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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第十三章 特別強化合宿編

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第十九話 雪原で得た物

 水を吸って重くなった靴下が足枷のように重い。

 そんな中で落ちるパフォーマンスを気合いでカバーしながら斬りかかっては回避され、反撃で己の剣を砕かれないよう受け流す。

 幾度それを繰り返したかもわからない中、合間に挟まる言葉がユーの心を揺さぶってくる。


「最初は俺もこっちの世界のムカつくクズどもぶっ殺したくて“大陸洗浄”に参加してたんだが、途中からクソ辺境伯ンとこで傭兵やってたあの女と出会ってな」


 群青色と勿忘草色の類似した色が絶えず交差する二人の戦いは、離れた場所から見ていると舞い上がる水と振るわれる武器が起こした風も絡み合って一つの嵐に見えた。


 破壊と斬撃が周囲の地面を乱暴に抉り続け、それでいて眉間を焼くような駆け引きを積み重ねた玄妙なる白兵戦。

 戦闘そのものの激しさも相まって敵も味方も加勢できない。両陣営が跳ねる水滴を全身に浴びながら立ち尽くす、奇妙な状況がその場で形成されていた。


「俺もジェリーも相手を殺すつもりで戦ってるはずなのに不思議とお互い死に損なうもんだからよ。回数重ねてくうちに戦いが落ち着いたタイミングで、まぁ何だ、酒飲んだりくっちゃべったりする仲になっていったわけだ」


 心臓に向けて突き出された穂先を“レギンレイヴ”が砕かれないよう繊細なコントロールで受け流そうとした次の瞬間、二度目の刺突が既に右足に命中する。

 突き立てられた“ウィスパーゲイル”の先端がガキンと音を立てて止まった。全身に【鉄地蔵】を纏っていなければとうの昔に決着がついていただろう。


 反射速度の違い。

 敵の攻撃は当たり、自分の攻撃は避けられる。


 創意工夫で越えるにはあまりにも高い壁を前に、ユーの中で生命への危機感と修羅としての戦意が増幅されていった。


「別に恋だの愛だの上等なモンじゃなかったが、それでも俺とアイツは互いに互いを想ってたし殺すつもりでいたよ。それだけに意外だったなぁ。まさか弟子に殺されちまうなんて、つーかそもそも弟子なんていたのかよビビるわそこにまず」


 対してオスカーの方は雑談を交えながら余裕の表情だ。


 そもそもがブロードソード型グリモアーツ“レギンレイヴ”に対し、彼のグリモアーツ“ウィスパーゲイル”はビルという長柄の武器である。

 リーチに差があるのはもちろん、矛が持つ「薙ぐ際に穂先が相手に到達するまで遅れが生じる」という弱点も彼の速さがあれば関係ない。


 結果としてユーは点としての刺突と線としての斬撃、双方が知覚と同時に肌に触れるという苦しい戦いを強いられていた。


 まともに防げば武器を砕かれ、受け流そうとする動きは即座に対処されて先の通り【鉄地蔵】の表層を削られる。

 ある程度は避けるしかないものの、オスカーと異なり知覚困難な速度で繰り出される攻撃に対処する場合どうしても大きく動かざるを得ない。無駄な動作は脚に合わせて跳ねる水の動きにも表れ、その負荷が細かに重なって体力を奪われていく。


 何もかもを削られ続ける現状は、ユーにとって完全なるジリ貧と言えた。


「まぁそんなわけだから、敵討ちとかしみったれたこたァ言うつもりねーけど」


 言ってオスカーが“ウィスパーゲイル”の先端を地面に突き立て、アガルタ騎士団でも採用されている気流操作術式【インパルス】で足元の水と泥をまとめて抉り吹き飛ばす。

 衝撃を受けて後退を余儀なくされたユーが少し離れた地点に着地したのを見て、彼は余裕の表れか構えていた矛を一度肩にかけた。


「俺がお前を殺す理由は一応今回のドンパチ以外にもあるってわけだ。獲物を盗られたようなもんだしな」


 開いた距離が生んだ短い猶予。その僅かな余裕もオスカーに許されたものでしかあるまい。彼なら瞬き一つの間に距離を詰められるはずなのだから。


 つまりここで動きを止めた理由は会話のため。


 ジェリーと旧知の仲であったという彼の言い分を信じるなら、ユーは彼にとって好敵手の命を奪った想定外のアクシデントでしかない。

 殺される立場からしてみれば理不尽極まりない話だが、理由として飲み込める部分はあった。


「……つまり貴方は、師匠と同程度に強いと」

「心外な言い方だが間違っちゃねーよ。最後までどっちがどっちに勝てたわけでもないんだからな」


 アガルタ王国で指名手配を受けながらもついぞ逮捕されなかったアポミナリア一刀流免許皆伝、ジェリー・ジンデルと同格の相手。

 その情報はユーの背後にいる者達に敗北への絶望を、オスカーの背後にいる者達に勝利への希望をそれぞれ抱かせる。


 だが、数多の修羅場を乗り越えてきた彼女だけは例外だった。


「安心しました」

「あ? 何がよ」

「師匠と互角ということは、私一人で対処可能な相手ということでしょう。彼女は私が単独で殺したのですから」

「……………………ほざくじゃねえかよ、小娘」


 瞬時に膨れ上がる殺意と敵意を前に、しかしユーは再度構えて応じる。


「ずっと考えていたんです。どうして貴方はさっき、あんな言い方をしたのか」

「言い方だァ? なんか変なこと口走ったっけか俺」

「こちらの攻撃を貴方は絶対に避けられる。逆に我々はそちらの攻撃は絶対に防げないし避けられない。さも戦闘において絶対的優位を保っているかのように聞こえましたが」


 事実、絶対的優位には違いなかった。

 相手がユーフェミア・パートリッジでなければ。


「油断しましたね。喋り過ぎですよ」


 言われてそれでもオスカーに動揺した様子は見られない。寧ろ「見抜かれたか」と嘆息するように微笑むばかりだ。

 わざとらしい笑顔のまま無言で先を促すオスカーを見て、ユーは話を続ける。


「こちらの攻撃を絶対に防げるとは言わなかった。つまり貴方は避ける手段こそあれ、防ぐ手段がないということです」

「ご名答……と言いたいところだが、まあこんな問題に正解したところで無駄な点が入るだけさ。避ける手段はあるんだからな」


 仮に凄まじい破壊力を伴う攻撃ができたとして、通常の反射速度を大きく上回るオスカーの速さに対抗するのは困難である。何せ彼より遅ければ避けられるだけなのだから。


「ガキどもに今必要なのは俺に攻撃を当てる手段だ。言われるまでもなくわかってんだろ?」

「はい。なので私なら貴方に勝てると言っているんです」

「ふぅ~ん。まあジェリーの弟子が何してくれるのかも見てみたいし、いいぜ」


 言って、快活に笑う。


「何かできるならしてみろよ。ンな余裕くれてやらねぇけどな」

「感謝します」


 互いに剥き出しとなった牙の如き殺意を突きつけ合いながら、二人の戦士が戦いを再開した。


「【鉄纏】」


 使うのは全身に魔力の繊維を編み込んで防具とする【鉄地蔵】ではなく、単純に魔力で対象を覆うだけの【鉄纏】。

 自分自身にそんな魔術を付与しても体が雁字搦めになるだけだ。この局面でわざわざ動けなくなる理由など本来ならあり得ない。


 が、敵もそれに対してただ疑問符しか浮かべないほど愚かではなかった。


「見え透いた餌だな。なーに狙ってんだか知らんが」


 意図の読めない動きに加えて先の発言を挑発と捉え、オスカーはこれまで一方的に有利でいられた接近戦を捨てる。

 勿忘草色の魔力弾が七つほど彼の周囲に出現した。それぞれが微細に振動しているのは何らかの術式が付与されているためか。


「テメェにゃこれでもくれてやらァ」


 浮遊するそれらが順々にユーに襲いかかるも、彼女は動かない。

 体に魔力弾が命中すると強い振動が肌から臓腑まで揺らすようだったが、それでも芯の部分はどうにか堪えた。


 アポミナリアと呼ばれる流派は、体の動きに魔力の動きを連動させて術式を成立させる。


 だからこそ、()()()()()()()()()()()魔術も存在する。


「第三魔術位階……――」


 額に命中した魔力弾に一瞬怯みつつ、それでも顔を前に出して体の硬直を維持しながら彼女はその名を口にする。


 仮想現実の雪原で会得した魔術の名を。

 動かない体に付与する、彼女にとって最初の到達点を。


「――【(あい)(あん)(めい)(でん)】」


 術式の名を口にした瞬間、群青色の嵐がユーを中心に巻き起こる。

 目前まで迫っていた残り数発の魔力弾は池の水をも巻き込んだ膨大な魔力の渦でかき消され、両陣営に属する者らが互いに目を覆って防御態勢に入った。


 ただ一人、“弔歌”オスカー・パウンドを除いて。


「なんだそりゃ」


 嵐が止んで、そこから姿を見せたユーを前に呆然とする彼は構えることすら忘れている。


 無理もない。

 何せ今のユーは全身のそこかしこに、魔力を編んで作った群青色の鎧を纏っているのだから。


 両肩と胸部を覆う分厚い装甲にはそれぞれ彼女のシンボルとなる蝶の刻印が描かれており、その下にはドレスのように優美な青い布が胴全体を覆う。両腕には指の動きを制限しない造形の手甲が装着されている。

 ロングスカートは両側にあるスリットが脚部の動きの自由を保障し、その輪郭に沿う形で魔力の板が左右を保護していた。


 どこか荘厳で、しかし堅牢。

 美しく着飾りながらも戦うことを忘れないその姿は、ユーフェミア・パートリッジという人物をより本質に近づけたかのような印象を見る者に抱かせる。


「時間もありません。そろそろ決めておいてください」


 長くたっぷりとした銀髪を遊ばせながらも側頭部と頭頂部を守るティアラにも似た鋭利なフォルムの兜を揺らし、ユーは“レギンレイヴ”の切っ先をオスカーに向けた。


「最期にどんな言葉を残すか」

「……言うじゃねえかよコスプレ女が」


 互いに笑って、互いに構える。どちらも優れた戦士である以上、少し開けた距離などすぐに埋められるだろう。


 気づけば戦うためにこの場に来たはずの他の面々は、既に自身の役目など忘れて二人を見ていた。

 目を離せるわけも、増してや横槍を入れられるはずもない。

 迂闊に飛び込めば余波で死にかねないのもあるが、何より純粋な力と力のぶつかり合いを邪魔できるほど彼ら彼女らは無粋ではなかったから。


「では」

「おう」


 合図は短く。


 晴れ渡る空が水面に映し出されたステラ池のど真ん中。

 夜空にも似た色合いの魔力を纏い、二人の戦士が衝突した。

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