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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十四章 再起する白狼編

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第六話 清濁の“清”

 異世界特有の長い秋が続く中で、赤い葉を枝に纏わせる街路樹が幅広い道路の左右を彩る。

 道路を走る日本車らしき別の何かがエンジン音とともに移動しているが、連休が近いことも関係してか途中で動きを止めて渋滞の末尾となった。


 その光景を歩道から眺めつつ、ヨーゼフとピナルは公爵領を練り歩く。


 爆発術式が組み込まれた首輪は未だ外せていない。

 なのでお揃いのアクセサリーが如く、二人揃って装着したまま。


――傍から見て趣味の悪いカップルにでも見えているだろうか。


 などと悪趣味ながら否定もしきれない可能性が脳内で反復横跳びをし続けており、ヨーゼフはすこぶる不機嫌だった。


「お昼どーする?」


 対するピナルは呑気なものだ。目先の食事についてだけ考えている。


 自らの生命を脅かす首輪とそれを二人して着けている現状に思うところも無いらしい。

 確か異世界転移を果たしたのは数年前だったはずだが、それまでどのような生活を送っていたのだろうか。


「あっちに商店街あるんで行ってみましょっか。ここ数日お高いメシばっか出されてたし何かジャンクなやつ食べましょう」

「わかった!」


 地面が無機質なアスファルトからレンガのような赤く四角い石材の集合へと変化する境界線が、大通りと商店街の狭間だった。

 喫茶店や文具店、生花店など様々な店舗が目の前に立ち並ぶ。出入りしている多様な種族や宙に浮く標識など違う点もあれど、基本は元の世界にある商店街と変わりない。


 二人の客人が向かったのはしばらく進んだ先にあるチェーンの飲食店。

 ピザトーストの専門店という風変わりな主旨ではあるものの、大陸全土で名を知られる有名な企業が運営しているファーストフード店である。


 自動ドアをくぐり抜けた先で、笑顔を浮かべたエルフの店員が赤いエプロンを下げて声をかけてきた。


「いらっしゃいませ! お二人様ですか?」

「あぁ、はい」

「それではこちらが列の最後尾となりますので、少々お待ちください!」


 言われるがまま店内に並んでいる男の背後で立ち止まる。昼時の店内は外に溢れるほどではないにしろ、やはり幾分か混雑していて落ち着かない。


 小さく溜息を吐きつつ並んでいると、レジ付近の席で食事をしている大学生と思しき四人組が何やら話しているのが聞こえた。


「就活全然だわー。公爵領で内定出れば勝ち確だと思ってたのにどこも不景気不景気つってさァ。公爵もうちょい頑張れよっつーの」

「なんかこのへんの会社全体的にダメじゃね? 言い訳してっけど上役が最近の“大陸洗浄”で殺されて余裕ないから新卒あんま雇えませんってだけだよな?」

「テメェが全部悪いんじゃんってな。元がしょうもねえブラック企業だからそんな無様晒してんだよ。俺もういっそ王都の企業狙うわ」

「アリでしょ全然。公爵領に住んでる間はバカ公爵に税金取られるだけだし。金やったところで大した仕事できてねーんだもんあの無能」


 ウィルズ・ハウスマン家が爵位を投げ捨てて事実上の夜逃げの準備に入っているという情報は、今のところ市井に伝わっていない。

 そのためまだこうして民衆からの恨みを一身に浴び続けている状態が続いていた。


 彼らは権力者の見えざる事情に巻き込まれる形で就職活動がうまくいっていないのだろう。

 当人達はその責任を公爵と企業に求めているが、[デクレアラーズ]とて立派な当事者であり考えようによっては事の元凶だ。


 その事実に加えて、ヨーゼフとピナルが無言になってしまう要素がもう一点。


「ところで公爵の娘が[デクレアラーズ]に殺されたって話、もう聞いたか?」

「ラケルが動画で言ってたやつな。同級生いじめて自殺寸前まで追い込んだってやつ。[デクレアラーズ]に殺されてんだしどうせクソガキだったんだろ」

「せっかくだしついでにパパママに向けてちゃんと仕事してよってダイイングメッセージ書いててくんねーかな」

「お前ヤバ」

「ダイイングメッセージそういうんじゃねーし」


 殺された公爵令嬢は悪辣な性格と言えどまだ子供だった。その点がどうしても心の中で引っかかる。

 更生の余地がないとアイリスが判断したのだろうか。まだ小学生の子供を相手に。


 確かに[デクレアラーズ]では何をどうしたところで改心しないと定められた者は、例え犯罪者であろうとそうでなかろうと殺処分の対象となる。

 ではアイリスは、“道化の札”は何を論拠としてアヴドゥル・コンテに公爵令嬢を殺させたのだろうか。


 否、それ以上に。


 理由を聞けば、納得がいく問題なのだろうか。


「お待たせ致しましたー。ご注文をどうぞ」


 気づけばレジの最前列で店員が声をかけてきている。


「んぁっ、はい。えっと店内で、このソーセージ&ラミナのセット。大きさ一番大きいので、ドリンクはコーラでお願いします。ピナルさんは?」

「あ、同じのでいいや」

「じゃあ今言ったの二つで」


 さっさと注文を済ませようとヨーゼフはオーソドックスなセットを頼み、ピナルも考える余裕がないのかヨーゼフに合わせて同じものを注文した。


「ご注文繰り返します。ソーセージ&ラミナのセット、サイズはLでドリンクがコーラをお二つですね」


 丁寧な物腰の店員が確認しながら機械に数字を打ち込んでいく。


「お会計合計で一〇シリカとなります。……はい。では後ほどご提供いたしますので、番号札と同じ番号の席にてお待ちください」


 マーシャから先払いとしていくらかもらっていたため、金銭にはそこまで困っていない。

 とりあえず適当な席に座ると、先ほどの大学生らが談笑しながら店を去っていくところだった。


 テーブルの上にプレートや丸めた包装紙を放置したまま。


「……そういうところ見抜かれて面接落ちしてんじゃねえのかよ」


 軽く舌打ちしてから立ち上がり、彼らが残したゴミをまとめてダストボックスに放り込んでからプレートもその上に置く。


 わかっている。多少のマナー違反を殊更に大きく扱って咎める必要などないと。


 理想社会を設立する[デクレアラーズ]が目指す先は、まず巨悪を挫くところからだ。

 それを思えば店の迷惑を考えず振る舞う青年数人などよりも、権力を笠に着て同級生に酷いいじめを敢行する少女を優先的に扱うのは妥当な判断である。


 しかし彼の心は、その方針に今になって納得しかねている。


(調子に乗ったガキはもう殺すしかなくて、自分達で出したゴミほったらかす良い歳こいた連中は言えば話が通じるってのか?)


 渦巻く感情が表に出たのか、心配げにピナルが顔を覗き込んできた。


「ヨーゼフ君、だいじょぶ? やな気分になっちゃったね」

「何ともありませんよ別に。ああいう連中はどこにでもいます」


 そう、どこにでもいる。

 だから[デクレアラーズ]はどこででも活動している。


 アヴドゥルという客人と合流すれば適当な活動拠点に戻れるだろうし、戻ればこの鬱陶しい首輪も外せるだろう。

 もしも今回の任務に[デクレアラーズ]が関わっていなかったとしても同じだ。自分達はいつでもあらゆる場所で活動している味方と接触し、元の居場所に戻れるはずなのだから。


「それより調べたいことがあるので、ここで昼食を終えたら適当な場所でパソコン使いましょう」

「パソコン? じゃあネットカフェとか?」

「ええ。今はまだあちらからこちらに接してこないので、自力でご令嬢の情報を集めます」


 気になっているのはウィルズ・ハウスマン家の殺された伯爵令嬢だ。


 本来[デクレアラーズ]は子供を殺さない。

 教育の余地があればいくらでも更生させられるし、そうでなくても何らかの手段で調教すれば若い労働力として運用できるためである。


 しかし今回、アヴドゥル・コンテは小学生程度の女児を殺害した。


 彼ら二人が知る[デクレアラーズ]の動きとして不自然に過ぎる。

 もし死んだ伯爵令嬢の生前の素行を調べて納得できる情報があるようなら、早々に安心できるのだが。


「よほど醜悪な内面を持っていて、尚且つ労働力としての採用も見込めない理由があればそれでこの話は終わりです。しかしそうでなかった場合……」

「……アヴドゥルって人がおかしい、ってこと?」


 察したようにピナルが言葉を繋げるが、それはヨーゼフにとって最も懸念すべき可能性ではなかった。


「それで済めば一番いいんですがね」

「うーん?」

「あともう一つ。公爵領での就職活動の現状についても調べておきたいところです」

「え? さっきの人達の話、そんなに引っかかった?」


 ピナルの素朴な疑問とほぼ同時に、店員がピザトーストのセットを二人の席に運んできた。


「大変お待たせ致しました。こちらソーセージ&ラミナのセットがお二つとなります。ご注文お間違いありませんでしょうか?」

「いえ、大丈夫ですよ」

「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」


 運ばれてきたピザトーストの表面には、チーズに包み込まれたソーセージと元の世界では見たこともないラミナなる香草が載せられていた。

 紙でできた箱に入った皮つきのポテトと大きな紙コップに入れられたコーラも並べば、プレートの面積はほとんど埋まってしまう。


「とりあえず先に飯にしましょうか」

「いただきまーす」


 トーストは最初から縦と横に一回ずつスライスされて四分割されており、その一つをつまんで持ち上げるとチーズが糸を引きながらとろける。

 同時に露わになった断面から肉と香草の香りがちらりと鼻腔に舞い込む。ラミナなる香草は柑橘類に近い匂いを有しており、ケチャップやチーズと溶け合いながらも爽やかさを損なわずにいた。


 かぶりついた口の中で肉汁と調味料が暴れ回ったその時、ヨーゼフは今まで少年刑務所で味の薄い食生活を送らされてきた事実を思い出す。


「うんめっ」


 無作法と知りつつも食べながら感想が漏れ出るほど、久々に食いごたえのあるジャンクフードだ。

 ポテトと合わせて食べ進める。時折詰まった時にはコーラで流し込んだ。


 ピナルはヨーゼフほど勢いよく食べていないが、やはり舌は素直に喜んでいるらしい。先ほどまでの難しい顔が今では無邪気な笑顔に変わっている。


 ほぼ無言で食べ終えた二人は余韻に浸りながら食休みへと移行した。


「ム所での食事は薄味だったし、屋敷での食事は上等過ぎて僕らには合わなかったんでしょうね。このくらい健康に悪い濃さの方が美味しいってもんです」

「ピナルは屋敷で出た料理もおいしかったけどなぁ」

「空気読めないな~このアホ。そうやって頭に行くべき栄養が胸と尻に集中してるから身長も伸びないんじゃねーの」


 テーブルの下で軽く脛を蹴飛ばされつつ、ヨーゼフは残ったコーラをストローで啜り切る。


「んで、食べる前に話してたことですが」

「何だっけ?」

「公爵領内での就職率についてです。もっと言うと離職率と定着率も含めて、この土地全体の情勢を俯瞰できる情報が欲しい」


 彼らとて[デクレアラーズ]の一員として、自分達の活動が社会に利ばかりを呼び込むわけではないと理解している。


 何せ末端であろうと上層部であろうと理想社会における不要な人材――主に悪辣な性格と性質を有する者らを殺戮しているのだ。

 ある程度は引き継ぎできる人材を用意するものの、優先順位によっては人手不足に陥る組織もある。それはアイリスが早い段階で構成員全員に釘を刺していた事項だった。


「なんでそんなにあれこれ気にしてるの?」


 それを踏まえた上でヨーゼフは今のウィルズ・ハウスマン公爵領、更には今回マーシャが与えた任務の内容に違和感を覚えたのである。


「今、秋なんですよ」

「そりゃ誰だって外見ればわかるよ。どうしちゃったのヨーゼフ君。また頭おかしくなっちゃったの?」

「またって何だブチ殺すぞクソガキ」


 苛立って思わずストローの先端を指で潰してしまうも、すぐに切り替えた。


「そうじゃなくて、有名企業の採用ってのは大体夏場に終わるんですよ。つまり[デクレアラーズ]が例のダンジョンで活動するならそこらへん気ィ遣ってもっと早く動くべきだったのに、実際には対応が遅くて就職難に繋がってるってことです」


 素行不良の大学生らが言っていた内容が真実であれば、彼らは王都での就職活動を視野に入れている。

 逆を言えば公爵領内での有名企業では就職できなかったのだろう。どころか中小企業での内定すら危ういのかもしれない。


 そして上役が“大陸洗浄”で殺害されたために企業が規模の縮小を余儀なくされている場合、殺した誰かの代役を[デクレアラーズ]側で用意できていないということにもなる。


 はっきり言って仕事が雑と言わざるを得なかった。少なくともまだ子供の公爵令嬢を殺害している暇があれば、企業へのアフターケアを優先すべき状況のはずだ。


 増してや今回話題に挙がったアヴドゥル・コンテは経済や交渉に関する知識と技能を有するはずの♦の札である。

 通常であれば手際よく仕事を済ませていて然るべきなのだが現実そうはなっていない。


「下手すると公爵の後釜も満足に用意しちゃいないかもしれないんですよ。そうなったら誰が次にこの辺一帯を管理するかってことになるんですよね」

「ほへー。頭おかしくなっちゃったと思ったら色々考えてるんだねえヨーゼフ君」

「そうだよ。頭がおかしくなっちゃってんのはテメェの方なんだよ。謝れ」

「ごめんね……」

「素直に謝れて偉いねえ。偉いから許しちゃう。二度と舐めた発言すんじゃねえぞカス。ゴミ。ウンコ」


 気持ちの悪いやり取りを経てピナルの謝罪を受け入れたヨーゼフは、二人分のプレートを手に持って二度目となるダストボックスにゴミを入れた。


 二枚のプレートをその上に重ねてピナルに顔を向ける。


「行きましょうか。場合によっては味方と合流できたとしても、笑って仲良しこよしは難しいかもしれません」

「わかった。もしもの時は我らが道化に怒ってもらわなくちゃね」


 そう言って頬を膨らませるピナルから今度は出入り口へと顔を逸らす。

 彼女から見えない角度にあるヨーゼフの顔はどこか物憂げだった。


「それで済まない可能性もあるんだけどな」


 無駄に会話を重ねるのが億劫なのか、それとも不安を悟られることへの恥じらいか。


 あるいは、同胞に対する後ろめたさからか。


 その声はピナルに聞こえないよう、小さく小さく呟くに留めた。

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