第十三話 理想の社会
「【チェーンバインド】」
ヨーゼフが袖に仕込んでおいた霊符から丹色の鎖が伸びて、空中で枝分かれする細長い通路の一つに巻きつく。
その横、柵も何もない側面にはピナルが足に装備した武装型グリモアーツ“ティシュタル”から発する磁力で、真横に直立していた。
「ったー、数少ない拘束術式の霊符使っちまったい! どうしよっかな~! この先どこでどんな霊符使うかわからないのにな~!」
「一気に分散されちゃった」
「ええ。この際だからついでに通信も切っときましょうか。戻るならあいつらと関係続ける意味ないですし」
「わかった! ヨーゼフ君はすぐ落ち着けてえらいね」
本来なら[デクレアラーズ]に属する二人には、アガルタ王国王族に従う理由がない。
それを踏まえてか何なのか、第二王女マーシャも彼らに対して「逃げたければ逃げてもいい」と言っている。
「それで、ホントにこのまま逃げちゃう?」
「わかってて言ってるでしょ。まだですよ」
だからこそ、その余裕が不気味だった。
「何もしなくても僕らが戻ってくるって知ってるような口ぶりだったからな、あの女。前もってこのダンジョンに何かしら仕込んでてもおかしくありません」
「疑り深いんだもんな~ヨーゼフ君てば」
「テメェが頭すっからかんなだけだろ」
言いながら魔力で編んだ鎖を伝い、通路の上へと体を移動させて立ち上がる。
隣りでピナルも“ティシュタル”の車輪を動かし、足場の上へと滑走した。
「……この通路から奥に進むのが今のところベターか」
「地図見た感じだとこの先に広めの部屋あったけど、どんな感じなんだろうね」
「何もない部屋が一番ですよ。そうもいかないのが世の常ですがね」
通路の先、壁に開いた四角い穴として見える他の部屋への入り口に二人で歩いていく。
仮に二人が全力を振るえるのなら霊符なりゴーレムなりを使って先に何が待ち受けているか様子見の一つもできただろうが、今は制限が多い。
なのでこれまで[デクレアラーズ]としての活動を通して培ってきた戦士としての勘を頼りに、罠やモンスターの気配を探りつつ進む。
普段以上の緊張感を伴う進路の先には、予想通り開けた空間があった。
ただし普通に歩ける場所は少ない。
人が二人も並べば塞がりそうな狭い通路が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、その空隙は透き通った水で満たされている。
底は見えない。しばらく観察したところ、魚などの生き物がいる様子も見受けられなかった。
細い通路が不規則に枝分かれする中、自分達が来た方向の真正面に別の出入り口がある。
行き止まりというわけではない。先の枝分かれする足場がある部屋から別の部屋へと繋がる場所だ。
しかしそうであるならば、これほどまでに水が多く存在する理由が見えなかった。
「これ、どういう趣旨の部屋なんですか」
ピナルにではなく向かい側の出入り口に向けてヨーゼフが問いかける。
応じたのは、先ほども聞いた男の声。
「元はここに長い体を持つ魚のロードがいたんだとよ。んでそこかしこの穴から飛び出しては噛みついてきたらしい。ご覧の通り、公爵家が雇った冒険者に退治されてからは寂しいもんさ」
ゆっくりと闇の向こうから姿を現したのは、アヴドゥル・コンテ――の、恐らく分身が一体のみ。
不敵な笑みを浮かべながら水を避けて歩いてくる。
複数体で向かってこないのを見るに同胞として信用は得ているらしい。
だがここから続く話の内容によっては、穏やかに談笑するだけで終われないのだとヨーゼフは理解していた。
「んで、何の話だったか」
「あんたがガキ殺した件と、この公爵領の有り様についてだ」
「ああそうだったそうだった」
かなり省略して言葉を紡いだものの、事の元凶たるアヴドゥルにはすぐに意味が通じたようだ。
「多分一番気になってんのは公爵様の娘の件だろ?」
「話が早くて助かりますよ。んで、何してんだテメェは」
限りなく敵意に近い嫌悪感を滲ませながら、ヨーゼフが詰問する。
「我らが道化に言われたはずだろ。将来的には社会を支える世代なんだから、子供を殺すのは極力やめろって。まさか楽したわけじゃないでしょうね」
「ちげーよ。俺だって進んであんなちっこい女の子を爆殺したわけじゃあねえさ」
「じゃあどうして……」
「リストに載ってたから」
言葉の意味を、ヨーゼフ自身も[デクレアラーズ]の一員だからこそ一瞬理解できず硬直した。
「……あ?」
「だぁから、リストに名前があったんだって。我らが道化があのガキを殺せっつってたの」
「んんんんん? どゆコト? 子供をなるべく殺さないように言ってた道化が、その子を殺すように指名したの? なんで?」
「んなもんお前、理想社会のために決まってんだろ」
理想社会。
彼らが[デクレアラーズ]で幾度も耳にする言葉である。
元より彼らはこの異世界をシミュレーションの舞台とし、ここで得た経験や教訓を踏まえた上で元の世界の在り方も修正すべく活動してきたのだ。
元の世界に戻るためには東郷圭介と同等かそれ以上の念動力魔術の適性を持つ者が必要となるが、それはアイリスがどうとでもしてくれる。
重要なのはそのシミュレーションにおいて、子供が殺害されるなどの望ましくない動きが見受けられる点であった。
「アガルタ王国の四大公爵な、ぶっちゃけ四人もいらねえってのが我らが道化の判断だ。政治は極力コンパクトにした上で運用していきたいんだと」
「話と話が繋がってませんが。仮に公爵家を減らすって判断に至ったとして、それでどうして子供を殺すって判断になるんです?」
「逆になんでこの流れでわかんねーんだよ」
呆れた様子のアヴドゥルが額を押さえながら溜息を吐く。
「計画は第二フェイズに移行した、って言えば……いやそうか。お前ら第二次“大陸洗浄”開始時点で牢屋に入れられてたのか」
「第二フェイズ……?」
ヨーゼフの記憶にはない情報だ。そして恐らく同じ時期に捕まっていたピナルも知るまい。
以前、エルランドとともに行動した時は彼自身が多忙だったため当時こなすべき仕事の話しかしていなかった。
だが聞いたことはある。
東郷圭介の生存は、アイリスにとって大きな誤算であったと。
「予定が狂った関係で計画が一部前倒しになってな。管理体制をスムーズに敷けるよう、こっちの世界で社会の縮小を始めることになった」
「具体的には?」
「金持ちと貧乏、男と女、若者と老人。なるべくそこらへんが均等になるように人口を減らす」
とんでもない話が飛び出した。思わずピナルと顔を見合わせる。
「あんた、何を言ってるか自分で……」
「わかってるよ。で、未来を担う子供の中から明るい未来に繋がりそうにないクズを切り捨てる必要が出てきちまった。もう一度言うけど俺だって好き好んで殺したわけじゃないんだぜ?」
若干軽い態度ではあるものの、表情と声色に嘘は感じ取れない。
必要に応じて、仕事だから。だから、子供を殺した。
理屈で納得できる部分が生じてしまい、ヨーゼフの言葉が一度途切れる。
その間隙を、ピナルが埋めた。
「そもそもなんでそんなに人を減らさなきゃいけないの?」
「逆に訊くぜ。お前ら、今あっちの世界の総人口がどんだけの数になるかわかってんのか? もう八〇億人近いんだぞ。資源も食糧も住める場所も足りなくなりつつある」
恐らく多くの人々が目を逸らしてきた問題。
人類の総数とそれに追いつかない他の全て。
この難題を前にして[デクレアラーズ]が標榜する理想社会はいかなる手段で実現されるべきか。
「人の数を減らさねえでどうすんだよ。ほっときゃポコポコ増えてくんなら適度に殺して減らすしかねーだろ」
「我らが道化がそれを言ったんですか? 随分と安直で乱暴な手段に聞こえますが」
「じゃあ何か誰も死なせない形でみんなが幸せになる方法でも考えろってか? 準備不足で詰むまでに何がしか思いつけばいいけどな」
「……タイムリミットまでに猶予もない、ってことですか」
「そういうことさ」
今度こそピナルも黙ってしまった。
話の流れから察するに二つ目の疑問――公爵領で発生している就職難についても、似たような理由が答えとして用意されているのだろう。
「公爵領にオフィスを構えていた企業がいくつか撤退ないし倒産していました。これも社会の縮小の煽りを受けたって認識で間違いありませんか」
「合ってる。つっても妥協すりゃ一発で内定取れる程度の状態にはしてある。就職難なのはわかってるが、ありゃあ甘ちゃん連中が仕事を選り好みしてるからだ」
言い方を変えるなら「ファーストフード店でゴミを片付けずに退店するような人材は望んだ仕事に就けない」という意味でもある。
悪いことではないとヨーゼフも理解できる。望み通りに物事が進む場面など人生でそうあるものではない。
だが、一つ引っかかってしまう点があった。
「それを、僕ら[デクレアラーズ]が言うのか……?」
「あん?」
視界の外で不安げな表情を浮かべているであろうピナルの視線を感じる。
きっと同じように違和感を抱いていて、しかし言語化できず戸惑っているのだ。
「社会ってのは人の集合だ。それなら多くの事情がこんがらがって、結果的にそうなってしまうのは仕方ないと流せる」
「だから流してるんだろ、俺らも。何なら俺なんてガキを手にかけてんだぞ」
「それをやるべきと判断したのは僕らだろ。じゃあやっぱ言ってることとやってることがおかしいんじゃねえかっつってんだよ」
「……あぁ? だとコラ。どういう意味だ」
滲んだ怒りに応戦するが如く、アヴドゥルの口調も荒くなる。
しかしそれに対して配慮しようという気持ちにもなれなかった。
「僕らは社会に影響及ぼす立場だぞ。だったら社会にかけた迷惑の分だけこっちで取り戻して、どうにか帳尻合わせるのが筋じゃねえのか」
「筋だぁ? 正義の味方でもやってたつもりか? 俺らはあくまでも犯罪組織だって、我らが道化にも散々言い聞かされてきただろが」
そうだ。正義の味方めいた理想を胸にしながら[デクレアラーズ]の活動に取り組もうとしているなら、まずはその考えを改めろとヨーゼフは幾度も言われてきた。
今もそんな人道的で正しい話をしようとしているつもりはない。
ただ、間違ってでもやりたいと願った何かが歪められている気配がある。
「じゃあその犯罪組織で何のために色々やってきたんだよ。理想社会の設立って妥協を挟むもんなのか? それのどこが理想だっつーの」
「完璧目指したいならシミュレーションゲームでもしてろ。代替案も持ち合わせてないガキが、小綺麗な口先でほざいてんじゃねえ」
代替案がない。それは事実で、言われてその事実に気づいた。
だからこそ、ヨーゼフは嫌でも続く別の答えにも気づかなければならなかった。
「……ああ。そうだな。確かに代替案なんざねーよ」
このままだと人類が望ましくない未来に到達する可能性が高い。
現状を維持しながらその未来を回避するには時間が足りない。
だからと強引に動けば多くの人々が巻き込まれて傷を負う。
「僕も強引に理想を叶えようとしたら、簡単で極端な答えしか出てこない」
今でも捨てたくない気持ちが強い、きっと[デクレアラーズ]でならという希望を捨てなければならない時が来ているのだと。
認めるしかないこの状況が、それを見越していたであろうマーシャが憎らしくてたまらなかった。
「きっと僕らは……お前らは……正しいんだ。間違ったことは言ってないんだ」
「ヨーゼフ君……?」
隣りでピナルも悟ったらしい。
疑問符こそつくものの、その声には寂しさが宿っていたから。
離別の時が近づいている。自分達が[デクレアラーズ]に戻れなくなる瞬間が、すぐそこまで来ている。
「だから大前提を見落とす。いや、あるいは諦めて手段を目的に挿げ替える」
「何言ってんだお前?」
自分が正しいと思っていた道を、これから否定しなければならない。
その苦しみを乗り越えるにはアヴドゥルは成長し過ぎていて、ヨーゼフはまだ若かったからこそ先にある答えを飲み込めた。
「なあ、アヴドゥル。僕ら[デクレアラーズ]の活動は、誰を救うためにあるんだ?」
「決まってんだろ。理想社会を設立するんだ。社会全体だよ」
「社会? 社会のために今まで動き回ってきたのか?」
「当たり前だろ!」
とうとう激昂したアヴドゥルの輪郭が、チリチリとピーコックブルーの火花を伴って歪む。
感情的になったまま危うく爆発するところだったらしい。
「学校が足りねえ。病院が足りねえ。物騒な仕事ばかりやらされて、オモチャも食い物もどこに爆弾が仕込まれてるかわからねえ。水だって安全に飲めるか怪しい。そんな地獄を天国に変えてえ! そう願うことの何が悪い!」
恐らく以前いた故郷の風景を追走しているのであろう彼がどの国の出身かなど、ヨーゼフは知らない。
元より人生のほとんどをこの異世界で過ごした立場だ。元の世界がどうのこうのと、あまり実感を持ったこともなかった。
ただ、困っている誰かを助けたいという想いは同じなのだと、同じ[デクレアラーズ]に属するアヴドゥルに対して思っていた。
だから悲しさを覚える。
きっと彼は悪い人ではないと、少なくとも実感を持たず道徳にのみ従って動いていただけのヨーゼフより立派な人物だと、わかってしまうだけに悲しい。
「なあ、アヴドゥル」
「んだよ……!」
敵意に満ちた目に貫かれ、それでも言葉を続ける。
決定的な隔絶の言葉を。
「僕は[デクレアラーズ]を抜ける」
「ハァ!?」
「……!」
意見が食い違い、それでも嫌々ながら同じ道を歩むしかないと思い込んでいたであろうアヴドゥルが、驚愕に目を見開く。
同時にピナルもびくりと体を震わせたが、続く言葉を待つ構えでヨーゼフを見つめ続けた。
「おまっ、何言ってんだ」
「この公爵領を見て、あんたから計画の変更について聞いて、思ったんですよ」
「何をだよ!」
「人を守れてねえなって」
目線を下にやると、通路の合間を埋める水面に自分の顔が映る。
情けない顔をしていた。
「[デクレアラーズ]が守ろうとしてるのは社会だ。人間じゃない」
「社会をどうにかしなきゃ、人間もどうにもなりゃしねえだろうが」
「ちっげーんだよなぁ。それは人間じゃなくて人類全体をどうにかしようとしてる奴の言い分なんだよなぁ」
「何も違わねえ!」
「違うんだよ。確かに“道化の札”アイリス・アリシアはとんでもない人だ。全人類の未来に責任持てるし、一番無難な形で社会を作り直すこともできるかもしれない」
だが、そこに介在するのは常に[デクレアラーズ]の意思だ。
もっと言えば、アイリスの。
「責任持って何でもできるのはご立派ですよ? でも社会全体を巻き込み過ぎだ。世話を焼き過ぎだ。自分の考えを強制し過ぎだ」
「それができる奴に、できねえ奴が逆らうのがまず間違ってるだろ。笑って迎えられる明日を、押し付けてでも持ってきてくれる誰かがいちゃ悪いのかよ!」
「……良い悪いの話がしたけりゃ絵本でも読んでろよ」
当然ヨーゼフとて、軽い気持ちで袂を分かつわけではなかった。
彼らの言い分に頷ける要素もある。あるが、しかし認められない。
「全人類が[デクレアラーズ]の操り人形にならなきゃいけないなんて、そんなのお前らの理想であって社会じゃねえ」
一つの基準を設けてそれに至らないなら誰であろうと介入させまいとする、そんな[デクレアラーズ]の在り方は確かに多くの人々を救うのだろう。
「この世が理不尽だなんて僕でも知ってる。地獄を天国に変えようってんなら応援もしたい。けど天国地獄問わず、そこに生きてる人の生き方を捻じ曲げるなんて、少なくとも僕はやりたくない」
そして同時に、人々が人ではなくなる。
ただの傀儡に成り下がる。
「自分のルールで作った天国押し付けてきて、何様のつもりだお前らは」
その不気味さと希薄さを、どうしても受け入れたくなかった。
救いたいと願った誰かがいなくなってしまうような気がして。
「……とまあ、それが僕が裏切る理由です。ピナルさんはお好きに」
「ピナルも[デクレアラーズ]辞めます!」
「バイトかよ」
あまりにも明るく軽い発言にアヴドゥルが硬直してしまうも、ピナルは構わずヨーゼフに追従する。
「ピナル、ヨーゼフ君みたいに難しいことは言えないけど」
「うんうん」
「ちっちゃい子殺されてね、なんかそういう奴らやっつけてきたのに、自分でそんな風になってる人を見て腹立っちゃった! だからもう[デクレアラーズ]はダメなんだと思うな!」
「やべぇ~。いや一応は僕の理由よりハッキリしてんだけども」
ある意味、人としてはそれこそが正しい感性なのかもしれない。
子供の未来を自分の都合で奪う組織に、正当性など無いのだと。
それこそそんな連中から社会を守るべく活動していたのが彼らであったはずなのにと。
単純にして明快。正論にして道徳的。
惜しむらくは言葉を選ばずぶつけたせいで、アヴドゥルが静かに殺意を燃やしてしまっている点か。
「……上等だ。我らが道化にはテメェらの離反を伝えておく」
「あの人は誰が言うまでもなく知ってるでしょ、もう」
「それでも言うさ。愚痴の一つでも吐き出さなきゃ、次の仕事に支障が出る」
言って、アヴドゥルが左手を掲げる。
拡げた手のひらで小規模な爆発が起きた。
「来い、二人とも。残念ながら出番が来ちまった」
「うーん、弱っちゃいましたね。まさか本当にここで私達の出番が来るなんて」
「でも素敵なお話だったわよ。覚悟を決めた彼の表情は本当に美しかった」
二人の人物が向かい側の出入り口から室内へと入ってくる。
長袖のシャツと長ズボンにスニーカーで揃えた、やや無頓着さが目立つ服装の女。
対照的に、派手な赤色のニットワンピースを見事に着こなすエルフの女。
「ニーナ、ジンジャー。コイツらの始末はお前らに任せた」
「わかりました!」
「そっちも頑張ってね」
言って、アヴドゥルが爆発する。
「「【解放】」」
分身でしかない彼の体が爆ぜた向こう側で、二人の新手がグリモアーツを取り出していた。
松葉色と白茶色に輝く光が横に並び、戦いの準備を整える。
妨害しようにも爆発とともに四散した水が飛び散り、ヨーゼフとピナルの動きを抑えていた。
「【“ウォームオーナー”】」
「【“カプリシャス”】」
爆風と水滴が全て落ちた頃。
向かい合う形でニーナと呼ばれた赤髪の女が鞭を持ち、ジンジャーと呼ばれた緑色の髪の女が手首から中指までを繋げる金属製のハンドアクセサリーを左手に装着する。
「どうやらあっちは準備できてるらしいですね」
「そうみたいだね」
言う間にもピナルが伽羅色の魔力を練り上げて、細かな金属の破片をずるずるとナメクジよろしく動かして集合させていく。
第四魔術位階【スラッグゴーレム】。
攻撃を真っ向から受け止めるのではなく、バラバラに散って威力を分散させる系統のゴーレムだ。
加えて構成するナメクジのような金属は柔らかく、ある程度自在に形を変えられる。
一体しかゴーレムを生成できないとなれば妥当な選択と言えた。
ヨーゼフに付き合うような形で組織を裏切って尚、彼女は冷静さを失っていない。
「僕も見習わなきゃな……」
「何か言った?」
「[デクレアラーズ]裏切ったんで作戦を第三ルートに変更します。内容、忘れてないでしょうね」
「だいじょぶ!」
「地味に不安だけどまあいいや!」
事前に伝えておいた作戦を彼女がどこまで記憶できているかなど、もう考える余裕もあるまい。
(なるようにしかならないでしょ、もうここまで来たら)
腹を決めて霊符を両手に持つ。
大きな組織の後ろ盾に、グリモアーツ“クレイジーボックス”。
今まであったはずの物が手元にない状態での戦いが始まった。




