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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十三章 特別強化合宿編

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第二十話 死に包まれながら

 ユーにとってオスカーの回避能力と破壊力は大した脅威ではなかった。


 相手より先に攻撃を当てて戦闘不能に陥らせる。それ以外に特定の決まりや約束など存在しない。

 命のやり取りとはそういうものである。となればオスカーの戦闘スタイルは実戦において最適解の一つでこそあれ、対処できないほどの奇手ではないのだ。


 確実に死なない動きを実現し、確実に殺せるよう威力を高める。

 効率的でわかりやすい戦闘スタイルだ。彼が事あるごとに“絶対”という言葉を口にするのも理解できた。


「んッだ、テメッ……!」


 おかげでユーも新しい魔術で存分に相手を振り回せる。


 第三魔術位階【阨黯暝澱】。魔力を繊維と金属に変え、衣服として纏うこの魔術は単なる防具ではない。


「【穿】」


 突き出した“レギンレイヴ”の先端をオスカーが当然のように回避する。が、そこから反撃に移ろうとした彼に細かな刃の波が襲いかかった。


 たまらず後退した彼の足元で、今度は水面を破って群青色の矢が飛ぶ。

 水中に漂わせて仕込んだ【漣】を鋭く束ねて放ったものである。通常の索敵すら縮小を余儀なくされている状態で、水中の攻撃を察知するなど不可能に等しい。


「おいおいちょっと待てクソッ!」


 何とか回避して直後、彼の体はユーから見て左側に出現した。

 瞬間移動としか言いようのない速度で動くオスカーは“ウィスパーゲイル”の鉤爪部分をユーの鎧、【阨黯暝澱】の節くれだった部位へと伸ばす。


 ビルという武器が本来持つ性能。

 重装歩兵を引っかけて転倒させ、倒れたところを叩いて殺す動き。


「らァっ!」

「ッシ!」


 当然ユーもその動きを予見していないはずがない。

 身に纏った鎧のうちスカートに付属した金属板が魔力を細い線状に噴射し、これまた先のオスカー同様に目視困難な速度で攻撃を躱した。


 通常の身体機能では再現できない奇抜な挙動。

 いかに優れた反射神経を持っていてもオスカーの動きは人間の体躯から繰り出せる範囲での運動に過ぎず、その枠から逸脱した今のユーを追跡するのは至難の業と言えよう。


 仮想現実で会得した新たな力は、確実に彼女を強くしていた。


「絶対回避は貴方だけの専売特許じゃないんですよ」


 挑発的な言葉とともに胴を断たんと薙いだ剣は、即座に立てた長柄で受け止められる。


 回避ではなく防御を選ばせた。速さで追いつきつつある証左だ。


【阨黯暝澱】は全身のあらゆる箇所から【漣】を噴射し、立体的な高速移動を可能とする第三魔術位階である。


 体の動きを止めた状態でなければ体の輪郭に合わせて展開できないため、戦場で動かずに発動するという致命的な隙を生む極めて使い勝手の悪い魔術。

 しかし一度発動できれば飛行能力を獲得しながら移動性能と防御性能もまとめて向上するという、アポミナリアの中では無二の強みを有する切り札でもあった。


 対処困難な魔術を発動されたと悟ったらしいオスカーは、どこか楽しそうな表情になりながらも危機感を抱いたのか一瞬だけ振り向いた。


「下がれ、お前ら!」

「え、でも……」

「巻き込まれるぞ! 逃げろってんじゃねえ、俺の攻撃範囲に入るな! 事が済んだら一気に突っ込め!」


 背後にいる他の戦闘員らにオスカーが叫ぶ。言われて恐れと心配が入り交じった顔を浮かべた軍勢が後方へと引き下がる様子を、ユーは納得したような表情で眺めていた。


「結局そっちも味方を退かせるんじゃないですか。何だかんだ優しいんですね」

「話聞いてなかったのかテメェ。俺が本気出したら戦力が減るんだよ。そうならねえための措置だ」


 短いやり取りを済ませ、また激しい剣戟が繰り広げられる。


 戦う中でユーは相手の実力を認めると同時に、性格の傾向も掌握しつつあった。

 そのせいでオスカーは駆け引きにおける優位性を失っている。今の拮抗状態を生み出しているのは他ならぬ彼の実直さ、悪く言えば愚かさにあると言えよう。


 何せあらゆる攻撃を回避しながらあらゆる攻撃を避けられることも防がれることもないまま、ジェリー以外の強敵と出会わない日々を過ごしてきたのだから。


 いかに速く腕を振るっても、そこには「当てれば勝てる」「どうせ防げない」というこれまでの戦いで培われた慢心が滲む。

 防御用の魔術を会得した影響でこれまで常に「攻撃を避ける」と「攻撃を受け止める」の二択が頭にあったユーは、その一閃に混じった不純物を捉えてオスカーの動きを読み取っていた。


 結果として“絶対”を謳う速度と破壊力は、白兵戦闘における玄妙な技巧によって対処されてしまう。


「このガキャア、魅せてくれるじゃねえか!」


 高揚した声色に偽りなく、勿忘草色の燐光がオスカーの全身から吹き出してまた加速する。ユーも彼の動きに合わせるかのように、これまた加速。


 敵味方双方が目で追えないほどに加速する動きが足元の水を完全に周辺へと四散させ、浅い池の底となる泥が相対する二人の間で完全に露出した。

 どちらが狙ったわけでもなく丸い形に整えられたその水無き空間は、さながら公式の試合場にも見える。


 やがて殺意の衝突が一度止み、引き戻される水によって波打つ水面の舞台にユーとオスカーが着地して向かい合った。

 学生側の陣営は当初と比べて随分と後ろに下がっている。元よりユーの指示でオスカーを倒すまでは迂闊に前に出ないよう言い含めてあるものの、それだけが理由ではあるまい。


「ハァ、ハァ……そっちの陣営はすっかりビビッちまったか。ハハ、何だか脅かしたみたいで悪ぃな」

「フゥ、お気に、なさらず……。フゥ、最初から、無理はしないよう、カレンさんから言われていますので」

「ケケケケッ、おっかねえ保護者が後ろにいると、気楽だぁな。ハァ…………だがお互い、そろそろだろう」

「ええ、そろそろ、ですね……」


 悟りつつあるのは双方の魔力切れ。


 膨大な量の魔力を有する客人とエルフなれど、これだけ激しい衝突を繰り返せば魔力が限界に近づく。

 加えてその魔力を放出する役割を持つ肉体も相当な負荷がかかっていた。水の重みが足に加わる中で動き回ったのも多分に影響している。


「次に、デカいのぶつけて、終いだ」

「そう、なりますか……」


 戦いの終わりが見えた。次の衝突が最後なのだと。

 そしてその結果は、確実にどちらかの命を奪うと。


「……やはり、殺すのは、嫌なものです」

「あぁん? なーに言ってんだ、道徳の授業じゃ、ねえんだぞ……」

「違いますよ」


 睨み合いながらも、そこには敵意以外の何かがあった。


「ジェリー先生について、ちゃんと語れる相手が、いなくなる」

「…………………………」

「それが、どうしても、惜しい。だって私は」


 言って、ユーの意識が自身の持つ剣へと少し傾く。


「私は、そんな感傷的な理由で、手を緩められない。あなたを殺さず生き残れるほど、まだ、強くない」

「……何だよ。わかってんならそれで、いいじゃねーか」


 ユーが装着する【阨黯暝澱】の端々から群青色の魔力が漏れ、オスカーが構えるビルの先端に勿忘草色の魔力が凝集していく。

 あまりにも濃密な死と暴虐の気配に、離れた場所で鳥が飛び立った。


 それが、合図。


「ぜあああああああああ!!」

「りゃああああああああ!!」


 先手を制したのはオスカー。

 グリモアーツ“ウィスパーゲイル”の先端に仕込まれたのは音の爆弾。共振周波数で対象を破壊するという小手先の理屈ではなく、圧倒的なまでに破壊のみを目的として編まれた術式である。


「第三魔術位階!!」


 穂先がユーに向けられているかどうかなど関係ない。

 オスカーのみを攻撃対象から除いて発生する莫大な規模の破裂が、今まさに周辺全域を巻き込まんと膨張していた。


「【バーストソング】!!」


 術式が作動した、瞬間。


 ステラ池の水が。

 足元の泥と土が。


 全てが、粉々に砕け散った。


 第三魔術位階【バーストソング】。空気の振動たる音を操るオスカー・パウンドの魔術において、最大の規模と最強の攻撃力を有する奥の手である。


 攻撃範囲は彼を中心として半径十八メートル。発動した時点で斬り合いに興じていた相手は逃げ場などなく攻撃に晒され、衝撃を受けた物体はその悉くが破砕の憂き目に遭う味方殺しの一撃だ。

 第一次“大陸洗浄”でこの魔術を放った際、当時これに巻き込まれた味方連中も何故殺されたのかわからなかっただろう。あるいは疑問を浮かべる余地もなく砕け散ったに違いない。


 だがそうしてでも殺す意味がある相手と判断したからこそ、被害を鑑みるより優先してこの魔術を発動するのだ。

 これはそういった類の攻撃手段。ありとあらゆる罵詈雑言を身に受け、飲み交わした仲間を犠牲にしてでも勝たなければならない時に使う切り札。


 なのに。


「……ッソだろお前…………!」


 ユーは、オスカーを中心に空中を旋回して生きていた。


 細かく【漣】を放出しながら大きく円を描くことで衝撃を外周へと逃がし、オスカーから距離を取る形になりつつも生存を果たしたらしい。

 加えて彼女にとって同級生となる学生らは先ほど下がっていたために、【バーストソング】の攻撃範囲から逃れている。


 大局を見れば間違いなくオスカーの敗北と言えた。

 だがそれは局所的な狙いまでも逃す言い訳にならない。


「来ォい!」


 吠え猛るオスカーに応じたのか、ユーの描く円が狭まった。徐々に接近してくるつもりだろう。

 攻撃に転ずる瞬間を悟られまいとしての動きかもしれないが、オスカーの秀でた反射神経は魔力切れと無関係な特異体質だ。


 大きく抉られて大穴と化した地面の上から【エアリフト】で浮遊し、平らな場所に移動してからオスカーはユーの攻撃を待っていた。


 無論、ユーもそんな彼の思惑を知って徐々に円を狭めていく。


「テメェが何を企んでいようと! どんなデケェ魔術ぶっ放すつもりだろうと! 俺は必ずそれを避けて、綺麗なお顔をブチ抜いてやらァ!」


 接近していく中で、ユーは見た。

 最も警戒すべき“ウィスパーゲイル”とは別に、オスカーの足元から勿忘草色の燐光が一瞬散ったのを。


 確信に至る。彼はまだ魔力を残しているのだと。


 恐らくこのまま迂闊に飛び込んだところで、二発目の【バーストソング】を発動して確実に仕留めようとしているのだろう。

 そうと知っていてもユーの攻撃を確実に当てるには、高速での近接攻撃しか手段が残されていない。魔力を射出する【鏃】や【首刈り狐】では容易に避けられてしまうためだ。


 つまり現時点で接近しなければ勝てないユーが、彼の二発目を回避した上で勝利する手段はない。

 この勝負、全体的な戦局はともかく一対一の戦いとしてユーの敗北は必然。


 完全に詰んでいる。


(――なんて諦めるほど、私の【阨黯暝澱】は甘くない)


 空中でオスカーの周囲を滑空しながら、相手の様子を見た。

 反撃の準備をしつつ回避するために必要な動作への体勢も整えている。この一見して勝利が約束されているような場面にありながら、オスカーは番狂わせの可能性を捨てていない。


 素晴らしい判断だ。事実、ユーはここから彼に反撃させるつもりなど毛頭なかった。

 戦場において怯えは枷にしかならないが、恐怖は生存する上で必須条件となるとわかっている者の動きである。


「第三魔術位階」


 それでも。

 彼の抵抗すら許すつもりはない。


「【雪崩】」


 詠唱に合わせて剣を振るう。途端、群青色に輝く細かな刃の怒濤が【雪崩】の名に恥じぬ物量でもって溢れ出した。


 しかも刀身からだけではない。

 ユーの全身、ありとあらゆる箇所から、夥しい量の刃が噴き出したのである。


 構成部位の一つから【漣】を噴射して滑空するなど副次的な要素に過ぎない。これぞ第三魔術位階【阨黯暝澱】の真の性能。


 全身をグリモアーツの延長とする鎧。


 守るための手段にありながら、鋭き殺意を秘めたユーの新たな力だった。


「……は、はははっ」


 術式の起点が術者ごと空中で周回している状態で発動した【雪崩】は、その中心に向けて台風のような形で収束していく。

 迫りくる斬撃の数は果たして合計で何桁になるか。少なくとも、突出して優れた反射神経などという身体機能で回避できる量ではない。


 ここから【バーストソング】を撃つことも一瞬考え、やめた。


 確かにそれで【雪崩】を吹き飛ばせばオスカーは助かるかもしれない。だがせっかく一度下げた味方陣営はどうなるか。

 流石に全滅の憂き目には遭わないだろうが、最前列に立つ数人は体の前面を、どう考えても助からない程度には大きく削られてしまう。


 確かに[デクレアラーズ]は正義や善を自称するような真似はせず、寧ろ悪と罪を自覚して動く集団だ。

 だがそれに巻き込まれた他の連中を殺してまで生き延びるなど、オスカーの中にある残り少ない理性と善性が許さない。


「まさか、オイ、ジェリー」


 同時に別の要因が彼の動きを完全に止める。


 反射で逃げる余地が残されていないのもそうだが、何より【雪崩】という魔術にオスカーは思考能力を奪われていた。


 回避しようのない広範囲攻撃。

 露骨なまでに、優れた反射神経による回避への対策。


「これは……この魔術は、俺を……俺を殺すための…………」


 今は亡きエルフの女傑がかつて編み出し、そしてオスカーより先に弟子に見せたであろう逃げ場のない殺傷手段。

 愛弟子に殺される直前まで彼女にとって切り札だったと後から聞いたが、それはつまり。


「……バカ女。テメェが来いよ、クソッタレ」


 悪態が口からこぼれると同時、終焉の波が渦を巻いてオスカーを飲み込む。

 回転しながら収束するそれらがやがて魔力として消費され散っていった先には、誰も立っていなかった。


 ただ、ステラ池の水面が赤く染まっているのみ。


 一人の客人の最期を見届けるしかできなかった敵勢力の前に、


「どうも」


 群青色の鎧を纏った少女が水を叩きながら着地した。


「死んだ、のか。オスカーさんが」

「はい。殺しました」

「そうか。……そう、か」


 最前列に立っていた男が未だ現実を受け止めきれていない表情のまま、グリモアーツを握る手を下げる。


「降伏するよ。あの人がいなければ、俺らがあんたに勝てるはずもない」


 他の面々も男の言い分に同意しているらしい。何となれば単純に戦力差から諦めたというよりも、オスカーの死を悼むあまり戦意を喪失したのであろう表情の者が多く見受けられた。


「助かります。私もこの人数を相手取るのは大きな手間でしたから」


 相当な人望があったのだろう。それを手にかけたことに、一抹の罪悪感を覚えないでもない。


 だが、本当に悲しいのは。


「ではご同行願います。こちらです」


 赤く染まった水面を迂回し、仲間達の待つ方へと移動する。

 同級生らの顔には明らかに動揺が浮かんでいた。


 無理もあるまい。目の前でクラスメイトが人を殺したのだから。


(ジェリー先生)


 それでも彼らはユーと同じ騎士団志望の学生だ。いずれ人の命を奪う場面もあるかもしれない。

 状況が状況だったため決して責められることはないし、時間の経過で印象の悪さもいずれ払拭されるだろうと希望も持てる。


 その上で、どうしても思わずにはいられない。


(やっぱり人を殺すのって良くないですよ)


 どの口が、と自嘲しそうになるから決して声には出さずにおく。

 身に纏う鎧以上に、水を吸った靴と靴下の重みが歩みを少し遅くしているようだった。

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