表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第二章 変態飛行の藍色船舶編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/415

第六話 不穏

 木々を掻き分けて、アーヴィング国立騎士団学校高等部二年生に在籍する三人の少女が進む。

 彼女らが追っているのはつい数分前に接触した五体のゴブリンの取りこぼし。上級生が先行する中では希少でもある、自分達の手で狩るべき獲物だった。


 今回のクエスト概要は端的に言うなら、三重構造の絨毯爆撃的な面制圧だ。


 三年生による第一陣で大雑把に蹂躙し、二年生による第二陣により第一陣から生き延びた個体を駆逐し、一年生による第三陣で完全に殲滅する。

 これを森林地帯の上で二往復させる。シンプルにして確実な作戦だった。


「アナベル、見える?」

「問題ないわ。ただ動きが不規則だからこのまま追いかけても集落に辿り着けるかはわからないわよ」

「えー、だーるーいー。もうソイツ一年生に任せちゃおうよ」


 片眼鏡(モノクル)のグリモアーツで索敵するアナベルと呼ばれたドワーフの少女は、正確に対象の座標を割り出しながら同時に追跡に生じるメリットの小ささもまとめて告げる。

 その隣りを気だるげに走る寝ぼけ眼のサキュバスの少女も、やる気のなさそうな態度に反して大鎌を握る手に力を込めた。

 そしてリーダー格と思しき小剣を持ったヒューマンの少女が、手応えの希薄さに溜息を吐いて二人の一歩後方を走る。


「これさー、絶対ウチらサボってても大丈夫な奴じゃん。下手したら今頃その集落とかってのも全滅してるかもよー?」

「あり得るわね。クエスト開始から一時間、二年生の先頭にいた人達はこの早さでもう森林地帯の半分は踏破したみたいよ。私達ですらこの速度で進んでいるなら、三年生の中でも実力が上の人達は反対側まで行ってるんじゃないかしら」

「下手したら森の中は全部探し終えて山登り始めてるよね」


 三人が三人とも、今回のクエストには拍子抜けしていた。


 自分達より前線で戦う三年生らは残り少ない青春の為かはたまた飛び入り参加した第一王女に唆されたか、日頃以上に張り切って戦っている。

 その結果として元より大した脅威ではないゴブリン達が生存する可能性は極めて低くなり、二年生の活躍の場はあまり残されていない。


 合同クエストという割に全学部全学年参加型にする必要性は薄いように思えた。


「……ま、気は抜けないけどね。そもそもあのゴブリン五体組だって、私達の所まで来るのはおかしいし」


 しかし奇妙なのはゴブリン達の挙動である。


 今でこそ一体取り逃がすという失態を晒しているものの、彼女らとて四体までは問題なく倒せた。

 元より魔力を持たず、手頃な木を歯で荒削りして作った棍棒か拾った武器しか頼りに出来ないゴブリン相手に、グリモアーツを有する騎士団学校の生徒が苦戦する要素はない。

 問題はそれでも尚三年生らの第一陣を五体ものゴブリンが突破したこと、そして結果的に倒されたゴブリン四体が残り一体を逃すように動いていたこと。


 本来であれば彼らは自己中心的な生き物だ。例え複数体がまとまって動いていたとしてもそれは小動物などを効率よく追い詰めて食い散らかす為であって、そこに仲間意識や結束力は介在しない。

 それはこれまでの経験の中で彼女らが倒してきたどの個体にも共通する特徴だったが、今回の合同クエストでは例外的なパターンが散見された。

 恐らく三年生がちょくちょく倒し損ねているのも行動パターンが通常の個体と異なるからだろう。


「言われてみればなーんか嫌な予感。どうするー? 真面目にもう追跡やめとくー? このままだとルート的に一年生とかち合っちゃうよー?」


 間延びしたサキュバスの少女に応じるようにして、アナベルが立ち止まる。


「……もう追わなくていいわよ。生命反応が消失したわ。他の人が倒しちゃったみたいね」

「あ、そう。じゃあまた戻らないとだね」

「うあー、結局骨折り損のくたびれ儲けじゃんかさー! 何の為にこんな後ろに来ちゃったのウチらー!」


 とはいえ、悲しきかな所詮はゴブリン。

 合同クエスト自体は極めて順調に進んでいた。



   *     *     *     *     *     *  



「んじゃあそろそろ行こうぜ」


 集会を終えてからしばらくが経過した頃、エリカと圭介はミア、ユーの二人と合流していた。


「あれ、王女様はどこいったよ? ウンコか?」

「あんたホンット同い年の女子としてどうかと思うわその発言。今回一緒に動ける高等部と違って接点のない中等部と小等部それぞれに顔出しだってさ。校長先生が言ってた」

「律儀だよね、怖い人だけど」

「じゃあ先に行っちゃわない? あっちにはあの剣持った人がいるから大丈夫でしょ」

「それはそれで失礼だと思うけどね……ケースケ君の境遇を考えると何ともね……」


 理由が何であれ、これから自身が属する第三陣の出発という時に間に合わないのは王女としても体裁が悪いだろう。間を置かず戻ってくると見越した圭介は迅速な出発を三人に促した。

 が、願いは叶わなかった。


「よかった、間に合ったようですね。できれば皆さんと共に進みたかったもので」


 圭介の背中に今一番聞きたくなかった声がかかる。振り向けば案の定、第一王女が悠然と歩み寄って来ていた。


 間に合った、という言葉の割に急いでいたという様子も見せず余裕の表情で、小走りする足音すらしない。

 加えて服装も変わらずドレス姿のままである。これから森の中を進むという自覚がないのか、またはそれだけの体術の心得があるのか。


「あ、ど、どうも。さっきはお疲れ様でした」

「ありがとうございます。ケースケさんもお疲れ様でした」

「ホントっすよね~。あたしはコイツがいつか噛むんじゃないかって不安だったりしたんすけど、ちゃんと仕事してくれて安心っすわ」

「この期に及んでまだ引きずんのそこォ!? あと今朝からちょいちょい思ってたけど気安いんだよ姫様に向かって!! こっちが見てて冷や冷やするわ!!」

「あん? さっきご本人の口から出された『一人の友人として接して下さい』って命令に従ってるだけですけど? え、文句あります姫様? ないっすよね?」

「はい、特には」

「エリカ、あんた明日には不敬罪で殺されても文句言えないわよ」

「とりあえず今日の晩御飯はエリカちゃんの好きな食べ物にしてあげるね」

「さようならエリカ。君のことは忘れないよ。……いやこんなんやってたら出遅れるわ」


 命懸けでふざけている間にも経過していく時間を憂慮した圭介が真っ当な意見を提示した。

 フィオナがいる関係で気を遣っているのかまだ残っている同級生達もいるが、ほとんどは先に進んでいる。少なくともモンタギューとコリンの姿はいつの間にか見えなくなっていた。


「どうでしょう。私達二人と貴方達四人、これを三人一組に分割して進むのが効率的かと思うのですが」

「はあそうですか。あ、エリカ一緒に行こうよ」

「私としましてはセシリアと離れるわけにもいきませんので、皆様の中からどなたかお一人とご一緒させて頂く形になりますが」

「そうですか。じゃあエリカ、一緒に行こうか」

「何だよお前やたら熱心に口説きやがって。あたしのこと好きなのか?」


 数秒ほど考える。


「…………………………………………………………………………好き、だよ?」

「おい皆コイツはぶろうぜ!」

「クソァ!」


 自己保身に走った結果、軽度の迫害を受けてしまった。

 圭介の人生経験値が上がった。


「では私、セシリア、ケースケさんの三人で行きましょうか」

「はい」

「はい……」


 朗らかな笑顔が一人、仏頂面が一人、挫けそうな表情が一人の即席パーティは右の方へ、


「こっちも行こう。っても討ち漏らしなんてそんなにいないと思うけどね」

「でも油断せずに【解放】は済ませておこうよ。姫様も安全第一っておっしゃられてたし」

「んだな。死んだら元も子もねェ」

「いや、あんた明日死ぬじゃん」

「エリカちゃんは明日死ぬから」

「大丈夫大丈夫、多分大丈夫」


 不安の残る二人と不安を感じるべき一人は左の方へと分かれ、森の中に進んでいった。



   *     *     *     *     *     *



 圭介の予想を上回って、森の中は静かだった。

 遠く聴こえるざわざわという音らしきものは二年生か、あるいは自分達より先に行った同級生らの声だろう。その中にも戦闘に由来すると思われる轟音や詠唱はない。


「えっと、お二人は【解放】しておかなくても大丈夫なんでしょうか」


“アクチュアリティトレイター”を【解放】した状態で進む圭介が、前方を歩くセシリアと隣りにいるフィオナに問う。

 応じたのはフィオナだった。


「私のグリモアーツはこのような障害物が多い場所には不向きなものでして、申し訳ありませんが今回は待機形態のまま進む形となります。それとセシリアですが、彼女は既に【解放】している状態ですよ」

「? それにしてはその、【解放】の宣言がありませんでしたが。グリモアーツらしき物も持ってませんし」

「彼女が腰に下げている剣が彼女のグリモアーツですよ。王城に勤務している騎士は個人のものとは別に、武装型のグリモアーツを所持しています。そして武装型グリモアーツの強みの一つが、常時【解放】状態を維持するという点なのです」


 王城に身を置く騎士が武装型と呼ばれるグリモアーツを持たされることは圭介も以前レイチェルから聞いていたが、そのような特徴があるとは知らなかった。

 しかし圭介にはそれによって得られる旨味が思い浮かばない。


「それって何か意味があっての措置だと思うんですけど、具体的にはどのようなメリットがあるんでしょうか」

「まず【解放】に伴う使用者の発声と魔力の影響を受けたマナの発光がなくなりますので速攻性と隠密性に長けているというのが一つ」


 その話を聞いた圭介が思い起こすのは、以前この山の一画でゴブリンと初遭遇を果たしたあの日。

 ユーが【解放】した事によって光が発生し、ウォルト達に自分達の居場所が露見した。あの時にユーが持っていたグリモアーツが武装型であったのなら確かに状況は異なっていただろう。


「次いで宣言を行う上での手間によって生じる隙を省略できるというのが二つ。量産型故に共通した訓練を重ねる事で騎士団全てに同じ働きが見込めるというのが三つ。まあ、今回はそれらのメリットが作用するような場面ではないのですが」


 役割分担を個人単位で済ませられる冒険者のパーティと異なり、騎士団とは言わば軍事力である。

 集団で一つの役割を担う事態も当然あろう。そう考えると画期的且つ実用性の高い発明なのだと納得できた。


「因みにこの武装型グリモアーツを開発したのは私なんですよ」


 と、心なし誇らしげな顔を浮かべてフィオナがとんでもない発言をした。


「……え、マジですか」

「もちろんですとも。他国に技術を流用されるのを防ぐ為に敢えて特許は申請せずにいるのですが、現在この強みを持っているのは大陸広しと言えどもアガルタ王国だけなのです」


 流石はこの異世界に名を轟かす技術大国である。加えて意図的に特許を取っていないのも小賢しい。


「これにより我が国の軍事力は飛躍的に向上したと言えるでしょう。当時十歳の女子という身でこの発案と製法を頑迷固陋(がんめいころう)な老人達に飲み込ませるのは骨でした」


 つまりフィオナは齢十歳にして国の戦力を大幅に増強する技術を編み出したばかりでなく、老人連中に受け入れさせるだけの何か(・・)をやってのけたのだ。

 それがどれほど現実的でない話か、政治に詳しくない圭介でも理解できる。にこやかに話しながら隣りを歩く美少女は埒外の存在であると認識せざるを得なかった。


(やっぱ怖い人じゃねえか! まあわかってたけどさあ!)

「戦闘開始時点で既に【解放】を済ませている集団というのは通常の軍隊にとってよほど想定外だった様子で“大陸洗浄”ではこの技術なくしては現在記録されている死者数の凡そ倍は死人が出ていたとさえ言われているんですよ。最初の奇襲作戦では都市機能を三度も停止させた前科のある強力な客人の首を一晩で刈り取りました。その場を取り仕切っていた隊長の判断によって討ち取ったばかりの首を皿に載せて敵本部に送りつけたと聞きましたが、それが功を奏して相手勢力の士気を大いに削いだというのですから爽快ですよね」


 怯える隣人に気付いていないのか、流麗なる少女の声は嬉々として物騒な世間話を続けている。


 その饒舌さに圭介は元いた世界で友達だった人形性愛者がビスクドールについて熱く語る様を重ねながら追想していた。言ってしまえばこれは『語り始めると止まらないタイプのオタク』のそれに近い。


 そう悟った圭介は、適当な相槌でやり過ごそうと心に決めた。


「元来私はグリモアーツを絶対的に強力無比な武装であると認識していません。最近では機械自身に備わっている機構を用いてマナを魔力に変換する魔動兵器も大陸中で開発が進められています。これらは扱う者の魔力容量や適性を問わず、特定の資格を持っていれば誰であろうと扱えます。それこそ転移して間もない客人でも扱いさえ覚えれば即戦力として数えられるのですから有用性は申し分ないでしょう」

「はあ」

「確かに突出した才覚あるいはたゆまぬ努力の結晶として昇華された魔術の威力は認めざるを得ませんが、夢物語と化した第一魔術位階や扱えるだけで伝説として語られるとすら揶揄される第二魔術位階に至れる者がどれほどいるでしょうか。それに【解放】宣言中の無防備を叩かれる場合にどのような対策を練るかは実戦に臨む者達にとって永久の課題でした。それら二つの問題を、我がアガルタ王国は技術力によって補えるという強みがあるのです」

「なるほど」

「お父様もお母様も老人達も、雁首揃えて危機感というものが足りていません。いくら技術力だけを誇ろうがいざ戦争が幕を開けば技術者も工場も機械類も略奪されてしまうだけです。我らにはその悲劇を防ぐだけの技術があるというのに、自分達は安全圏に立っているからと言ってのうのうと平穏を享受するばかり。刃を向けられたのならば銃を撃っても構わない、それがこの世の理であると幼少のみぎりより私でさえ気付けていました。その程度の認識も欠くとは、全く暗愚極まります」

「大変っすねー」

「大変ですとも! ああ、わかっていただけますか!」

「やっべ選択肢ミスったぁ!?」


 二人で和気藹々と話している間に、セシリアが立ち止まる。


「っと、どうかしました?」

「誰か倒れていますね」


 途端、弁舌爽やかだったフィオナが血相を変えて走り出す。


「ちょっ!?」

「姫!」


 遅れて圭介とセシリアも駆け出す。倒れている姿を発見したのも目視できる範囲での出来事だったため、すぐに追いついた。


 彼女達が駆け寄った先には三人の女生徒が倒れ込んでいた。ドワーフ、サキュバス、ヒューマンの組み合わせは圭介が記憶している限りだと二年生による第二陣の後方にいたパーティだったはずである。


「……大丈夫、息はあります。命に別状もありません」


 一人一人の脈と身体の状態を確認し、そう告げる。

 どうやら傷の具合を判断できるだけの知識を備えているようだったが、言葉の頼もしさに反して表情は暗い。


「先行した他の一年生は気付かなかったのでしょうか」

「偶然私達が選んだ道を他の誰もが選ばなかったか、もしくはつい先ほど何者かにここまで運ばれたか。……ひとまず彼女らを連れて一旦引き返しましょう」


 圭介としてもその方がいいと感じていた。

 この状況で上の学年の生徒が倒れているという事実に違和感がある。


「広場で待機中の保険医の方に事情も話して預けておけば心配はいりません。どうやら強い衝撃を受けて倒れているだけのようですから」

「強い衝撃って、それは……」

「少なくともゴブリンの仕業ではありませんね」


 冷静なセシリアの声が事実のみを教えてくれた。


「……ちょっとマナー悪いですけど、僕の【テレキネシス】を使えば簡単に彼女達を運べますよ。セシリアさんは姫様の護衛に集中してて下さい」

「うむ」


 圭介に対する返事だからか武骨な言葉が返ってきた。


(何だ? 何がいるんだ、この森の中に……)


 気絶しながらも軽傷で済んでいるというのが逆に不可解で気持ち悪い。


 予想外のアクシデントを迎えて戦々恐々としながらも、圭介は女生徒三人を浮かび上がらせて運んでいくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ