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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十四章 再起する白狼編

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第五話 檻は続く

「なあ。俺らがこれから受ける依頼って一応機密扱いなんだよな?」

「今更何の確認だ? 最初からそう聞かされてただろ」


 ダグラスの問いかけにガイが不思議そうな顔で応じた。


「これから請け負う仕事、俺らの存在。全部が全部誰にも知られちゃいけない国家機密だ。いやあしかし、まさか俺も騎士団引退した後でこんな立場になるたぁ思わなかったぜ」


 腰に硬い感触を伝える安物のクッション。無機質な金属の板で覆われた内装。

 億劫そうな表情で座るヨーゼフとピナルに、一度立ち上がってストレッチに興じるガイ。


 縦長な楕円形の窓から見える、青空。


「そんな立場の連中が空路なんざ使っていいのかよ」


 安物と言えど彼らが搭乗しているのは地上を走る装甲車ではなく、天を駆ける飛空艇だ。


 外観は狼のシルエットを模したと思われる銀色の機体。剣のような双翼が左右から伸び、下部には空中でモンスターに襲われた時のために機関銃が備え付けられている。

 確かに高級品たる飛空艇の中ではグレードが低く色合いも地味、性能も武装も頼りないがそもそも隠密部隊を乗せて運ぶ車両としては大袈裟だった。


「別に地上にいる連中だって飛空艇に誰が乗っててどこに向かってるかなんて気にしねえだろ。公爵家に着地したとしても知り合いのお偉いさんが遊びに来たと思うくらいだ」

「確かに民衆は過半数がバカだから大して意識しないでしょうけど、少数派のまともな奴らはどうなりますかね。特に報道関係者とか……ああ、そういや我々第二王女お抱えの集団だったっけ。じゃあ大丈夫か」


 立場上この機体の未来などどうとも思っていないヨーゼフが茶化した。

 言われれば確かにテレビ局や週刊誌に戒厳令くらいは敷いているだろう、とダグラスの不安もやや解消される。


 彼らを運ぶパイロットは以前セーフティハウスに来るまでの道のりで車を走らせていた運転手だ。

 まさか飛空艇の操縦までこなせるとは意外だったが、そもそもこういう時のための人員なのかもしれない。

 運転の腕が確かなら空の旅路もある程度は安心できた。


「にしたってこういう扱いは慣れてねえんだ。どうにも落ち着かねえ」

「まあせっかく外に出たんだしよ、マグネットのチェス盤持ってきたから気分転換に誰かやろうぜ!」

「なんで年長者が学生気分でいるんだよ。一応僕らこれから危険な場所に行くんでしょ。緊張感ねーな」


 呑気にボードゲームの準備に入るガイに対し、ダグラスは初めてヨーゼフと同じ意見を持った。

 これでかつては騎士団を一つまとめ上げていたなどと誰が信じるものだろうか。


「んだよガキどもノリ悪いなあ。騎士の嬢ちゃんはどうだい、見張るにしても空の上ならコイツらだって逃げねえだろうし遊ばねえか」

「我々は任務中だ。それに一応この場において唯一罪人ではないとはいえ、民間人が王城組に気安く話しかけるな」


 黒髪の女性騎士が国に剣を返上したガイに向けて皮肉を放つ。


 当たり前だがこのパーティと呼ぶことすらおこがましい特殊部隊の構成員はガイ以外の全員が少年犯罪者であり、扱いはどうあれ監視対象という枠組みから逸脱することはない。

 彼らの動向を監視するのはマーシャ直属となる二人の騎士の片割れであり、もう一人の王城騎士は現在セーフティハウスでララの様子を見ている。


 表沙汰にならないと言っても、彼女らにとってこれは公務であり王族からの勅命だ。

 立場を思えば、否それよりも忠誠の心があればこそ、決して破ってはならない。


 遊び相手がいないと悟ったガイは「あーあ、寂しいねえ」と不貞腐れて椅子の一つに腰を下ろした。


「そういやピナルさんはいい加減武装型グリモアーツの扱いに慣れたんですか? あれば便利な品物ではあるでしょうよ」

「まだ!」

「へぇ。そうですか。元気のよろしい馬鹿だな」

「怒らないでよ。だってあっちに慣れちゃったら“レギオンローラー”の方が使いづらくなっちゃいそうで嫌なんだもん」


 聞けば未だにピナルは配布された武装型グリモアーツを完全に使いこなせていないらしい。

 そもそもが裏切るつもりでいる相手である。戦力として弱体化している分にはどうでもよかった。


 ただ、とりあえずこの任務は失敗に終わるのだろうと半ば確信に近い諦観があるだけだ。


「ヨーゼフ君はいいよね。霊符使うだけだから魔力全然減らないじゃん。楽チンでしょ」

「いやこっちはそもそもグリモアーツがねェんだよ。霊符だけで戦えとか言われてるんだよ。まともに戦えるわけないだろ絶対裏切ってやるからな」

「不穏分子が……」


 王城騎士の呟きは確実に全員に聞こえる声量だったのだが、ヨーゼフは彼女の方を向くことすらしない。

 代わりに応じたのは宙に浮く円盤状の機械――ララと通信を繋げている小型ドローンだった。


『正直な話、未だに目的が見えません。どうして[デクレアラーズ]の構成員をこうして平然と迎え入れているのでしょうか。ウィルズ・ハウスマン公爵は娘を[デクレアラーズ]に殺害されたのですよね?』

「……屋敷に直接挨拶に出向くのはガイ・ワーズワースと私の二人だけだ」


 そもそも仮に公爵がヨーゼフとピナルの顔を知らなかったとしても、上流階級の間では知られている首輪をつけた人員など前に出せない。


「表面的な代表者も王城騎士の私で、率いる部隊も騎士団から輩出された人員ということになっている」

「え、じゃあ僕らどこに泊まるんですか」

「第二王女殿下にご用意いただいた宿泊施設があるからまずは貴様らをそこに案内する。飯は各自勝手に現地で食え。私はそこまで面倒を見ないからな」


 国際的テロ組織の対策に同じ組織の構成員を迎え入れて実働部隊に加え、それを被害者には隠したまま任務を遂行する。

 妥当と言えば妥当な話だが、もうすぐお家取り潰しの憂き目に遭うとはいえ王族が公爵に虚言を吐くというのも凄まじい話である。


「大丈夫かよこの国」

「王都を混乱の渦に叩き落とした犯罪者が何を言うか」


 そう言われてしまえば、ダグラスとしては返す言葉もない。

 他ならぬ自分自身が誰よりもその事実を日夜向けてくる。


 例え檻の外に出ようと見張りが近くにいなかろうと、罪悪感は常に彼の背後で呪詛を吐き続けていた。



   *     *     *     *     *     *



 連なる山々の狭間にはクリメネ川と呼ばれる大河が流れ、その一筋の水流を真ん中に置くようにしてウィルズ・ハウスマン公爵領は存在している。


 公爵領だけあって仕事が多いのか高層ビル群が立ち並び、商店街や公爵家に運営されている各種施設も人々の営みを支えていた。

 中央にある特に大きな建造物はモノレールの駅として機能しているらしく、そこから伸びる軌条がクリメネ川と交差して土地全体に巨大な十字を描く。


「着陸地点は厳密には屋敷の敷地外だ。先に説明した通り、まずはお前達を宿泊施設に連行する。チェックインして以降は就寝時刻まで自由に動いてもいいが、これ以降公爵家の敷地に接近することは絶対に許さん」

「傷心中の公爵さんにお気遣いってわけだ。お優しいねェ」

「……ダグラス・ホーキー。首輪の存在を忘れるなよ。私は貴様らの処分に躊躇しない。ほら、さっさと行くぞ」


 騎士の言う通り、自由だからと公爵領で暴れようものなら間違いなく首輪に仕組まれた術式が発動するのだろう。

 ダグラスからしてみればいつでも殺してくれて構わなかった。彼女の脅迫が脅迫として機能するほど自身の生命に執着を持てない。


 ヨーゼフとピナルも恐れている様子は見受けられないが、後ほど[デクレアラーズ]と合流する予定があるだろうに二人とも複雑な表情を浮かべながら何か考え込んでいる。


 想定と異なる反応だったのか、騎士が二人の顔を覗き込む。


「おい、どうした。こちらもこれから済ませるべき用事があるんだ、急げ」

「あ、すみません。ウンコ我慢してただけです」

「うわ汚い! ヨーゼフ君てば汚い!」

「そんなの漏らしてから言ってくださいよ」

「話題が汚い!」

「……はぁ」


 追求しても無駄と悟ったらしい騎士が溜息を吐き、四人と一機を引き連れて歩き出した。


 高級住宅街を抜けて大通りに出た一行が向かったのは茶色い石材で組まれた一棟の安いホテルだ。

 こぢんまりとした建物で見るからに客入りもよろしくなく、近隣住民が通り過ぎはしても興味を示さないであろう地味な外観をしている。


 だからこそ、ダグラスらのような人間にとって都合がいいのだろう。

 それは排斥派として活動していた時期でも同じだった。王都都知事だったマシューがいくつかこの手の施設を保有していたのを思い出す。


[デクレアラーズ]も似たような事情があるらしく、ヨーゼフとピナルも文句を言わない。


「地味だなぁオイ。ていうか見た感じ食堂も何もねーのかよここ。マジで泊まる以外に使えねえじゃねえか」

「文句を言うな」


 ただ表社会で活躍してきたガイ一人だけが文句を垂れ流していた。


「フロントには既に話を通してある。各々の部屋の鍵を配るから後は勝手に部屋に入って荷物をまとめておけ。それ以降は先に言った通り、()()()()()()()朝まで自由に過ごして構わん」


 当然、自由には責任が伴われる。

 迂闊な行動をすればいつでも首輪が爆発するのだと騎士の眼差しが語っていた。


「明朝七時にエントランスホールに集合、遅れればその時点で人員として不適格と見なし爆殺する。質問があればこの場でのみ受け付けよう」

「特にないです」

「ヨーゼフ君がないならピナルもいいや」

『こちらからも特には』

「……ねェよ」


 次々に若者が答える中、唯一の中年男性が気まずそうに挙手する。


「もしかして俺も明日遅れたら爆殺されんのか」

「貴様は首輪をつけていないだろう」

「まあそうなるか。すまねえな、つまんねー確認しちまって」

「代わりに今回の報酬を全額没収する形となる」

「質問追加で。この辺りにデケェ音鳴らしてくれる目覚まし時計とか売ってる店あったら教えてくれ」

「知るか。自分で調べろ」


 最年長の大柄な男は、その場にいる全員から白けた視線の集中砲火を受けた。



   *     *     *     *     *     *



 通された部屋の中に武装型グリモアーツが入れられた縦に長い箱を放り投げ、硬いベッドに腰かける。


 狭い部屋だった。


 クリーム色の内装にユニットバスとベッドと簡素なテーブルが置かれ、それらの合間に通路とばかり細長いスペースがあるばかり。

 ベッドの枕と反対方向に不自然な奥行きがあり、その上部に取り付けられた鉄の棒がハンガーを三つほどぶら下げている。なのでこの部屋にクローゼットなどない。


「あのオッサン、今頃またグチグチ部屋の文句言ってんだろうな」


 これでもダグラスからすればかなり上等な方の部屋だが、一般的な感性では粗末な部類に入るだろうと想像できた。

 テーブルの上に着地したドローンを通じてララが応じる。


『何かすみません。こちらだけ大きな部屋から通信するばかりで』

「いらねー気ィ遣うなよ」


 元よりララはマーシャから身体的な面で戦力外とされている状態だ。

 サプリメントや点滴で栄養を補っている今、この手狭な部屋で寝泊まりするのは心身ともに毒となり得る。明日以降の仕事を思えば彼女が直接来ても足手まといになりかねない。


「お前はお前の仕事をこなせばいい。……しかしまあ、改めて現地に来てみると余計に俺らを使う理由がわからなくなってくるがな」


 心に浮かび上がるのは、純粋な疑問。


「俺はもう殺しなんざしたかねぇし、今回の仕事でもまともに動くつもりもねえ。[デクレアラーズ]の客人二人だってそうだ。首輪つけたところであいつらの組織力ならいくらでも外せるだろ」


 動こうとする気概さえ失った排斥派の戦闘員に、やろうと思えば逃げられる上に本人達もそのつもりでいる[デクレアラーズ]。

 そこに元々騎士団長だったガイを含めて疑似的なパーティを組ませる意味がダグラスにはわからなかった。

 しかもわざわざ王族が自ら行動し、没落が確定していると言えど公爵からの依頼に関与させるなどと。国の今後を思えばあり得ない判断と言わざるを得ない。


『すみませんが依頼主の意図を考察するのは不得手でして……』

「だろうな。俺もだよ」


 一応は裏社会で生きてきた身だ。最低限身を守るために、依頼を受けるにしても相手の虚言を見抜くか依頼内容の裏を読むくらいはそこそこできる。


 が、今回は最初の人員配置の時点で既に彼らの理解の範疇を超えていた。

 加えて依頼してきたのは十代と幼いものの王族。腹の探り合いも虚言の重ね合いも、それらを制する手段に関しても百戦錬磨の怪物なのである。


 依頼の本質、マーシャの意図など考えて読めるはずもない。

 ただそれらを踏まえた上で、今回請け負った仕事はどうしても失敗する予感が拭えなかった。


『冷静に考えるなら王都付近で活動が確認されている[デクレアラーズ]への威力偵察、という名目かもしれませんが……』

「そうなるとあの客人二人は敢えて合流させることで敵の本拠地を探るための撒き餌かね」


 無許可で血液を採取しグリモアーツを事前に用意してしまえる程度には触れられている。

 となればヨーゼフかピナルの体に発信機、あるいはそれに類する魔術を仕込んでいても不自然ではない。特に用意された武装型グリモアーツなどあからさまに怪しく思えた。


『まあ、いずれにしても』

「ああ、俺らにゃ関係ねーか」


 ゴロリとベッドの上に寝転がる。眠気はない。しかし何かできるほど元気でもない。

 奪われた活力と気力は未だ戻っておらず、結局は今いるこの部屋とてあの少年刑務所の牢獄と地続きになっているだけだった。


 首輪の存在。仮初の自由。

 そんなもので自ら作り上げた心の檻から抜け出せはしない。


 彼らは己の(みじ)めさと透明な閉塞感に慣れつつあった。

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