一年坊が随分と頑張ってるじゃん。もう十匹は超えただろうに」
中年男性のその教師は専用の袋に首無し死体を詰め込んでは地面に置いていき、置かれた袋は真下の土が盛り上がって作られた土くれの腕に持ち上げられる。
こうして土から生えた腕にリレーさせる事で袋を運ぶのだと、ここまでの道のりでも彼の世話になったモンタギューは知っていた。
「さっきから一匹も見ないと思ったら、モンタギュー君が倒してくれてたんだ」
「へえ、凄いじゃん。そんなに倒してきたの?」
「……大したこっちゃねえよ」
普段あまり他人と交流を持たないせいで褒められ慣れていないモンタギューは照れ臭そうに追加の野菜スティックを口にするが、すぐに物憂げな表情に変わる。
「先生も気付いてると思いますがね。今回の合同クエスト、こりゃ何かがおかしい。三年生と二年生が先行してるのにここまでゴブリンが生き残っているってのは異常ですよ」
「確かに俺も違和感を覚えてはいた」
その言葉を受けた男性教師も何かを訝しむような表情を浮かべていた。
「回収担当として三年生が暴れてるところも見てたけど、充分な数のゴブリンを討伐していたはずなんだよ。でもまだこれだけの数が生き残って潜伏しているというのであれば、これは上級生の手際の問題じゃないのかもしれない。……そうなると非常に困ったことになるんだよねえ」
最悪の場合、学校側がクエストの難易度を見誤っている可能性が大いにあるということ。それだけでも大問題なのだが、困った事に今回は第一王女がゲストとして参加している。
若干無理矢理に自主参加してきたとはいえ相手は王族なのだ。もしもの事態になれば校長であるレイチェル一人の首で済まされる問題ではない。
「どうします? 予定変更して他の先生方に連絡入れときます?」
「私もその方がいいと思います」
真剣な表情でモンタギューの意見に同意したのは、ユーだった。
「詳しく話していいものか判断しかねるのではっきりとは言えませんが、今回姫様が合同クエストに参加されているのは別件で話題となっているとある事案とゴブリンの発生との関連性について調査するためでもあるんです」
「え、言っていいのそれ」
「そもそもあたしら口止めされてねーし」
「……それ本当? だとしたらいよいよまずいなぁ。その話って他に知ってる人いるの?」
その話を聞いて瞠目した様子の教師が、信じ難いものを見るような目つきで尋ねる。モンタギューも『とある事案』について心当たりを探っているのか、何か考えるような素振りを見せていた。
「当然、校長先生にも話自体は通してあります。……当日に通常の合同クエストと並行して調査を進めるという方針で、客人のトーゴー・ケースケ君も私達三人と共にこの依頼を他ならぬ姫様から承りました。その話を全校生徒に広めなかったのは情報過多による混乱を防ぐという意味もあったのかもしれませんが、今回はそれが裏目に出つつありますね」
「こりゃ本格的にまずいなあ。まあでもわかった、学生側の安全性を最優先して今日の予定を変更できないか校長に連絡してみよう。もしかしたらもう既に誰かが連絡しているかもしれないけどね……おっと、噂をすればかな」
教師が懐から取り出したスマートフォンが、丁度よく着信を知らせて震え出す。そのままの流れで彼は連絡に応じた。
「はい、どしたの? ん? うん、そうだけども。……は!?」
明らかな驚愕と動揺が声になって吐き出された。当然その場にいる生徒四名も、話の流れから不穏な空気を感じ取る。
「それで、えっと……ああ、じゃあよかったいやよくない。すぐに校長に連絡、俺はこっちにいる生徒達に声かけて回るから。はい、はーい」
言って通話を切ると同時に、教師は四人に向き直る。その表情は真剣そのものだ。
「君達、急いでさっき集会があった場所に戻りなさい」
「何かあったんですか」
「何か出たらしいよ」
恐ろしく曖昧な情報しか話してくれなかった。
「詳しい話は後で話すから、今は戻ること優先! さあ、帰った帰った!」
「ええええええ、すっげぇ消化不良なんですけど。せめて何が出たのか教えて下さいよ」
「んなの俺だって詳しくなんか知らないよ非常事態ってくらいしかわかってねーもん」
エリカといい勝負ができそうな逸材である。
ともあれ地中から生えた大量の腕に阻まれて先には進めない状態となってしまい、一同は撤退せざるを得なかった。
* * * * * *
それは、余りにもふざけた造形だった。
民家の一つも載せられそうな巨体は死神の鎌を連想させる足に支えられて揺るぎなく、ずしりとした重みを見ただけで感じさせる大きな刃には僅かばかりの慈悲もない。
落石も落雷も等しく通用する気のしないメタリックな外殻には人の上半身にも類似した部位が生えており、螺旋状に巻かれた歪な両腕を振り回している。
そして伸縮を繰り返しながら乱舞する螺旋の先端には人間にも似た五本指の手が存在し、蛇腹状に折り畳まれた特殊な形態の武装がしっかりと握り込まれていた。
「ひ、ひぃぃ!!」
哀れにもその異形に遭遇してしまった男子生徒は十字型のナイフを手にしつつも戦意を喪失し、必死に逃げ惑う。
しかし、伸びる腕の攻撃範囲から脱するには遅かった。
「かはァっ…………!」
後頭部の強打によって小脳に衝撃が伝わり、その刺激は全身の神経と大脳へ向かって浸透する。
ブラックアウトを起こした少年は、直前まで感じていた恐怖に見合わず一切の苦痛を知らないまま気絶した。
恐るべきは全く同じ方法で彼の仲間達も次々に無力化されているという点である。異形の存在が木々に足を引っかけながら器用に進んできた進路上には、彼と同じく倒れ込む学生達の姿がいくつも見受けられた。
状況をまとめよう。
「ナンデヤネン! ナンデヤネン!」
鋼鉄製の巨大な蟹からにょきりと生えたピエロがバネ仕掛けの腕でハリセンを振るい、目についた学生に攻撃を加えていた。
貼り付いたような笑顔を浮かべるピエロには、丸い眼鏡をかけていたり指に大きな宝石が嵌め込まれた指輪をしていたりと微妙に道化の正道から外れた装飾が目立つ。
だが、真の脅威はここまでの蛮行一切を無音で行っているという点である。
いかなるけったいな不可思議が働いたものか、枝葉に引っ掻かれながら木の上を渡る際にも木の幹に足を引っかけて着地する際にもこの鋼鉄ハリセンピエロ蟹は無音を貫いていた。そうして森林地帯を練り歩いては出くわした相手を引っ叩いて回っているのである。
この森の中、決して視界の開けた場所は多くない。無音で上下に動き回る巨体というのは、それだけで規格外の強者として君臨していた。
確かに外観は見る者を侮辱するかのような下らない姿だ。そうして「目の前のこれは何なのか」と一瞬でも硬直してしまった生徒達は、一人残らず広範囲にまで届くハリセンの露と消えた。
アーヴィング国立騎士団学校合同クエスト。
そこにはとんでもない怪物が潜んでいたのである。
「ナンデヤネン! ナンデヤネン!」
因みにピエロの声は割と可愛らしかった。




