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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十四章 再起する白狼編

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第一話 奇妙な五人、奇妙な仕事

「単刀直入に申し上げましょう。お二人には私の直属部隊に所属し、各種依頼をこなしていただきたい」


 マーシャは嫣然と微笑みながらダグラスとララに手を差し伸べる。

 物理的に受け取れる距離感ではないし、接近するにも立場の違いが躊躇を生む。二人は蛇に睨まれた蛙よろしく硬直するしかない。


「もうご存知でしょうが現在ビーレフェルト大陸では[デクレアラーズ]というテロ組織が各地で猛威を振るっています。その対応で騎士団は人員不足、そこから更に殺害されるケースもあれば自ら退職してしまう者まで現れ始めました」

「……知っていますが、しかしそれは騎士団の責任では」

「もちろん承知していますとも。彼らに後ろ暗い何かがあればこそ、そうなってしまうのだと」


 言いづらそうに応じるララの言葉を代わりに続けたかのように、目の前の第二王女は王族として望ましくない現実を言葉にした。


 決して犯罪者ながらも国民たる者らへ向けた誠意からの発言ではない。

 勝ち気な瞳はもっとシンプルに、目の前の相手など歯牙にかける価値もないと告げている。あるいは私刑を受けて断罪の名の下に殺傷された騎士に対して、何ら思うところのない王者の表情だった。


 頭脳に書物を埋め込まれたかのように、どこまでも効率よく理解させられる。


 下々の人間を別の生命体として見ており、それを隠そうともしないこの少女が自分達を手元に置きたがっているのだと。


「逆に言えば、脛に傷を持つ者を集めて特殊作戦部隊を編成した方が相手の出方も読みやすいかと思いまして。その第一ユニットの候補者たるお二人には、作戦の有用性を確認するため尽力いただきたい」

「要するに俺らは本格的に作戦動かす前の練習台ってことかよ」


 呆れ果てた様子のダグラスが弱々しい声で言葉だけは反抗的な返事をするも、マーシャの笑顔は揺るがない。


「ご理解が早くて助かります、ダグラスさん。……さて、そろそろ残りの人員も到着する頃合いかと思われますが」


 言って彼女が視線を窓の外に流すと同時、先ほど二人が施設長とともに歩んできた通路からドスドスと無遠慮な足音が響き渡る。

 何だ誰だと疲れた表情のまま顔を背後のドアに向けると、ちょうどそのタイミングで大柄なドラゴノイドの男が入室してきた。


「いやあお待たせしましたマーシャ様! 途中で山賊に襲われている貴族の車を見かけたものでしてな、救助活動に勤しんでいたらこんな時間に」


 空色の鱗が室内に注がれている薄い陽光を浴びて輝く。

 その鱗に阻害されない素材で編み込まれたコートとワイドパンツは上下揃って体の色に反するかのような赤。

 胸ポケットからは枡花色のカード状グリモアーツが少しはみ出ている。


 ダグラスとララの二人はその顔を見て気づいた。


「あんた……」

「よっすお二人さん。あれ、もしかして俺の顔知ってるのか?」


 ガイ・ワーズワース。


 メティス騎士団総合本部の第六騎士団にて騎士団長を務めていた男だ。

 同時に排斥派として活動していた二人にとっては、かつて同じく第六騎士団に属しながらも仲間として活動していたバイロン・モーティマーの元上司とも言える。


「てこたぁバイロンの野郎から写メか何か見せられて顔知ってたりしたんかね。大昔に部下数人連れて旅行行った時とかパシャパシャ撮ってたからなあアイツ」


 彼からしてみればダグラスもララも直接関与こそしていないものの、信頼してきた部下を裏切らせた勢力の一味である。

 恨まれていておかしくない。だからこそ彼のあっけらかんとした態度は、最近特に罪悪感を強く感じているダグラスにとって意外なものとして映った。


 いっそ責められた方が楽とさえ言える。


「っと、それよりコイツらだ。遠慮してねえで入ってこいよ!」


 ガイが背後に向けて言葉を投げかけると、少し遅れて二人の人物が室内に入ってきた。


「あー……ども、初めまして」

「こーんにーちはー!」


 入ってきたのはいかにも陰気そうな雰囲気を漂わせる少年と、あまりにも陽気な少女。


 少年の方はダークブラウンの巻き毛を野暮ったく伸ばし、死んだ魚のような目に縁なしの眼鏡をかけている。

 今にも舌打ちしそうなほど不機嫌さを隠そうともしていない。ガイは「遠慮するな」と入室を促していたが、第二王女の御前だろうと彼は遠慮などしないのだろう。


 少女は褐色の肌とパッチリとした大きな目が活発さを際立てており、十代後半と思しき外見年齢よりも幼く見えた。

 笑顔での挨拶を終えるとこちらも無遠慮に室内へと視線を巡らせる。その様は状況が飲み込めず周囲を観察する小動物にも似ていた。


 直接会ったわけではないが、ダグラスはこの二人の顔を知っている。

 隣りに立つララも同様らしく驚きを隠せていない。


 無理もなかった。


 排斥派として活動する中で知った二人のことは、当時いずれ衝突する敵として見定めていたのだから。


「[デクレアラーズ]のピナル・ギュルセルです! よろしくね!」

「同じく[デクレアラーズ]のヨーゼフ・エトホーフトです。くたばれ」


 どちらも[デクレアラーズ]の頭に元とつけない不敵さとヨーゼフの不穏な一言は不問としたのか、マーシャが気にせず「よろしくお願いいたします」と笑顔で応じる。


 何が起きているのかわからない。


 ほぼ暗殺者としての仕事を全うしているだけだったララはともかく、ダグラスは“大陸洗浄”で家族を含めた一族郎党を壊滅に追いやられて排斥派になった生粋の客人嫌いである。

 そんな彼に“大陸洗浄”とほぼ同じ動機で犯罪行為に手を染める[デクレアラーズ]の一員を、それも排斥派によって経歴に汚点をつけられた元騎士の手によって引き合わせる意味が、どうしても理解できなかった。


 一体いかなる用途でこの五人を集め、使い潰そうとしているのか。

 王族がそこまでしなければ立ち向かえないほどの危機的状況とは何なのか。


「さて、主な戦力はこの五人で揃いましたね。では改めて皆さんの活動内容について説明しましょうか」


 マーシャの言葉を遮ってヨーゼフとピナルを呼んだ意図について問いただしたい気持ちはあったものの、手早く展開された結界とその表面に表示される図面が発言より先に説明を始める。


 聞いた話ではかつて城壁を襲撃したマティアス・カルリエなる客人も使用していた、空中に特定の映像を映し出す魔術だ。

 テレビ画面よろしくやや横長の結界には、大陸の俯瞰図が表示された。


「そちらのお二人はもちろん、他のメンバーにとっても今更な話となるでしょうがご清聴ください。現在このビーレフェルト大陸は[デクレアラーズ]によるテロ活動の脅威に晒されています」


 本当に今更説明するまでもない事実である。何せ実行犯として暴れていた張本人がこの場に二人もいるのだから。


「国防勲章受勲者のトーゴー・ケースケから聞いた話によると、彼ら[デクレアラーズ]の首魁たるアイリス・アリシアは観測した対象の情報を瞬時に読み取る第一魔術位階を使用するとのこと」

「ほーん。彼も随分とデカい成果を持ち帰ったものですなあ。まさか名前どころか使う魔術まで特定するとは」

「第一魔術位階というのがにわかには信じ難い情報ですが、事実としてこれまで数多の防衛作戦が失敗に終わっています。何を疑ったところで策が筒抜けになっているのは間違いないでしょう」


 トーゴー・ケースケ。

 ダグラスにとって聞き覚えのある名前が出てきた。


 加えて彼が国防勲章を受勲するに至った要因は排斥派との大規模な抗争である。

 内心複雑な感情を抱くものの、今はそんな自分の事情などよりも仕事の話に集中する。ストレスから守られていた時期に染み込んだ習慣は未だ抜けない。


「つまり必要となるのは十重二十重(とえはたえ)の策謀ではなく、最初から動きを読まれていると踏んだ上で前へと進む純粋な力です。その点ここにいるメンバーは実力も実績も申し分ありません」


 五人中四人の実績は犯罪行為を通して示されたものだが、上に立つ者とは清濁併せ呑む生き物だ。優先すべきは駒についた汚れよりも盤上での勝利なのだろう。


「そこで皆様には活発に動いている[デクレアラーズ]のメンバーを打倒するべく動いていただきます」


 言葉を選んではいるが、つまるところ討伐という名の殺処分である。そのくらいは誰もが理解できたらしく各々顔を顰めた。


「主な活動内容は現地での戦闘及び鎮圧を前提とした問題の解決。仕事の内容が物騒且つ高難易度に偏りますが、基本的に冒険者と類似した業務内容となるでしょう」

「じゃあなんで僕ら呼んだんですか」


 王族相手に臆することなく、ヨーゼフが挙手しながら質問する。


「僕ら全然[デクレアラーズ]抜けたつもりないですよ。裏切れってんなら余裕で断りますけど」

「うんうん、そうだね。ヨーゼフ君の言う通りだよ」

「何だコイツちょっと理解者ぶりやがって」


 グリモアーツどころかナイフ一本すら持っていない状況で、絶対的権力者を前に随分な物言いだった。


 しかしこれこそが[デクレアラーズ]の姿勢なのだと納得もできる。

 発言したヨーゼフも同調するピナルも、組織に対する忠誠心というよりは己の理想に殉ずる覚悟でこれまで活動してきたのだろう。苦痛や死への恐怖を交渉材料とした脅迫が通じるとも思えない。


 意地ではなく信念から敵対をやめない存在を何故ここに呼んだのかはダグラスとしても気になるところだ。

 そしてそれに答えるかのように、マーシャが微笑を崩さずヨーゼフに向き直る。


 次に彼女の口から出てきた言葉は、予想外のものだった。


「ええ、お好きにどうぞ。現地で[デクレアラーズ]の人員と接触することもあるでしょう。その時に部隊から脱走して彼らとともに元の活動へと戻っていただいて結構です」

「あ?」

「え? どゆこと?」


 流石にこれにはヨーゼフもピナルも二人揃って目を丸くする。隣りにいるララも口を小さく開けて呆けた表情を浮かべていた。

 同じく納得できず表情に出てしまうダグラスを置いて、ガイだけが「ほほう」と牙を見せて笑っている。どうやら彼はマーシャの意図を飲み込めたらしい。


「しかしそうなる前にまずは私からの話を聞いてください。お二人が望む望まないを問わず、状況の確認は必要なはずですから」


 首輪すらつけるつもりはないというのがやり取りを通じて伝わってきた。これではテロリストに対して実質的な無罪放免を言い渡すようなものだ。


 王女が何を考えているのかなど一般市民にはわからない。

 わからないならと詳しく教えてくれるような親切な相手でもない。


 話は特殊作戦部隊としての最初の仕事に移ろうとしていた。


「役割についての説明は先に伝えた通り。次は最初の任務についてお話しますね」


 言うと同時、側近の騎士が部屋の隅へと移動して壁についているスイッチを押す。

 すると天井から白い垂れ幕(ロールスクリーン)が下りてきた。完全に幕全体が露わになったところで動きを止め、表面に映写術式による映像が映し出される。


 先ほどまでと同様、結界に映し出せばいいものをそうしないのは何故か。

 考えられるのは魔力の節約か、そうでなければ。


 魔力で再現するよりも機械で映し出すべきものがあるか。

 即ち客観性を求められる、重要書類などの画像が表示されようとしている可能性が高い。


(だとしたらこの手の仕事で一番ダルいパターンだな)


 表示されたオプション画面にマーシャが懐から出した霊符を当てると、スクリーン上の映像はとある資料へと切り替わった。


 資料の主な内容は、ダンジョンの地図。


「任務内容は公爵の一人であるアダム・ウィルズ・ハウスマンが所有する()調()()ダンジョンの攻略、及び現地にて潜伏している[デクレアラーズ]構成員の排除です」


 物騒な後半部分を除けば一般的な冒険者に紹介されてもおかしくない、どこにでもありそうな普通の依頼だ。


 未調査と言いながら地図が用意されているという、不審な点を除けばの話だが。

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