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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十三章 特別強化合宿編

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第二十五話 世紀の大怪盗

 かつて圭介は念動力魔術で加速した経験がある。


【サイコキネシス】で生み出した運動量を推進力に変えつつ、舵取りのために【テレキネシス】を運用して加速する。

 これは圭介自身が編み出した独自と言える魔術の応用法だ。


 だがカレンから教わった複合術式による新たな加速方法は、【エアロキネシス】という第三の術式を加える事で更なる発展を遂げた。


 まず【サイコキネシス】で生じさせた念動力の塊を【テレキネシス】で全身を覆う薄い膜に整形する。そこから必要に応じて膜の表面を細かく分解することで気流に混じり合わせ、【エアロキネシス】の動作効率を向上させる。

 こうすると体のあらゆる箇所から旋風を巻き起こしてスムーズに加速できるようになるのだ。


 加えて一定の速度に達すると肉体の動きを阻害する空気抵抗の壁。こちらも【エアロキネシス】で捻じ曲げ歪めて貫き通過するための穴を開ける。

 敵たる排斥派としてダグラスがかつて見せた加速。それを参考にした部分も大いにあった。


【テレキネシス】+【サイコキネシス】+【エアロキネシス】の複合術式。

 自分を中心として方向も出力も自由自在に決められる風のブースターであると同時に空気抵抗を穿つ槍。


 第四魔術位階【アロガントロビン】。


 ただ速く動くだけではない。その魔術を応用することで、圭介は“アクチュアリティトレイター”を足場としない滞空と飛行すら実現してみせる。


「遠目に見てもわかりやすくて助かるよ。空を散歩するのは初めてだけどこれで迷わずに済みそうだ」

『相手は[十三絵札]ですが、随分と余裕そうですね』

「んなわけあるかい」


 そこまで深く考える余裕もないが、恐らく軽口を叩くのは現実逃避の要素もあるのだろう。


 相手は[十三絵札]が一人“ヘクトルの座”フェルディナント・グルントマン。かつて同じく騎士の札を持つルドラとの戦いを経て、彼らがどれほどの怪物なのかを圭介は嫌というほど叩き込まれた。

 加えて彼とは以前、一時的にだが共闘した関係である。会話を重ね、それを通して決して相手が悪人ではないということも理解はしている。


 そして、そんなフェルディナントを圭介は殺さなければならない。


 鶸色の魔力を纏って直進する圭介に相手も気づいたのか、眼前に迫るペストマスクを幻視するほどの殺気が飛ばされた。


(少なくともあっちはその気だ)


 新たな飛行手段を得て“アクチュアリティトレイター”に足を乗せる必要もなくなった圭介は、これで心置きなく空中で全力を振るえる。

 だからと油断できる相手でもないのもまた一つの事実だった。


 ある程度直進し続けたところでフェルディナントの周囲にとぐろを巻いて浮かぶ装甲列車、グリモアーツ“ヨルムンガンド”に備え付けられた窓が複数輝く。


(な、ん)


 何かを索敵で分析するより早く、それは飛来した。


「――ぐぃいっ!?」

『マスター!』


 一瞬だけ目視するのがやっとな砥粉色の光線。それらは【ベッドルーム】による索敵で捉え包み込む暇もなく圭介の左肩と右脇腹を掠め、右足の脛などは芯の部分に命中する。

 事前に【サイコキネシス】と【テレキネシス】の複合術式で作り出した念動力の見えざる鎧、第四魔術位階【コットンフィールド】によって致命的なダメージは避けたがそれでも痛いものは痛い。


 激痛と負傷によって一気に重みを増した体をどうにか【アロガントロビン】で持ち上げながら、今の攻撃がヨルムンガンドから射出され超高速で飛来した魔力弾であると認識に至る。


 瞠目すべきはアズマの防御すら間に合わない弾速。


 今まではアズマが相手の魔力反応を検知して即座に第三魔術位階相当の結界を展開し、敵の最初の一撃を防いでくれていたからこそ分析する余裕が生じていた。

 だがフェルディナントが放つ魔力弾の弾速は、本人同様に神速の域へと達している。結果として圭介は目視することすらできない攻撃に対処できず負傷した。


「んなろっ、舐めるな」


 レオが巻きつけてくれた“フリーリィバンテージ”に組み込まれた回復魔術が作動し、すぐに脚部の打撲を癒してくれる。

 魔力を供給してくれている彼自身はここから大きく離れているはずだが、それでも至近距離での治癒と同じ程度の効果が発揮されていた。この心強き支援にどれほど精神を支えられているか。


 それからも幾度か魔力弾を避けるなり受けるなりしては防御と回復を繰り返し、愚直なまでに進み続ける。


「良い月だな!」


 ある程度まで接近したところで、ついにフェルディナントが声を張り上げて話しかけてきた。

 彼は既にグリモアーツを【解放】しているし、現在彼から感じる殺気の密度は遠く姿を見据えた時に感じたものより遥かに濃い。それでいて雑談に耽ろうとするのは一度でもともに困難を乗り越えた過去からか、あるいは単なる狂気か。


「人は黄昏の美を理解するが故に黄金を宝と認めた。ならば月光の美を理解して次に何を求めたか。宝石、真珠、あるいは存外飴玉やもしれん」

「バチバチに人のこと撃っといて急に何の話してんだ」

「吾輩が今宵何を目的として動いているかについて語っているのだよ」


 月を見上げる彼の表情は仮面に隠れて見えないが、見えたところで悟られない術を持っているのが大人という生き物だ。

 友好的な素振りを見せられても一切油断はできない。


「価値ある物は妥協してしまえば類似品で代用できる。しかし妥協の余地がない宝も存在すると我々大人は知っているのだ」


 浮遊する装甲列車“ヨルムンガンド”の先頭に腰を下ろし、怪盗は朗々と語る。


「情報。こればかりは代替品が用意できない。そして我らが道化はこの世に存在するありとあらゆるこの財宝を独占できる、はずだった」


 ペストマスクの向こうにあるであろう瞳は、まっすぐにアズマへと向けられていた。


「我らが道化の第一魔術位階【ラストジーニアス】でも見抜けぬものがこの世にはある。その中の一つがその、アズマという魔道具だ」

「……え?」


 己の頭上で今も頭皮に爪を食い込ませている機械仕掛けの猛禽に対し、圭介は初めて疑問を抱いた。


「いや、ちょっと待って。アズマってそんなヤバい代物だったの?」

「カレン・アヴァロンの優れた念動力魔術は我らが道化の魔力を遮断し、情報を読み取れないように細工できる難敵である。第一魔術位階と言えども所詮は魔術、魔力の流れそのものを隔絶されてしまえば通用しない」

「何だ、どうしたんだ急に変な話し始めて! 言っていいのかそういうのって!」


 ただでさえ強敵を前にして冷静な判断を下しづらい状況だというのに、常識的に考えれば[デクレアラーズ]側にとって不利な情報を堂々と口にするフェルディナントに動揺と困惑を隠せない。

 圭介にとって想像していなかった異常事態だったが構わず相手の話は続く。


「もう一度言う。優れた念動力魔術を会得した者に【ラストジーニアス】は通じない。そしてそれはそこのアズマも同じ」


 立ち上がり、フェルディナントが改めてサーベルを構える。


「第三魔術位階相当の結界など付属品に過ぎん。恐らくカレン・アヴァロンはその機械仕掛けの猛禽に、何か……恐らく我ら[デクレアラーズ]にとって不利に働く情報を隠している」


 やがて装甲列車の車窓が一つ、また一つと開放されていく。


 その先にいるのは内部に備え付けられていると思しき機関銃を構えたペストマスクの集団。

 動きを見るに生きた人間である。中にはドラゴノイドや獣人といったわかりやすいシルエットもあるため、この異世界でフェルディナントとの共闘を受け入れた者達だろう。


「我らが道化は吾輩にダアトが内部に隠してきた騎士団学校の戦力を分析することと、アズマの奪還を命じられた。そして前者は既に三人の優秀な部下が済ませてくれたため任務の半分は済んだと言えよう」


 しかし、と曲剣の刃先が揺れる。


「貴様の頭上にいるそれが我らの手元に来ない限り、第二次“大陸洗浄”の行く末に大きな不安要素が残る。そして当然それは吾輩としても望ましいことではない」


 だから、と仮面の奥の瞳が光る。


「残り半分の仕事を華麗に鮮やかに美しくこなさねばならぬ。何故なら吾輩こそは[デクレアラーズ]最高幹部[十三絵札]が一人“ヘクトルの座”にして、世界を変革せんと驀進する道化に並び立つ世紀の大怪盗! フェルディナント・グルントマンであるが故に!」


 直後。

 圭介の頭から重みが消えた。


『マ』


 遠ざかる、と感じる余地すら残さずアズマの声が途切れるほどの神速の強奪。

 以前の圭介ならこの速度を前に呆然とするしかなかっただろう。何せ気づけばフェルディナントも“ヨルムンガンド”も遠く離れているのが【ベッドルーム】の索敵でわかる。


「好き勝手、言うだけ言ってこの……っ!」


 だが、今なら。

【アロガントロビン】で加速できる今なら、話は大きく違ってくる。


 圭介の軌道に沿う形で空気抵抗の壁はソニックブームとして轟音を鳴り響かせ、大地に群生する葉や花を散らした。


 巨大な金属板を手に持ったまま突き進む圭介の速度はフェルディナントの移動速度に匹敵するらしい。

 流れて目視が難しくなっていく景色の中、わかりやすく浮き彫りになる怪盗と装甲列車の姿が見えた。


 振り払えず追跡が続く現状に気づいたらしいフェルディナントがちらりと圭介の方を振り向くと、諦めたようにして眼下の岩肌に“ヨルムンガンド”ごと減速することなく着陸した。

 地面につくと同時に生じるかと思われた轟音は無く、地上で再び蛇のように這いずりながら徐行する列車からまたも光が届く。


「っとぉ!」


 今度は大きく横に体をずらして避ける。結果、光る何かが元々いた空間を貫くのが見えた気がした。


 撃っているのは確かに“ヨルムンガンド”に乗っているペストマスクの集団だ。

 だが、それだけではないように思える。少なくともあれはケンドリック砲のような魔動兵器の類ではなく、グリモアーツの一部に過ぎまい。となれば魔力弾に使用されている魔力はフェルディナントが代償として支払っているはずである。


 絶対に、何らかの細工がしてあると見るべきだ。


(レオの回復魔術だっていつまでも続くわけじゃない。ここは慎重に)


 途端、圭介の背後で常識から外れた事象が起きた。


 斜め上へと放たれた神速の魔力弾が、凄まじい弾速はそのままに空中で軌道を変えて圭介の背中に突き刺さらんと迫る。

 想定していなかった、あまりにも急な動きの変化。弾速の異様な速さも相まってどうしても反応が遅れる。


「いっ」


 察知した瞬間に


「やお前ふざけんなよ!」


 避けようとするも間に合わず、数発ほど右肩と右脇を焼き削られてしまった。

 痛みに悶える暇もない。回復する速度すら計算に入れていては間に合わないと、急ぎ地上にいるフェルディナントに急降下する形で襲撃した。


 振りかざす“アクチュアリティトレイター”を中心として細かな氷の粒を伴った旋風が巻き起こると同時、大気中の電気を集結させてそれら全てに帯電させる。

 氷の粒同士が風の中で衝突し合って電荷を蓄積していき、それはやがて膨大な量の電撃へと姿を変えた。


【ハイドロキネシス】+【エアロキネシス】+【エレクトロキネシス】の複合術式。

 人為的に小規模な落雷を再現する第四魔術位階【サンダーボルト】。


 カレンほど玄妙な調整はまだ難しいが、今の圭介ならこうして単純に高い威力の電撃を出せる。


「うおおっ!」


 果たして雷撃に抉られた地面から一瞬で離脱したフェルディナントの手からアズマが素早く脱出し、それに気づいてまたも一瞬で捕まえようとする彼の動きを圭介が【エアロキネシス】による圧縮された空気の塊で制した。

 突如繰り出された不可視の砲弾をフェルディナントはサーベルの刀身でいとも容易く受け流すが、その動作によって生じたわずかな遅れのうちに圭介がアズマを回収する。


 抱え込んだ鋼鉄の猛禽と一緒にフェルディナントから数メートルほど離れるようにして後退する。

 互いの速度を思えば密着しているも同然の間隔だが、それでも無いよりはマシと言えよう。


「やるな、東郷圭介!」

「そうだろそうだろもっと褒めろ崇め奉れ銅像建てろ」


 背後で蠢く“ヨルムンガンド”とそれに乗った狙撃手らが次の動きに備えるのを感じ取りつつ、圭介はフェルディナントの言葉に雑な返答を投げた。

 ひとまずアズマの回収はできたため持ち帰られるという最悪の結末は避けられたが、同時に相手の狙いがまた自身に向けられたとも取れる状況。


 ここで圭介はフェルディナントに勝たなければ生きて帰れないわけだが、しかしそれがいかに難しい事なのかもここまでの戦いを通して知ってしまっている。


「つってもそっちこそやるじゃんか。……てっきり加速するだけの一芸特化かと思ったのに。何ださっきの曲がる魔力弾」

「クククそこは企業秘密とさせてもらおうか」

「言わなくてもいい。大体察しはついてる」

「ほう?」


 単純な速度ももちろん脅威として大きい。

 だがそれ以上に恐ろしいのは、速度以外の部分にこそある。


 空中で軌道を大きく曲げた魔力弾。

 風の砲弾を剣一本で受け流す動作。

 そして天空を駆け抜ける装甲列車。


 いずれも、ただ速いだけでは説明がつかない要素である。


「そんでお前の魔術が何であれ、後ろにいる連中が誰であれ」


 今度は圭介が“アクチュアリティトレイター”を構えて宣言する。

 どうにかして強引に決めてきた己の覚悟を。


「僕は、お前もそいつらも殺すよ」

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